STAR WARS The ONE   作:竜・M・美日

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愛憎の海底都市 前編

 海洋惑星マーレ。惑星全体が海に覆われ、銀河で最も美しい星とも称される。そして同時に、銀河最高峰の医療技術を持つ惑星でもあった。ここに来たのはコリコーで瀕死状態になったアスタラを救うためだ。

 エメラルドグリーンの海面を、クロームメッキの〈シナトベ〉が水しぶきを上げながら滑空する。

「ルグゥー管制室、こちら〈シナトベ〉! 着陸許可を願う! 大至急!」

 ナーシャが通信機に向かって叫ぶ。

「こちら管制室。〈シナトベ〉号。ビーコン・コードを送信してください」

「ったく……! こちら〈シナトベ〉! 識別コード『S―59―3―11』!」

 苛立ちながらコードを告げる──予想外の返事がきた。

「……〈シナトベ〉号。着陸を許可できない」

「はあ⁉︎ 高熱を出した重症患者を運んでるのよ! 入れなさい!」

「要注意船として登録されている。至急ここから立ち去れ」

 この星までタドラの手が及んでいることにナーシャは舌打ちすると、切り札を使う。

「だったら、上の人間を呼べ!」

「上の人間?」

「ソフィアーナ・マーレに、ナーシャ──アナスタシア・ナジカ・バレイ=フーだ、って伝えろ!」

 通信機の向こうから息を呑む声がした。しばらくして緊張した様子の管制官の声が届いた。

「着艦許可が出ました。海上ハッチから──」

「海中ドックから入る! さっさと場所を開けて! あと、腕()きの医療班を寄越して!」

〈シナトベ〉が海に入水した。元々〈ボンゴ〉という潜水艦がベースのため、水圧を気にせず海底へと潜る。

 (なぎ)だった海面とは一転、周囲に巨大な海獣やプランクトンがうごめく深海が広がる。静寂の中、微かな水紋の光が揺れた。柱や通路の曲線がサンゴの枝や貝殻の螺旋(らせん)を思わせる、マーレの中心都市ルグゥーが見えた。

〈シナトベ〉は海中ドックへ全速力で突き進む。マーレ特有のライトブルーのバリアを通過した直後、船体に付着した海水が斥力(せきりょく)で弾き飛ばされた。これはドック内が常に清潔で乾燥した空間が保たれている証拠だ。

 三脚の着陸脚を出し着陸すると、ナーシャとダイスが協力してアスタラを抱えて船を降りる。

 そこに待ち受けていたのは、魚のような顔のモン・カラマリ数人と医療ドロイド──そして、サンゴの髪飾りと貝殻のペンダントを身に着けた、流れるような銀髪の女性。(うれ)いたような笑みを浮かべるマーレの統治者、ソフィアーナ・シルバ・マーレ。

 彼女が纏う海底を思わせる深い青のドレスは動くたびに衣の裾から淡い青の燐光がこぼれ、肩にかけた羽衣は穏やかな波に似ていた。

「お久しぶりです。アナスタシア様」

「久しぶり……! ゆっくり話したいところだけど、先に彼を()て!」

「はい。至急、この方を緊急用バクタ・バブルに」

 ソフィアが命じると、即座に医療班が動きアスタラを浮遊ストレッチャーに乗せ、運んでいく。

「すぐに治療が始まるはずです」

 その言葉にナーシャは安堵の息を吐き、腰のホルスターに手を掛けた。

「そうだ。武器は預けないといけないんだっけ……」

「いえ、大丈夫です」

「え?」

「……最近、ブラスターが解禁されたのです……」

 ソフィアが視線を落とすのを見てナーシャの目が泳ぐ。

「……まさかマーレまで……?」

 

 ダイスを後ろに従え、二人は鳥のように魚が泳ぐ窓外の景色を眺めながら会話を交わす。

「ありがとう。ソフィア」

「わたくしたち、従姉妹(いとこ)でしょう。困った時に頼ってくださって嬉しいです」

 そう微笑みながら返してくる。

 実は二人は母方の従姉妹同士。滅亡したフーの唯一の親類だ。立場上、ナーシャはソフィアをすぐに頼れなかったが、アスタラの件で(なり)振り構っていられなかった。

 久しぶりの家族との再会、またアスタラを助けられることに喜ぶナーシャがふと視線を向ける──今いる建物の向かいにあった海上ハッチに、武装だらけの無骨な船が着陸するのが見えた。

「……あれは……」

 建物の中に目を向けると、明らかに荒くれ者たちが我が物顔で闊歩(かっぽ)している。ナーシャの脳裏にさらなる不安が過る。

「さあ、こちらです」

「う、うん」

 ソフィアに促され、ナーシャはアスタラが搬送された治療室に入る。

 バクタ・タンクは医療にとって生命線である重要な装置だ。このタンクには、重傷も跡形なく治療する回復液が満たされている。しかし、マーレのタンクは筒状では無く、透き通った青い水球状でバクタ・バブルとも称される、より自然的かつ強力で、その高度な治療技術こそマーレが銀河一の医療惑星と呼ばれる理由だ。

 バブルの中には下着だけにされて呼吸マスクを付けたアスタラがおり、医療ドロイドとモン・カラマリたちの検査を受ける。その後ろから二人が様子を伺う。

「見たこともない痣だ……」

「これが意識不明の原因か?」

 胸まで広がる痣を見て医師たちが困惑の声を上げた。

「痣が治癒(ちゆ)を阻害しているなら……切断も視野に──」

「ちょ、ちょっと待って! 腕を切る気⁉」

「彼を助けるためです」

「冗談じゃない! そんなことを頼むためにマーレに来たわけじゃないのよ! 意味わかる⁉︎」

 医師の残酷な判断にナーシャが叫んだ。その横顔をソフィアが見つめる。

 ナーシャからすれば本人の許可無く腕を切り落とすなど言語道断だった。ダイスも慌てて両アームを振る。

「しかし──」

「待ってください」

 医師たちが困り果てたところで、医療ドロイドが待ったをかけた。

「痣が直接的な原因ではありません。確かにデータベースに存在しない症例ですが、原因はブラスター弾が心臓を掠めたことです。完治すれば意識回復の可能性は九十八パーセントに上昇します」

「なら十分よ! 切断は無し!」

 ナーシャの言葉に困ったように医師団がソフィアを見て伺いを立てると、一呼吸を置いて頷いた。

「ありがとうソフィア!」

 ドロイドがナーシャを見る。

「ところで彼の意識が朦朧(もうろう)としたのはウイルスのせいでしょう」

「……ウイルス?」

「はい。患者はウイルスに感染しています」

 ナーシャは言葉を失った。あのアスタラがウイルスでここまで弱るとは思わなかった。

「彼はまるで無菌室にいたようです」

「無菌室……」

「こういうことは実は珍しくありません。長く外的環境に触れずに、突然まったく違う環境に置かれた時、抗体を持たないため重症化しやすい。空気が悪い所にいたような覚えは?」

「ペテにいたわ……」

「では、それが原因かと。そこに疲労などが重なり、一気に体調を崩したのでしょう」

「そうだったのね……。原因が分かってよかった。どのくらいで目が覚める?」

「はっきりとは言えませんが、一カ月は見た方がいいかと」

「一カ月……思ったより早いじゃない!」

 ドロイドの言葉にナーシャが喜ぶ。一方でソフィアは浮かない顔をする。

「みなさん、下がって結構です。S0―SK、あなたも」

 その場の全員が息を呑む。通常、タンクの近くでは医療ドロイドが監視を行う。それを遠ざけるのは異常だ。だが、ソフィアは静かに続けた。

「……この件に関して、他言しないように」

 その言葉を聞いた医師団は目を泳がせ頭を下げると静かに下がった。

 ドアが閉まり部屋に二人と一機が残される──ソフィアがナーシャに抱き着く。

「ソフィア……?」

「よかった! ナーシャ、何があったのです?」

 統治者としての顔をかなぐり捨て、素になったソフィア。その姿に、ナーシャは笑顔を見せるとこれまでの経緯を語った。

「──コリコーで賞金稼ぎに襲われたの」

「コリコーで……⁉︎ では、この方は……」

「私を守って……。それで、ここまで全速力。ね? ダイス」

 ナーシャの言葉に電子音で肯定するダイス。

「大変だったんですね……」

「もう慣れっこだと思ってたけど、こればっかりはね……」

 アスタラに(いつく)しみの目を向けるナーシャ。ソフィアはそれをどこか寂し気に見ていた。

 

 ソフィアの私室に案内されたナーシャ。深海を思わせる青を基調とした部屋には、サンゴや真珠、鱗細工の家具が並んでいた。

「綺麗ね」

「あまり、代わり映えしませんが」

「こっちでは元気にやってる?」

「統治者として日々、励んでいます」

「えっ、旦那さんは?」

 フー出身のソフィアはマーレの統治者の元に(とつ)いだ身だった。そのソフィアが統治者を務めているということは。

「ジェイクは、一年前に亡くなりました……」

「そう、だったの……ごめんね」 

「いえ。知らなくて当然です」

 視線を下げたソフィアが顔を上げた。

「……わたくし、この前、別の方と婚約しました」

「そ、そうなの⁉ おめでとう! 誰と?」

「モージフと」

 その名前を聞いたナーシャの顔色が変わった。

「……モー……ジフ? 銀河一の賞金稼ぎ、って言われてる……あの?」

「はい」

「冗談、でしょ? なんであんな奴がソフィアと──!」

「彼はマーレの上流貴族の生まれです。たとえ家から勘当(かんどう)され、過去がどうであっても、その事実は揺るぎません。親類がいなくなった彼は賞金稼ぎを続けながら、家を()いで伯爵として、今もここにいます」

「過去が、どうであっても……」

 その言葉が、ナーシャの胸にチクリと刺さった。

「自分の立場を盤石(ばんじゃく)にするために、わたくしと婚約したのでしょう」

「何それ⁉ ソフィアはいいの⁉」

「マーレひいてはルグゥーのため。まだ、立場はわたくしの方が上です。ですが今、彼はルグゥーの裁判長に上り詰め、それも時間の問題です」

「裁判長⁉」

「時々、捕まえた賞金首に有罪を言い渡し、処刑場で見世物のように公開処刑しています」

「じゃあ、あの荒くれどもは……!」

「見物客です。幸い、モージフは今、マーレにいません。仕事で当分帰ってこないと。ですが、もしあの方の治療中に帰ってきたら……」

「私たちのことを話す……?」

 その問いにソフィアは肯定も否定もせず、窓の外に目を向けた。

「……運に任せるしかありません」

 

 幸いにもモージフがすぐに帰ってくることはなかった。それから半月以上、ナーシャたちはアスタラに付き添い続けた。

裁縫(さいほう)道具はある?」

「ありますが、何に?」

「彼の服を()ってあげたくて」

 ブラスターで穴の開いた服とマントに針を通す──それをソフィアは難しい顔で眺めた。

「使ってないモニターない?」

「探せばあると思います」

「ダイス。あんたにはモニターが必要ね。アスタラと話したいでしょ?」

 ダイスにモニターを新造する。そこに文字が浮かび上がる。

『やった! やっとオイラ、アスタラと話せるぞ! ずっと一方通行だったからな!』

「これで私の負担が減るわね」

 喜ぶダイスを見て、ナーシャも軽口を叩きながら笑みをこぼす──ソフィアはその笑顔を静かに見つめていた。

 ある日、ナーシャが看病疲れでバクタ・バブルの傍で眠りこけていた時のこと。

 ソフィアが入ってくるなりそれを見て、優しい顔と手つきで毛布を掛け直す。次にバブルに眠るアスタラへ向ける視線が、すっと冷えた。グッと手を握るとダイスに歩み寄る。

「ごめんなさい。ダイス」

『あれ、ソフィア? どう──』

 ダイスの主電源を切るとバクタ・バブルの制御装置の前に立つ。計器は最適な数値を指している。逆を言えば少しでも変わると命を奪いかねない。だが、ソフィアは適当なスイッチの一つに手を掛けた。今なら計器の異常として処理される。スイッチを押す──手が止まる。

「アスタラ……次は、どこに……」

 その寝言でソフィアは弾かれたようにナーシャを見る。

 寝顔に残る子供の頃の面影(おもかげ)。ソフィアの脳に昔の記憶がフラッシュバックした。

 夜中。故郷であるフーの里山で幼いソフィアは一人で泣いている。

 彼女は銀髪だが、フーでは不吉の予兆とされた。そのため周囲の人間からは()み嫌われることが多く、孤独な日々を過ごしていた。

「お前はマーレの有力者、ジェイク・ハウエルに嫁がせる」

 実の親も目を合わせることすらしなかった。ただ、厄介払いのために別の惑星に送られることが決められていた。

 そんな孤独に耐えていたある日、ついに我慢の限界が訪れ、外に飛び出した。よく分からないまま辿り着いたのが里山のど真ん中だった。帰り道が分からず、途方に暮れて泣いていた。

「大丈夫?」

 頭上から声がした。ハッと見ると心配そうに見てくる赤毛の少女。自分と似たドレスを着ていることから貴族筋の人間であると気づいた。

「……あなたは?」

「わたし? わたし、アナスタシア! 迷子なんだ!」

「……アナスタシア……?」

 聡明(そうめい)な彼女は名前から王家の令嬢を連想した。早逝(そうせい)することが多い王家の中で唯一、現国王の血を継ぐ人物。

「あなたは?」

「……ソフィアーナです」

「もしかして、シルバの家の人?」

「はい……?」

「じゃあ私たち従姉妹だね!」

「そうなのですか……⁉」

 親族にも会わされなかった二人はすぐに意気投合し、アナスタシアはソフィアの悩みをずっと隣で聞き続けた。

「わたくしは……この髪がきらいです……!」

「わたしは好きだよ」

「……え?」

「ソフィアの髪、星色みたいだよね! 綺麗!」

 その純粋な笑顔と言葉に幼いソフィアは救われ、マーレに嫁ぐことが出来た。

 ソフィアはスイッチから手を離し、静かに部屋から去った。

 

「今日は嵐ですね……」

 翌日、ナーシャとテーブルを囲んで朝食をとっていたソフィアが外を見てつぶやく。

「……何かマズイの?」

「並の宇宙船なら、嵐でバラバラに──」

 会話を遮るように一人のモン・カラマリが慌てた様子で駆け込んできた。

「どうしました?」

「モージフ様がお戻りに……!」

 ダイニングの空気が一変した。

「出来るだけ長く、足止めをしてください。ナーシャ、食事の片付けを!」

「了解。ダイス手伝って!」

 部下に指示を出し、三人で食器を片付ける。ソフィアは執務室の端末を操作し治療室まで通じる非常口を開く。

「私が開けるまで絶対に出ないでください」

 ナーシャたちを入れるとドアを閉め、ソフィアは静かにダイニングの窓際へ移動する──ドアが開いた。

〈帰ったぞ〉

 水中に響くような高い喉音を鳴らすクオレニーズ語。イカ頭のクオレンの賞金稼ぎ、モージフが入ってくる。

「おかえりなさい。お早いお着きで」

(いと)しのフィアンセに会いたくてね〉

「そうですか。お仕事は?」

〈今回は三人だ〉

 背負っていた袋から無造作に賞金首の頭が落ちる。ソフィアはびくりと肩を震わせ目を逸らす。

〈妻になるなら、そろそろ慣れてもらわないと困る〉

「まだ慣れないもので……」

〈まあいい。ところで……〉

 目線を合わせないソフィアにモージフが触手混じりの顔を近づけ目を細める。

〈香水を変えたかな?〉

「わたくしも気分を変えたい時はあります」

〈二種類も使うのか?〉

「組み合わせるやり方があるのです」

 ソフィアは視線を逸らさず見返すとモージフは引き下がった。ソファーに座るとホロプロジェクターをテーブルに放る。

〈そうそう。次の仕事だ〉

 浮かぶのはナーシャとアスタラの顔。ソフィアはどうにか動揺を押し隠す。

「……何をされた方たちですか?」

〈タドラに喧嘩を売ったそうだ。こっちの男はレーザー剣で各地で暴れているとか〉

 ソフィアは緊張した様子で自分の腕を触る。

〈男の賞金は小惑星一つ買えるほどの額だ。タドラの奴、よほど怖いらしい〉

「……恐ろしい人」

 ソファーから立ち上がり、ソフィアの肩を抱くモージフ。

〈大丈夫だ。私が君を守ろう〉

「……ありがとうございます」

〈そういえば女の方だが、どこか見覚えがあってね〉

 ソフィアの瞳が一瞬止まる。

〈ソフィア。確か、君の故郷はフーだったね?〉

「えぇ。そうです」

〈アナスタシア・バレイ=フーの名前に聞き覚えは?〉

 その名が出た瞬間、ソフィアの呼吸が止まりかけた。

「王家の方でしたので、名前は聞き及んでいます」

〈一つの国の王女が堕ちたものだな〉

 (さげす)み交じりの言葉にソフィアは静かに握りこぶしを作る。

〈君は貴族出身だ。会ったことはあるだろう?〉

「王家の方とは縁遠い立場でしたので。……そろそろ執務に戻らないと」

 会話を切り上げるように執務室に戻る。それを見送ったモージフはソファーに座り直す。別のホロプロジェクターを取り出し、浮かんだ顔の髪色や輪郭を調整した──ナーシャに似せたソフィアの顔ができる。

〈潮時か……〉

 モージフは目を細めてつぶやいた。

 

 ソフィアは執務室の端末から治療室を繋ぐとノックする。ナーシャが出てきた。

「ナーシャ。モージフはここにいることに感づいています。すぐに動かないと」

「アスタラはまだ動かせないの。もう少しで──」

 その瞬間、執務室の電気が落ちた。

「なっ……⁉」

「ソフィア!」

 暗闇の中で複数の影が動く──明かりが灯る。二人はモージフと十人近い傭兵に囲まれていた。

「モージフ……!」

〈これはこれは王女様〉

 傭兵によってナーシャに手錠が掛けられる。

「ちょっと放して!」

「ナーシャ!」

〈おっと、君もだソフィア〉

 こっちはモージフ自身の手で、その細い手首に手錠を掛ける。

「どうする気です!」

〈危険人物を(かくま)った反逆罪で処刑だ〉

「冗談でしょ……⁉ 婚約者じゃないの⁉」

〈過去の話だ〉

「……計画通りですか?」

〈さて、なんのことかな? 男はどこだ?〉

 二人は毅然とした態度で沈黙を貫いた。

〈まあいい。隠し場所くらい察しがつく。先に二人を処刑場へ〉

 暴れるナーシャと、無言でモージフを睨み続けるソフィアが連行されていった。

 

 ナーシャが処刑台に立たされると、門がゆっくり開く。細長い通路が中央に向かって伸び、光の差す処刑場へ出た瞬間、異星人たちの歓声が上がる。

「最悪……」

 対面には同じように処刑台に立たされたソフィアの姿があった。

「大丈夫?」

「……遅かれ早かれ、こうなっていたと思います」

 どこか達観したソフィアから下に視線を移すと、渦巻きの奥で太い触手がうごめいていた。

「今の何?」

「レヴィアタクス。別名、アビス・イーター。マーレの伝説の生き物でしたが、モージフが引きずり出し……ここはその巣と繋がっています」

「それサルラックとどっちがマシ?」

「千年かけて消化されない分、こちらがマシかと」

「嬉しい情報ね」

 そこで裁判長の衣装に着替えたモージフの木槌を打ち付ける音が処刑場に響く。

静粛(せいしゅく)に! これより裁判を開始する!〉

 興奮していた見物人が水を打ったように静まり返る。

〈では、被告人。アナスタシア・ナジカ・バレイ=フー──〉

「ナーシャよ! ナーシャ・ナジカ! 死ぬならパイロットとしての誇りを持って死ぬわ」

〈……ナーシャ・ナジカとソフィア・シルバの──〉

「ソフィアーナ・シルバ・マーレです。わたくしは統治者の誇りと運命を共にします」

〈……ソフィアーナ・マーレの罪状認否を!〉

 モージフがわずかに言葉を詰まらせると、後ろに立っていた人間の裁判官が前に出た。

「罪状は、宇宙海賊行為による罪と賞金首を匿った反逆罪である。異論はあるか?」

「異論があっても処刑でしょ……」

 ナーシャがつぶやく。観客席から野次が飛んだ。

「こっちは賭けしてんだよ! さっさと落とせ!」

「おい。しょうもないことで処刑を止めるな!」

「なんだと!」

「俺たちは処刑を見に来たんだ、てめぇの賭けなんざどうでもいい!」

〈静粛に! 静粛にしろ!〉

 モージフが止めるのも構わず両端の観客席同士で口論が巻き起こる。

「騒がしい連中……」

 ため息をつき呆れるナーシャ──その目が鋭くなった。

「……順番を、決める必要があるんじゃない?」

「ナーシャ……?」

 ソフィアが戸惑う中、ナーシャはさりげなく右耳に触れた。ソフィアの目がわずかに見開かれる。

「……確かに。同時に処刑しない以上、順序の決定は必要です」

「どっちを先に処刑するか。決めるべきよ」

「はい。裁判長。順序の決定を」

〈あぁ……確かに……〉

「偉い方からだろ!」

 観客席から野次が飛ぶ。

〈結構、ならばマーレを──〉

「ちょっと待ちなさい! それで言ったら私の方が上よ!」

 ナーシャは胸に手を当て、見物客に向かって叫ぶ。

「知ってるでしょ。私はフーの女王! ……玉座には一秒も座ってないけど」

〈なら、ナジカを──〉

 ソフィアが即座に手を上げた。

「異議あり! フーは現在、国家として機能不全です! わたくしはマーレを統治していました! こちらの方が上位のはず!」

 納得するような相槌(あいづち)が聞こえた。

「格で言えばこっちが上よ」

「定義が曖昧(あいまい)です」

「じゃあ血筋!」

「血筋で統治は成立しません」

「じゃあ称号!」

「実効を(ともな)わない称号に意味はありません」

 二人の口論に観客席から困惑したざわめきが起こる。

「……じゃあ、歴史の長さ?」

「……比較材料が不足しています」

「迷ってるじゃない」

「いえ、検討しているだけです」

 二人の応酬に見物客は右に左にと顔を動かす。

「なんであいつら、先に死にたがってんだ?」

 誰かがぼそっとつぶやいた。

〈どっちでもいい! 処刑だ!〉

 痺れを切らしたモージフが木槌を処刑装置に振り下ろす──空を切った。

〈……何?〉

 手元を見ると木槌が無くなっている。そこでどこかくぐもった声と、機械的な呼吸音が響く。

「その処刑、待ってもらおう」

 モージフの背後の薄暗がりから、呼吸マスクを付けたアスタラが現れる。その手には奪われた木槌が握られていた。





【挿絵表示】

ソフィアーナ・シルバ・マーレ CVイメージ 上田麗奈氏
※本作の挿絵は、著者の指示・監修のもとAIを使用して生成した「イメージボード」です。
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