リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

81 / 316
第10話『逆算の解法4』

4 影のハッキング:灰かぶり姫のスキーム

 

 完全な手詰まりを前に、ヴィオラが深い絶望の吐息を漏らした直後だった。

 暖炉の炎を背にしたリュートが、静寂を切り裂くように、ひどく冷徹で、しかし絶対的な確信に満ちた声を落とした。

 

「君から婚約を破棄するから、王家への不敬になる。ならば……グラクト兄上に、『王家の品位を一切損なうことなく』婚約を破棄させればいい」

 その言葉に、ヴィオラは弾かれたように顔を上げた。

 

「……は? グラクト殿下に破棄させる? そんなこと、あの王妃様や取り巻きの貴族たちが許すわけないじゃない! 私という『緩衝材』を手放せば、派閥の均衡が崩れるのよ?」

「ああ、普通に考えれば許さない。政治的メリットが皆無だからね」

 リュートは一歩前へ歩み出ると、赤い瞳に微かな嗜虐の光を宿し、冷酷なハッカーのように唇を歪めた。

 

「だからこそ、彼らが自ら進んで君を手放さざるを得ない『大義名分』を盤面に仕込むんだ。政治的メリットを凌駕するほどの、圧倒的な感情と正当性……ヴィオラ嬢、君は『灰かぶり姫』の物語を知っているね?」

 突然の童話の引き合いに、ヴィオラは眉をひそめた。

 

「ええ、知っているわ。身分違いの可哀想な少女が、魔法の力で着飾って舞踏会に行き、最後は王子様に見初められて結ばれる……美しくて非現実的なお伽話でしょう?」

「その通り。大衆が愛してやまない、運命の恋の物語だ」

 リュートは冷たく頷き、言葉を続けた。それは、前世の法廷で検察官が矛盾を突く時のような、容赦のない論理の刃だった。

 

「……だが、これを現実の政治闘争として考えた場合、物語には決定的な『空白』が存在する」

 リュートはわざとらしく一呼吸置き、ヴィオラの瞳を真っ直ぐに射抜いた。

 

「王子が灰かぶり姫と結ばれた裏で、元々王子にあてがわれていたはずの『高位貴族の婚約者』はどうなると思う?」

 ヴィオラはハッとして息を呑んだ。

 

 童話では決して描かれない、権力構造の裏側。王子には当然、国益のために選ばれた婚約者が存在しているはずなのだ。

 リュートは冷徹な事実を淡々と告げる。

 

「もしその婚約者が、身分違いの小娘に王子を奪われたと怒り狂い、彼女を害そうとすれば……王家の品位を傷つける『悪役』として処断され、実家ごと破滅するだろう。それが権力者の論理だ」

 そこまで語ると、リュートは再び意図的な間を空けた。

 

「だが、もしその婚約者が……一切の怒りを見せず、気高く微笑んでこう言ったらどうなる? 『殿下の真実の愛のために、私は喜んで身を引きます。どうか、お二人の幸せを』と」

 ヴィオラの脳内で、バラバラだった情報が一本の線で繋がった。

 システムを内側から破壊する、極めて悪辣で完璧な「論理のバグ」。

 

「……彼女は、悲劇のヒロインになる。身分違いの恋というロマンチックな物語において、自らの立場を犠牲にして王子の愛を祝福した……気高く美しい『聖女』として称賛されるわ」

「ご名答だ」

 リュートは満足げに微笑んだ。

 

「王宮は『品位』を絶対視する。ならば、自己犠牲という最高位の品位を見せつけた令嬢を、どうして不敬罪で裁けようか。裁けば、大衆の支持を得た真実の愛の物語に泥を塗り、王家自身が『悪』に堕ちる。つまり、大衆心理と品位のルールを逆手にとれば、王家のシステムは君を罰することができなくなるんだ」

 ヴィオラは背筋にゾクゾクとする悪寒と、それ以上の高揚感が這い上がるのを感じていた。

 

『王家の敷いた絶対に逃げられない迷宮……その壁を壊すんじゃなくて、迷宮のルールそのものを逆手に取って、管理者(王家)に「出口の鍵」を開けさせる……!』

 それはまさに、既存のシステム(人治)を熟知した上で、その構造的欠陥を突く「影のハッキング」だった。

 

 ヴィオラは、目の前に立つ少年が、ただの不遇な王子などではないことを完全に理解した。彼は、この国のシステムそのものを根底から書き換えようとしている、冷酷な怪物なのだと。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。