リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第10話『逆算の解法6』

6 離宮の思想と、自己決定の契約(覚悟の確認)

 

 完璧な逃走経路の全貌を提示した後、リュートは意図的に言葉を切った。

 暖炉の薪が爆ぜる音だけが、静寂に包まれたサロンに響く。それは、ヴィオラにこの計画の持つ「真の重み」を理解させるための、計算された沈黙だった。

 やがて、リュートは前世の法廷で見せていたような、冷徹な契約者の顔つきで再び口を開いた。

 

「過去、真実の愛などという感情論だけで強引に身分の壁を突破しようとした愚かな王は、結果として国内に凄惨な派閥争いと血の雨を降らせた。だが今回は違う。僕たちが盤面の下で完全に根回しを行い、王宮のシステムが『自発的に』君を手放すよう、あらゆる論理と状況を整える」

 リュートの赤い瞳が、ヴィオラを真っ直ぐに射抜く。

 

「……だが、これを実行に移すかどうか、最終的に決断するのは君だ」

「私、が……?」

「そうだ。僕たちはあくまで、盤面を覆すための『選択肢(ルート)』を提示したに過ぎない。他人に与えられた自由など、いずれまた別の誰かに奪われる。離宮の思想は自己決定だ」

 リュートは一歩前に踏み出し、ヴィオラに最後の条件――この契約における最も過酷な代償を突きつけた。

 

「この計画を完璧に成功させるには、一つだけ絶対に譲れない前提条件がある。それは君が、あの非効率で狂った王妃教育を完璧にこなし、誰の目から見ても『非の打ち所のない、気高く美しい公爵令嬢』を演じ切ることだ。君が完璧であればあるほど、後から現れる灰かぶり姫への『無慈悲な譲渡』が悲劇性を帯び、君を不敬罪から守る絶対の盾(聖女の称号)となる」

 それはつまり、自由を手に入れるその瞬間まで、あの精神を削り取る地獄のような教育と、自己を殺す非合理な作法に耐え続けなければならないという宣告だった。

 

「僕たちは君の退路を作る。だが、そこへ至るまでの道を歩き切る苦痛を代わってやることはできない。……自らの意志で、あの理不尽に耐え抜き、自らの自由を勝ち取る覚悟があるか?」

 リュートと、その傍らで静かに見守るリーゼの真っ直ぐな視線。

 少し前まで、王宮の重圧に押し潰され、自己崩壊の縁で涙を流していた少女は、もうそこにはいなかった。

 ヴィオラはゆっくりと、しかし確かな力強さで、自身の足で立ち上がった。

 

 その瞳には、絶望の濁りなど微塵もない。複雑な数式を解き明かし、誰も見たことのない機構を組み上げようとする、生粋の技術者としての強烈な光が煌々と宿っていた。

 

「……上等よ」

 ヴィオラの唇が、不敵な弧を描く。

 

「非効率な作法も、中身のない茶会も、全部完璧に計算して出力してやるわ。研究さえできるなら、大衆が私を聖女と呼ぼうが、王宮の連中が私を王子の愛を得られなかった不良品と嘲笑おうが、どっちでもいい。……私の自由は、私自身の手で買い戻すわ」

 一切のブレのない、論理と覚悟に裏打ちされた宣言。

 それを見届けたリュートは、満足げに、そして同類の共犯者を迎える冷たい笑みを浮かべた。

 

「……契約成立だ。ならば、君にもこの同盟における『仕事(責任)』を果たしてもらおう」

 リュートはただの慈善で彼女を救うわけではない。冷徹な等価交換こそが、彼らの関係を最も強固にする。

 

「この先、王宮の盤面を完全にコントロールするためには、既存の利権を破壊するほどの莫大な資金と、抗いがたい影響力が必要になる。君にはその『研究の成果』をもって、僕の計画を手伝ってもらうぞ。これは投資だ」

「言うじゃない。王家のシステムをハッキングする天才策士からのご指名だもの、受けて立つわ」

 ヴィオラは完全に気力を取り戻し、自身の頭脳に眠る無限の設計図を誇示するように、堂々と笑い返した。

 

「世界をひっくり返すほどの最高の魔導機(システム)を、私が作ってあげる」

 暗く冷たい王宮の片隅、忘れられた離宮のサロンにて。

 前世の法曹知識で国家を書き換えようとする冷徹な支配者と、前世の技術で世界を更新しようとする合理主義の令嬢による、王家を欺くための「対等な同盟」が、ここに成立した。

 

 

 

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