銀河全体を危機に陥れる石花病。その治療薬には二種類の材料が必要だとソフィアさんは言いました。
花の蜜を探すナーシャさんたちと、氷晶を探す僕たち。僕はアスタラさんとソフィアさんと一緒に、ルプスという雪山の惑星へ向かいます。雪をちゃんと見たことがない僕には、どんな星なのか想像もつきません。
今は万全の準備を整えて、ソフィアさんが用意した宇宙船〈テティス〉に乗り込んで、出発する直前です。
正直なところ、どんな冒険が待ち受けているのか、ワクワクしています。
〈テティス〉への荷物の積み込みを終え、ソフィアの側近たちが見送りに来ていた。
「ソフィア様、くれぐれもお気をつけて」
「では、行ってまいります」
ソフィアが船内へ入っていく。続けて、アスタラとパドゥに声を掛ける。
「お二人も、どうかご無事で」
「ありがとう」
「行ってきます!」
「……くれぐれも、お気をつけて」
なぜか念を押すような言い方が気になったが、二人も船内へ入っていく。
手を振りながら側近の一人がつぶやいた。
「大丈夫でしょうか……」
「ああ──あの二人が無事に戻れればいいんだが」
二人には聞こえないように、不安そうな声で返した。
ソフィアが操縦席に座る。普段は落ち着いているが、珍しく目を輝かせている。
「荷物の確認をしました。大丈夫です!」
パドゥが報告を終えて席につく。
「では、離陸します」
ゆっくりと操縦桿を握った。
「初めての操縦……楽しみです」
「えっ?」
座席に座った二人が同時に声を上げた。聞き捨てならない発言だ。
「……ソフィアさん、操縦経験は?」
パドゥが聞き間違いかと確認する。ソフィアが少し考える。
「ありません。楽しみですね!」
嬉しそうに返すのを見て、アスタラとパドゥは顔を見合わせた。
「えっと、初めてというのは……?」
「言葉通りです」
あまり感情を出さないアスタラの顔にも、不安が募る。
「訓練をしたことは?」
「座学なら」
「実技はどうなんだ?」
「一度も」
青ざめる二人に、なぜ質問されているのか分からない様子のソフィア。
ソフィアに悪気がないことは分かった。操縦できるという喜びも本物だ。そのため、アスタラも強く止められなかった。
「……慎重にな」
「はい!」
溌剌とした声で、ソフィアが計器を一つずつ確認する。
「では──エンジンは」
ソフィアがキョロキョロと見まわす。アスタラが指を差した。
「そのレバーだと思う」
ソフィアが少し動かすと、エンジンが低く唸る。
「起動しました」
「……大丈夫かなあ」
「大丈夫です」
「今ので不安だ」
「なぜですか?」
「僕たちとの、大丈夫、の基準が違うから……」
ともかく〈テティス〉のエンジンが起動した。ソフィアが真剣な顔付きで操縦桿を見る。
「えっと次は、操縦桿を押し込む」
「ソフィアさん、ゆっくり」
「分かっています」
少し押す。機首が上がり、天井にぶつかる。船体に衝撃が走った。
「ソフィアさん⁉︎」
「あっ、上げすぎました」
「操縦桿を戻すんだっ……」
ソフィアが操縦桿を手前に引く。今度は機首が床にぶつかった。
「ちょ、ちょっと⁉︎」
慣れていないため操縦桿を左右に切る──船体をガツンガツンとドックにぶつけながら、どうにか海中へ出た。
「……私が変わろうか」
「大丈夫です。慣れてきました」
「どこが⁉︎」
〈テティス〉はフラフラと揺れながら海から飛び出し、そのまま大空を駆け上がって大気圏外へ出る。
「久しぶりの銀河です……」
銀河の光景に目を輝かせるソフィアに、アスタラが肩を叩く。
「感動するのは後にして、とにかくルプスに向かおう」
「そうですね。ハイパードライブ起動」
ソフィアは教えられていたレバーを倒す──なんの反応もない。
「……あら? これでハイパードライブが作動するはず……」
「コンプレッサー」
二人がスイッチの一つを指す。
「ああ」
納得した様子で押した。
「うわぁ⁉︎」
パドゥが座席に押し付けられ、凄まじい速度でハイパースペースに跳んだ。
「綺麗……」
目の前に広がる青と光の線に、ソフィアが見惚れていた。
眺めること数十分後、コックピットに警報音が鳴り響く。
「今のは?」
「到着音ですね。ハイパードライブ解除します」
「了解……」
レバーを戻すと星の流れが止まり、三人の目の前に広がるのは──一面の白。
「……あれ?」
目の前にあるのは星ではなく、雪山だった。ハイパードライブを解除するタイミングが遅れ、すでに大気圏内まで入っていた。
「ソフィアさん⁉︎」
「機首を上げろ!」
操縦桿を引くが、雪山をいくつも掠め、雪原へ突入する。
「うわぁぁぁ!」
〈テティス〉は何度もバウンドし、雪の上を滑り、雪煙を巻き上げた。
ガツンという衝撃で、コックピット部分が岩にぶつかる。前傾にバランスを崩す──ゆっくりと船体が浮き上がり、上下逆さまに倒れた。
逆さまになった船内を、しばらく沈黙が包んだ。
「無事、着陸しましたね」
「してない!」
何事もなかったように言うソフィアに、二人がツッコんだ。
「……どうしましょう?」
「問題ありません」
ソフィアが操作パネルの一つを押す。船体側面の装甲が開き、左右に大型の着陸脚が展開し、船体を押し上げていく。
「……最初から想定していたのか?」
「銀河では何が起こるか分かりませんから」
「……いや、ソフィアさんのためだと思います」
そして、船体はゆっくりと元に戻った。
三人は荷物を持って〈テティス〉の外に出る。
「うわぁ……!」
パドゥが感嘆の声を上げた。目の前には白銀の雪景色が広がっていた。
「相変わらず、派手な登場だな!」
その景色に目を奪われていた三人が振り向く。
「久しぶりだな。アスティ!」
頭から角を生やし、顎髭から頭頂部まで、茶色の髪が繋がるように伸びた、防寒具を着た異星人が笑っていた。
後ろには、ガイドらしき二十人ほどの人間を引き連れている。
その相手を見て、アスタラが珍しく露骨に嫌な顔をした。
「ペティル・ペイトン……」
「……お知り合いですか?」
パドゥが恐る恐る尋ねる。
「おう! アスティとは古馴染みでね!」
「その愛称で呼ぶな……。ナーシャがいたら躊躇いなく撃ってただろう」
アスタラが心底うんざりした顔をする。
「違いねえ! で、こちらの女性は?」
ペティルは豪快な態度から一転、紳士然とした振る舞いでソフィアの手を取り、その甲に口付けする。
「……ソフィア・マーレと申します」
警戒しながら名乗る。
「ペティル・ペイトン。しがない考古学者です」
「違う。ペテン師だ」
アスタラが即答する。
「ナーシャたちと旅をしていた頃、何度もこの男に騙された」
「偶然、俺の方に運が回ってくるだけさ」
「考古学者でもない。手に入れた品を裏オークションに流している」
「手に入れた物を、どうするかは俺の勝手だろ」
アスタラがため息をつく。
「どうしてここにいる?」
「そりゃこっちの台詞だが──俺はフローズン・クリスタルを探しに来た」
「フローズン・クリスタル……」
ソフィアがつぶやく。
「銀河各地に存在する、希少な天然の特殊氷さ」
そこからペイトンの解説が始まった。
外見は透明な氷の結晶だが、内部には莫大な量の天然水が封じ込められている。通常の氷とは異なる特殊な結晶構造を持ち、その水を長期間、安定した状態で保存できる。
水資源としての価値もあり、一つの氷晶に含まれる水は膨大で、かつては一つの惑星の水不足を救ったという伝説すら残っている。
「俺の故郷にもあるが、普通は小指の先ほど、ってもんだ。ところがルプスには、比較にならねぇ巨大な氷晶が存在するらしいんだ」
「……誰に雇われた?」
アスタラは話の流れから、誰かに雇われたのではないかと推測した。そもそも、ただの大きな水の塊に、突然価値を見出したとは思えなかった。
「勘ぐりすぎだよ、アスティ。考古学者としての知的好奇心だ」
あくまでも笑顔を崩さないペイトン。そのやり口には、何度も騙されてきた。
「信用しない方がいい。出発しよう」
アスタラは首を横に振ると、二人に声を掛け、雪山に向かって歩き始める。
「そうか! そっちもそれ目当てか!」
合点がいったようにペイトンが追いかけてくると、無遠慮にアスタラと肩を組んだ。
「どうせなら、一緒に行動しようぜ。知らない仲じゃないんだ」
「知ってる仲として、断る」
「伝説ではデカいんだぜ。山分けしようや」
「九割持っていくお前に、一割も渡す気はない」
石花病の治療薬のためには、少しでも多く欲しい。独り占めされては困る。
「頑固だなあ」
「誰のせいだと思ってる」
「まあ、俺なら三人で雪山に入らないけどな」
「……どうして?」
少し興味を持ったパドゥが聞いた。
「ユルガンの縄張りだからだ」
その名前を聞いたソフィアの顔色が変わる。
「ユルガン……ワンパの亜種ですね?」
「その通り。マーレ嬢は、大変、博識でいらっしゃるようだ」
「ソフィア、危険なのか?」
「縄張り意識が強い上、群れで行動すると聞きます。襲われれば、ひとたまりもないでしょう」
アスタラは少し迷った後、白い息を吐き、笑みを浮かべるペイトンと、その後ろにいる調査隊を見た。
「……今回限りだ」
「そう来なくっちゃな!」
不本意ながらも、銀河を救うため、調査隊に加わることになった。
調査隊が荘厳な雪山に近づくにつれ、パドゥの冒険への興奮は、次第に疲労と後悔へと変わりつつあった。
「思ったより遠いなあ……」
「そう言うもんだ!」
パドゥの弱音に、雪山の惑星で育ち、過酷な環境にも慣れているペイトンが、笑いながら背中を叩く。
どうにか
アスタラが疲れた表情で荷物を置き、岩の上に腰を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「少し、調子が悪い……」
「もしかして発症したんじゃ……!」
「……いや。そういう
アスタラは手を握ると、開く動作を繰り返す。理力がうまく働いていない気がした。原因は不明。
ただ、山に近づくにつれて、理力の感覚がおかしくなっているのは間違いなかった。
「あっ!」
ソフィアが、アスタラの座る岩を指を差す。毛の生えたトカゲのような生き物が、小さな洞穴に潜り込んだ。
「イサラミリです! 惑星マーカーにしか生息していないと思っていたのに、こんな所にも!」
「どんな特徴があるんですか?」
「性格は穏やかで、樹上に群れで生息し、爪を枝に直接埋め込むことで栄養分を摂取している……という特徴以外は、特に聞いたことがありません。おそらく新種でしょう。勿体無いことをしたかもしれませんね……」
ソフィアの説明にペイトンが口を開けて笑う。
「流石の知識量だ! この旅が終わったら是非とも知識比べをしたいものです」
「丁重にお断りします」
ソフィアは笑いながら有無を言わさない様子で断った。
「まあ、今日は雪山の中に入って、中腹辺りまでは行きたいところだ」
「そうですね。そこでビバークをしましょう」
アスタラは若干の違和感を覚えつつ、休憩を終えた調査隊は進軍を再開した。
数時間後、予定通り中腹付近まで辿り着くと、調査隊はテントを張った。
パドゥが持ち込んでいた着火装置で焚き火を付ける。
「やるな坊主!」
「ありがとうございます」
食事をしながら褒めるペイトンに、パドゥは苦笑で返す。
そのまま焚き火を囲んでいると、ソフィアが興奮した様子で戻ってきた。
「心配したぞ。どこに行ってた?」
「わたくしのテントの傍に洞穴があって、少し覗いてみたんです」
「マーレ嬢。危険ですよ」
「でも、ある物を見つけました!」
手の中を見せると、綿が凍ったような物があった。
「なんですかそれは?」
「アイスアントが卵を産みつけた跡です。熱源を狙って襲ってきて、体液中の水分を急速に結晶化させる唾液を持っています。一匹に噛まれたくらいなら、冷えるくらいで済みますが、大量に襲われたら……」
「……どうなるんですか?」
パドゥは嫌な予感を覚えながら尋ねる。
「獲物を氷像化して、中に卵を産みつけます」
寒さとは別の意味で、背筋がゾッとすることになった。
そのうち、暗くなり焚き火の炎だけが辺りを照らしていた。
先ほどまで話していたパドゥは、すでにテントに戻っていたが、アスタラは眠れそうになかった──何か嫌な予感がしていた。
「アスタラ。ナーシャと何かありましたね?」
するとソフィアが隣に座るなり、いきなり切り出してきた。
「分かるか」
「前に会った時より、二人の距離が遠かったので、すぐに分かりました」
ナーシャに想いを寄せるソフィアからすれば、二人の異変は一目瞭然だった。
「少し、喧嘩した」
「わたくしからすれば、喧嘩できる関係が羨ましい」
二人は火を見ながら、話を続ける。
「……仲直りできればと思っている」
「仲直り、ですか」
「いい方法はないだろうか?」
ソフィアはあごに手を当て考える。恋敵にアドバイスをするのは
「……キスなどどうですか?」
「キス……か」
「よりを戻すならそれが一番でしょう。ああ、ナーシャとそんなことができたなら……」
ナーシャとの妄想に入り始めたソフィアをよそに、アスタラは一理あると思ったのか、立ち上がると、どこへともなく歩いていった。
「もちろん、あなたたちはそんな関係じゃ無いでしょうけど──あら?」
アスタラは考えがまとまらないまま、いくつかの焚き火が照らす範囲の外へ、ふと目を向けた──二つの光る目が見えた気がした。
見間違いかと思ったが、火が燃える音に混じって、荒い息遣いが聞こえてきた。間違いなく、向こうに巨大な影がいくつも並んでいる。
身長三、四メートルほどの大型人型獣が鼻息荒く、こっちを見ていた。中でも数頭の口には血がついている。近くに散らばった荷物や衣服の切れ端から、ペイトンの調査隊の一人が襲われたことが分かった。
食料を奪うためか、縄張りから追い出すためか、じわじわと包囲している。
「……敵襲だッ‼︎」
アスタラがセーバーを抜いて叫ぶ。それを皮切りに、ユルガンの群れが一斉にキャンプを襲撃した。
辺りが一気に騒がしくなり、ペイトンや隊員がブラスターを構えて出てくる。
飛び交うブラスターの射撃をかわしながら、アスタラはセーバーを構えて牽制しつつ、ソフィアとパドゥの所まで走った。
「……アスタラさん!」
ソフィアとパドゥはすでに合流していた。
「二人とも無事か──っ⁉︎」
目の前にユルガンの一頭が立ち塞がるように降り立つと、咆哮を上げた。
右手を伸ばし、理力で落ち着かせようとするが、効果は見られない。
「……許せ!」
無益な殺生は好まないアスタラだが、セーバーを流れるように振り抜き、手を切り落とす。右手を切り落とされたユルガンは絶叫しながら、逃げ去っていく。
辺りは滅茶苦茶になっていた。ペイトンをはじめとする隊員たちが、薄暗い雪景色の中でブラスターを撃っている。
「宝探しの前座には、悪くねえ!」
だが、ユルガンはブラスターをものともせず、捕まえた隊員を地面に叩きつけ、別の隊員を崖下に投げ飛ばした。
「大丈夫か!」
「なんとか──後ろ!」
言われた時には雪に押し倒され、セーバーが手から離れる。どうにか仰向けになると、ユルガンが剛腕を振り下ろす。顔だけを動かして、寸でのところで避ける。
「アスタラさん!」
当たらないことに腹を立てたユルガンが、アスタラの体を掴んで拳を構える──肩をワイヤーフックが貫く。
「こっちだよ! 雪猿野郎!」
パドゥが投げたワイヤーフックだ。
ユルガンが刺された怒りでパドゥに咆哮を上げる──すると、別のユルガンの咆哮が響いた。仲間が想像以上に減らされたことで、これ以上は危険だと判断したのか、ユルガンたちが一斉に逃げ始めた。
するとパドゥの腰に繋がったワイヤーが音を立てて伸びる。
「あっ……マズイ──うわぁ⁉」
体勢を崩したパドゥが引きずられていく。
「パドゥッ!」
すぐにソフィアが飛びついて捕まえるが、ユルガンの脚力に引っ張られ、二人が引きずられていく。
ソフィアはサンゴをベースにした護身用のブラスターを抜き、ユルガンの脚の関節を撃つ。
「……止まりなさい、この獣……!」
アスタラが追いかけるが、追いつけず、次第に引き離されていく──顔の横をブラスター弾が掠めた。
弾丸はそのままユルガンの後頭部に直撃し、その巨体が地面に倒れた。
アスタラが振り向くとペイトンが不敵な笑みを浮かべながらブラスターを構えていた。
「……二人とも、無事か!」
「なんとか……」
「わたくしも大丈夫です」
アスタラは二人を起こすと、体についた雪を払った。
「すまなかった。私がついていながら……」
「気にしないでください。助かりましたし、僕のフックも改良点が見つかりました」
そう返すパドゥに、苦笑を浮かべて、二人を焚き火まで連れて戻る。襲撃は止んだようだった。
「だいぶやられちまったな」
焚き火に当たりながら、ペイトンが三人に告げる。
「そうか……」
アスタラの目にペイトンが持つブラスターが映った。
「これからのことを考えて、ちょいと連中と話してくるわ」
黙って送り出すと、二人に向かって囁く。
「……彼らのブラスターは軍の武装だ」
「それってつまり……」
「……奴らを信用するな」
アスタラが静かに言う。ペイトンの雇い主が分かった。
アスタラたちは生き残った調査隊の隊員たちと固まって休み、朝日が昇ったところで登山を再開した。
そして、人が十分入れそうな大きさの洞穴を発見することができた。
「アスティ。どう思う?」
「怪しい、とは思う」
「なら、先に行ってくれ」
「遺跡なら、お前の領分だろう」
「いや、今回はお前らが先に入ってくれ」
ヘラヘラと笑いながら、隊員たちが三人にブラスターを向けてくる。アスタラはため息をつく。
「……分かった」
アスタラを先頭に、暗闇へと足を踏み入れる。セーバーを明かり代わりに点ける。隊員たちもライトを付けた。
「それで俺たちを斬るなよ」
「場合による」
照らされた洞窟の壁や天井には、至る所にイサラミリが巣を作っていた。
「ここは彼らの巣では?」
「マーレ嬢、それを決めるのは
足元に気を付けながら、慎重に先へ進んでいく。
途中で、アスタラがセーバーを消すと壁に手をつき、呼吸を整え始める。洞穴に入ってからというもの、理力が封じられたように弱まっている。
「アスタラ。大丈夫ですか?」
「ああ。気にしなくていい、ソフィア」
「……アスタラさん」
パドゥが横まで来た。
「……どうした?」
「昨日もですけど、一人でなんとかしようとしないでくださいね」
バッグからランタンを取り出し、明かりを灯す。
「頼りないかもしれないけど、僕もソフィアさんもいますから」
「そうだな……」
パドゥが一歩先を歩く。アスタラがその頼もしい背中を追う。
「ナーシャさんが言ってました。いつも一人で無茶するって」
「気をつける」
「セランの時とか」
「……他に何を聞いた?」
「オルム=アンジェの件とか」
「あれは私のせいじゃない」
ナーシャとの旅を思い返し、アスタラは苦笑しながら前に進んだ。
少し開けた場所に出る──壁に沿うように巨大な氷晶の塊があった。
「うわぁ……!」
「すげぇ……! とんでもねえデカさのフローズン・クリスタルだ……!」
全員が見惚れるように、ゆっくりと足を踏み入れる。
地面は薄氷のように、下手に力を入れると割れそうだ。
「数万年単位で銀河の水問題が解決するぞ……!」
「……気に入りません」
ソフィアだけは、冷静な視点で考えていた。
「これだけ巨大な物が長年放置されてるなんて、あからさまに怪しいです」
「私も同意見だ」
「流石、マーレ嬢だ。そこの壁を見てみろ。古代ベーシックだ」
壁面には、古代ベーシック文字が刻まれていた。
「読めるか?」
「待てよ……ほう、『欲深い者には、天罰が下る』らしい」
解読してみせたペイトンに疑惑の目を向ける三人。
「おいおい。これに関しては嘘つかねえよ。お前たちはこういう昔の注意書きは気にしないのか?」
三人がそれぞれ顔を見合わせる。
「私は掟で故郷を追放された」
「わたくしは迷信で家族から
「僕の星は昔の人間のせいで迫害されてます」
三人とも、それぞれの形で過去の
「満場一致で、気にする、だな」
肩をすくめながら氷晶を見る。
「どうする?」
「欲深いとヤバいなら、そこそこの大きさの物を頂戴すればいい」
「で、どうやって取るんだ?」
「簡単だろ」
アスタラとペイトンが話し合いをする中で、パドゥは足元に妙な感触を感じ、下を見るとイサラミリがいた。
「……あっち行けって」
足で追い払う。
「お前の理力で引っ張ればいい」
渋々といった様子でアスタラは手を伸ばすが、やはり理力が働かない。
「ダメだ……動かない」
「ズルはできねぇ、ってことか」
すると肩を叩かれる。
「じゃあ、直接取ってこい」
悪気のない顔に、仕方なく取りに行くアスタラ。
「っ!」
氷晶の目の前まで来て、触れた瞬間、アスタラは顔を歪め、手を引っ込めた。
「大丈夫ですか?」
「……手袋があっても冷たすぎる。ずっとは持っていられない」
「袋、あります!」
パドゥがカバンから袋を取り出し口を開ける。
アスタラが氷晶の一部を手に取り、手早くパドゥの袋に入れた──途端にパキパキと足元を一気に小さなひび割れが音を立てて広がる。
「……僕、嫌な予感がしてきました──うわぁ!」
バリンという音で、そこにいた全員の足元が砕けた。