アスタラは静かな空間の中でまどろんでいた。いくらか痣の痛みも引いた気がする。その間に、無意識に理力を通じて感情がなだれ込んできた。
「私を守ってくれたから」
「この男さえ……」
「早く元気になってよ?」
「ナーシャは……わたくしの……」
「まだ、起きないの?」
「殺したい……」
「アスタラ!」
ナーシャの叫びでアスタラは目を覚ます。見れば、裸にされ泡の中を漂っていた。
最後の記憶は〈シナトベ〉でナーシャと話したところで無くなっていた。状況がよく分からずにいた──いきなり泡が弾け、ずぶ濡れのまま外に放り出される。
咳き込むアスタラに見慣れた黄色いドロイドがアームを上げて近づいてきた。
「……ダ、イス……?」
『やっと起きたのか!』
ダイスの胸のモニターに文字が浮かぶ。
「それは……?」
『いいだろ! ナーシャに付けてもらった──じゃなくて! お前、半月以上寝てたんだぞ!』
「……体が、なまってしまった……」
息を切らせつつアスタラは自分の体を見て目を見開く。
「痣が……薄くなった……!」
『きっとバクタ・バブルのお陰だ』
「そうか……」
遠い目をするアスタラにダイスがアームを振る。
『って、感動してる場合じゃねえ! ナーシャたちが処刑されそうなんだよ!』
「……何、どういうことだ⁉︎」
状況がまったく分からないアスタラにダイスが引き出しから服を出す。
『服着ろ! 詳しいことは走りながらだ!』
バクタの液で濡れたままのアスタラは体を拭き、ナーシャに縫われた服を身に纏う。
『それに、これ付けろ! 今のお前じゃ走るのもキツイだろ!』
投げ渡されたマスクを顔に押し当てる。密閉される音とともに酸素が勢いよく肺に送り込まれる。
準備を整え、治療室を飛び出してから処刑場までの間、ダイスからこれまでの経緯を聞いた。
「そんなことが……」
『急げ! 二人がモージフに殺されちまう!』
半月の間に内部構造を把握したダイスの案内で、二人はモージフの近くまで回り込んだ。今はナーシャたちの罪状が読み上げられている。
『どうする。突っ込むか』
「いや。私一人で行く」
『じゃあ、そうしてくれ。オイラは荒事は苦手なんだ』
アスタラはすっと立つとそのまま出ようとする──ダイスが慌てて止めた。
『お前、レーザー剣も持たずに大丈夫かよ! これ持ってけ!』
渡されたのはナーシャのブラスター。
「これは……」
『捕まる直前にオイラに渡してきたんだ』
治療室を出る直前、ナーシャがダイスの引き出しにブラスターを入れる。
「ダイス、これ預かってて」
『おい、なんのつもりだよ!』
「いざという時はあんたがアスタラを守って」
そこまでして身を案じてくれていたことにアスタラは心が温かくなった。
「ナーシャ……」
感慨深げにつぶやく──処刑台に立つナーシャの目が鋭くなる。すると処刑の順番について、ナーシャとソフィアが屁理屈を言い始めた。
アスタラは腰帯にブラスターを差し込む。
『おい、大丈夫なんだろうな?』
「……なんとかする。お前は〈シナトベ〉に戻って動かせるようにしてくれ」
そう言い残しモージフの背後に迫っていく。
『……あいつ、あんなに向こう見ずだったか?』
ダイスは頭を掻くと〈シナトベ〉に向かった。
〈どっちでもいい! 処刑だ!〉
ナーシャとソフィアの口論に痺れを切らしたモージフが、木槌を処刑装置に振り下ろすが空を切る。
〈……何?〉
「その処刑、待ってもらおう」
アスタラが右手で木槌を理力で引き寄せ、処刑を中断させた。そのままレヴィアタクスの巣に投げ捨てる。
〈お前は……!〉
「……嘘っ……」
「アスタラ! 来てくれたのね!」
驚愕するモージフ。呆然とするソフィア。ただ一人、喜ぶナーシャ。
「おい、あの野郎まさか……」
見物人がアスタラを見て、一斉にホロプロジェクターを出す。処刑場全体に異様な数の青い光が浮かぶ。
「……賞金首だ!」
それを皮切りに荒くれたちは武器を取り出し乱射する。アスタラはすぐに別の見物人たちに紛れた。
「殺せ! そいつを殺せ!」
だが、アスタラを狙ったビームが見物客同士に当たる──それから身を守るために反撃する。瞬く間に処刑場はビームが飛び交う惨状と化した。
〈やめろ! 落ち着け!〉
モージフが叫ぶが、興奮し混乱した荒くれ者は手に負えない。
〈先に二人を処刑だ!〉
舌打ちしたモージフは二人を直接落とすため、すべての門と処刑台を動かす。そこから処刑人が出てくる。
「ちょっとヤバいかも……!」
ナーシャたちに命の危機が迫る中、アスタラは倒れていた荒くれ者の長いスタッフを拾った。軽い身のこなしで前転跳びして観客席から処刑台の一つに移る。
そこで前と後ろを昆虫のような羽根が生えたジオノージアンの賞金稼ぎが、羽ばたきながらジオノージアン・ソニック・ブラスターを向けてきた。引き金を引く──直前にアスタラが跳躍して避ける。目に見える音波のパルスが撃った二人に直撃した。
「……動くな……」
短期間に激しく動き呼吸が乱れているが、ナーシャの処刑台に辿り着いたアスタラはスタッフで手錠を壊す。
「遅い!」
「……すまない。これを」
腰帯に差していたブラスターをナーシャに渡す。
「気が利くじゃない!」
アスタラがスタッフで迫りくる処刑人を下へ叩き落とし四方八方のレーザーを防ぎ、その陰からナーシャがブラスターで荒くれ者を撃ち抜く。初めてとは思えないコンビネーションを見せた。
二人が
「ソフィア動かないで!」
迷いのない声が彼女をその場に繋ぎ止める。ドレスを握り締め震えるソフィアのすぐ横をナーシャの放った閃光が通り、処刑人たちを正確に撃ち抜いた。
ナーシャはアスタラの陰から出ると、ソフィアの処刑台に飛び乗ってそのまま押し倒す。ソフィアの顔を胸に抱きながらブラスターを放つ──ナーシャの激しく脈打つ鼓動を感じた。
一方でアスタラが荒く呼吸をしながら、右手を握り締めた。一部の観客席の支柱が砕け崩落していく。逃げ場を失った者たちは悲鳴を上げ、渦の中に消えた。
そんな最中、一際強力なビームが二人を襲うがアスタラが寸前で
見れば、モージフが裁判長席から特製のブラスター・ライフルを構えている。ついに銀河一の賞金稼ぎと称される男が動いた。
放たれたビームを弾くと衝撃とともにその部分が溶ける。凄まじい威力だ。
飛び道具を持たないアスタラだが、そこにナーシャの援護射撃が入り、モージフが陰に隠れる。
その隙にナーシャがソフィアの手を取り立たせると、手錠を撃ち抜き、守るために体ごと抱きしめた。
「どうするの、このままだとジリ貧よ!」
その問いにアスタラは処刑人が入ってきた門を見る──一つがまだ閉まりかけていた。
「……急げ!」
理力で門を無理矢理止めると三人は駆け出す。ソフィア、ナーシャと隙間を抜け、アスタラも潜ろうとした。
〈させるか!〉
「っ……!」
モージフによって処刑台を撃ち抜かれアスタラは渦の中に落下する。
「アスタラーッ!」
ナーシャが隙間から手を伸ばし叫ぶがどうしようもない──それを激しく動く胸と、笑みを浮かべそうになった口を抑えてソフィアは見ていた。
「……〈シナトベ〉に急ぐわよ!」
ナーシャは首を振ると、ソフィアの手を引く。
「……あの、方は……?」
「アスタラなら……きっと大丈夫! 一緒に見てたでしょ? 簡単には死なないわ!」
ソフィアは胸の奥がざわつくのを感じながら、ナーシャに手を引かれて処刑場を後にした。
〈シナトベ〉があるドックに向かって、手を繋いでルグゥーの通路を走る。ソフィアが足を止めた。
「……ちょっと待って、ください……!」
「どうしたの?」
息を切らせながらソフィアは壁の端末を触り、一呼吸置いてルグゥー全体に放送を流す。
「……ルグゥーのみなさん、ソフィア・マーレです。……今、街はモージフに支配されました。身の安全のため至急、退避してください……!」
それを告げた途端、ルグゥー全体が騒がしくなり始めた。
「……行きましょう……!」
再び手を取り合ってドックに急ぐ。
ドックの前までたどり着いた二人。物陰から覗くと〈シナトベ〉の傍に三人の傭兵が立っていた。ナーシャが舌打ちをする。
「三人か……」
「どうしましょう……?」
心配するソフィアにナーシャがウインクするとブラスターを抜く。
「ナーシャ……?」
「ここまできたら一か八か。荒っぽいやり方で」
「……本気ですか……⁉」
ソフィアが止めるよりも先にナーシャが傭兵の前に立つ。
「ねぇ!」
傭兵がブラスター・ライフルの銃口を向ける。
「待って!」
ナーシャは敵意の無いことを知らせるために、片手を上げつつもう一方の手でゆっくりとブラスターを見せた。
「おろすから、ね?」
ナーシャがブラスターを手放す──次の瞬間、仰向けに倒れながらブラスターのグリップを摑み直す。そのまま凄まじい早業で三人の胸を撃ち抜いた。倒れた三人を見て、立ち上がったナーシャはふぅと息を吐く。
「上手くいった……」
笑みを見せる──発砲音が鳴った。〈シナトベ〉の陰でナーシャを狙っていた一人が倒れる。目を丸くしながら振り返った。
「……ブラスターは解禁されています……用心のために……」
ソフィアの震える手に、サンゴをベースにした小型ブラスターが握られていた。
「どこに隠してたの?」
「……太ももの内──言わせないでください……」
苦笑しながらナーシャは〈シナトベ〉のランプウェイとハッチを動かす。ドレスで動き辛そうなソフィアを引き上げつつ中に乗り込む。
『おう、無事だったか! 準備万端だぞ!』
ダイスが両アームを振って笑顔で現れる。
「あんた、いつの間に。ソフィアはこっちに」
『アスタラに言われてな! おい、アスタラは?』
ソフィアを副操縦席に座らせ、ナーシャは操縦桿を握る。
「伝説の怪物の巣に落ちたけど、大丈夫!」
『それ、大丈夫か⁉』
「いいから! 着陸脚格納! ルグゥーを出る!」
〈シナトベ〉のフロントライトが点灯し海中ドックを飛び出した。見ればソフィアの放送を聞いた市民がルグゥーから船で飛び出していく。
「よし、一旦、大気圏まで出て──」
「駄目です!」
ソフィアが語気を強めてナーシャを止める。
「マーレは今、嵐です。空に出たらよほど頑丈でなければバラバラになります」
「……なら、海中にこもるしかないわね」
〈シナトベ〉はルグゥーからつかず離れずの距離で回遊しながら、アスタラの救助のタイミングを伺っていた。
「アスタラ死なないでよ……!」
操縦桿を握る手に力が入る──横から鋭い槍が飛んできた。
「っ! 何⁉」
見れば貝殻に似た、ひし形の宇宙船が浮かんでいる。その側面の射出穴から空気が漏れていた。
「〈スクイード〉……! モージフの船です!」
ナーシャは操縦桿を一気に切った。ソフィアが小さく悲鳴を上げる──〈シナトベ〉が急旋回して逃げ出す。翼のすぐ傍を槍が通り過ぎていく。
「あいつ……〈シナトベ〉に傷つけたら容赦しないから……!」
「前!」
目の前をゆったりと巨大な海獣が横切る。ナーシャは熟練の操縦技術で、その巨体に沿うように〈シナトベ〉を動かす。ヘッドライトが目に当たった海獣が声を上げた。
「ごめんね!」
そのまま〈シナトベ〉は巨大なサンゴや岩礁を通ってモージフの攻撃をかわす──今度はルグゥーからの逃亡民の船が前を塞いだ。
「ぶつかるっ!」
「捕まって!」
嵐で立ち往生している船の隙間を左、右にとすり抜ける。だが、ここまでしても〈スクイード〉の追跡は撒けずに後ろにつかれてしまった。
「どうしましょう……⁉」
すがりついてくるソフィアの震えを感じながら、ナーシャの視界に細い海溝が映った。
「……よし」
操縦桿を一気に曲げる。〈シナトベ〉の船体を縦に直立させると狭い海溝に収め、挟まらないギリギリまで奥に押し込む。
「……少々、無茶では……?」
「まあ……これで向こうから手出しはできないでしょ」
ナーシャの読み通り、〈スクイード〉は海溝の入口で右往左往する──不意に通信機が鳴った。回線を繋ぐとそこから耳障りなクオレニーズ語が響く。
〈ナーシャ・ナジカ、無駄な抵抗はやめろ〉
「やめたら助けてくれるの?」
ナーシャが肩をすくめながら軽口を叩く。
〈ソフィア。聞こえるか。ソフィア〉
モージフに呼びかけられたソフィアが肩を震わせた。
〈これは何かの間違いだ。彼女を止めてほしい〉
俯いて視線を落とす。銀色に輝く髪が彼女の顔を隠す。
〈今なら君の無事とルグゥーの安全は約束しよう〉
「ったく、何を勝手なこと──ソフィア?」
垂れた長髪で表情が見えない──ソフィアが通信機に口を近づけた。
「もしもし……」
〈ソフィア。さあ私たちの関係を元に──〉
「……ふざけたこと言ってんじゃないわよ! わたくしたちの街を無茶苦茶にしておいて、今更許してやろうって? おこがましいにもほどがある! 二度と話し掛けてくるな! 意味わかるか、このタコやろーッ‼」
そう吐き捨ててソフィアは通信機を切る。息を荒くしながら深呼吸し、満面の笑みを浮かべる。
「……言いたかったこと言うの気持ちいいっ!」
それを聞いて一瞬、ナーシャはぽかんとした後、口を開けて大声で笑う二人──海溝が激しい音を立てて崩れた。
「何っ⁉」
〈……Xフォイル、戦闘ポジション〉
〈シナトベ〉が飛び出した背後に〈スクイード〉のひし形に折り畳まれていた十基の翼がX状に後ろに広がる。さらに船の先端が銛のように伸び、まるでイカのような形態に変化した。
「……わたくしのせいです、よね……?」
「……気にしないで、あいつが逆ギレしただけ……!」
そう言いつつもナーシャは焦っていた。〈スクイード〉の直線スピードがさっきと比較にならなくなっていた。その上、大きな岸壁や岩礁に隠れても先端部分で力任せに貫いてくる。
流石に気持ちが焦るナーシャ──ソフィアが叫んだ。
「大渦巻です!」
指を差す先には見たこともない大きさの渦巻があった。〈シナトベ〉は巻き込まれないように大きく回り込んで避ける──〈スクイード〉はその大渦巻きをものともせず一直線に突破した。
「嘘でしょ……! 渦巻もお構いなし……⁉」
なんとか狭い洞窟に逃げ込むが〈スクイード〉が岩肌を砕きながら迫ってくる。
「マズイ……これがパワー全開……‼」
〈スクイード〉の先端が〈シナトベ〉のメインブースターに迫った。
『おい! これ以上はエンジンがもたないぞ!』
エンジンを見ていたダイスが大慌てでアームを振る。
「もう駄目……‼」
「……頼む。聞こえていてくれ……」
「えっ……」
ナーシャの頭にアスタラの声が聞こえた気がした。
「……ナーシャに届け。上がってくれ……」
見えてきた洞窟の出口。ナーシャは直感的に操縦桿を一気に引く。〈シナトベ〉が急上昇した。
〈何っ⁉〉
意表を突かれるモージフ。視線を戻した操縦席の横から大量の柱のような牙が並ぶ口が迫っていた──これがモージフの最後の景色だった。
〈スクイード〉はレヴィアタクスに側面から噛み砕かれていく──そのレヴィアタクスの頭上には酸素マスクを付けたアスタラが立っていた。
「アスタラ!」
「嘘っ……」
ナーシャが急いで迎えに行く。アスタラはレヴィアタクスから跳び移り、〈シナトベ〉の翼を摑んだ。
「もうしばらく我慢して!」
〈スクイード〉が百メートル近い巨体から繰り出される、大量の触手に絡めとられ海底に引きずり込まれるのを横目に、〈シナトベ〉は海上へと浮上した。嵐は過ぎ去り、海面にはまばゆい太陽の光が輝く。
海上に出たところで、アスタラは翼の上で大の字になると、呼吸マスクを外し大きく息を吸った。久しぶりに肺で空気を吸った気がした。
「アスタラッ!」
ハッチからナーシャが飛び出し、ずぶ濡れのアスタラを抱きしめる。
「信じてたけど……生きてたのね!」
「……ああ、なんとか……」
「あんな怪物どうやって
「……手懐けたのではない……気を鎮めた。昔、気性が荒かったククルによくやった……」
そう言って、アスタラは巣に落ちた時のことを語り始める。
水流に流された先にはレヴィアタクスの巣。いくつもの穴が開いた側面から水流が滝のように流れて、空気は微かに入っているようだ。ただ、足元には多種多様の骨。中には肉が残っているものもある。地面一面にあるため嫌でも踏みしめていると、死角から大木のような触手に絡めとられた。
「ぐぅっ……!」
病み上がりで体力のない中、滝の一つから十五メートルはある巨大な頭が現れる。アスタラの顔を見るように一メートルはありそうな自分の目に近づけた──理力を通じて怒りを感じたアスタラはどうにか右手をかざす。
「……
理力を使ってどうにか落ち着けさせようと試み、その言葉を繰り返す。レヴィアタクスが穏やかになるのを感じた。触手の力が緩み、地面に落ちる。
どうにかなったと思っていると、耳障りな金属音がした。見れば、レヴィアタクスの体にいくつもの大きな拘束具がつけられていることに気づく。
「……そうか。お前はモージフに……」
アスタラはレヴィアタクスがモージフに叩き起こされ、処刑道具として飼い殺しにされていたことを悟った。理力で拘束具の留め具を壊してやると、不思議そうに触手を動かしながらアスタラを見る。
「……少しだけ、力を貸してほしい……」
言葉が伝わったか分からないが、レヴィアタクスは海中に引っ込んでいく。それに乗じてアスタラがレヴィアタクスの頭に飛び乗る。巨大な怪物はそのまま海を突き進んだ──結果はアスタラが生きていることが物語っている。
モージフの死によってルグゥーは平穏を取り戻した。モージフを後ろ盾にしていた荒くれ者たちは、アスタラたちを恐れて我先にと逃げ出したため、数日の内に
そして、再びソフィアが統治者の地位に返り咲いた。
それから数日後。アスタラたちはタドラの野望を阻止するため英気を養った。
出発当日。晴天の中、〈シナトベ〉を停めた海上の発着ポートで、潮風に吹かれながら向かい合う二人とソフィア。
ナーシャはいつもの無骨な青い上着を羽織り、アスタラとともに銀河へ飛び立とうとしていた。ソフィアはマーレを象徴する気高いドレスのまま、それを見守る。
「いよいよですね……」
「今日までありがとう。ソフィア」
「いいえ」
ナーシャには笑顔を見せる──一方でアスタラに対しては視線を少し逸らす。
「……お元気で」
実はこの数日間、ソフィアから敵意を向けられていることには勘づいていた。
「助けていただき、感謝します」
だが、そんなことはおくびにも出さずに、一歩前に出て頭を下げる。ソフィアの複雑そうな視線がアスタラを捉える。二人の目線が初めて合った。
「こちらこそ」
ソフィアも頭を下げると、しばらく沈黙が流れる。
「何? 二人とも怖いわよ?」
「……ナーシャ。私は先に〈シナトベ〉にいる」
「うん?」
渦中の人間にも関わらず、分かっていないナーシャを置いて、アスタラは船内に戻っていった。
「ナーシャ」
そんなナーシャにソフィアが声を掛ける。
「……今までバタバタして、まともに話せませんでしたが。フーのことは──」
「気にしないで。どうにもならなかったと思う」
気まずそうなソフィアに対してナーシャは笑顔を向ける。記憶と少しも違わない笑顔。
「ナーシャ……」
居ても立っても居られずソフィアはナーシャの前にまで歩み寄ると、震える手で肩を摑む。
「どうかし──」
不思議そうにするナーシャの顔にソフィアは唇を近づける──一瞬ためらって、額にキスをした。そして顔を見合わせる。
「愛しています」
「……ええ、私も!」
ナーシャの屈託の無い笑顔に、ソフィアは泣きそうな顔で笑った。
「次会う時はタドラをぶっ飛ばしたらね!」
そう言って手を振りながら〈シナトベ〉に向かっていくナーシャ。
「ええ。きっと!」
手を振り返しながら、自嘲気味で、だが凛とした声が響く。
〈シナトベ〉の優雅な機体が着陸脚を畳み、水しぶきを上げながら離陸する。ソフィアの頭上を何周か回り、はるかな銀河へと飛び立っていった。
「……気をつけて……」
目元から潮風とともに水滴が飛んでいく。ゆっくりと指先で拭い、乱れた髪を整え、再び統治者としての顔になる。その瞳に、きっともう迷いはなかった。