リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
2 歴史の語り部(制度成立の全貌と王家の狂気)
黄金の燭台を傍らに置き、ヒルデガードは『血統秘録』の紐解かれたページに視線を落とした。
そこに記されていたのは、王国の栄華の裏に隠された生々しい黒歴史の発端だった。
かつて「地図を睨む王」が王立学園を設立し、貴族の牙を抜いて飼いならすシステムを完成させた数代後。権力を渇望する地方貴族たちは、学園に通ううら若き王族たちに巧妙な「甘い肉体の罠」を仕掛けるようになったとある。
『……当然の帰結ね。武力という牙を完全に抜かれた狼たちは、生き残るために次なる盤面として「学園」を選んだ。閉鎖された王宮から初めて外に出た、純粋で無防備な王子たち。彼らに劣等な血を持つ娘を抱かせ、外堀から王家の血統そのものを乗っ取る……極めて合理的で、反論の隙を与えない卑劣な侵略だわ』
ヒルデガードは冷たい笑みを浮かべ、さらに文字を追う。
記録によれば、うっかり罠に落ち、平民や下位貴族の娘に種を蒔いてしまった王子たちは「血統汚染」の大罪に問われ、次々と王位継承権を剥奪されていった。王家が絶対視する純血主義が、逆に王家自身の首を絞めるという致命的な事態に陥ったのだ。
『王家の「品位」と「純血」という絶対のルールが、皮肉にも王家最大の致命的な欠陥になったのね。過ちを犯した王子を厳罰に処せば処すほど、王家は自らの手で正統な後継者を間引き、貴族たちの思惑通りに自滅していく。人間の根源的な欲望を、法と品位だけで統制しきれなかった……これが人治国家の限界点というわけね』
彼女の翠の瞳が、その危機的状況を打破するために当時の王――現国王と同じ名を持つ第十七代ゼノン王が創設したという項で止まった。
それが『情交奉仕者制度』である。
王子が学園に入学する十五歳までの間、最も身元が確かで裏切りの危険がない「王宮内部の女性」をあてがい、王子の性教育と欲求不満の処理を完全に管理させるというシステム。
『……なるほど。外で毒の入った餌を食うくらいなら、安全な檻の中で、毒見の済んだ肉を与えて完全に飼い慣らせばいいということ。欲望を自制させるのではなく、欲求そのものを宮廷内という密室で完結・枯渇させる。倫理など完全に度外視した、王家の血と権力を守るためだけの異常な最適解だわ』
秘録には、その厳格な運用ルールが冷徹な言葉で連ねられていた。
【担当者の条件】本来は「王妃の産んだ子」に対し、序列の高い側妃が務める。しかし、王妃に子がいない場合は「王子と血の繋がらない側妃」が後宮の序列順に選ばれる。
【処置】王族の純血を乱さぬよう、奉仕者に選ばれた側妃には「機関限定の確実な避妊処置」が施される。
『……完璧だわ。実力主義を掲げる女の尊厳を奪い、ただの「処理用の器」とする。肉体も、精神も、内側から完全に粉砕する最高の一手になる』
最後に記されていたのは、この制度の装飾と隠蔽についてだった。
王国において、これは「王妃に次ぐ最高の名誉」とされる。王子が成人した後も「準王妃待遇」として生涯の地位と莫大な財産が保証される。しかし、担当者は王家外部には絶対の極秘。漏らした者は「王族の私生活暴露」の重罪で即座に一族党類が粛清される。
『尊厳を徹底的に蹂躙しながら、それを「最高の名誉」という美しい言葉で縛り付ける。逆らえば王家への反逆となり、外部に助けを求めれば一族ごと処刑される。完全な密室の出来事……。王家のシステムとは、かくも冷酷で、美しく機能するものなのね』
ヒルデガードは巻物を強く握りしめた。彼女の頭の中で、完璧なシナリオが組み上がりつつあった。