明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
祖母ちゃん、俺、ランニングはじめるわ
死後の世界が存在するか。
多くの人が悩ませたこの問いに
なぜなら、私自身が自ら死んだことを理解しており、そして現在進行形で死後の世界を体験しているからだ。
現実は小説より奇なり。
死後の世界には閻魔大王もいなければ、天使もいない。
尸魂界もない。
あるのは
「もう一度死にたくなければ戦い続けろ」
私にそういった人はもういなくなってしまった。
狩って、戦って、殺して、生き残り続けた。
いつの間にか私はこの部屋のリーダーとなった。
リーダーとなった後も戦い続けた。
何度もクリアを繰り返した。
そうして繰り返す内に、ともに戦った仲間たちは皆、部屋を出ていくことなった。
残ったのは私より少し後に来た、ふた回り年上の後輩だけ。
いつしか、漆黒の球体に映る自分の目は、死んでいる人間のそれと同じになっていった。
だが、それでも――今日も私は繰り返す。
いつか問うのだ。
意味を。
そのために――
私は今日も生き残――
「うへぇ、横顔めちゃんこ綺麗やんけ」
謎の痛みを放置するのは良くない。
それが今回、冬のバイト帰りに自転車ごとタクシーに横から突っ込まれたことで得られた経験だ。
家に帰って祖母ちゃんが作ったハンバーグを食べたい一心だったのが良くなかった。
タクシーの運転手に向かって、
「別に大丈夫なんで!良くあることっすよ!」
なんてかっこつけてしまった。
確かに道路に頭を打った気がした。
だがギリギリタクシーのブレーキ間に合ってたから大丈夫だろうの精神だった。
そんなことよりハンバーグの方が重要だった。
冷えたハンバーグは美味しくない。
最高のハンバーグを摂取するには一秒でも早い帰宅が必要だった。
ハンバーグそのものは美味しかった。
その代償がまさか深夜の異常な頭痛と、呼吸困難だとは夢にも思わないだろう。
天井のシミが、ゆっくりと歪んで見えた。
吸い込んでも吸い込んでも、肺の奥がスカスカと空回りする。
あっこれ死んだわが確実だった。
現実は小説より奇なり。
まさか、死後の世界があったとは。
おまけに女神もいた。
女神は長い黒髪にカッターシャツと灰色のパーカーを着ていた。
さすが女神というべきだろう。
黒いタイツを着た小汚いおっさんを従えてやがる。
その女神が覚悟ガンギマリで目をつぶっていたものだから心の声が漏れ出てしまった。
てか何やここ。
「まだ追加がいたのね……まぁいいわ。みんなよく聞いて!私達はこ――」
ラジオ体操ダイイチィィーー!〜♩♩♩♩♩
ガッチャン
「何で毎回私の言葉を遮るのよ……――これから怪物達との戦いがはじまるわ!私達は戦士で今からコロッセオに向かうことになる!相手はコイツよ!」
――かんちょう星人
――特徴:ジンベイザメ
天使が指さす先には黒い球体があった。
広めの部屋の中に異様な雰囲気で鎮座している。
特徴がジンベイザメって意味がわからん。
「ここは控え室で準備ができるの。武器と鎧となるスーツは今開いたこのブラックボールに入ってる!スーツはオーダーメイドだから他人のを取らないようにしなさい!」
女神が捲し立てるように話すが一向に内容が入ってこない。
死後の世界にコロッセオってどういうことだよ。
普通、天国か地獄か閻魔大王なんじゃないの。
あとは尸魂界じゃないんか。
普通のビルの一室って……。
よく見たら外に名古屋駅のゲートタワーが見えるし……。
名駅のすぐ目の前のビルのどこかなのだろうか。
というか帰れるのでは。
……。
うしっ。帰るか。
死後の世界は女神の誘惑に耐えられるかどうかの試験だった。以上。
今度、先輩に教えてあげよう。
「お邪魔しまし――ってなんじゃこりゃ!?」
気づいたら指の先がなくなっていた。
自分の手を見ると、袖口から先がノイズのように霞んでいる。触れようとした反対の手が、空を斬る。
焦って周囲に助けを求めようとあたりを見渡せば頭が消えていっている人もいる。
部屋の中は恐慌状態だった。
ミスったのか。
女神のいうことを疑った罰なのか。
「これは転送よ!コロッセオへの強制移動がはじまったの!」
女神の言葉は動揺の最中でも頭に入ってきた。
ただ、内容の意味がわからない。
転送?強制移動?
どうすれば――
「コロッセオから逃げると殺される!生き残れば帰れるわ!私たちが向かうまで隠れ――」
すべての言葉を聞く前に
気づけば俺は水族館にいた。
しかもよく見渡せば知っている場所だった。
小学生のころに連れられて来た懐かしの場所。
名古屋港水族館。
それもイルカのショー会場。
楽しかった思い出がよみがえる。
嫌がっていた姉ちゃんが結局一番楽しんでたんだよな。
無性に家に戻りたくなってきた。
冷静になってみればこのまま水族館にいたら不法侵入で捕まってしまう。
早くでなければ……。
ふと、あたりに人がいることに気づいた。
暗闇で見づらかったが水族館の係員のだろうか何かしらの制服を着ている。
警備かもしれない。
さすがに事情を話せば大丈夫だろう。
死んだと思ったら名駅近くのビルにいてそのあと水族館にいましたって。
誰が信じるんだよ。
とりあえず話してみないとまずいだろう。
うし。
「……すみません。たまたま、入ってしまった者なんですけど……」
「じんべいヴぁめっていないんづか~」
「えっ、ジンベイザメ?ジンベイザメは美ら海だと――」
そのとき、女神の言葉を思い出した。
――私達は戦士で今からコロッセオに向かうことになる!
――相手はコイツよ!
示された黒い球体には何て書かれていただろうか。
そうだ、確か――
「伏せなさい!」
女神の声が聞こえた気がした。
ただ、それよりも自分の目の前の光景がすべての理解を拒否した。
声をかけた人だと思ったものの顔が人ではなかったのだ。
ジンベイザメの顔をした化け物。
その化物の腕には手がなく、その腕はナイフのように尖っていた。
そいつが掲げたナイフの腕が、水族館の非常灯を反射して、毒々しい赤色にぎらりと光る。
そこからは悪夢だった。
左腕が吹き飛び、腹にも穴が空いた。
芋虫のように這いずりまわることしかできなかった。
死んだ方がマシなんじゃないか。
朦朧とした意識のなかでそう思うことしかできなかった。
けど、先輩に明日の飲み会で新入生を悪い同級生から守る任務を仰せつかったことを思い出した。
――最後に考えることが飲み会のことかよ……。
視界に闇しか映らなくなった時、気づいたら五体満足で元の部屋に戻っていた。
翌日、俺は朝早くに自転車を確認した。
頑張って貯めたバイト代で買った、赤い自転車。
チェーンカバーには凹みがあった。
それは、ただ倒れただけではつかないような大きな凹みだった。
指先でその凹みをなぞる。
昨夜、水族館の床を這いずり回った時の、コンクリートの冷たさが指先に蘇った。
近所を走る車のモーター音も、登校中の近所の子ども声も、すべてが薄い膜を隔てた向こう側の出来事のように感じられた。
「祖母ちゃん、俺、ランニングはじめるわ」
リビングでそう宣言した。