椿坂46 松田由莉奈《まつだゆりな》は超不機嫌だった。
朝から新期メンバーのダンスが下手くそで揃わずに何度もやり直されるわ、昼に食べたカレーうどんの汁が服につくわ、しまいにはUTUMIに会えると楽しみにしていた声優の仕事ではスケジュールの都合で、全然会えていない。
「くそ、夏元Pめ〜騙しやがったな」
と言うか、夏元はUTUMIが声優の仕事に参加するなどと言ってない、歌のみである。
大人は色々とずるいのだ。
「は〜いOK!良いね、松田ちゃん感じ出てるよ、うまいね〜声優は初めてでしょ練習してきた?」
「ありがとうございます!頑張りま〜す」
「じゃあチェックするんで、ちょっと休憩しようか」
ガコン、キュポ、ゴクリ
休憩所、自販機の横のベンチでペットボトルに口をつけると、ため息が出る。
「はぁ〜、UTUMIお姉様ぁ、由莉奈は挫けそうです、なんで隣にいてくれないんですか、お姉様がヒロインの声優をしてくださればいいのにぃ」
「ふふ、ごめんなさいね私なんかが相手で」
いきなり横から声をかけられる。
やばい、この世界では大ベテラン、しかももう一人のヒロイン役である水稀さんに今の愚痴を聞かれた。
「み、水稀さん!ちぃ、違うんです、決してそういう意味ではなくて」
「いいわよ、私だってこの役が来た時、本人がやればいいのにって思ってたもの」
水稀さんが口を尖らせながら、不満そうに話す。
「えっ」
「私も彼女のファンなのよ、紅白の歌聞いた時なんか感動して泣いちゃった」
「でも、水稀さんだって紅白には何度も…」
「私は本職は声優だと思ってるから、二刀流とは言っても、あんな本物と比べちゃうとね」
水稀さんは私の隣に座ると、さっきの私のようにため息をついた。
「はぁ〜、私の役ってもろにキャクターが彼女じゃない、だからちょっと気が引けちゃうのよね、私の声で本当にいいのかな〜って」
水稀さんはキャラになり切ったベテランらしい完璧な演技だった、お姉様と言えどこの演技力にはやはり敵わないと思っていた。声優と歌手、同じ声のお仕事だけど、歌と演技はジャンルが違うのだ。
「彼女と一緒のステージに立てた貴女が少し羨ましいわ、あのダンス凄かったわよ」
「ありがとうございます、でも歌ではとても、二人で歌う曲もあるのに今の私じゃ……」
「……そう言う時はキャラになり切ると良いわよ、あくまでも自分じゃなくてキャラが歌ってると思えば良いのよ」
「キャラがですか」
「そ、貴女のキャラ可愛いんだから大丈夫よ、今回、作画もキャラデザも神がかってるもの」
「が、頑張ってみます!」
「うん、その感じ」
その後のアフレコはNGも少なく順調に進む、期せずして松田の評価も上がることになる。
ガシャッ!
「違〜う!UTUMI様のカッコ良さはこんなもんじゃな〜い!」
うわっ!まただよ、髙橋女史マジで気合い入ってるなぁ、もう何度あのシーンの作画リテイクしてるんだよ。
「けど、俺も撮影した映像見せて貰ったけど、あれはもうキャラクターそのものだったもんな、あれに負けないようにと思えば、髙橋女史の気持ちも少しわかるわぁ〜」
「あぁ、あのMVな。あれは反則だよな、歌も凄かったけど存在そのものがもう……」
「「銀河の歌姫!!」」
「「はぁ、俺らも頑張るかぁ!」」
良質なアウトプットを求めるなら、それには優れたインプットが必要になる。
彼らも一流のプロのアニメーターだ、インプットが刺激的で優れていればいるほど、アウトプットはさらに良質なものを生み出す、それがクリエイトの世界の正解の一つと言える。
前作を超えて行く、人間とはそうやって進化してきたのだから。
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