理力の使い手アスタラと〈シナトベ〉の船長ナーシャ。二人が星々を資源として食い尽くす企業タドラ・インダストリアルの野望を阻止して、三年の月日が経った。
その後も二人は旅を続け、行く先々で事件に巻き込まれては、それを乗り越えていく。銀河には束の間の平穏が訪れ、それぞれが静かな時間を過ごしていた。
だが、その静けさの裏で、アスタラの故郷エイゾに銀河から不穏な影が忍び寄っていた……
第十三話 落日の幕開け
エイゾは銀河の辺境、アウター・リムに位置する緑豊かな星だった。
青々とした山深い森と澄んだ川が交錯するこの地には、カイバー・クリスタルの巨石を信仰する一族が静かに暮らし、その巨石は村の広場の中央に置かれ、微かな青白い光を放っていた。
そろそろ稲刈りの季節がやってくる頃だった。
黄金の
そのまま村の入り口に船が着陸する。金属の脚が柔らかな土に沈み、排気口から白い蒸気が噴き出した。
好奇心と警戒心が混ざった民が集まる。
「まさか……」
「あの船じゃないか?」
「アスタラが乗っていた……」
老人たちの瞳に懐かしさが宿る。あの日、タドラを
一方で子供たちの中には、アスタラを直接知らない者もいる。
「アスタラって?」
「すごく強い人なんだぞ」
「我が一族の英雄だ」
誰もが自然と笑顔になっていた。
ハッチが開きタラップとなったそこに立っていたのは、ローブを被り、腰に剣のような細長い物を差したシルエット。
その姿で、民にとって懐かしい記憶を呼び起こした。
「アスタラが帰ってきた!」
そう思い、歓喜の声を上げる。だが、その影はなんの反応も見せない。
「……アスタラ?」
疑問に思った一人の男が一歩近づく。
影は何も答えなかった。ただ、ゆっくりと腰へ手を伸ばす。次の瞬間──血のように赤い光刃が唸りを上げて伸びた。その顔を隠すように着けている、漆黒のアーマーと赤い半透明のバイザーを照らした。
「っ、誰──⁉」
赤い光が
疑問を持つ前に、影は一メートルはある柄を引き抜くと、槍のように構えて振り下ろす──男を頭から一刀両断にした。男の体が二つに分かれ、地面に倒れた。
一瞬の沈黙の後、一斉に村中から悲鳴が上がり逃げ惑う。
その戦士は、まるで嵐のようにライトセーバーを振るい、次々とエイゾの民を切り裂いていく。赤い光の刃が空気を切り裂く音、悲鳴、そして静寂が交互に訪れる。
その赤い光刃の前では、理力で抵抗する者も、逃げ惑う者も、祈る者も、老いた者も、幼い者も、相手を選ばなかった。
やがてエイゾの緑の大地は同胞の遺体で埋め尽くされていった。
「フィ、フィーマ様!」
異変に気付いたアスタラの許嫁だったラナが、長老であるフィーマの小屋に駆け込んだ。ラナの長い黒髪は乱れ、瞳には恐怖が映っていた。
瞑想をしていたフィーマは険しい顔をして頷く。
「災いが来たか……。ラナ、子供たちを逃がせ」
「はいっ!」
ラナは子供たちの所に向かい、フィーマはライトセーバーを振るう謎の戦士に向かう。足取りは重たかったが、しかし確かだった。
「やめろ」
戦士に声を掛ける。だが、顔を向けるだけで何も返さない。
「ここは我らにとって神聖な地。これ以上、民の血は流させぬ」
沈黙したまま戦士はライトセーバーを構え、襲ってきた。
フィーマは両手を突き出した。広場の巨石が脈打つように輝き、理力によって戦士を宙へと持ち上げる。生き残っていた民が加わり必死に理力を送り込む。空中で拘束され、動きが止まる──と思われた。
拘束されたまま、ゆっくりと手首の装置を触る。着陸した宇宙船の船腹が開き、現れた機銃座が生き残りたちを薙ぎ払うように火を噴いた。そして、フィーマにも数発が当たり倒れ込む。
戦士は地面に降り立つとライトセーバーを構え直し、赤い光刃でフィーマの胸を貫いた。フィーマの身体は崩れ落ち、巨石の青白い輝きがわずかに揺らいだ。
「アスタラ様……!」
その光景を見たラナが震えながら、その場にいない英雄の名前をつぶやく。
そして数人の子供たちを連れて、急いで村から離れる。子供たちの手を必死に握り締め、涙をこらえラナは走った。
「ラナ様……どこに行くの……⁉」
「こっちに……!」
森の中に入り、村外れの川辺に着いた。見た目に反して、川の流れが速くなっていた。
「ラナ様……?」
「この川を下れば、前にアスタラ様が送ってくださった天翔ける船があるはず……!」
不安げな顔を見せる子供たちに、ラナは無理に笑顔を作る。その笑顔は震えていたが、子供たちに一時の安心を与えるには十分だった。
「大丈夫、ここまでくれば後は──」
言葉の途中で、ラナの体がびくりと震えた。
腹部から赤い光が突き出ている。その背後には、いつの間にか戦士が立っていた。まるで影のように静かに表れ、誰にも気づかれなかった。
赤いセーバーの光が消え、唖然とする子供たちの前でラナは地面に倒れる。ラナの手は、なおも子供たちへ伸ばされたままだった。
「ラナ、様……!」
川を背に、怯えた子供がラナから戦士に目を移す。戦士はゆっくりとセーバーの起動スイッチを押した。
子供たちの悲鳴が響く──そして、一瞬にして途絶えた。川の音だけが残った。
戦士が村中央まで戻ってくる。辺りには無惨な遺体で埋め尽くされていた。かつて平和だった村は、今や死と血だけが支配する墓標と化した。
戦士は動かずに、ただ空を見上げていた。首輪の赤い光が脈打つ──それは命令を受信した証だった。
空の彼方で雷鳴が響き、雲が裂け、巨大な白い影が姿を現す。
それはエイゾの民が天翔ける船と呼ぶ、どんな船よりも巨大だった。
山脈が空を飛んでいるかのようだった。先端を二又に分けた異形の戦艦。その船体には無数の砲門が並び、赤い航行灯が怪物の眼のように輝いている。
エイゾの大地から生命の気配が消えたことを確認すると、巨大戦艦は静かに降下を始めた。影が村を覆い隠す。夕陽は消え、黄金色だった稲畑、緑豊かな大地も──すべてが黒い闇の中へ沈んでいった。
工業惑星ペテの朝の空は今日も薄く霞んでいた。
都市アス・ラスを囲む巨大な精錬塔から白煙が立ち昇り、朝日に照らされた金属製の建造物群が鈍く光る。無数の配管が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、頭上を貨物シャトルが唸りを上げて飛び交う。
その路地裏で子供たちが遊戯用ドロイドを囲んでいた。
「動かない……」
「さっきまで動いてたのに」
「壊れちゃったのかな?」
ドロイドは地面に座り込んだまま反応を返さない。子供たちは交代で起動スイッチを押したり叩いたりしているが、一向に動く気配はなかった。
途方に暮れていた──そこに一人の
「あっ」
子供の一人が嬉しそうに声を上げた。
「こんにちは」
青年は優しい口調で挨拶する。
「ドロイドが壊れちゃったの」
「見せてくれないか」
子供たち全員の期待の目を一身に受け、ドロイドを立たせる。星のような聖痕が刻まれた右手を当てた。
「直る?」
「少し待ってくれ」
少しして、カチッと言う音が聞こえた。青年はそっと右手をドロイドの外殻から離す。
すると故障した遊戯用ドロイドが再び動き出した。理力と呼ぶ銀河の力で、回路を繋ぎ直し修復したのだ。
子供たちから歓声が上がった。
「ありがとう、アスタラさん!」
子供たちが笑顔で駆け寄ってくる。その青年──アスタラは微笑みながら立ち上がる。
アスタラは理力を使うエイゾの一族の末裔だった。かつて故郷を追放され、輸送船のパイロットであるナーシャとドロイドのダイスと共に銀河を旅し、タドラ・シャナックの野望を打ち砕いた。
そして今、アスタラはペテで修理工として暮らしていた。ナーシャたちと別れてから、もう一年になる。
エイゾにいた頃とはまったく違う生活だが、機械の扱いにもすっかり慣れた。今では簡単な修理なら理力に頼らずともこなせる。銀河の常識も覚え、かつての世間知らずの姿は鳴りを潜めつつあった。
笑顔で手を振る子供たちに、手を振り返しながら見送ると、アスタラは今日も修理工としての仕事へ向かう。
仕事場があるベル・テルに向かう前に、まずはいきつけのカフ・ショップに寄る。
「おはよう。アスタラ」
「おはよう。ブラック」
カウンターにクレジットを置くと店員はいつものように注文を受けた。
「はいはい。いつものね」
ブラックのカフ、その隣に砂糖とクリームを置く。アスタラはそれをドバドバと入れる。
「アスタラ。それ混ぜたメニューはあるけど?」
「自分で好きな分を入れたいんだ」
「いつも入れすぎだって」
店員の苦笑を背に受けながら、甘くなったカフに口を付け、いつもの通勤路を歩く。
「おはよう」
「おはよう。アスタラ」
「おはようさん」
「今日も精が出るね」
周囲からの挨拶を返しながら、アスタラはスピーダー・バイク置き場へ向かった。
中古品のスピーダー・バイクに跨り、荒野を通ってベル・テルのドックに向かう。風を切る感覚だけは、かつてエイゾの草原を愛馬のクルルと駆けていた頃と変わらなかった。
ベル・テルの修理ドックの一つ、ピクル社の中でアスタラは故障した貨物船の底に潜り込み、底部の回路と向き合う。
頭上には複雑に張り巡らされた配線。焼け焦げた回路基板。貨物船特有の油の臭いが漂っていた。
以前のアスタラなら何がなんだか分からなかっただろうが、今は違う。一本一本の配線の役割も理解し、故障箇所も見える。機械の声が聞こえるようになった、と言ってもよかった。
「おい、アスタラ。どんな感じだ?」
「親方。なんとかなりそうです」
店主である類人猿に似たラサットのピクルに声を掛けられたアスタラがそう返す。
「本当か!」
客が顔を輝かせた。
「心配するな。
ピクルが笑う。
故障の原因を一目で見抜き、修理も驚くほど早い。アスタラを雇ったピクルを幸せ者だ、と言う者もいるほどだった。
その証明のように、アスタラは右手を伸ばした。工具箱の中にあるハイドロスパナがふわりと浮き上がる。そのまま理力によって引き寄せられた工具が手元へ飛んできた。
その光景に依頼主が目を丸くするのが、ピクル社ではいつもの光景だ。
無事に回路を直し、貨物船を送り出した二人。そのまま休憩に入ると、ピクルがアスタラの肩を叩く。
「アスタラ。だいぶ慣れてきたな」
「親方の指導のお陰です」
「いや、お前のその力のお陰だ。会社も儲けさせてもらってる」
そこでピクルが一旦、真面目な顔をして話を切る。
「実のところ、お前にこの店を譲ろうと思ってるんだ」
「親方……」
「俺もそろそろ
アスタラの背中をバシバシと叩く。
「『アスタラ・ユニバースリペア社』! どうだ!」
まるで自分のことのように嬉々として語るピクルを、アスタラは苦笑しながら見つめた。
「考えておきます」
「おう! 昼飯だ!」
大口で笑って休憩スペースに向かうピクル──その瞬間、アスタラの視界を黒い闇が覆った。
胸の奥を何か冷たいものが貫き、世界から音が消える。ピクルの声も、ドックの機械音も、何も聞こえない。ただ、果てしない闇だけが広がっていく。
「ぐっ……⁉」
理力を通して、突如として負の感情がなだれ込んできた。悲鳴、恐怖、絶望。そして、何十もの命が消えていく感覚。アスタラは作業台に手をつき、息を詰まらせた。
「ん? おい、アスタラ大丈夫か⁉」
ピクルが声を心配して声を掛けてくるが、言葉が出ない。
故郷の緑の平原、カイバー・クリスタルの巨石を囲んで祈る一族の面影。そのすべてが血の色に染まっていくのを感じた。
右腕の聖痕が激しく脈打つように疼く。タドラとの一件以降、痣はもうほとんど痛まないまでに癒えていたはずだった。
しばらくしてようやく気配が消えた。アスタラは目を閉じたまま膝をつき、荒く息を吐く。
理力の繋がりが途絶えていた。フィーマの気配も。ラナの気配も。村人たちの気配も。何も残っていない。
「……エイゾが」
右腕を抑えながらアスタラは立ち上がるとピクルを見た。
「……アスタラ、大丈夫か?」
アスタラは一年間、親方として支えてくれた相手を見据える。
「私は、故郷に帰らなければならなくなりました」
「えっ……辞めるのか?」
ピクルの残念そうな顔にアスタラも顔を曇らせる。
「……おそらく故郷で何かが起きました。……戻れるかどうかも分かりません」
「……そうか。そうか」
到底、受け入れられそうな表情ではなかったが、何度か頷いた後、最後に力強く頷くとアスタラを見た。
「行ってこい。きっと、お前はこんな所で収まる人間じゃないんだ」
「親方、お世話になりました」
頭を下げるアスタラにピクルは笑顔を見せる。
「何があっても頑張れよ」
「はい。これまでのこと絶対に忘れません」
急いで店を出ようとした。
「待て!」
その直前にピクルに呼び止められた。振り返ると小袋が飛んでくる。受け取って中を見ると大量のクレジットが入っていた。
「親方……」
「退職金とボーナスだ!」
ピクルは豪快に笑った。アスタラはもう一度、深く頭を下げて、ベル・テルの雑踏に消える。
その笑顔が少しだけ寂しそうに崩れた。
「元気でな……」
アス・ラスにある自宅に戻ったアスタラは、元々少ない荷物を、引っかき回すようにまとめる。その物音に何事かと部屋の前に野次馬が集まった。
「一体全体、どうしたんだい?」
騒ぎを聞きつけた大家が、野次馬の間を縫ってやってくる。
「故郷に戻ります。部屋も今日で引き払います」
大家に背を向けて早口に言う。
「そんなに急いでかい?」
「急ぎます」
「そうかい……寂しくなるねえ。あんたのお陰でアス・ラスの子供らが、外に出られるようになったようなもんだからね」
かつてアスタラがペテに降り立った時、アス・ラスに根を張っていた荒くれたちを追い払ったことで治安が良くなった。
それを感慨深げに言う大家を横目に、アスタラがつぶやく。
「……船を探さないと」
「船? あんただって持ってるだろう」
「もっと速い船が必要です。銀河一速いくらいの」
そう言って、ある人物の顔を思い浮かべる。鏡のように輝く船に、赤髪に青いジャケットを着た、誰よりも操縦桿を握ることを愛した腕利きのパイロット。
「……腕のいいパイロットも」
「そんなのあてはあるのかい?」
「ええ、一人だけ。回り道してでも会うべき相手です」
荷物をまとめ終えると、荷箱の奥にしまっていた、鈍く輝く筒状の柄を取り出し、強く握り締める。何度も命を救われた相棒。右腰の工具ベルトの空きに収める。
そして、戸棚から古めかしい茶色のマントを出す。マントを羽織った瞬間、修理工として過ごした一年が遠い夢のように感じられた。
子供たちの笑顔。ピクルの大声。毎朝飲んでいた甘すぎるカフ──そんな平穏な日々が、もう二度と戻らない気がした。
「お世話になりました」
大家や野次馬たちに頭を下げると足早に家を飛び出した。
ドックに向かう道中で通信機を取り出し、記憶していた番号へ呼びかける。
「聞こえるか」
返事はない。何度か呼び出し音が続く。もしかすると届かない範囲にいるかもしれない、嫌な予感が胸を過った──その時だった。通信機から懐かしいバイナリー音が響く。
「ダイス?」
アスタラは思わず足を止めた。一年ぶりに、この銀河で今すぐに頼れる相手の声を聞いた気がした。
「ダイス。アスタラだ。今どこにいる?」
短い電子音が返ってくる。アスタラは頷くと、停泊中の自分の船があるドックへ向かって駆け出した。