STAR WARS The ONE   作:竜・M・美日

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〈シナトベ〉の日常

〈シナトベ〉の副操縦席で、アスタラは無言のまま周囲を見回した。改めて見渡せば、コックピットは有機的な曲線と温かな木目調のパネルで覆われており、どこか生き物の鼓動に似ていた。

 ひと段落したらしいダイスが、アスタラにカメラアイを向けて電子音で尋ねる。

「彼はアスタラ。新しい船員よ。用心棒を頼んだの」

 ダイスは無遠慮に全身をスキャンし、ひときわ甲高い電子音で笑う。

「服のことは言わないであげて。あんたもボロボロでしょ」

 ナーシャに図星を突かれ、ダイスが大げさに両のアームを挙げて抗議する。そのやり取りを横目に、アスタラが不思議そうに口を開いた。

「……機械と話せるのか?」

「バイナリー言語も分からないの? 本当にどこから来たのよ」

「……はるか、彼方の星から……」

 そこまで言って、アスタラは口を閉ざす。

「……まあ、誰にだって秘密はあるしね。……さてと、船の案内をしなきゃ。コンテナ持ってきて」

 ナーシャがコンソールのスイッチを切り替え、席を立つ。アスタラがぎょっとして身を乗り出した。

「舵から手を放して大丈夫なのか?」

「えっ……うん。オートパイロットにしたから……」

 見れば操縦桿が、意思を持つかのようにひとりでに動いている。

 ナーシャにとっては当たり前のことでも、アスタラには珍しいことばかりだった。床に置きっぱなしだった荷物を抱える。

「寝る場所が必要でしょ。こっちに来て」

 案内された船内は三つの区画に分かれていた。中央がコックピットと小さな機関室。左翼が貨物室で、右翼がナーシャの私室だという。限られた空間に必要な機能が凝縮されていた。

「私の部屋には、よっぽどのことがない限り入らないでね」

「了解した」

 釘を刺され、アスタラは神妙に頷く。左翼の貨物室へ続くブラスト・ドアが開いた。円形空間にはわずかな食料が積まれている。

「それは、そっちの方に置いておいて」

 言われるまま、バブ・フラワーの入ったコンテナを隅へ運ぶ。

「確か……このスイッチだったはず」

 ナーシャが壁の端末を操作すると、壁面から二メートルほどの金属板がせり出してきた。

「ごめんね、作業台にするつもりで、ほとんど使ってなかったんだけど。あとは、シートと枕、毛布くらいかな」

 ナーシャが自室から予備の寝具を抱えて戻ってくる。

「我慢してね」

「十分だ。ありがたい」

 アスタラの素直な言葉に、ナーシャの口元に柔らかな笑みが浮かんだ。その自然な表情を見て、心に張っていた警戒の糸がわずかに(ゆる)む。

 そして、ナーシャが疲れたように背筋を伸ばした。

「うーん……。今日は大変だったでしょ。もう休んで。ユヤまでまだ時間があるから」

「そうさせてもらう」

「また明日。おやすみなさい」

「おやすみ……」

 一人残されたアスタラは腰のセーバーを解き、マントとともに壁へ立てかけた。

 即席の寝床に横たわると、意外にも体は十分に伸ばせた。静かな機械音に包まれ、久々に深い眠りへと落ちていった。

 

 翌朝、アスタラは騒がしい気配を感じ取って身を起こした。

 コックピットではナーシャとダイスが喧騒(けんそう)の真っ只中にいた。ナーシャが血相を変えてコンソールのスイッチを激しく切り替える。

「点検をサボるからこういうことになるのよ……!」

 ダイスがアスタラの傍をすり抜け、抗議のような電子音を鳴らしながらハイドロスパナを片手に機関室へと急ぐ。

「文句言わない! 節約しないとユヤまで持たないわよ! ……あっ、おはようアスタラ!」

「おはよう、ナーシャ殿」

「殿なんかいらないって。そこに座ってて」

 言われるがまま副操縦席に座る間も、彼女は余裕がなさそうに計器と睨めっこを続けている。

「ナーシャ、大丈夫か?」

「大丈夫……じゃない。かなり怪しいわ」

 アスタラには何が起きているのか分からず、ただ見守ることしかできない。

「何が起きている?」

「スロットル開けても反応が鈍い……出力が抜けてる。このままじゃ漂流よ。……電気系統のトラブルかしら……」

「何か助けになれぬか?」

「あんたは用心棒なんだから、私たちを守るのが仕事。こっちは私たちがなんとかするから」

 ナーシャが言い切ると同時に船内の照明がふっと消えた。一寸先も見えない暗闇が広がる。

「ダイス! 早く原因を突き止めて! このままだとシールドまで落とさなきゃならなくなるわよ!」

 切迫(せっぱく)した様子に居心地の悪さを感じたアスタラは、手掛かりを求めて船内を歩き回ることにした。暗い船内に明るい光がチラチラと廊下を照らす。

 狭い機関室を覗くと、ダイスが床板を剥がして内部を点検していたが、お手上げといった様子で頭を掻いている。

「……どこか悪いのか?」

 ダイスは苛立った電子音を漏らし、片手で追い払うような仕草をした。

「……すまぬ。邪魔をしたな」

 その時、理力が異変を捉えた。〈シナトベ〉がかすかに苦しんでいる。船が元は有機的だからこその気づき。

 吸い寄せられるように一箇所へ歩み寄り、壁面にそっと手を当てる──何かが切れそうな感覚がした。

「……すまぬが、この辺りを見てくれないか?」

 ダイスが不信感を表すような電子音出しながら壁面を外す──あった。メイン電源とバッテリーを繋ぐ導線の一本が、今にも千切れそうに痛んでいる。これが不調の根源だ。

 両アームを上げて驚いたダイスが慌ててそれを繋ぎ直す。直後、船内にまばゆい光が戻り、コックピットからナーシャの歓喜の声が響く。

「パワー回復! ダイス、あんた腕上げたわね!」

 理力を使い少し息を切らすアスタラとダイスが静かに顔を見合わせた。

 やれやれと両手を軽く広げて、不器用な動作でアームを差し出してくる。アスタラがゆっくりとその金属の手を握ると、ダイスは短く電子音を鳴らす。

 言葉は分からずとも、自分を認めてくれた証なのだとアスタラには分かった。

 

「お腹減ったわね。何か作るわ」

 船が直ったことに機嫌を良くしたナーシャが私室に併設された狭いキッチンで、新鮮な肉をジュージューと景気よく炒めている。

 アスタラは聞き慣れない調理器具の音や、漂ってくる香ばしい匂いに戸惑いつつ、コックピットの副操縦席に座って待つ。

「お待ちどおさま!」

 ナーシャが手料理を乗った皿とフォークを運んでくる。だが、ふと足を止め、困ったように唇を噛んだ。

「そうだ、テーブル……。いつも一人で食べてるから、ここには無いのよね」

 唸るナーシャがハッと思いついた顔をすると、ダイスを無理やり引っ張ってきた。そして、あろうことかその頭部へ皿を置いた。

「丁度いいわ! ほら、冷めないうちに食べましょう!」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫! 味はあの酒場の泥水より保証するから!」

「いや、ダイスのことだが……」

 アスタラが不安げに指摘した瞬間、テーブルにされたダイスがガタガタと震えだす──怒り心頭といった様子で両アームを振り上げ、乗せられた皿を力いっぱい吹き飛ばした。

 ナーシャを指差し、猛烈な電子音を鳴らして抗議する。

「ちょっと、何も皿を吹っ飛ばさなく──!」

 そこでナーシャの言葉が切れた。投げ出された皿や肉が、空中で静止していた。

 見れば、アスタラが左手をかざして落下の衝撃を殺している。そして、肉は吸い込まれるように皿へと戻り、そのまま手近な台の上へと静かに着地した。

「嘘……」

 呆気に取られて喧嘩を止めた二人に対し、額の汗を拭いながらアスタラが申し訳なさそうに言った。

「……すまぬ。思わず手が出た……」

「今の、一体何⁉」

 驚きで身を乗り出すナーシャに、アスタラは困ったように苦笑を浮かべる。

「話せば長くなる。まずは空腹を満たそう」

「そ、そうね……」

 ナーシャは促されるまま皿を手に取り、肉を口へ運んだ。一方でアスタラは静かに両手を合わせる。

「何、してるの?」

「食事に対する、感謝の礼だ」

「……本当に不思議な用心棒……」

 そして、アスタラも彼女の見よう見まねで不慣れなフォークを使い肉を口にした。

「……美味い」

 初めての宇宙での食事。その一言に、ナーシャは今日一番の笑顔を見せた。

 

 食事を終えたあと、ナーシャはアスタラのマントが汚れていることに気づいた。ペテの工場の黒煙や土埃を浴びていたので当然だった。

「そのマント、洗いましょ。あそこの洗濯機に入れて」

 脱がされて機械の箱に放り込まれるマントを、アスタラは不思議そうに見つめる。

「この箱の中に、川があるのか?」

「……自動で洗ってくれるのよ。そうだ、ついでにシャワーも浴びたら?」

「シャワー……?」

「ダイス! シャワールームに電力送って!」

 コックピットからダイスの電子音が届く。

「節約するのは、さっきまでの話! アスタラ、シャワーの使い方は分かる?」

「水浴びなら川でしていた」

「そ、そうなの……」

 ある種の規格外ぶりにナーシャは引いてしまったが、気を取り直して使い方を教える。

「──こんなところかな。脱いだ服はここに入れてね。出る頃には乾いてると思うから」

「承知した」

 するとアスタラはナーシャの前で服を脱ぎ始める。

「ちょ、ちょっと! いきなり脱がないでよ! 私、まだいるから!」

 慌ててドアを閉める──ナーシャは見てしまった。アスタラの右腕にある、おぞましい痣。それはこの世の(ことわり)から外れたような、不吉な色だった。

「……今のって……?」

 だが、彼女はその件を問うことはしなかった。

 また初めてのシャワーを浴びるアスタラ。温かい滝のようだと思いながら、湯気の中で右腕を見た。

「……少し、色が薄くなった……?」

 拭っても消えないはずの不吉な痣が、ほんのわずかにその毒々しさを潜めたように見えた──それとも、より深くなって見え辛くなったのか。

「……いや。そんなはずはないか……」

 希望を持ちかけたアスタラはすぐに首を振り、川のせせらぎではない、機械的なシャワーの音にかき消されるように溜息を漏らした。

 

 

 一方で、惑星ペテの上空は、二百メートル級の巨大輸送艦に覆い尽くされていた。そこから一機の偵察機が発艦し、開放されていたドックへ事前の連絡もなく着陸する。それだけで、この船の主が持つ権力の強大さが知れた。

 機内から護衛を伴って降りてきたヘイトーが手元のホロプロジェクターを起動する。テーブルに腕をついた義手の男の姿が投影された。

首尾(しゅび)は?」

(かんば)しくありませんな、殿下。あのラテロの年寄りにいっぱい食わされたと見えます」

 やれやれと演技めかして被りを振る。

「手掛かりは、無しか?」

「それがここペテで、似た背格好の男が騒ぎを起こしたとの報告がありました」

「まだ潜んでいると思うか?」

「私なら、ズラかります。ここは銀河中に向かう輸送便が出ております。ですが……」

 ドックに右腕を覆い手下に肩を貸されたシスタヴァネンが歩いてくる。

「状況は悪くはないでしょう」

「至急、居場所を突き止めろ。そのためにはどんな手段を使っても構わん」

「……失礼ながら、殿下。いささか、その少年を恐れすぎでは──」

「ヘイトー。今回の件、奴を見失えば貴様の食い扶持(ぶち)、すべてが無くなると思え」

 投影越しでも伝わる射抜(いぬ)くような視線に、ヘイトーは苦い顔を浮かべた。どうやら、想像以上に重大な懸念を抱いているらしい。

「私ももうすぐその宙域に着く。進展があり次第、報告しろ」

「はっ」

 頭を下げるとホログラムが掻き消えた。直後、ヘイトーはシスタヴァネンに向き直り、一転して愛想を振りまくように手を挙げた。

「よおマッド・ドッグ! どこぞの何某(なにがし)にやられたって聞いたぜ! お前らしくもねえ!」

 ベルマンは泡を食い、今にも噛みつかんばかりに唸った。

〈……誰にも『マッド・ドッグ』とは言わせねえ……!〉

「悪い、悪い、ベルマン。()びに上等な義手を作る医療ドロイドを送ってやる」

〈この俺があんな小僧に……!〉

「そうだ。今日はその話をしに来たんだ。その小僧ってのは、この小僧か?」

 プロジェクターがアスタラの顔を映し出す。ベルマンは残った方の爪で、投影機ごとヘイトーの手を引き裂こうとした。

「危ねえな! やめろ!」

〈この小僧だ……! この小僧が俺にこんな(はずかし)めを! 手下も三人やられた!〉

 実際に三人を射殺したのはナーシャなのだが、怒り狂うベルマンはお構いなしに息巻く。

「まあ、落ち着けって」

〈こいつは俺が殺す!〉

 その鬼気迫る様子に、ヘイトーは降参とばかりに諸手(もろて)を挙げた。

「分かった、分かった。好きにしろ。だが、こっちも情報が欲しいんだ。こいつの行先に心当たりはないか?」

〈知るか! ……いや、そういえば、ナーシャが追いかけてったな……〉

「ナーシャ?」

〈コリコーの『キキ・トランスポーテーション』に勤めてる女パイロットだよ〉

「コリコー? 未開拓宙域の中でも中立の交易宇宙ステーションじゃねえか。真っ当な運び屋が、なんでこんな所に……」

 ベルマンは鼻を鳴らす。

〈あいつも今じゃ、半分は密輸屋だ〉

「……そうか、なるほどな。そいつも組織の人間か……」

 あごに手を当てたヘイトーの口元が、妙案が浮かんだように醜く歪んだ。

 

 

 目的地であるユヤに着くまでの数日間、アスタラは雇い主であるナーシャが、驚くほど多弁で明るいことを知った。

 彼女はこの世間知らずの用心棒のために、銀河の勢力図や航宙の基礎知識を惜しみなくレクチャーしてくれた。

 しかし、それは単なるお喋りでは終わらない。彼女は自らをただの運送屋と自称したが、ふとした折に語る生態系の知識や古代文明への造詣は、到底ただの運び屋の域を超えていた。

 その上、アスタラが彼女に親近感を抱き始めたのは、その知性ゆえだけではない。彼女の笑顔の裏側に、自分と同じく宿命のような、何かの影を微かに感じ取ったからだ。

「おはよう」

 いつものように挨拶を交わしながらコックピットへ足を踏み入れると、案の定、ナーシャとダイスが口論を繰り広げていた。

 すでにアスタラにとっても日常の一部となった光景だ。

「あっ、おはようアスタラ! ちょうどいいわ、今日中にユヤに着くわよ!」

「そうか。それは重畳(ちょうじょう)だ」

 副操縦席に座ると、ダイスが助け舟が来たとばかりに電子音を鳴らし、アームを激しく上下させる。

 だが、アスタラには相変わらずその真意は汲み取れない。

「すまぬ、ダイス。何を言っているのか分からないのだ」

 正直に告げると、ダイスは目に見えてアームを落とす──何か思いついたように指を鳴らし、コンソールから接続端子を引き出すと自分の頭部に繋げた。ホログラム文字が浮かび上がる。

「文字が浮かんだ……?」

「読んであげて」

「……『ナーシャに、オイラもユヤへ行けるよう説得してくれ』?」

 ダイスがその通りと手を叩く。だが、ナーシャは冷淡に首を振った。

「ダメよ。あんたは錆びるから」

『オイラ抜きで楽しむなんてズルいぞ』

「ダーメ。次言ったら、強制シャットダウンするわよ。アスタラは温泉に入ったことある?」

「無い」

「気持ちいいわよ。シャワーよりも疲れが取れるから……」

 ナーシャはちらりとアスタラの右腕を見て、すぐさま操縦桿を握り直した。

「ほら見て、着いたわ。ユヤよ!」

 フロントガラスを真っ赤な光が満たす。目の前には、脈動するマグマの河が走る巨大な火山惑星が不気味な威容を現した。

 アスタラはそれを見つめる。癒やしの地──そう呼ぶには、あまりにも禍々しい光景だった。





【挿絵表示】

アスタラ マントあり
※本作の挿絵は、著者の指示・監修のもとAIを使用して生成した「イメージボード」です。
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