旅に出て三年が経ち、紆余曲折を経てペテで働いていた私は、仕事の休憩中に凄まじい負の感情を感じた。それは故郷であるエイゾに済む全員の悲鳴。
何か恐ろしいことが起きた気がした。それを確かめるために、私は顔馴染みである一人のパイロットに会いに出た。
〈シナトベ〉を操る、赤毛で青いジャケットの船長……本当は気が進まなかったが、贅沢は言っていられなかった。
火山惑星であるユヤは娯楽惑星とも呼ばれ、銀河の娯楽街とも呼ばれる賑やかな星だ。カジノ、劇場、レストラン、風俗店が立ち並び、あらゆる種族が欲望と娯楽を求めて集まってくる。
その奥にそびえ立つ「グランドホテル・アブラヤ」の
その中では銀河で最も有名なカードゲーム、サバックが行われており、そのテーブルの一角では異様な熱気に包まれていた。
ギャラリーたちは固唾を呑んで見守っていた。女がテーブルに座った時点で、今日の勝敗は決まったようなものだからだ。
赤髪を肩近くまで流し、青いファー付きのジャケットを着た女。胸元には鳥を模した細工のペンダントが揺れている。
持っている手札をテーブルの縁でコンコンと叩く。向かいに座る緑色の肌で一つ目のアビシンを値踏みするように片眉を上げた。
「手札は揃ったの?」
向かいのアビシンは答えない。額には汗が浮かび、握ったカードの端が震えている。
「プラス一だ!」
ギャラリーから歓声が上がる。この流れなら勝負は決まったも同然だった。女も肩をすくめた。
「いい手ね。すごくいい手」
「認めろ。俺の勝ちだ!」
アビシンが勝ち誇ったように叫ぶ。
「えぇ、認めるわ──私には幸運の女神がついてるって」
ニヤリと笑って手札を広げた。
「サバック」
一瞬、場が静まり返る。次の瞬間、ギャラリーからどよめきが爆発した。
女は賭けられたチップを自分の方に抱き寄せる。
「待て、これはどう見てもイカサマだ!」
アビシンが顔を赤くしてテーブルを拳で叩き、立ち上がる。周囲の観客がざわめく。
「七連勝なんて絶対におかしいだろ!」
「知らないわよ」
すると同じテーブルに座っていた中からも疑念の声が上がり始めた。
「お前、何か仕掛けてただろ! 密輸屋!」
「ナーシャよ」
その女はナーシャ。滅亡した惑星フー最後の女王──アナスタシア・ナジカ・バレイ=フー十世。フー王家唯一の血を引く者だ。
だが、今は輸送船の船長兼パイロットとして銀河を飛び回っていた。そのため、この程度の小競り合いにも慣れている。ブラスターのホルスターに手を置く。
「証拠も無く、そんなこと言わないでよ」
「証拠? 負けた俺たちがその証拠だ!」
「あんたたちのツキが無かっただけよ。私のせいにしないで。意味わかる?」
「なんだと!」
アビシンが腰のブラスターに手を伸ばした。それを合図に同席していた敗者たちも立ち上がる。
「最初から怪しいと思ってたんだ」
「七連勝なんてあり得ねえ」
気付けばナーシャは半円を描くように囲まれていた。いくつもの銃口が彼女へ向けられる。
ナーシャはため息をつきながら、ゆっくりとブラスターのグリップを握った。
「……ユヤを出禁になりたいの?」
「お前さえいなくなれば取り返せる!」
アビシンの指が引き金にかかる。カジノの喧騒が遠のいたように感じた。一触即発になろうとしたその時。
「そこまでだ」
静かな声がその場の雰囲気を切り裂く。
聞き覚えがあったナーシャが視線を上げる。目の前の壁にマントを羽織った男の影が伸びた。
振り返ると、入口には服以外は見慣れた青年が立っていた。
「……アスタラ」
ところが、一年ぶりの再会にしては、ナーシャの態度はあまりにも素っ気なかった。
しかし空気はすぐに変わる。
「誰だお前は⁉」
「彼女の知人だ」
「ならお前も共犯だ!」
ブラスターを向けられる。アスタラは抵抗の意思はないと手を出す。
「話を大きくする気はない。どうか穏便にブラスターを下ろしてくれないか?」
「ふざけるな!」
聞く耳を持たない相手に、アスタラは小さく息を吐くとパチンと指を鳴らした。
その瞬間、理力が空間に広がった。カジノにいたナーシャ以外の全員のブラスターが火花を散らす。
昔のアスタラには到底できなかった芸当だった。機械を知り、回路を知った今だからこそできる理力の使い方だ。
何が起きたのか理解できず、その場にいた者たちは呆然と立ち尽くした。
一方で、ナーシャは慣れた様子でカードをディーラー・ドロイドに渡す。
「相変わらず、凄まじいわね」
チップを数え始めたナーシャに歩み寄ると耳元で囁く。
「……理力でゲームを弄るのは感心しないぞ」
ナーシャも理力の流れを感じ取れるだけの感応力は持っている。サイコロを自分に有利に動かすことも。
「ほっといてよ」
つっけんどんな返事をしながら、アスタラに巻き上げたチップを見せる。
「あんたも一ゲームやる?」
「やらない……話がある」
「何?」
「早い船を探してる」
「探せばあるんじゃない?」
ナーシャは興味なさそうにチップに目を向ける。
「腕利きのパイロットも」
「紹介してあげましょうか?」
「……運んで欲しい荷物がある」
「へぇ、何?」
「男一人」
「ふーん、どこまで?」
「エイゾまで」
チップを触る手が止まった。
「……帰る気になったの?」
「違う」
アスタラの声は低かった。
「何かが起きた。それを確かめたい」
ナーシャの瞳が細くなる。
「……これは好きにして」
勝ち取ったチップの山を無造作にテーブルの中央へ押し出す。
「〈シナトベ〉は?」
「いつでも飛べるように準備してある」
困惑したままの客とスタッフを残し、二人はカジノを後にした。その背中を、誰も引き留めることはできなかった。
「もう一つ」
店を出たところでアスタラはナーシャの手首を掴んだ。
「何よ?」
不満そうに眉をひそめるナーシャ。アスタラが指先を払うと、袖口から一枚のカードが滑り落ちた。緑色のサイロップのカード。先ほどの勝負で使うつもりだった隠し札だ。
「次は助けないぞ」
アスタラは冷たく言い放つとカードを放り捨てた。ナーシャは深いため息を吐くと、その背中を追った。
人で賑わうユヤの大通りを横並びで歩く二人。
「一年ぶりに会って、五分で説教? 変わったわね」
「お前は変わらない。すぐに危険なことに首を突っ込む」
嫌味を言い合っていると、一人の客引きの女が迫ってきた。
「ねぇ、そこのお兄さん、ウチのお店に興味ない?」
「私は興味ない」
アスタラは顔の前で軽く手を上げた。女が驚きで一瞬だけ目を瞬かせる。
「お兄さんは興味ないわね」
理力で考えを誘導したことで、素直に話を聞く女。もう一度、手をかざす。
「こんな所にいないで人生を見つめ直した方が良い」
「こんな所にいないで人生を見つめ直した方が良いわね」
アスタラにそう言われて、おとなしく店に戻っていった。
「何も真人間にすることはないでしょ」
「人生を見つめ直す機会は誰にでも必要だ」
「どうやって私の居場所を?」
「ダイスに教えてもらった。お前が出ないからだ」
「忙しかったのよ」
ナーシャがチラリとアスタラの服装に目を向ける。
「その格好は何?」
「ペテで修理工として暮らしていた」
ナーシャが皮肉めいた笑みを浮かべた。
「へぇ、狭いとはいえ銀河を救った英雄様がね」
「何故、ユヤにいる? 出禁になったんじゃなかったのか」
「人聞きの悪いこと言わないで、取引先じゃなくなっただけよ」
ナーシャが意地が悪そうに笑う。
「なんでか安価な量産バブ・フラワーの仕入れ先がなくなってね。ヴァバが私に泣きついてきたの」
その原因が、かつてタドラの工場を爆破した自分たちであることは、二人とも口にしなかった。
「ノーフェイから必要な分を日帰りで運べる。そんな理想的な運び屋がここにいるから」
ナーシャは胸を張った。
「報酬は無し。その代わりユヤの施設は使い放題。カジノの取り分も一割貰える。賞金が二万クレジットでもね」
「それでイカサマか」
「お陰で借金が全部返せた」
「そんなことのために理力の扱い方を教えたわけじゃないぞ」
「どう使うかは教えなかったでしょ」
するとアスタラがナーシャを止めるように腕で制する。
「何──」
一人の男が、必死の形相で二人の前を駆け抜けた。次の瞬間、その体に触手が巻きつく。男は悲鳴を上げながら部屋の中へ引きずり戻された──粘着質な何かが丸呑みにする音がした。壁には触手を伸ばす怪物の影が動く。
「……今度の彼は一週間持つといいけど」
安全確認をして、二人は歩みを進める。
「彼女、いい人よ。誰彼構わず、食べようとしてくるのを除けば」
「話せたのか?」
「……そんなわけないでしょ」
歓楽街の外に出る二人。ドックは目の前にあった。
「友人として忠告する。こんな生活は続けるな。王族だった父上と母上が悲しまれるぞ」
「それは関係ないでしょ」
開閉端末を触ろうとして振り返る。
「言っとくけど、女王の誇りは捨ててないから」
カジノの時とは違い、真っ直ぐな目でそう言うと中に入っていく。
「……やはり変わらないな」
それを見たアスタラはどこか安心したようにつぶやいた。
ドックの中には、全面が磨かれた鏡のようで両翼に有機的な曲線を描く、横長の銀色に輝く船体。一年前と変わらず、生き物のような流麗な美しさをたたえている。ナーシャの宝である〈シナトベ〉。
「相変わらず美しいな」
「当然でしょ」
「だが改造し過ぎだ。回路や配線をとっかえひっかえしているから、〈シナトベ〉から窮屈だと伝わってくる」
「私の船と勝手に話さないで」
伸びたランプウェイから二人は船内に乗り込む。
頭がドーム型の黄色いドロイドが両アームを振って出迎えた。
『アスタラ、久しぶりだな!』
「元気だったか、ダイス」
『会えて嬉しいぜ。この一年、ナーシャが無理──』
「余計なこと言ってないで、さっさとエイゾまでの航路探して」
『……はいはい』
操縦桿を握るナーシャに睨まれ、ダイスはすごすごと接続スロットに収まった。アスタラも定位置だった副操縦席に座る。
〈シナトベ〉はユヤの大気圏に出たところで、ハイパースペースへと跳び込む。
『エイゾまで約三時間だ』
「ずいぶんと最適化したな」
「この前はケッセル・ランを二十パーセクで通れる道を見つけたわ。メイルストロームを無視できる。私と〈シナトベ〉が一番よ」
「お前が見つけたのなら、いずれ誰かが見つける。今ではハイパードライブ関連の技術は銀河中に普及しつつある。お前はスタートラインを作っただけだ」
「……それまでは私が一番よ」
「……それに、一週間に一回は部品を入れ替えるなんて狂気の沙汰だ。いつまで改造する気だ」
「私が死ぬまで。まあ、死ぬ時は〈シナトベ〉と一緒ね」
アスタラは目だけをナーシャに寄越す。
「それでいいの」
それきり会話が途切れた。操縦席のナーシャは前を向いたまま、アスタラも窓の向こうに流れる青い光を見つめる。一年前なら、こんな沈黙も気にならなかった。
数時間後、〈シナトベ〉がエイゾの軌道上に現れた。
「何……胸がざわざわする……」
ナーシャが
「……降りるわよ?」
恐る恐ると尋ねるとアスタラは神妙な面持ちで頷いた。
〈シナトベ〉がエイゾの大気圏内に入る。緑豊かな森は残っていたものの、集落は廃墟と化していた。
「何があったの……?」
地表に降り立つと、アスタラは真っ先にハッチを開ける。焼け焦げた匂いがコックピットに流れ込むのも構わず、外に飛び出した。
かつて賑やかだった集落は、死の静寂に包まれていた。無残に殺された顔見知りたち。かつて住んでいた家々は破壊され黒い跡が残っている——アスタラには見覚えがあった。ライトセーバーで焼かれた跡だ。
「ひどい……誰がこんな……」
後から降りてきたナーシャが背後でつぶやいた。
アスタラは集落の中心へと走った。かつて村の全員が集まった広場には、何も残っていなかった。
一族の信仰の
生き残りがいないか、ダイスを合わせた三人で手分けして村中を探し回るが、絶望的だった。
「アスタラ! こっち‼」
村から少し離れた所を散策していたナーシャが叫んだ。
「女の子! まだ息があるわ!」
「……まさか」
駆け寄るとナーシャが瀕死のラナを抱えていた。
「ラナ!」
「ア……スタラ……さま……」
アスタラに気づいたラナがかすれた声で言った。駆け寄ると、ナーシャの代わりに抱き上げる。
「何があった……⁉ 誰が……!」
「黒い……ローブの……戦士……」
ラナが喘ぎながら言った。
「赤い……仮面と……セーバー……」
「フィーマ様は?」
ラナは静かに首を横に振る。
「……巨石は?」
「うばわれ、ました……」
ラナの目から涙が溢れ出す。
「おおきな……船が……空から……」
呼吸が途切れ途切れになる。
「ラナッ!」
「さいごに……アスタラさまに、おあいできて……」
安心したように微笑んだラナの手の力が緩むと動かなくなった。ナーシャが思わず顔を背ける。
「ラナ……すまぬ……」
アスタラは目を閉じ、深く息を吸った。悲しみを押し潰すように、怒りが込み上げる──右腕の聖痕が再び熱を帯びた。
村に残された遺体を一つのあばら家に集めると、アスタラは静かに火を放った。その炎は瞬く間に燃え盛ると、三人の前で煙が天高く伸びていく。
それを見ながらアスタラは、残っていたフィーマが着ていたローブを握り締めた。フィーマの遺体だけがどうしても見つけられなかった。
生きている。そう信じたかった。
「……再び会うことになるとはな。アスタラよ」
その声にハッとして振り返ると、そこには、かつて自らアスタラを追放したフィーマが淡く青い姿で立っていた。
「フィーマ様……⁉︎」
「えっ?」
ナーシャがアスタラが見ている方を見る。姿は見えないものの、何かの
アスタラが驚きながら前に出る。
「生きておられたのですか⁉︎」
「いや、私もあの漆黒の戦士に殺された」
「なんですって……では、そのお姿は?」
「理力と一つになった者だけが至る姿だ」
「そのような話は……聞いたことがありません」
「そなたが族長になっていたら、話すつもりであった」
フィーマの姿が揺らぐ。
「フィーマ様……⁉」
「……あまり長くこの姿は保てぬようだ。アスタラよ……巨石を悪用しようとする者たちがいる。その前に止めるのだ」
「いかにしてです?」
アスタラが必死に尋ねた。
「どこへ向かえば、よいのですか?」
「巨石の……
だんだんとフィーマの姿が虚ろになっていく。
「巨石は……力を放ち続ける……」
そして、完全に消える寸前。
「……アスタラよ。悪意をもって理力を振るってはならぬ。決して忘れるでない……。巨石の加護と共にあらんことを……」
フィーマの姿は光の粒となって風に溶け、静かに消えた。
「アスタラ」
話を終えたと悟ったナーシャが静かに声をかけてくる。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
アスタラは立ち上がった。
「だが、やるべきことができた」
アスタラは目を開けると、周囲に広がる故郷の跡を見つめた。
「巨石の残滓を追う。フィーマ様が言われた通りに」
「どうやって?」
ナーシャに尋ねられ、アスタラは右手を上げた。目を閉じ、集中する。理力が周囲の空間に広がった。焼け焦げた地面、破壊された家々、そしてかつて巨石が立っていた空間へ。
「感じる……」
アスタラがつぶやいた。
「巨石の残滓だ……まだ消えていない」
目を見開くと、瞳には青い光が宿っていた。
「この残滓は……銀河のどこかに続いている」
「なら、行くしかないわね」
二人は視線を交わすと、〈シナトベ〉へ向かった。
コックピットに入るとダイスが室内いっぱいに星図を映し出した。
アスタラは目を閉じ、星図へ右手をかざす。エイゾから奪われたカイバー・クリスタルの巨石が残した理力の痕跡を静かにたどっていく。
アスタラの指先が星図の上をゆっくりと滑る──やがて動きが止まった。
「ここだ」
ある一点を指した。それを見たナーシャが困惑する。
「……本当にここ? 惑星も基地も無いわよ」
アスタラの指は、周囲を惑星に囲まれただけの何もない宙域を指していた。
「無駄骨になるかもしれないわよ?」
「分かっている」
アスタラは自分に言い聞かせるように頷いた。
「でも、行くしかない」
ナーシャはダイスと目を合わせ、ため息を吐く。
「……お客様の言う通りに」
〈シナトベ〉が離陸し、エイゾの軌道上へと上がる。
『航路計算完了。いつでも跳べるぞ』
「了解」
ハイパースペースへ飛び込む準備が整う。
「行くわよ」
ナーシャがハイパードライブの起動レバーを引く。
窓の外の星々が、一斉に青い光の筋へと引き伸ばされる。
奪われた巨石の残滓を追い、〈シナトベ〉は未知の宙域へと消えていった。