ナーシャがハイパードライブ用のレバーを引いた瞬間、星々が青い光の奔流へと変わった。パーギルたちの航路、ハイパースペースを〈シナトベ〉が銀河史上初めて駆け抜ける。
「……起動した時の、バンサの鳴き声みたいな音をなんとかしたいわね。やるたびに叫ばれたら気が参るわ」
最初の数分こそ、その光景に見惚れていたナーシャが平静を取り戻してつぶやいた。
『これまでなら数週間はかかった距離だぞ。あと数十分でアウター・リムだ』
「どのあたり?」
『一番近い文明惑星は、ノーフェイだな』
演算機を接続したダイスの言葉にナーシャが嫌な顔をする。
「……よりにもよってタドラの支配下じゃない。ヴァバの話が本当なら、補給だけ済ませて、すぐ離れるわよ」
そう言ってアスタラを見る。
「やり合おうなんて言わないでよ。エンジンとハイパードライブを動かせるようにしただけだし、ちゃんとした燃料じゃないんだから。整備させて」
「分かっている」
「よろしい。準備は大切よ」
数十分後。
『そろそろ到着地点だ。レバーを戻せ』
ダイスの指示でナーシャはハイパードライブ・レバーを戻す。三度の閃光とともにハイパースペースを抜けた〈シナトベ〉。目の前には白銀の惑星が浮かんでいた。極地のような白さだが、軌道上から見る限り天候は穏やかに見える。
「ノーフェイは雪の惑星。寒いのは平気?」
「場合による」
ナーシャは笑いながら大気圏に突入した。
「コートを取って──何?」
雲に入った──カツンと何か硬い物がぶつかる。
「ちょっと何⁉︎」
異常事態に焦るナーシャ。暗い雲を抜けると猛吹雪だった。視界は無く、氷の
「
「見れば分かる! 〈シナトベ〉が傷つく!」
どうにか見えた絶壁の上の地面に〈シナトベ〉が降りる。着陸脚を出すと先端が雪に埋まる。
「変ね……。ここは一年中穏やかな降雪の星なのに……」
その言葉に反して、外の世界は静かに狂っていた。地平線の向こうで青白い稲光が何度も走っている。
『関節が凍るのはごめんだぞ!』
嫌がるダイスを残し、二人は極寒の世界へ出た。
「コート着てても寒いっ!」
「中に入るか?」
「入る!」
アスタラはマントを広げ、凍えそうなナーシャをその中へ引き寄せた。
「……ア、アスタラ……あれ!」
震える指の先には、吹雪の向こうで揺らめくかすかな灯りが見える。二人はそれを目指して歩き出した。
村のような場所に辿り着いた。小さなドーム型の建造物しか無いが、雪が壁のようになっており寒さがいくらか弱まった。
「ふぅ……いくらかマシね」
周りでは、黒い影のような体に白い仮面のような顔の人型の存在、ノーフェイズがゆらゆらと漂うように歩いている。
「この星の原住民ってどこか暗いのよね……。燃料買えないかしら」
歩き続けるが人間が営む雑貨店が見つからない。
「……降りる所、間違えたかも」
その不安は的中し、コロニーの外まで出てしまった。
「どうしよう……この吹雪じゃ、〈シナトベ〉のレーダーもまともに動くかどうか……」
落胆するナーシャを横目に、アスタラは吹雪の中に黒い煙を見つけた。
「今のは、なんだ?」
「えっ? ちょっと?」
吹雪にも関わらず、見えた方向へ歩くアスタラ。
「どうしたのよ……」
渋々、ナーシャも追いかける──かなり歩いたところで、人工的な音が耳に入ってきた。
「機械の音だわ」
不意に吹雪が弱くなり、合間から太い煙突が見えてくる。
「っ! これって……!」
崖地帯に漆黒の巨大な工場が姿を現した。二人は崖の上で腹ばいになり様子を見る。壁には二つの歯車のマーク──タドラ・インダストリアルのロゴだ。
「タドラ……バブ・フラワーの量産工場だわ。ヴァバの話は本当だったのね」
「……あ」
「うわっ⁉」
しばらく見ていると背後から声を掛けられ、振り返る二人。そこには一人のノーフェイズがゆらゆらと立っていた。
「……あ、あ」
「……えっと、どうかした?」
何か手振りで意思表示しているが、ナーシャにはさっぱり分からなかった。
「ベーシックは、意味わかる?」
「……あ」
ノーフェイズは戸惑ったようにゆっくりと首を傾げる。
〈……ハッティーズは?〉
それ以外の言語も出すが、何語でも話さない。頭を抱えるナーシャ。
「……私、話せない人と会うの初めてよ」
するとアスタラが左手をノーフェイズに向ける。
「どうやら、困っているようだ」
「分かるの?」
「理力で伝わってくる」
ノーフェイズはゆらゆらとどこかへと向かっていく。
「家に案内してくれるようだ」
後を追うアスタラ。
「……いつもなら私が通訳なのにね」
その背中を見ながらナーシャは苦笑した。
ドーム型の建造物に案内され、ノーフェイズの説明をアスタラが翻訳する。
「あの建物ができてから、星がこのような状況になったそうだ」
「どうしてほしいの?」
ノーフェイズは窓の外を指差し、工場の方向へ腕を向ける。
「……無くしてほしいらしい」
「工場を潰せってこと?」
ノーフェイズが肯定するように頷く。
「でなければ、花──バブ・フラワーが絶滅する。さらに吹雪も収まらないだろう、と」
ナーシャはそこまで聞くと腕を組み、顔をしかめた。
「……引き受けるしかないわね。どっちにしろ、このままだと〈シナトベ〉を飛ばせないし」
するとノーフェイズがナーシャに一つの端末を渡してきた。
「これは?」
「建物の地図だそうだ。中にいる人間が近くで落としていったらしい」
「準備いいわね。ただ、その前に作戦会議」
猛吹雪の中、どうにか〈シナトベ〉に戻れた二人。
『お疲れ。燃料は?』
「その前にタドラの工場を潰すことになった」
『はぁ? 何がどうなったらそうなるんだよ』
「とにかくこの地図、読み込んで」
ダイスが端末を解析すると、壁面にホログラムが映し出された。パーギルの
『発熱ジェネレーターを止めれば工場全体が停止する……けど、本気でやる気か?』
「やらなければ、みんな困る」
「そういうこと」
ナーシャはあごに手を置くとホログラムを見つめる。
「どうせなら盛大にドカンとやりたいわね。タドラが二度とここに工場を建てる気が起きなくなるくらいに」
「ドカンと……?」
「そう、ドカンと」
『そんな都合のいい物があるか……』
数秒の沈黙。三人の視線がゆっくりと一点へ集まる。貨物室の隅に置かれた手持ちコンテナ──中のコアクシウムが青白く脈動した。
ノーフェイズに入り口のブラスト・ドア傍まで案内された二人。
「感謝する」
アスタラが手をかざして理力で感謝を示す。ノーフェイズは満足そうに去って行った。
「準備はいいか?」
「もちろん」
ナーシャは片手に持った、装置が取り付けられた手持ちコンテナを見せつける。
「この〈シナトベ〉の不良パーツで作った、私手製のコアクシウム時限爆弾。寒いからか、まだ安定してる」
ナーシャは肩をすくめた。
「ただ、威力はどれくらいか分からないけど……ぶっつけ本番」
苦笑するのを横目にアスタラは入り口に目を移す。
「さて、どう入るか……」
すると使い古されたスノースピーダーが近くに停まり、中から二人の作業員らしき人間が降りてくる。作業員たちは吹雪に文句を言いながら工場へ向かっていく──アスタラとナーシャが目を合わせた。
気絶させた作業員をスノースピーダーに戻し、上着を奪い取った二人が入り口に立つ。
「私がやるわよ?」
「任せる」
ブラスト・ドアに付けられた端末を触る。
「もしも──」
「何者だ」
無機質なドロイドの声が遮った。
「作業員です」
「認証コードを答えよ」
「あっ、えー」
コードを知らないナーシャは答えに
「どうした。問題発生か」
「あっ、そう! 問題発生です!」
「何が発生した。コードを答えろ」
「えっ、えっと……7、5、6、7……コード7567が発生しました!」
「ラジャー。確認する」
そこで通信が切れる。アスタラが横目でナーシャを見る。
「……7567、とはなんだ?」
肩をすくめるナーシャ。
「さあ? 口からでまかせ。向こうが外に出てくれれば十分──」
入り口のブラスト・ドアが開いた──通路のドアや隔壁ハッチなど至る所が次々に開いていく。
「嘘……工場のブラスト・ドアが全部開いちゃった……」
赤いランプが回り、工場全体にサイレンが鳴り響く。一気に内部が騒がしくなった。
「何を言った!」
「知らないわよ‼」
二人は顔を見合わせ文句を言いながらも、その混乱に紛れて工場内へ飛び込む。
パニック状態は侵入者にとって最高の隠れ
「見つけた! ジェネレーターよ!」
地熱を吸い上げる巨大な円筒が唸りを上げている。
「警備システム起動──」
周囲で赤い光が点滅した。不審な侵入者に気付いたタドラの防衛ドロイドが起動を始める。
「ちょっと待ってよ! まだ付け終わってないのに!」
ナーシャは起動途中のドロイドをブラスターで撃ち抜きながら、ジェネレーターへ駆け寄った。
アスタラがセーバーを抜く。白い光刃が閃き、迫ってきた先頭のドロイドが胴から真っ二つになった。続く二体目も横薙ぎの一撃で切り裂かれる。
「ナーシャ! ここは私が引き受ける!」
アスタラが時間を稼ぐ間に、ナーシャは即席爆弾の取り付けに掛かった。
「敵性脅威、最大。排除ドロイド投入」
アスタラが大半を切り捨てたところで、その報告とともに別のドロイドが姿を現す。全身を銀色の液体金属で構成された人型機械──ユヤでアスタラを追い詰めた、あのドロイドだった。
「……嘘でしょ」
ナーシャの顔から血の気が引く。すぐさまブラスターを撃つが、穴が開いた瞬間には、もう銀色の液体が流れ込み元通りになる。
アスタラは迷わず踏み込み、白い光刃が液体金属の胴を斬り裂く。しかし、切断面は銀色の波となって流れ込み、一呼吸のうちに元へ戻った。
「アスタラっ!」
液体金属ドロイドの腕が槍のように伸びる。それを切断するがすぐに修復してしまった。
「早く……爆弾を!」
後ろに下がりながらセーバーで攻撃を弾いていく──セーバーの刃先が予期せず小窓に当たった。砕けた窓から猛吹雪が流れ込む。次の瞬間、液体金属ドロイドの表面が白く曇り、銀色の身体が軋み、凍り付いていく。
「……これは」
ドロイドの様子を観察するアスタラにナーシャが叫んだ。
「アスタラ、設置完了!」
「……出るぞ!」
セーバーを鞘に戻し、凍り付いたドロイドを置き去りにした二人はサイレンの鳴り響く工場を駆け抜ける。その中で二人は量産ラインに出た。横では均整がとれたバブ・フラワーがずらりと並ぶ。
「……これが機械の力か」
「所詮、本物じゃないわよ!」
走りながら会話を交わす。
「いつ爆発する?」
「えっと、あと五分くらい……!」
「出られるか怪しいぞ!」
「しょうがないでしょ! 焦ってたんだからっ!」
ナーシャの目が床を走る太い排水パイプを捉えた。
「待って。工場の廃水ラインよ。外へ繋がってるはず!」
ナーシャの提案にアスタラは迷わずセーバーでパイプに穴を開ける。中は工場が止まったことで、何も流れていなかった。
「行けそうだ!」
「お先!」
先にナーシャが飛び込み、アスタラが後に続く。スロープのようなパイプを滑る──出口が見えてきた。
外に飛び出す二人。出た場所は工場裏手の崖。辺りでは、工場から流れ出た廃水が青白い氷となって崖一面を覆っていた。
「走るぞ!」
「ちょっと待って……氷でお尻打った……!」
ぶつけた所を擦るナーシャを立たせると、二人は工場から距離を取るため走る。
「あと、どのくらいだ⁉」
「えーっと……五、四、三、二、一! 飛び込んで!」
次の瞬間、吹雪の中で工場が爆音とともに揺れた。ジェネレーターが壊れ、通路の明かりが一斉に落ちたり戻ったりを繰り返す。警告音が鳴るが、すぐに音が消えた。
続けて建物の中心が崩れた。ドン、と重い音がして工場の中腹が沈む。爆発の余波で支柱が折れたのだ。そこからは早かった。床が傾き、壁がずれる。通路が段差のように裂けていく。もう誰にも止められなかった。
崖側の構造がガクンと落ちた。工場の一部が、そのまま崖に引っ張られるように崩れていく。最初は一角だけだったが、そこを起点に建物全体が崩れ始める。
金属が千切れる音。何か巨大なものが落ちていく振動──吹雪がすべてを飲み込んでいった。
その崩壊はアスタラたちの足元近くまで及んだ。数メートル先の地面が崩れていくが、そこで勢いが止まる。
「……助かったか?」
アスタラがひざを立てて息を吐く横で、ナーシャが立ち上がり歓声を上げながら飛び跳ねる。
「やったわ! ざまあみなさい、クソ兄貴!」
「そうだな……吹雪も収まったようだ」
気づけばあれだけの猛吹雪が何事も無かったかのように静かになっていた。その代わりにある物が空に出現した。
「あっ、アスタラ見て! オーロラよ!」
二人の功績を称えるように巨大な光の流れが空に浮かぶ。
「綺麗……!」
遠くの雪原では、ノーフェイズたちが静かに空を見上げている。空を流れる光は雪原を淡く照らし、白銀の世界を緑や青に染めていく。その光景に二人はしばらく言葉を失った。
だが、それも長くは続かない。
「……この音は?」
どこからか地鳴りが響く──二人の足の間を亀裂が走った。工場の崩壊に伴う地殻変動によって、地盤が崩れたのだ。
「走れっ!」
二人は再び全速力で駆け抜ける。猛吹雪で気づかなかったが〈シナトベ〉を停めた場所は、今いる所からそう遠くなかった。
「もうすぐ──っ⁉」
光弾が弾けた。振り向くとブラスター・ライフルを持ったタドラの社員たちの姿が見える。アスタラは苦も無く駆け抜けられたが、ナーシャは雪に足を取られる。その横で亀裂が〈シナトベ〉の下まで続いていく。
「嘘、マズイ……!」
傍をブラスターが掠める中、アスタラが先に〈シナトベ〉に辿り着き、ハッチを開けた。
「急げ!」
遅れて〈シナトベ〉の上まで登ったナーシャ──だが、その足元にブラスター弾が弾ける。それに驚いたことで、クロームメッキの翼で足を滑らせ地面に落ちてしまった。
「っ! ナーシャ!」
アスタラがハッチの縁にしがみつきながら手を伸ばす。地面が大きく傾き、〈シナトベ〉の着陸脚が軋み、船体が横へ滑る。
「アスタラッ!」
「手を伸ばせ!」
だが届かない――次の瞬間、〈シナトベ〉は崩れ落ちる地盤ごと闇へ沈んだ。
「アスタラーッ!」
必死の叫びも雪崩の轟音に飲み込まれる。亀裂の境目に取り残され、力無く膝をつく。目の前から、アスタラも〈シナトベ〉も消えた。
雪原に取り残されたナーシャの背中を巨大な影が覆った。全長五百メートルの艦がノーフェイの空に浮かんでいた。前部分には直径百八十メートルの円形ドリルが付いた円柱型のタドラの旗艦〈トルクメギア〉。
その下部分の乗り込み口からタラップが伸びると、タドラの特殊部隊が降りてくる。ナーシャを完全に包囲した。
すべてを失った彼女の背後で、特殊部隊が左右に分かれる。その奥から、一人の男がゆっくりと雪の地面に足を下ろした。
「凍えちまうよ……」
タドラ・インダストリアルの副社長のヘイトーが、黒いコートからホロプロジェクターを出す。
「殿下もいかがです? 火照った体に丁度いいですぞ」
「義手が凍る。ささっと連れてこい」
タドラの声だけを残して通信が切れる。ヘイトーはため息を吐いた。
「お久しぶりですな。アナスタシア陛下」
一転、軽口を叩きながらナーシャの隣に立ち、〈シナトベ〉が落ちたクレバスを覗く。
「こりゃ高いな……いい船だったんだがなぁ」
笑みをつくるヘイトーにナーシャは何も言い返さない。
「……ったく、さっさと連れてけ」
部隊員たちに無理矢理立たされると〈トルクメギア〉の中に連行されていく。
それをモニターで確認したタドラは操縦桿を握るドロイドに命令を下す。
「出発しろ」
「ラジャー」
〈トルクメギア〉はゆっくりとノーフェイを離れ、大気圏に出る。
「
「ラジャー」
艦首の巨大ドリルが低い唸りを上げながら回転を始める。〈シナトベ〉のハイパードライブのような青白い光は生まれない代わりに、前方の宇宙が歪んだ。
まるで見えない壁を無理やり押し込んだように、空間そのものが軋む。ドリルの先端から火花にも似た青い閃光が散った。
次の瞬間、宇宙に一本の亀裂が走った。音はしない。だが、見る者が何かが壊れたと理解する異様な光景だった。
黒い宇宙に開いた裂け目の向こうでは、無数の青い光が激流のように渦巻いている。
「航路形成完了」
ドロイドが淡々と報告する。タドラは義手に頬杖をついたまま視線を向けた。
「進め」
「ラジャー」
〈トルクメギア〉が前進する。艦首のドリルは回転を続け、裂け目の縁を削り取るように航路を広げ、その中に突入し姿を消す。後に残った亀裂は数秒だけ青白く脈動したが、何事もなかったかのように閉じた。