ナインエンターテイメント韓国ビル。
「李社長、東京支社から報告が来ました」
社長の李を前に部下が日本の報告している。
「フェンダーからUTUMIのシグネチャーモデルですか。やりますね中山、実に商売が上手い」
「李社長?」
「普通、デビュー1年程度の新人アーティストはシグネチャーモデルなんて出せませんよ」
(その新人の師匠を名乗るギタリストは、幾つも自分のモデルを出してますけどね。メーカーと話をつけたのもこのギタリストさんですけどね。)
「あぁ、確かにUTUMIはプロ転向したばかりですね、動きが早いですね」
「そこが中山の上手いところですよ、UTUMIの知名度を武器に交渉したのでしょう、メーカー側からしてもUTUMIモデルならビジネスとして十分な儲けが出ると判断したのでしょう、実際今の彼女のモデルなら確実にバカ売れする。
またUTUMIとしてもギタリストとしても腕が認められたと証明されたようなもの、まさにWINWINな交渉術、見事です」
「なるほど、UTUMIはどちらかと言えば歌声が売りでしたから、そこに本格的にギターテクニックのイメージも補強出来れば」
「パーフェクト!ますます、ナインに欲しくなりますね」
「しかし、このまま中山にやられっぱなしと言うのも癪ですね、そう言えばUTUMIの後任はもう決まったのですか?」
「いえ、何人か面接はしているようですが」
「東京の印刷部門に長野に回せる人材はいますか?いるようなら生活に困らない退職金を与えてUTUMIの会社に転職させなさい、貸しと繋がりを作っておきましょう」
「はっ、すぐに手配いたします」
ナインプリント東京工場
「移動ですか?」
「いや、どちらかというと出向だな。一旦会社は辞めてもらうが」
「クビですか!」
「退職金は6,000万出すそうだ」
「ろくっ、わかりました、喜んで!ってどこに行けばいいんです専務?」
「え~っと、長野だそうだ、俺も詳しい事は聞いてないんだ、ただ急げって本社から言われてな」
「長野にウチの系列工場ありましたっけ?」
「「?」」
スタジオエム。
「丸ちゃん先輩、今日も面接の人来るんですよね」
「え、あぁ、もうじき約束の時間ね」
「これで何人目だっけ」
「5人目だよ、丸山先輩が選り好みするから」
「だって、内海くんの後任だよ、おっさんとか嫌じゃない」
「あ、俺も女の人の方がいいな」
「「ねぇ~」」
「あれ、陽子ちゃんは?真っ先に立候補してたよね」
「あの子、頭は悪くないんだけど、美術の成績が1なのよ、それに卒業までなんて待てないでしょ」
ドゥルルルルル
「「「あ、来た。カブ?」」」
ドゥルルルルル、ガチャン
「え、ここ?2階は学習塾やし、1階だけやよね」
李 桂《りけい》32歳、中国は四川省の生まれ、彼女が12歳の時に両親と共に大阪に移り住む、大学生時代に両親を交通事故で亡くし、親戚筋の印刷会社に引き取られるように就職、以来ずっと一人で働いてきた苦労人だ。
今や日本中から印刷の依頼が来るようになったナインプリント、彼女はそこでデザイン部門に所属していたのだが、先日専務に転職を命令された、信じられない額の退職金と一緒に。まさか一軒家まで用意されてるとは思わなかったが。
「どうも、社長の丸山です」
「今度バイトになる内海です」
「平社員の藤崎です、コーヒーどうぞ」
「は、はぁ、李 桂《りけい》です、よろしくお願いします」ペコリ
面接向けの少し野暮ったいリクルートスーツで頭を下げる。最近は大きな工場で働いていたから、3人規模の会社はちょっと新鮮だな。それにしても皆んな私より若いし顔面偏差値の高い事務所だな、特に、ん、あれ?内海、あれ?
「あの~、内海さんってもしかして、あのUTUMIさんですか?」
「あ、知ってくれてます、今度プロになるんですよ~」
?、なんでUTUMIがここにおるのよ、専務ぅ説明プリーズ!て、固まってる場合じゃないわね。
「は、はぁ、あ、これ、前の会社から紹介状です、社長さんに渡すようにと、後、私の履歴書です」
「面接で紹介状ですか?あれ?ナインエンターテイメント?」
「「ナインエンターテイメント!」」
「あぁ、前の会社はナイングループの一つなので、私はナインプリントに勤めていました」
「「「おぉ~~っ、印刷ではいつもお世話になってます」」」
「いえいえ、お気になさらず」
目の前で私の紹介状?を3人で顔を寄せて仲良く読んでいる、何が書いてあるんだろう?
『ナインエンターテイメント 李華雄より』
丸山社長及びスタジオエム社員様へ。先日そちらの優秀な社員であるUTUMIさんが御社を退職するとお聞きしました、そこで彼女の後任を選考中と聞き、弊社の印刷部門で退職する人材がちょうどおりましたので、ご紹介したいと思います。非常に優れた人物だと報告を受けていますので、是非御社でお役に立てばと思います。ご検討ください。
「李さんも気が効く人だな、引き継ぎの話からここまでしてくれるんだ、牛丼奢ってくれたし凄く良い人だね」
「いやお前、これ引き抜き工作の一環だろ、貸し作る気満々じゃないか」
「でも、この経歴凄い即戦力じゃない、いやむしろ戦力アップでしょ、印刷代とか負けてくれるかな」
「あれ?名前が李って」
内海さんが私の方を見て、私の紹介状を見せてくる。どれどれ何が書いて……
げっ、李華雄ってあの李華雄!
聞いてないよ〜っ!専務ぅちゃんと説明してよーっ!ドキドキする心臓を必死に抑え込みUTUMIさんの質問に答える。
「李華雄さんは遠~い遠~い親戚になります」
(会った事もないよ、そりゃ、あんな退職金やお家をポンと出せるわけだわ)
「おぉ~~っ、もしかしてご令嬢ですか」
「私がそんな風に見えます?」
ご令嬢だったらこんな安物のスーツ着て、カブ乗って面接来てませんよ。
「いえ、失礼ながら」
この正直者め。
「ハハ、1族にも色々ありますからw」
今度は丸山社長が尋ねてくる。
「ちなみに桂さんは、どのソフトが得意です?」
「印刷業だったのでアドビのソフトは一通り、MacでもWinでもいけますオフィスも使えますね」
「「「おぉ~~っ!」」」
え、驚くほど、ここデザイン事務所ですよね、当たり前じゃないんですか?
「いや~、お恥ずかしながら私達はMacだけでアドビもイラレとフォトショがメインでして」
「そうそう、ソフトはまだなんとかなるんだけど、ハードに強いのって藤崎くらいだもんね」
社長さんの言葉に内海さんが被せるように話してくる。あぁ、印刷やらなくてデザイン特化だとそうなるのか、でもそれだとちょっと効率悪くないかな。
お、今度は藤崎さんか、この子カッコ良くてタイプだな。
「で、桂さん、ご趣味は?」
え、お見合いか!ご趣味ってなんでそんな真剣な顔で乗り出して聞くの?履歴書に書いた読書じゃダメなの?
顔が近い、お、お姉さんこう言うのに免疫ないから勘弁して。
「バ、バイクツーリングを少々……」
「「先輩、採用で!!」」
「えぇ〜〜〜〜〜っ!!」
先日ウチの事務所に新人が入った、やっと後輩が出来ると思ったら年上で、俺らよりよっぽど仕事が出来そうな女性だった。
李 桂《りけい》さん32歳、今日の彼女は、面接の時と違ってグレーのスラックスに白のYシャツとシンプルな服装で、短めの髪を後ろで1つに縛っている、切れ長の瞳がとてもチャーミングだ。
秋江さんのような華やかさは無いが、とても好感が持てる大人の女性だ、つい目で追ってしまう。
今は内海の奴がパソコンの前で、スポンサーの説明をしている、おい、内海!そんなにくっつく必要がどこにある、腰に手を回すな。
この女たらしめ、陽子ちゃんや諸橋さんに言いつけるぞ。
「あ、桂さん、この会社の担当は柔らかいデザインが好きだから、ここんとこは丸い感じで」カチカチ
「そうなんですか、UTUMIさん丁寧にありがとうございます」
「いやいや、桂さんのような清楚な女性が気持ちよく仕事が出来るようにするのが、先輩である私の仕事だから」ニコッ
このやろ抜け抜けと。
「だからってマウスを一緒に握る必要はないだろ、セクハラだぞ」
女になった事を良いことに何やってやがる。
「桂さんも嫌だったらすぐに俺に言ってくださいね、俺が指導変わりますから」
「私の引き継ぎ業務でしょうが!」
「エクセルもまともに使えないへっぽこのくせに、引っ込め顔だけ女」
「印刷所ではエクセルデータは受け付けませんよ〜!」
UTUMIさんと藤崎くんがなんか言い合い始めた。何、この状況?
「桂さん、モテモテね〜」
「あ、丸山社長、あの…」
「でも、内海くんは私のだから、藤崎にしときなさいね」ポン
ハイライトの消えた目で見つめられ、肩を叩かれる。
「うわっ、寒気が!」
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