リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 条件の整理:デッドロックの確認
ヴィオラは深く息を吸い込み、目元を拭った。その瞳にはもう先ほどの脆弱な涙はない。ルナリアの言葉によって、技術者としての冷徹な理性が完全に再起動していた。
彼女の顔つきが変わったのを見届けると、リュートが静かに口を開いた。
「落ち着いたようだね。では、君の言う『逆算』……盤面の整理を始めよう。君が手に入れたい最終的な目標、『大前提』はなんだ?」
ヴィオラは淀みなく、はっきりと答える。
「私の、自由な研究時間。誰にも干渉されず、自らの手で魔導具の設計図を引き、組み立てるための『完全な自由』よ」
「いいだろう。では、それを達成するための絶対条件、『小前提』は?」
「クロムハルト家の自治権と、領地の工房を守ること。王家に目をつけられず、不敬という名のペナルティを受けないことよ。実家に迷惑をかけるわけにはいかないわ」
リュートは満足げに頷き、暖炉の炎を見つめた。
「大前提と小前提は揃った。では、その二つの条件をクリアするための『ルート検証』を行ってみよう」
ヴィオラは自身の頭脳をフル回転させ、政治という名のシステムのシミュレーションを開始する。
「ルート1……私が王妃教育を完璧にこなし、最速でグラクト殿下の正妃、あるいは側妃に収まった場合。……駄目ね。王宮の中枢に組み込まれれば、私のスケジュールは分単位で王家に管理される。研究に割けるリソースは完全にゼロになるわ」
「その通りだ」
リュートが肯定する。
「ではルート2。君自身の口から、グラクト兄上との婚約破棄を申し出た場合は?」
その問いには、先ほど王宮の庭園で現実を説いたリーゼロッテが、再び冷徹な事実をもって答えた。
「王族への不敬罪による、莫大な賠償金です。お父様もヴィオラ様も、新しい研究をする時間も資金も奪われ、王家の指定する利益率の高い凡庸な魔導具を永遠に作り続けるだけの『下請け工場』に成り下がります」
ヴィオラの顔から、再びスッと血の気が引いた。
頭の中で何度計算式を組み直しても、弾き出されるエラーは同じだった。
「……どっちに転んでも、アウトじゃない。私が王妃になっても私の自由は死ぬ。私から婚約を破棄しても、家と工房が死ぬ」
ヴィオラは長椅子に深く背を預け、絶望的な吐息を漏らした。
「私が自分からアクションを起こした時点で、システムが強制終了する。どう計算してもバグにしかならない……完全な行き詰まり。詰みの状態だわ」
王家の敷いた盤面は、最初から逃げ道など用意されていない完璧な迷宮だった。公爵令嬢として組み込まれた以上、ヴィオラが自らの足で歩こうとする限り、どの扉を開けても「研究者としての死」が待っているのだ。
重苦しい沈黙が、サロンを満たす。自身の無力さを痛感し、ヴィオラが再び俯きかけた、その時だった。