リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第4話『毒蜘蛛の囁き3』

3 尊厳破壊への誘導

 

「な……ならば、どうすれば……! あの女に、グラクト様の受けた屈辱をどう償わせろというのですか!!」

 血の涙を流さんばかりに絶叫するセオリス。

 その純粋で暴力的な忠誠心を前に、ヒルデガードは顔を両手で覆い、まるで悲痛な運命に嘆く哀れな母のようにむせび泣いてみせた。

 

「あの子が苦しんでいるのは、命を狙われたからではありません。男としての誇りを、『帝国の女』に嘲笑われたからです。……ならば、あの女の高慢な鼻をへし折り、誇りを泥に塗れさせ……グラクトの足元で無様に泣いて許しを請う姿を見ない限り、あの子の心は決して癒えないでしょう」

 ヒルデガードは指の隙間からセオリスの様子を窺いながら、最後の仕上げとなる「制約」を吹き込む。

 

「けれど……帝国人に手を出せば外傷(証拠)が残る。外交問題になれば、やはりグラクトを追い詰めてしまう。あの子の心を救うには、あの女の尊厳だけを完璧に打ち砕くしかないのに……そんなこと、私にはどうすることも……っ」

 涙声で崩れ落ちる第一側妃。

 

 その完璧な演技と「証拠を残さずに尊厳を砕く」という難題は、セオリスの単純な思考回路に、恐るべき閃きを生み出した。

『証拠を残さずに、苦痛を与え、尊厳をへし折る……?』

 セオリスの視線が、ふと道場の床に落ちた。

 

 そこには、木剣の破片と共に、先ほど彼自身がグラクトの治療に使った美しい小瓶――近衛騎士団長家であるゼノビア家からグラクトの治療にのみ支給される、最高純度の『治癒のポーション』の空き瓶が転がっていた。

 

 瞬間、猟犬の脳髄にどす黒い電流が走る。

 ポーションは、あらゆる外傷をまたたく間に塞ぎ、痕跡すら残さない。

 肉体の傷は治る。だが、骨を砕かれ、肉を焼かれる『圧倒的な苦痛と恐怖の記憶』は、決して消えはしないのだ。

 

「……分かりました、叔母上。あの女、殺しはしません」

 不気味なほど低い声で呟いたセオリスの瞳から、理性という名の光が完全に消失した。代わりに宿ったのは、狂信に裏打ちされたおぞましい使命感であった。

 

「肉体の死を与えられないのなら、精神の死を与えればいい」

「……セオリス?」

「我がゼノビア家には、いかなる傷も瞬時に消し去る最高純度のポーションが腐るほどある。……何度骨を砕こうと、何度肉を裂いて悲鳴を上げさせようと、その都度治してしまえば、帝国に突き入られる外傷(証拠)は一切残らない」

 ヒルデガードの意図を完璧に汲み取り、さらに自らの「武と医療の特権」を最悪の形で結びつけたセオリスは、ひん曲がった笑みを浮かべた。

 

「あの女がグラクト様を見下したその高慢な『尊厳』を、痛みを以て徹底的に砕き、分を弁えさせてやる。……何度でも壊し、何度でも治す。無様な雌犬に成り果てさせ、グラクト様の足元に縋り付かせることこそが、俺の本当の忠義だ!!」

 怒りと狂信に燃え上がり、恐るべき拷問のアイデアに憑りつかれた猟犬は、折れた木剣を蹴り飛ばし、猛然と道場を飛び出していった。

 標的は一つ。離宮にいる帝国の虎を、文字通り「雌犬」へと調教し直すために。

 バタンッ! と、道場の扉が乱暴に閉まり、再び静寂が降りる。

 

「…………ふふっ」

 その重苦しい静寂の中、ヒルデガードを覆っていた「哀れな母の涙」が、嘘のようにスッと消え去った。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、優雅な仕草で扇子を開いて口元を隠す。

 

「ええ、頼みましたよ……私の可愛い、頭の空っぽな猟犬(セオリス)」

 自らの手は一切汚さず、己の妄執の矛先を完璧に他人へと誘導しきった第一側妃。

 誰もいなくなった道場で、毒蜘蛛は扇子の裏で冷たく邪悪な笑みを深々と浮かべ、ルナリアの凄惨な破滅を確信して喉を鳴らした。

 

 

 

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