「くわぁ〜、今日もよく働いたぁ〜」
ぐぅ〜っと両手を上に伸ばす。
午後7時30分、本日のお仕事を終えて駐車場に向かう。スタジオエムは社長の丸ちゃんの方針でデザイン事務所としては残業時間が少ない、丸ちゃん一人でやっていた頃は徹夜も多かったらしいが、俺と藤崎が入社してからは3人で仕事を回すようになったので仕事が早く片付くようになったのだ。
まぁ、最近はクライアントの都合で残業もあるが、まだまだ許容範囲である。
「ん?」
駐車場に停めてある俺のRX-7の横に誰かが立っているのが見えた。
俺の姿を見ると軽く頭を下げた、誰だ?
「すみません、こんな待ち伏せのようになってしまって。お仕事の邪魔をしてはいけないと思いまして、こうしてお待ちしておりました」
仕立ての良いスーツにネクタイ、フレームの太い黒縁メガネ、細目でいかにも会社員風の叔父さんがにこやかに話しかけてくる。
歳の頃は中山さんと同じくらいか?
「はぁ?で、どちらさまで?」
「失礼。私、こう言う者です」
渡された名刺を見れば、俺でも知ってる大企業の名とロゴマークが目に入ってきた。
「ナイン・エンタープライズ!」
「李 華雄《かゆう》と申します」
世界中にネットワークを持つ、中国最大の企業、爪楊枝からロケットまで多岐に渡る商品を扱う大商社。
俺も仕事でこの企業の系列の印刷所を使うことがたまにあるのだ、安いのでお世話になってます。(ここの印刷がバカ安なせいで地元の印刷所が何軒か潰れているのだ)
そんな会社の人が何しに俺の所に?なんかやばいデータ印刷しちゃったか。
「どうでしょう、UTUMIさん、立ち話も何なのでどこかゆっくりお話しできる所で」
「えっと、ここらでこの時間となると〜、吉牛でも良いっすか?」
長野は喫茶店とか少ないんだよ、レストランとかは高いし給料前だしね。
「あぁ、これは失礼を、夕食がまだでしたね、良いですよ私も少し小腹がすいているので助かります」
なんか中国の人なのに日本語の発音完璧やね、あっ春夏に飯食ってくるってライン入れとかないと。
ポチポポチ
「それじゃ、あれ?李さん車は?」
「バスで来ました」
「そうなの?じゃあ、私の車乗ってください」
「お手数かけます」
ヴゥボボボボボ
会社から10分ほど車を走らせる、そう言えば俺今日は金髪ウィッグ付けてるのによく一目でUTUMIってわかったな、調べてきたのかな?
横に座る李さんをそっと見れば、目が合ってニコリと微笑まれた。笑顔なのに何故かちょっとゾクリとした。
ピンコ〜ン♪
「いらっしゃいませ〜」
李叔父さんと二人、吉野家のテーブル席に座る、タブレットで注文するのだが。
「李さんは何にします?」
「では、牛丼と油そばのセットをお願いします」
「お、期間限定行きますか?じゃあ私は牛丼の頭大盛りでっと」ポチポチ
吉牛だけに待たされる事なく料理が運ばれてくる、ヘェ〜油そばも美味しそうだな、今度頼んでみよう。私はテーブルの紅生姜をちょっと多めに丼に盛り付ける、牛丼にはやっぱ紅生姜だよね、仕上げに七味をちょっと振りかければ完璧だ。吉牛と言えば最近、木村さんがCM出てるな、CMに出たら牛丼1年くらい無料になるのかな。良いなソレ。
向かいの席を見れば李叔父さんが七味をこれでもかとかけている、真っ赤だけどそんなにかけたら辛くない?もしかして四川省の人?
「で、今日は私に何のご用です?」
ちょっと行儀が悪いが牛丼を掻っ込みながら李叔父さんに尋ねる。モグモグ
李叔父さんも油そばのメンマをポリポリさせながら口を開いた。
「UTUMIさんをスカウトに来ました」
「ナイン・エンタープライズが?」
「私はナインの芸能部門を任されているので」
「へっ?ナインに芸能部門なんてあるのぉ!じゃあ印刷の仕事じゃなくて音楽の方!」
「?、ありますよ、韓国のBTZや中国の張恵とかは我が社の所属ですよ」
「あ、ごめん私K-POPとか疎くて、でもBTZは聞いたことあるかも」
「それは残念です。彼らも結構売れてはいるんですが、知名度がまだまだですね」
いや俺が知らないだけだが、そんなことより。
「で、李さん、そんなに七味かけて辛くないんですか?」
「ピリッとして美味しいですよ?」
李叔父さんが俺の質問に不思議そうに首を傾げる、唐辛子まみれで真っ赤やんかその油そば!わぁ〜やっぱ四川省の人だぁ〜!パンダ保護センターで赤ちゃんパンダと戯れてぇ!
食べ終わって食後の一服するため駐車場の隅に設置されてる灰皿に向かう、結局李さんに奢ってもらってしまった、これなら定食頼んでもよかったな。
カリン!ボッ
ポールモールにジッポーで火をつけ紫煙を吐く、あっ、結局立ち話じゃんコレ。
李さんを見れば胸ポケットから真っ赤な箱に中華と書かれたのタバコを取り出して吸い始めた、おお、中国のタバコ初めて見た。どんな味するんだろう。
「でもスカウトって言っても、私もう日本の芸能事務所と契約しちゃってますよ」
「アミュズの中山さんの所ですよね、でも専属契約はまだしてませんよね」
「あぁ、バイト掛け持ちしませんかって事?」
「バイトですか?まぁ考え方としては間違ってませんね、どうです、我が社だったらバイト代は弾みますよ」
「う〜ん、でも今のダブルワークでも結構忙しいからなぁ、ちょっと無理っぽいかな」
「そうですか、UTUMIさんだったら世界的に有名なアーティストになれるんですがねぇ」
「ハハハ、私なんかじゃ無理無理、アイリアンティにあった時に、私にはこんなスターのオーラは出せないって思ったもの」
「そのアリアンティも全く同じ事を言ってましたけどね……」
「ん?」
李さんがなんか聞きなれない単語を小声で呟くが、流石に中国語はわからんぞ。
「では今日のところは挨拶だけでお暇しますね、わざわざお時間いただいてすいませんでした、また良い条件をお持ちして伺います」
李さんはそう言って頭を下げると止まっていた黒塗りのセダンの後部座席に乗り込んだ、あれ?バスじゃなかったの?いつの間に呼んだんだ。
去って行く李さんを吉牛で見送る、うん、吉野家に来るような車じゃないな、車種はわからんがトヨタのセンチュリーみたいなピカピカの高級車だった、それにしても。
「また?…ま、牛丼奢ってもらったしいいか」
RX-7に乗り込むとエンジンをかけた。やっぱり自分の車(RX-7)に戻してよかったな。
ヴァボッボボボボ
次の日この事を、YouTubeチャンネルの動画撮影に事務所 (スタジオエム)にやってきた夏元Pに話したら凄え怒られた。
ここんとこ、よく来るんだよなこのおっさん、社長のくせに暇なんか?デザインの仕事も出してくれるから良いんだけど。
「知らんオッサンにホイホイついていくじゃありません!!」
「えぇ〜ご飯奢ってくれたし、多分良い人だよぉ〜」
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