リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第2話『選定会議2』

2 グラクト殿下の自負と、技術者の徹底抗戦

 

 王宮の序列に従い、まずは第二側妃ルナリアに意思を問うという方針が固まりかけた密室で、マルガレーテ王妃は視線を長椅子へと移した。

 

「当事者である、グラクト。貴方はどうお考えですか? 異国の血を引く第二側妃を、貴方の初めての導き手とすることに」

 グラクトは背筋をピンと伸ばし、少しの迷いもなく、誇らしげに頷いた。彼は自分が絶対的な『光』であり、ルナリアが自分に奉仕することは彼女にとっても無上の喜びであると、一片の疑いもなく信じ切っていた。

 

「異存ありません、マルガレーテ王妃様。ルナリア様は帝国の出ではありますが、僕という未来の王に身を捧げることで、彼女もこの王国の真の『品位』を学ぶことでしょう。僕の寛大な寵愛が、第二側妃の王宮での価値を引き上げてやるのです」

 その純粋なまでの傲慢さに、第一側妃ヒルデガードは扇子で口元を隠し、目を細めた。

 

「さすがはグラクト殿下。海より深い寛容さでございますわ」

『ええ、その思い上がった態度のまま、あの誇り高い帝国の女に名誉を与えておやりなさい。実力主義の獣が、そのちっぽけな王の虚栄心をどう噛み砕くか……今から楽しみでなりませんわ』

 第三側妃ソフィアも、穏やかに微笑んで同調する。

 

「グラクト殿下の御心に触れれば、ルナリア様も喜んでお受けになることでしょう」

『そう、受けるならそれで良し。もしルナリア様がその高慢さゆえにグラクト殿下の不興を買うのなら、私が殿下の傷ついた心を優しく慰め、すんなりと実権を奪い取らせていただきますわ』

 三者三様の歪な肯定が場を支配する中、マルガレーテ王妃の氷青の瞳が、沈黙を守り続けていたヴィオラを捉えた。

 

「ヴィオラリア様。次期王妃としてこの盤面に座る以上、貴女も後宮の理を学ぶ必要があります。何か意見はありますか?」

 水を向けられたヴィオラは、貼り付けた微笑みの裏で、極限の思考を巡らせていた。

 

『どうする!? このままじゃルナリア様が、こんな最低のシステムに組み込まれちゃう! 王宮の理屈を跳ね返すための、ルールの穴は……「血の繋がらない、最も高位の女性」……それだ!』

 ヴィオラはゆっくりとカップを置き、技術者特有の純粋な論理と、離宮で学んだ盤面を俯瞰する視点だけを武器に、王宮の最深部に仕掛けられた巨大な地雷へ、真っ直ぐに足を踏み下ろした。

 

「恐れながら、マルガレーテ王妃様。一つ疑問がございます。王家の序列を『厳格に』重んじるのであれば……グラクト殿下と血が繋がっていない最も高位の女性は、マルガレーテ王妃様ご自身ではないでしょうか? ルナリア様よりも、王妃様がそのお役目を務められるのが、最も道理に適っているかと存じますが……」

 その瞬間、白薔薇の間の空気が、絶対零度に凍りついた。

 グラクトは目を丸くして固まり、ヒルデガードは扇子を取り落としかけ、ソフィアは息を呑んでヴィオラを凝視した。

 

「……ヴィオラリア様」

 マルガレーテ王妃の声は、静かであったがゆえに、いかなる激怒よりも恐ろしい響きを持っていた。

 

「王妃とは、この国という巨大な盤面を『管理』する者であり、盤上で消費される駒ではありません。最高権力者である私が自らを慰み者に落とせば、王家の権威というシステムそのものが根底から崩壊します」

 その氷の視線に射抜かれながらも、ヴィオラは決して引かなかった。彼女はクロムハルト公爵家の令嬢であり、リュート殿下と同盟を結んだ離宮の門下生である。王妃から叩き込まれた王家の安定という至上命題を、そのまま論理の刃として抜き放った。

 

「『消費される駒』……? マルガレーテ王妃様、それは矛盾しておられませんか。この制度は『王妃に次ぐ最高の名誉』であると伺っております。にもかかわらず、なぜ王妃様ご自身が『消費される』と、そのように忌避されるような表現をなさるのでしょうか。王家の最高位であられる王妃様ご自身も、この制度の在り方に思うところがお有りなのではございませんか?」

 

「……っ」

 ヴィオラの追撃に、マルガレーテ王妃の眉根がわずかにピクリと動いた。ヴィオラはさらに、国家の根幹を揺るがす最大の矛盾を突きつける。

 

「それに、ルナリア様は帝国公爵家の御出身です。現在、我が国は帝国との間でリーゼロッテ王女殿下の婚約交渉という、極めて重要な外交を進めております。その最中に、帝国の公爵令嬢に避妊処置という不可逆の損傷を強い、慰み者の役目を要求するなど……帝国が『宣戦布告』と受け取りかねない外交的自殺行為です。拒絶される、あるいは帝国を激怒させる前提の議論に、果たして合理的な意味があるのでしょうか?」

 白薔薇の間に、重く、息の詰まるような沈黙が降りた。

 

 マルガレーテ王妃は、鋭い氷青の瞳で真っ直ぐにヴィオラを見据えていた。公爵令嬢の純粋な論理は、王宮の忌まわしい欺瞞と外交的矛盾を完璧に暴き出していた。

 しかし、ここは法廷ではない。権力者がルールを自在に定義する「人治」の密室である。

 

「……見事な論理の組み立てです、ヴィオラ様。国家の外交リスクまで見据えるその視野の広さ、次期王妃として高く評価します」

 マルガレーテ王妃は静かに、しかし有無を言わせぬ絶対者の圧力をもって、その議論を上から制圧した。

 

「貴女の言う通り、帝国との外交摩擦は避けるべきです。ですが、だからといって王宮の『序列』を特例で飛ばすことは、国内の保守派と王家の品位が許しません。ゆえに、我々は強要するのではなく、あくまで序列に則り、正規の手続きとしてルナリアに『打診』を行うのです。……聡明な彼女であれば、自身の異国という立場を鑑み、角を立てずにこの名誉を『辞退』するでしょう。それで序列の儀式は完了し、我々は次の候補者へ移る。……これで、貴女の懸念する外交リスクも、王家の秩序も、すべて守られます。理解できましたね?」

 

『西の娘よ、貴女の言う通り、実力行使など愚の骨頂です。これは、国内の保守派を納得させるための単なる通過儀礼。あの帝国の女が空気を読み、恭しく辞退の言葉を述べるだけで、すべては丸く収まる政治的プロセスに過ぎないのです』という王妃の思惑が透けて見えた。

 

 ヴィオラは言葉に詰まった。王妃はルナリアが辞退することを前提とし、あくまで形式上のアリバイ作りとしてこの会議を利用しているのだ。これ以上反論すれば、ただの手続きに噛み付く反逆者として公爵家ごと消し飛ばされる。

 

「……承知いたしました。私の浅慮でございました、マルガレーテ王妃様」

『王妃様は儀式だと思ってる。でも、あの誇り高いルナリア様が、こんな侮辱的な提案をされて、ただ大人しく「辞退」の言葉だけを述べるはずがない……! 絶対に真っ向から論破して、王家の逆鱗に触れるわ! ヒルデガード様は……それを最初から分かってて、この打診を仕組んだんだ!』

 

「結論は出ましたね。後日、第二側妃ルナリアをこの場へ呼び出し、公式に打診を行います。……では、本日の会議はこれまでといたします」

 一人の女性の人生と尊厳を弄ぶ決定は、王家の形式主義という蜘蛛の巣に絡め取られ、ヴィオラの必死の抵抗も虚しく、最悪の衝突へ向けた「正式な打診」として可決されたのであった。

 

 

 

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