リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
5 王族の婚姻記録と「養子縁組」の裏技
リュートの提示した「聖女への昇華」というシナリオの美しさに戦慄しつつも、ヴィオラはすぐに技術者としての冷徹な視点で、その計画の致命的なエラーを指摘した。
「……待って。理論は完璧よ。大衆心理と自己犠牲の品位を盾にして、不敬罪のシステムを無効化する。でも、この王宮の『血統と品位』を絶対視するシステムが、そもそも身分違いの小娘を次期王の妃として認めるはずがないわ。あの冷酷な王妃様が、身元不明の異物を中枢に組み込むなんて絶対に許さない。即座に排除されて終わりよ」
ヴィオラの反論は、王宮の力学において極めて正しい。
しかし、リュートはその指摘を待っていたかのように、静かに、そして深く頷いた。その赤い瞳に浮かんだのは、前世で数多の法廷に立ち、分厚い過去の判例から逆転の糸口を掴み出してきた法曹特有の、冷徹な笑みだった。
「その通りだ。身分という絶対的な要件が足りないのなら、王宮が反論できない正規のルールを用いて『偽装(パッチ)』を当ててやればいい。……ヴィオラ嬢、この離宮の書庫には、王国の歴史とあらゆる法令、そして過去の『婚姻記録』が埃を被って眠っている」
リュートはテーブルの上のチェス盤から、価値の低いポーンを一つ指先で摘み上げた。
「過去の王族の婚姻記録の中に、一つだけ極めて興味深い判例がある。身分違いの娘に執心した過去の王族が、彼女を一旦『公爵家の養女』として迎え入れさせ、形式上の身分を強引に釣り合わせてから婚姻に踏み切った例だ。王家が過去に自ら認めたこの合法的な裏技を、今回も応用する」
「養女……公爵家の?」
ヴィオラは目を瞬かせた。そして、リュートの静かな視線が、他でもない自分に向けられていることに気づき、息を呑む。
「まさか……」
「その『まさか』だ」
リュートは手の中のポーンを、西の公爵家を意味する駒のすぐ隣へと滑らせた。
「兄上が見つけた『運命の相手(シンデレラ)』を、君の父上……西のクロムハルト公爵家の養女として迎え入れるんだ。無論、そのための裏工作と根回しは僕たちが完璧に行う」
ヴィオラの脳裏に、塞がれていたはずの迷宮の壁が音を立てて崩れ、完璧な逃走経路が構築されていく。
「そうすれば、彼女は書類上、公爵令嬢という『品位と血統の要件』を完全にクリアする。王妃も表立っては拒絶できなくなる。そして君は……」
「『愛する義妹と、殿下の真実の愛のために身を引いた、気高く美しき姉』になる」
リュートの言葉は、冷酷なまでに鮮やかなシナリオの完成を告げていた。
「王宮の大人たちは、君が自発的に身を引いたことで、派閥の均衡を保つための新たな『完全中立のカード(義妹)』をそのまま手に入れる。結果として盤面の不均衡は起きず、君を不敬罪で罰する政治的理由が完全に消滅するんだ。君は華麗に表舞台から退場し、後は新しい緩衝材にすべてを押し付ければいい」
リュートは冷たい紅茶を一口飲み、淡々と締めくくる。
「大衆からは悲劇の聖女と讃えられ、あるいは王宮の保守派からは『王子の愛すら得られなかった不良品』と陰で嘲笑されるかもしれない。……だが、君にとってそんな汚名はどうでもいいはずだ」
「……ええ。最高よ。自由が手に入るなら、不良品のレッテルなんて安いものだわ」
ヴィオラは震える唇に、微かな、しかし確かな弧を描いた。
王家が絶対とする「血統のシステム」を、過去の記録(判例)という正規のルールを用いて合法的にハッキングする。誰も血を流さず、誰にも責任を問わせず、ただ盤面だけが都合よく書き換わる完璧なフェードアウト。
これが、目の前の少年が描く「盤面の支配」だった。圧倒的な知性と論理が、王宮の理不尽を凌駕した瞬間であった。