STAR WARS The ONE   作:竜・M・美日

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私の用心棒

〈シナトベ〉のコックピットを計器の淡い光が青白く照らす。アスタラは副操縦席で、自分の右腕をじっと見つめていた。

「……そなたの、兄……」

 低く、重い声。故郷エイゾを襲い、自分を追放へ追い込んだタドラ・インダストリアルの(社長)タドラ・シャナックが、今、隣で操縦桿を握る少女の義兄だという。

「……信じられない、って顔ね」

 ナーシャは前を向いたまま言った。

「あの男は銀河の機械化を信念としてる。血の通った生き物や自然は邪魔なだけ」

 関節が軋むほど、操縦桿を握りしめる。

「私は、義兄(あに)……タドラから逃げるためにすべてを捨てた。……でも、結局、無駄だったみたい。兄に傷つけられたあなたがここにいるから……」

 アスタラの脳裏に、ユヤで損害を語った無機質な声が蘇る。

「私のせいで、あなたは傷ついた。……恨んでいいわ。私を斬って、この船を奪っても」

 そのナーシャの横顔は、今にも壊れてしまいそうなほど脆く見えた。瞳にかつて路地裏でアスタラを見つけた時のような強さはなく、深い自責の色だけが沈む。

 アスタラは目を閉じる。心の中で渦巻く嵐を静めようとして、ペテの路地裏で彼女に差し出されたスープの温かさを思い出す。

「……斬らぬ」

 静かに告げた。

「そなたの瞳には、人を慈しむ優しさがある。……それで十分だ」

 席を立ち、私室のある貨物室へ向かい──振り返った。

「おやすみ」

「……おやすみ」

 背後の気配が消えた時、ナーシャは操縦桿に額を押し当て、小さく嗚咽(おえつ)を漏らす。ダイスがその傍で静かに寄り添っていた。

 航行中の静かな時間。アスタラは小さな物音で目を覚ました。何かささやくような声が聞こえたからだ。静かにコックピットに向かうと、ナーシャが操縦席で眠り込んでいた。

 彼女のペンダントが床に落ちている。どうやら手から滑り落ちたらしい。誤作動を起こし、中央の丸い飾りからホログラムを投影していた──そこに映るのは、眩いドレスを纏い、民衆の歓声の中で冠を受ける幼い彼女の姿。

「ただ今より──アナスタシア・ナジカ・バレイ=フー十世の戴冠式(たいかんしき)()り行う!」

 彼女に王冠が乗せられる──悲鳴が上がった。

「見ろ、空を!」

「……まさか、タドラ様か……?」

 側近らしき声が震える声で言った。そして、爆発音が轟く。空爆が始まったようだった。

「お逃げください陛下!」

 顔を強張らせたアナスタシアが引きずられていく──映像が最初から繰り返される。

 アスタラは視線を外し、それ以上、見なかった。ただ、ずり落ちていた毛布を彼女にかけ直し、静かに部屋に戻った。

 

〈シナトベ〉は十字型の宇宙ステーション、コリコーの発着ドックに着陸する。ランプウェイを、ダイスを伴った二人と一機が降りてくる。

 ダイスがバイナリー言語で何か言う。

「ったく、カツカツなのに……ほら」

 クレジットを受け取るとご機嫌に手を振って去っていった。

「なんと言っていた?」

「お気に入りのオイル屋よ。いつものこと。私たちはこっち」

 ナーシャに促され、アスタラはステーション街に足を踏み入れた。

 コリコーは中立地帯と定められ、暴力沙汰や犯罪行為をしなければ静かに過ごせる。そのため、ここもショッピングモールやいくつもの店が(のき)を連ねるが、ペテやユヤと比べて清潔で無機質だった。

「ここよ」

 あごで指した電子看板には「キキ・トランスポーテーション」の文字。

 ドアを開けると軽やかなドアベルが鳴る。店内は温かみがあるインテリアでカフェと見まがうばかりの空間だった。

「いらっしゃ──ナーシャ?」

 長い黒髪に白い肌。銀色の瞳が印象的な紺色のワンピースを着た、細い体つきの若い女性が奥から出てくる。アスタラはなぜか目を離せなかった。一方で相手はナーシャを見た途端、呆然と立ち尽くした。

「ソノさん。ただいま」

 ダソミリアンのソノ・キキは、はじかれたように二人の横を通り抜ける。外を確認すると、すぐにドアに鍵をかける。さらにシャッターを下ろし、閉店の看板を点灯した。

「ソノさん……?」

 店仕舞いをしたソノはナーシャを強く抱きしめた。

「な、何? どうしたの……?」

「はあ、無事でよかった……。タドラ・インダストリアルから、急にあんたをブラックリストに追加するって言われてね」

「その件で戻ってきたの。何が起きてるの?」

「ごめん。通知が来たと思ったら、『従わないと店を潰す』って脅されて。店を守るために……仕方なく。本当にごめん」

「あいつら……!」

 ナーシャが手を強く握り、アスタラの目も鋭くなった。ソノがアスタラに視線を向ける。

「……あんた、また随分と重いものを連れて来たね」

「あぁ、彼は用心棒」

「用心棒……⁉」

「肩書だけ。ただの荷物運びよ」

「そう……とにかく奥で話そう」

 二人を店舗の奥に案内する。荷物の配達確認の電子看板が眩しいが、表と似た佇まいの部屋だった。二人をテーブルに座らせ、キッチンに立つ。

「カフでいい?」

 棚からカフ・ビーンズの粉末を取り出し、やかんを火にかけるが上手くつかない。

「……コンロのつきが悪いね」

「じゃあさ、アレ使って!」

「あんまり他人様(ひとさま)に見せる物じゃないんだけどね……」

 ナーシャの期待のまなざしに苦笑しながら、指先に灯した小さな緑色の炎をコンロに移し、霧に乗ってカップがソノの周りを舞う。

「その力は……!」

 アスタラの理力にそっくりだった。

「ソノさんはね……魔女なの」

「魔、女……」

 アスタラの脳裏にジーボが語った伝説がよぎった。

「彼も似た力が使えるの」

「だろうね。入ってきた時に分かったよ。なんかヤバいのが来た、ってね」

 ソノはカップに粉末を入れ、湧いた湯を(そそ)ぐ。

「さあ、どうぞ」

 アスタラはカップに注がれた黒い飲み物を見つめ、息を数度吹き、ゆっくりと口に含んだ。

「どう?」

 ナーシャが反応を楽しんでいるのに対して、少し顔を歪ませた。

「少し、苦いな……」 

「クリームと砂糖は好きな分を入れな」

 ソノが笑いながら二つが入った容器を霧に乗せてテーブルに置くと、自身も啜る。

「にしても異常だよ。タドラほどの大手がウチみたいな小さな輸送屋の社員を晒し上げるなんて……。トラブルは起こしてないんだろう?」

「私はね。でも……」

 ナーシャの視線が砂糖を入れるアスタラを指す。

「なるほどね……。その右腕になんか関係ある?」

「……分かるのですか?」

「まあね。……この広い銀河にはいろんな人がいる。あんたの、痣は別として、その力自体は珍しいものじゃないのかもしれないよ」

 ソノがブラックを飲む間、アスタラは砂糖を次々と入れていく。

「何杯入れる気?」

「まだ、苦い……」

「入れすぎよ」

 二人の掛け合いに含み笑いをしながらソノが切り出す。

「実は……店を畳もうと思ってね」

「えっ、なんで⁉」

「最近、物騒でね。荒くれ連中が増えたんだ」

「どうして……ここは中立でしょ⁉」

「だから、追い出す理由がない」

 ナーシャは目線を落としため息をつく。

「……じゃあ、ダソミアに戻るの?」

「まさか。今更戻れないよ」

「もしや、あなたも追放されたのか?」

 アスタラの質問に首を振る。

「自分の意思で出たの。あそこは暗いことばかり考える人が多くてね。疲れちゃった」

 でも、とソノは笑みを浮かべた。

「あたし、結婚してこの街を出るよ」

「……結婚? まさか丸眼鏡のボントと?」

「そう。……ちょうど、区切りかなってね」

「そっか」

 ソノの幸せそうな、あるいはどこか吹っ切れたような表情をナーシャが見つめる──もうここには戻れないと悟った。

 二人のカップの中が無くなった頃、ソノは裏口に案内した。

「ここはもう安全じゃない。すぐに出な。燃料は?」

「ちょっと危ないかも」

「なら、これ最後の給料。補給も私のドックを使いな」

「ありがとう」

「……ナーシャちょっと」

 ナーシャを呼び止め、アスタラに聞こえないくらいの小さな声で言った。

「……彼に話してないことがあるだろ?」

「そんなことないって」

 ソノが呆れたような視線を向けてくる。

「……一つだけ」

「彼、勘がいい。すぐに気づく。話しな」

「もう一回、失望されてるし……あのことは私……」

「大丈夫、受け止めてくれるさ──先に出てな。ちょっとボーイフレンドと話がある」

「違うって──!」

 ナーシャを外に出してドアを閉めると、今度はアスタラと向き直る。

「……あんたがそれだけの力を持ったのは何かの役目があってのはずだ。ただ、大きな力には、それ相応(そうおう)の責任が伴う。それは忘れちゃいけないよ。コンロの火を強めるのとは訳が違うんだ。意味わかる?」

「……はい」

 聞きなじみのある言葉にアスタラは神妙に頷いた。

「よし。あの娘をしっかり守ってやってよ。顔は平気そうだけど、案外寂しがり屋だからさ──さあ行くんだ!」

 背中を押されて外に飛び出す。

「なんの話?」

「教訓だ」

 

〈シナトベ〉をソノのドックに移し、燃料補給を始めた。だが、満タンになるまでにはまだ時間がかかる。

「ダイスに伝えず平気か?」

「あいつのレーダーなら、ここら一帯を常に拾ってるわ。……アスタラ」

「なんだ?」

 振り返るアスタラにナーシャは少し口ごもる。

「……付き合って。行きつけのバーがあるの」

 酒場「ブラックキャット」はコリコーの光と影が煮詰められた場所だ。ホログラムの歌姫が舞う下で、客たちは毒々しい色のグラス越しに腹を探り合う。

「注文してくるから待ってて」

 入口でアスタラを待たせ、給仕ドロイドに注文を告げてカウンターで待つ──隣に白いファーコートを着こなす、透き通るような白い肌と、大きな蝶の髪飾りをつけた長い白髪の息を呑むほどの美女が音もなく滑り込む。

「……久しぶりね。……お嬢ちゃん」

「……シモーヌ」

 賞金稼ぎのシモーヌは睨みつける目線を意に介さず、白く細い指をナーシャのあごに添えた。

「……いい顔ね。……花園に咲いていた頃よりも、泥を啜るドブネズミのような今の方が……ずっと美味しそうよ」

 その指先があごのラインをなぞり、ゆっくりと持ち上げた。彼女の肌は陶器のように美しいが、触れられたナーシャには、その指の奥で無数の足が這うような、不快な震えが伝わった。

 ナーシャは嫌悪感を感じつつも黙って睨み続ける。シモーヌは手を離し、タブレットを置いた。そこには二人の顔と「生死問わず」の文字。

「私たちが賞金首……⁉︎」

「……そう。……あんたたちの首にかかった懸賞金があれば、私は向こう数百年はこの姿を維持していられるの。……ねえ、素直に渡してくれないかしら。……あんたのその誇り高き命を」

 シモーヌが顔を近づけると、彼女の長髪がまるで生き物のようにナーシャの肩にまとわりつく。

 その瞬間、離れて見ていたアスタラには、シモーヌの瞳が無数の複眼のように明滅して見えた。カウンターに向かおうとした瞬間、肩をぶつけられた。

「おっと悪いな!」

 ハチのような複眼の宇宙人が口の触角をカチカチと鳴らしながら笑った。

 一方でナーシャは聞こえるようにホルスターの金具を外す。

「お断りよ。おばさん。ここで騒ぎを起こす気?」

「……私はそこまで馬鹿じゃない。……でも、他はどうかしら?」

「シモーヌ行くぞ!」

「……ええ。……ザルク」

 シモーヌはタブレットを仕舞うと、優雅に笑いながらザルクと腕を組んで去った。

 アスタラが二人に視線を投げつつナーシャに歩み寄る。

「大丈夫か?」

「平気……」

 ドロイドが運んできた飲み物を持って席についたところで、ナーシャが切り出す。

「私たち賞金首にされたみたい……」

「賞金、首?」

「タドラ以外の連中も命を狙ってくるってこと……」

「連中の仕業か」

「多分ね……」

 気まずい雰囲気が二人を包む。沈黙を破ったのは、ふらついたホームレスのような老人だった。その老人はナーシャが掛けていたペンダントを見て目を見開く。

「まさか……! アナスタシア様では……⁉」

 ナーシャの表情が凍る。

「違うよ。私はナーシャ。誰かと勘違いしてない?」

「いや、間違いありません。そのペンダント……フー王家の紋章! あなた様はアナスタシア・ナジカ・バレイ=フー十世! あの悲劇を逃れておいでとは!」

 いきなり大声を出してナーシャに縋りつく。

「教育係、ミノトでございます……!」

「ちょ、ちょっと……! おじいさん、そんな大声出さないで……!」

「ご老体、落ち着きなさい」

 アスタラが肩に触ると、魂が抜けたようにおとなしくなった。

「よ、酔ってただけ──」

 誤魔化そうとしたが、しんと静まり返った酒場の視線はすべて二人に集まっていた。

「出た方がいい」

「賛成」

 

 二人は飲み物に手を付けず店を出た。しばらく歩き、ナーシャが振り返る。

「マズイわ。つけられてる……!」

「燃料は?」

「まだ少し掛かる。一旦、分かれてドックで合流」

「承知した」

 十字路で二手に別れた。

 ナーシャは裏路地へ滑り込み、気配を殺す。足音が近づき、遠ざかった。

「……振り切った……?」

 だが、そこで耳障りな羽音が迫ってきた。

「何……⁉」

 見上げた瞬間、視界が黒く染まる。大量の羽虫がナーシャを取り囲んでいた。

 一方、土地勘が無いアスタラは大きく一周するように逃げていた──小道で誰かとぶつかる。咄嗟にセーバーを抜こうとしたが、相手はあのミノトだった。

「あなたは……!」

「お、お主は、アナスタシア様と一緒にいた男! 何者だ!」

「……私はアスタラ。ナーシャの用心棒です」

「なんということだ。そのような者を雇うまでに落ちぶれられたというのかっ……!」

 (なげ)くミノトを背にアスタラは気配を探る。今は大丈夫そうだが、時間の問題だった。

「気を静めて。敵に気づかれます」

「あの方は亡きフーの最後の女王……!」

「……共に来られるか?」

 答えはしなかったが、アスタラが歩くと後ろをついてきた。

「すべては彼奴(きゃつ)、タドラが原因だ! 前王から王位継承を認められていた──!」

 アスタラは困惑した。まるで一人芝居をしているようだった。様子がおかしい。とにかく喚くミノトを連れドックに辿り着いた。

「ナーシャ……?」

 ナーシャの姿が無い。

「アナスタシア様……?」

 ミノトの声で見てみると暗がりにナーシャが立っていた。

「アナスタシア様!」

 ミノトが駆け寄るが、アスタラは違和感を感じた。ナーシャの青い瞳が一瞬、赤く明滅する。

「罠だ!」

「アナスタ──!」

 道に出たミノトの胸を冷徹なレーザーが撃ち抜いた。呆然としながらその体が崩れ落ちる。

「あっ……?」

「ミノト様!」

 アスタラが倒れるミノトを抱える。その目はどこか遠くを見ていた。

「あの方は……フー王家の最後の生き残り……。風の女神よ……どうかあの方を……アナスタシア様を、おまも、り……」

 うわ言のように言ってミノトは息絶えた。闇からカチカチと触角を鳴らす音が響く。

「感動的な最期だな。だが、お前にその感傷に(ひた)る時間は与えねえ」

 そう言うと、アスタラの左手と鞘が特殊な電磁リングで拘束される。闇からザルクがブラスターを左手で構えながら勝ち誇った様子で現れた。酒場でぶつかった時に仕掛られていたのだ

 さらに裏路地から二人のナーシャが現れた。一人は後ろ手に拘束されて涙を流し、一人は蠱惑的に笑うと体が黒い羽虫の塊になって崩れ、また合わさることでシモーヌに変わった。

「……もう少しだったのに」

「まあ。これで懸賞金は俺たちのもんだ。だが、俺もガンマンだ。チャンスはくれてやる──一騎打ちだ」

 ブラスターをホルスターに戻す。だがアスタラは左手が使えず、さらに剣を抜けない絶望的な状況だ。

「リングが消えた瞬間、どっちが先に風穴を開けるか決めようぜ。もっとも、剣が抜けないお前に勝ち目はないがな」

「勝負にならないじゃない!」

 無情にもリングのライトは赤から黄色へ変わり、カウントダウンが始まった。

「……なぜ、殺した。」

「あん? 邪魔だったからだよ。それ以外に理由はねえ」

 アスタラの右腕の痣が激しく脈打つのを感じた──視界の端に、ミノトの懐から覗く古びたブラスターが映る。

「アスタラァ!」

 ナーシャの叫びと同時に、リングが消える。容赦のない銃声が響いた。

 ザルクのブラスターの銃口から煙が上がった。だが、ザルクから笑みが消える。

「あ、ありえねえ……!」

 視線を落とすと自慢のブラスターが銃身を貫かれ、そのまま左胸に穴が空いていた。

 相対するアスタラの手にはミノトのブラスター。理力で引き寄せ、狙いを定め、出力を上げて引き金を引いていた。

 白目を剥いてザルクは倒れる。

「……嘘でしょ……!」

 相方を失ったシモーヌはナーシャを突き飛ばし、黒い虫の雲に変わって逃げた。

 それを見届けたアスタラはミノトの懐にブラスターを戻す。

「……あなたの忠義、無駄にはしな──」

 力が抜けるように崩れ落ちた。

「アスタラッ⁉」

 見ればマントに穴があった。ザルクが死に際に放った一発が、アスタラの胸に当たっていた。

「大丈夫⁉ すごい熱……! 見せ……何、これ……」

 胸元を開いて愕然とした。腕の痣が肩まで広がっている。この時、ナーシャは自分を守るために、アスタラがどれほどの無理をしたのかを悟った。

「……しっかりして! 今すぐ医療室に──!」

 ナーシャがアスタラを抱え上げたところで、目の前に蛾のような小型船が現れた。

「……生かしてはおかない! ……あんたたちを肉塊に変えてやるわ! ……何⁉ ……なんで出ないのよ⁉」

 搭乗したシモーヌが二人にレーザー砲を向ける──レーザーが出ない。

 困惑するナーシャの横からアスタラの手が伸びる。理力でレーザーを止めていた。

「なんで……なんで、そこまで⁉︎」

「……私はそなたの用心棒だ。そなたを守るためにここにいる」

 目を閉じ、歯を食いしばり、指を広げた。レーザー砲が左右に捻じ曲がる。

「……嘘でしょ⁉︎ ……何よ、それ……⁉」

 シモーヌの船が退散しようとする。アスタラは自分を支えるナーシャの手を振り払い、ふらつきながら手を掲げた。

「……逃がすか……」

「止めて! お願い!」

 再び痣が血管のように赤紫に発光し、全身から凄まじい理力が噴き出す。見えない力で船を止めると、そのまま地上へと叩き落とし大破させる。

 そこでついにアスタラはその場に崩れ落ち、完全に意識を失った。

「アスタラ! アスタラ!」

 ナーシャが涙ながらに呼びかける中、墜落した船の残骸から数十万の虫が溢れ出し、黒い津波となって押し寄せてきた。シモーヌの体を構成する毒虫や羽虫だ。

 そこに丁度、〈シナトベ〉の居場所を特定したダイスが戻ってきた。何事だとアームを振る。

「っ! ダイス! アスタラを〈シナトベ〉に!」

 ダイスにアスタラを預けて引きずらせると、ナーシャは守るためにブラスターを乱射して時間を稼ぐが、多勢に無勢だった。

 その時、うごめく虫の群れの中心で、ひときわ大きく、毒々しくも美しい蝶が舞っているのが見えた。

「あれは……!」

 ダイスたちがランプウェイを昇る中、ナーシャは〈シナトベ〉の私室に繋がるハッチへ駆ける。その後ろを大量の毒虫たちが這ってくる。かなりの数が船体にとりついていた。

 ハッチから部屋に飛び降りると閉める。すぐそこまで黒い羽虫軍団が迫っていた。構わずナーシャは壁に飾っていたサイクラー・ライフルを無理やり引き剥がす。薬室にスラッグ(実体弾)を入れる。

「ダイス! シールド張って!」

〈シナトベ〉の表面をシールドが覆い、それによって毒虫と羽虫の体が弾け飛び、鏡のようなボディに毒々しい汁が垂れていく。

「切って!」

 すぐさまハッチから飛び出すと船の中央辺りで照準器も無いライフルを構え、舞い踊る蝶を捉える。

「……当たって」

 指の震えを押し殺し引き金を引く──甲高い発砲音とともに鉄の弾丸が本体を撃ち抜いた。瞬間、空を覆っていた無数の虫が支配を失い、ただの抜け殻となって地面へボロボロと降り注いだ。

「……虫は大っ嫌いよ」

 

〈シナトベ〉が混乱するコリコーを飛び出す。

「しっかりしてアスタラ!」

 ナーシャは貨物室のベットに横たわるアスタラに必死に声を掛け続けた。彼女は王族としての教養にあった、基礎的な応急処置を施すが、その傷はあまりに深く、さらに胸まで広がった痣の侵食が傷口の再生を阻んでいるように見えた。

「どうしてここまで……私は国を捨てた王女だって隠してたのに!」

 火のように熱い手を握る──弱々しく握り返された。

「……そなたが、何者だろうが、関係ない……守りたかった」

「アスタラッ……⁉」

「……これで、借りは……返せたか」

 そう言って苦しそうに微笑むと、意識を失った。それを見たナーシャは身体を震わせる。

「……ふざけんな! こんなところで、あんたを死なせない!」

 顔を上げ、涙を袖で乱暴に拭う。瞳に再び強い光が戻った。

「ダイス! 全速力でマーレに! エンジンがぶっ壊れようが構わないわ!」

 ダイスが力強いバイナリー音を鳴らし、コックピットに向かう。

「……決めた。もう逃げない。アスタラ! あんたを治して、タドラと戦う!」

 ナーシャが覚悟を決める。〈シナトベ〉は銀河でも有数の医療技術を持つ惑星マーレに進路を取った。





【挿絵表示】

ソノ・キキ CVイメージ 坂本真綾氏
※本作の挿絵は、著者の指示・監修のもとAIを使用して生成した「イメージボード」です。
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