リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
第1話『情交奉仕者制度1』
1 深夜の黒書庫(ヒルデガードの探求)
深夜二時。
王宮が深い眠りに沈む頃、第一側妃ヒルデガードは、誰にも告げず私室を抜け出していた。
黄金の燭台を片手に、影を長く引き連れて向かった先は、王宮の最深部に位置する「黒書庫」。歴代の王とごく一部の特権階級にしか閲覧を許されない、歴史の汚濁が沈殿する場所である。
重厚な扉を開くと、カビと古い羊皮紙の匂いが、冷たい空気と共に肺を刺した。ヒルデガードの翠の瞳が、暗がりの中で爛々と輝く。
『……あるはずよ。あの毒蜘蛛のような先代の女官長が、死の間際に震えながら私に耳打ちした、あの禁忌が』
かつて、ヒルデガードは女官長から「王家の純血を守るための、最も醜悪で最も確実なシステム」の存在を聞かされていた。それは公式の史書には決して記されず、代々の王が自らの手で書き継ぐ秘録にのみ、その運用ルールが封印されているという。
『甘い罠、血統の汚染、そして――それを防ぐための「生贄」。あの時、女官長は確かに言ったわ。「禁忌の棚の、獅子の刻印の裏」だと』
ヒルデガードは、自らの記憶という糸を辿るように、整然と並ぶ書棚の奥へと進む。燭台の炎が壁を舐め、歪な影を躍らせる。
書庫の最奥、厚い埃に覆われた「禁忌の棚」の前に立った彼女は、棚の装飾である獅子の頭のレリーフを見つけ出すと、その顎の裏側に指を潜り込ませた。
カチリ、と小さな金属音が響く。
獅子の口が開くと同時に、隠された鍵穴が姿を現した。ヒルデガードは、亡き女官長から奪い取った古びた鍵を、躊躇いなく差し込んだ。
『これよ。この鍵が開くのは、王宮のただの扉ではない。ローゼンタリア王家の、絶対的な「狂気」の蓋よ』
錠が開く音と共に引き抜かれたのは、分厚く、禍々しいまでの存在感を放つ羊皮紙の巻物だった。
表面の革には、現国王と同じ名を持つ『血統秘録 第十七代ゼノン王親筆』という金文字が、蝋燭の灯りに浮かび上がる。
ヒルデガードはその巻物を机の上に置き、震える指先で封を解いた。
『さあ、見せてちょうだい。王家の品位という名のメッキの下に隠された、剥き出しのシステムを。……私の愛しいグラクトを救い、あの目障りな帝国の女を地獄へ叩き落とす、完璧な「論理」を!』
巻物を広げると、そこには端正な、しかし狂気を孕んだ筆致で、王家の『情交奉仕者制度』の全貌が、逃げ場のない数式のように記されていた。
ヒルデガードは、その生々しい黒歴史を一行ずつ貪るように読み始めた。