リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 白薔薇の間・数日後
選定会議から数日が経過した頃。
第一側妃ヒルデガードは、自室で扇子を苛立たしげに弄んでいた。
『……誤算だったわ。王妃様が、あそこまでルナリアの拒否権を高く見積もり、逃げ道を用意するような「打診」にこだわるとは』
保守派の突き上げを躱すための政治的プロセスであることは理解できる。しかし、ルナリアが角を立てずに辞退し、王妃がそれをあっさりと受け入れてしまえば、ヒルデガードの最大の目的である「帝国の女の社会的・肉体的な抹殺」は果たされない。
『何としても、あの女自身にこの名誉を強要させ、逃げ場を塞がねば。……情交奉仕者制度のルールの隅々まで洗い直し、あの女を縛り上げる論理の縄をもう一度編み直す必要があるわね』
ヒルデガードは、ルナリアを完全に逃げ場のない盤面へ引きずり出すための次なる一手を求め、深い思考の海へと沈んでいった。
一方、第三側妃ソフィアは自室で優雅に紅茶を楽しみながら、目前に迫った成り上がりの絶好機にほくそ笑んでいた。
『王妃様も私も、あの高慢な帝国女がこの役目を拒否することは確実だと分かっています。彼女が自爆して席を蹴ったその瞬間こそが、私の出番。傷ついた第一王子殿下を優しく包み込み、私が情交奉仕者の座に名乗りを上げる……。これで、後宮の実権は完全に私の手の中に落ちますわ』
そして、当事者である第一王子グラクトはといえば、自室のベッドに寝転がりながら、微塵の疑いもなく甘美な想像に耽っていた。
『あのルナリアが、僕に身を捧げる。いつも澄ました顔をしているあの女が、僕の腕の中でどう鳴き声を上げるのだろうか……』
彼の中には、ルナリアがこの「至高の名誉」を拒絶するなどという可能性は微塵も存在しない。未来の王に抱かれる喜びに打ち震える彼女の肢体を想像し、グラクトの口元には下卑た笑みが浮かんでいた。
◇
――しかし、彼女たちは致命的な見落としをしていた。
この狂った決定が下されたその日の夜、ヴィオラが極秘裏に離宮を訪れ、ルナリアに事の顛末と「王宮の異常な常識」をすべて報告していたという事実を。
王妃は「空気を読んで辞退するだろう」と高を括り、ヒルデガードは「罠に嵌めてやる」と息巻いているが、ルナリアはすでに相手の手札を完全に把握し、完璧な反撃の刃を研ぎ澄ませていたのである。
そして、運命の通達の日。
再び白薔薇の間に、王妃マルガレーテ、第一側妃ヒルデガード、第三側妃ソフィア、婚約者ヴィオラ、そしてグラクトが集結した。
そこに、第二側妃ルナリアが静かに足を踏み入れる。
逃げ場を塞いだ狩人のような、湿った悪意と各々の計算が交錯する密室。
しかし、ルナリアの足取りには一切の戸惑いも怯えもなかった。その背筋は氷の刃のように真っ直ぐに伸び、帝国の虎としての圧倒的な威厳を纏っている。
ルナリアが優雅なカーテシーをして静止すると、上座の王妃マルガレーテが、彼女を見下ろすようにして冷徹に告げた。
「第二側妃ルナリア。グラクトの精通に伴い、貴女に王家至高の義務である『情交奉仕者』の栄誉を与えます」
マルガレーテの氷青の瞳は、一切の感情を排した事務的な光を放っていた。
「避妊の処置を受け、グラクトが王立学園に入学されるまでの二年間、心身の全てを捧げなさい。異国の血を引く貴女には本来あり得ない名誉ですが、今回は王家の寛容をもって、特別に許可します」
その隣で、グラクトは誇らしげな、そしてねっとりとした欲情を含んだ笑みを浮かべてルナリアを見つめていた。
『さあ、喜べルナリア。これでこの女も、王宮で確固たる地位を得るのだ。未来の王である僕に抱かれ、庇護される歓喜に打ち震え、感謝の言葉を紡ぐがいい』
王宮の常識という狂気が、絶対的なルールとしてルナリアの頭上から降り注いだ瞬間であった。