リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 「思考の芽」
私が六歳になった春。
離宮の庭に桜が咲き、風に花びらが舞っていた。
母は私を膝の上に乗せ、帝国から持ってきた古い絵本を開いていた。
タイトルは『白い雪の姫』――帝国由来の昔話で、王国でも広く知られている、白雪姫の物語だ。
母は優しい声で、ゆっくり読み聞かせた。
「継母の嫉妬で森に追放された姫は、小人たちの家に辿り着き、家事労働をしながら居場所を作ったわ。毎日掃除をし、食事を作り、小人たちを助けた。継母の毒リンゴで仮死状態になった姫を、小人たちは泣きながら棺に安置した。王子が森を通りかかり、小人たちの泣き声に気づいて棺を開け、姫を救い、結婚したの」
母が最後のページを閉じると、私は静かに口を開いた。
「お母様、この物語は……『耐えれば幸せが来る』という教訓ですよね。でも、それだけじゃないと思います」
「え?」
「姫は継母に追放されたあと、ただ耐えて隠れてたわけじゃない。小人たちの家に行って、自力で掃除して、食事を作って、小人たちを助けた。それがなかったら、小人たちは姫を匿わなかったかもしれない。小人たちが泣かなかったら、王子は気づかなかったかもしれない。つまり、姫の行動が、いろんなつながりを作って、王子を呼んだんです」
私は淡々と続けた。
「もし姫が小人たちの家で引きこもって何もしなかったら、こうはならなかった。この物語には、『耐えるだけじゃ足りない。自分で行動してつながりを作れ』という教訓も隠されているんじゃないですか? 耐えるだけでは救われない。行動して結果を出したから、救済が得られたんです」
母の手が止まった。
彼女は私の小さな顔をまじまじと見下ろした。
無理もない。六歳の子供が、誰もが知っている定番の昔話を「教訓」として論理的に分析し、行動と結果のつながりを指摘し、行動が結果を生むという合理性にまで結びつけているのだから。
「……リュート……あなた、どうしてそんなふうに考えられるの?」
私は無表情のまま、ページを指差した。
「物語の流れを見たら、いろんなことがつながったんです。姫が耐えてるだけじゃ終わらない。自力で小人たちを助けて、信頼を得て、棺に安置されて……泣き声が王子を呼んだ。だから、『行動』が『救い』を呼んだ。耐えるだけじゃ、救いは来ない」
母は息を飲んだ。
彼女は私を抱きしめ、髪を撫でながら震える声で言った。
「リュート……あなた、みんなが知ってる物語を、こんなに深く分析できるの? ただ覚えただけじゃなくて……つながりを自分で考えて、行動の意味まで……」
私は母の目を見た。
六歳の瞳の奥に、前世の記憶がよぎる。しかし、私は静かに答えた。
「読んだら、頭の中でいろんなことがつながった。だから、そう思う」
母は目を潤ませ、私の頰に手を当てた。
「リュート……『つながった』って言葉、よく使ってるわね。お母様は、もっと簡単な言葉で言うと……『原因』と『結果』って言うのよ。いろんなことがつながって、原因と結果を作ってるの。それを『因果関係』というの。あなたは、それに自分で気づいたのね」
私は小さく頷いた。
「因果関係……そうですね。姫の行動が原因で、王子が来る結果になった」
母の瞳がさらに揺れた。
彼女は私を強く抱きしめ、声を震わせた。
「リュート……本当に、すごいわ。お母様は、こんな子を見たことがない。誰もが知ってる物語の因果関係を自分で気づいて、行動の意味まで……あなたは、本当に特別な子ね」
彼女は私の額にキスをし、目を細めて優しく微笑んだ。
「すごいわね、リュート。お母様は、びっくりしたわ」
母は私を胸に抱きしめ、髪を優しく撫で続けた。
いつもと同じように、ゆっくりと、温かく。
そして、耳元で囁いた。
「あなたは、私の宝物よ」
私は母の胸に顔を埋めた。
胸の奥の冷たい霧が、また少しだけ、薄くなった気がした。
――母は、変わらない。
私の異才に気づいても、扱いを変えない。ただ、無条件の愛を与え続ける。
……母は、私を必要としてくれている。
ルリカが庭の隅から見守り、そっと微笑んだ。
「リュート様……本当にすごいです。私、びっくりしました」
母は私を抱いたまま、ルリカに手を伸ばした。
「ルリカも、一緒に来て。あなたは、私の宝物よ」
私たちは桜の下で、手を繋いだ。
花びらが、静かに舞い落ちた。
母は私の異才に気づいた。転生などとは思ってもみないだろう。ただ、「信じられないほど思考が深い子」として受け止めたはずだ。
それでも、彼女の対応は何も変わらなかった。
毎日のように抱きしめ、髪を撫で、「あなたは私のすべてよ」と囁き続けた。
私は、心の中で思う。
――この愛は、本物だ。
離宮の春は、静かに過ぎていった。