明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
あと3ゲーム。……もうすぐだ
チョークの粉が舞う午後の教室。
プロジェクターに映し出された拡大画像を見せながら、教壇に立っていた。
手元のタブレットを操作し、滑らかな写真が四角いタイルの集まりに変貌していく様子を映し出す。
「最初にも話した通り、画像っていうのは細かな点であるドットの集まりでできている。点の数が多くなればなるほど、密度が増して綺麗な画像に仕上がるんだ。解像度は点の細かさがどれくらいかを示してくれるものだと思っていい」
タブレットを操作し、画面を切り替える。
映し出されたのはモナリザの絵画。
その巨大な画像を拡大していく。
「みんなが普段スマートフォンで見ている綺麗な写真も、本質はこれと同じだ。画像というのは、色のついた無数の小さな点――ドットの集まりに過ぎない。君たちが感動しているアイドルの笑顔も、夕焼けの景色も、拡大し続ければ最後にはただの四角い色の塊に行き着くんだ」
チョークを持ち、ひとつの単位を大きく板書する。
「そこで重要になるのがdpi。すなわち dots per inch という概念だ。1インチという限られた空間の中に、どれだけの情報を詰め込めるか。この密度が高ければ高いほど、僕らの脳はそれをドットの集まりではなく、滑らかな現実だと錯覚する」
最前列で眠そうに頬杖をつく、生徒に視線を向ける。
教卓を軽く叩くと、その生徒の名前を呼んだ。
「西尾さん、復習だ。そもそも、1インチはおよそ何cmだった?」
「え……あ、はい。2.5cm……くらいですよね」
「正解。正確には 2.54cm だが、座学ではその認識でいい」
キーボードを叩くと数式を画面に映し出した。
「例えば、一般的な印刷物で求められる 350dpi の画像を考えてみよう。縦4インチ×横6インチずつの小さな写真でも、そこに含まれる情報の総量はこうなる」
Total Pixels= (4×350) × (6×350) = 2,940,000
「約300万個。ハガキより少し大きい程度の紙切れ一枚に、300万もの点が整列しているわけだ。たった一枚の紙ですら、それだけの重みを持っている」
教室を見渡した。
生徒たちの多くは、300万という数字の大きさにピンと来ていないようだった。
自嘲気味に笑いつつも教卓に手をつく。
「……想像してみるといい。僕たちの見ているこの世界も、もっと細かく解像度を上げていけば別の見え方がある。細かくみていけばどんなものの原子の集まりだ。そう思うと世界が少しだけ違って見えるかもしれない」
その言葉に、教室には小さな失笑と困惑が漏れる。
それを気にする風でもなく、授業を締めくくった。
日常は、情報の整理と管理で埋め尽くされている。
「明日の6限は全校集会で生徒会選挙になっている。身なりを整えて出席しろよ。それと学校祭の準備も実行委員中心に話を進めておくように。来週から準備期間がはじまるからそこで作業が開始できるようにしておけ」
自身のクラスの帰りの連絡を終え、教室を出る。
廊下には部活動へ向かう生徒たちの活気ある声が響いていた。
「……多田先生」
「どうした、佐奈香」
呼び止めたのは、実行委員を務める少女だった。
派手とも、地味ともいえない実に普通な生徒。
手元にあるノートには、話し合いの跡らしい乱雑なメモが書き込まれている。
「学校祭の出し物なんですけど、クラスで話し合ってもなかなか決まらなくて……。今は、演劇をやりたいっていうグループが押し切ろうとしてるんですけど、反対派も多くて……」
廊下の窓から差し込む夕日に目を細めた。
「演劇か。脚本に衣装、大道具……大変だろうな」
「だろうって……準備が大変だって文句を言う子もいれば、一生に一度の思い出だから主役をやりたいって子もいて。どうすればいいですか?」
「……俺なら、多数決で決める」
「うわ、先生っぽい。相変わらず夢がないですね」
眼鏡の奥の目を細め、彼女の言葉を否定も肯定もせずに受け流した。
佐奈香は苦笑いしながらも、どこか納得したような顔をした。
「多数決かぁ。まあ、それが一番揉めないですよね」
「納得させる材料は多いほうがいい。揉めるのは、判断基準が曖昧だからだ。……時間は限られている。早めに決着をつけて、作業に移ったほうが賢明だぞ」
あまりにも隙のない正論に、佐奈香は一瞬だけ言葉を止め、ノートの端をいじった。
「……でも、もし演劇をやるって決まっても、お客さんが一人もいなかったらどうしようって不安で。一生懸命稽古して、誰もいない客席に向かって演技するなんて、無意味じゃないですか」
ふと漏らした少女の本音に、眼鏡の奥の瞳をわずかに揺れた気がした。
同じ『
彼女の抱く無意味への恐怖が、あの少女と、ほんの少しだけ重なった。
――また、こんな無意味に
淡々と、重みのない声を意識する。
「……たとえ客席に誰がいなくても、俺が最後まで座って舞台を見届けてやるよ。誰か一人がいれば、その舞台は無意味にはならないだろう」
「……先生が?」
佐奈香が意外そうに顔を上げた。
西日が彼女の横顔を強く照らし、その輪郭が白く飛び、現実感を失わせていく。
自分の言葉には、熱がない。
だが、それが彼女にとって、ある種の救いのように響いているようだった。
「……先生は――やる気ないと思ってました」
ふと、佐奈香が探るような視線を向けた。
若さゆえの直感か、彼女は自分の教員としての冷え切った何かを感じ取っているようだった。
「……そんなことない。佐奈香のやる気に期待しているだけだ」
「もー、結局それなんだから。……でも、約束ですよ。演劇になったら、ふちっこでいいから見ててくださいね!」
彼女はノートを振って、再び教室へと戻っていった。
見届けるという言葉の重みが、じりじりと焼くような錯覚を感じる。
彼女のその背中を数秒だけ見送ってから、自分もまた職員室へと歩き出す。
廊下ですれ違う生徒たちに声をかけ、職員室に戻って溜まった書類を片付ける。
窓の外からは、運動部の声が聞こえてくる。
授業終わりの数時間。
喧騒の去った職員室は空調の音だけがなっていた。
席を立ち、職員室内の流し台へと向かう。
慣れた手つきで豆を量り、ミルの中へ落とした。
ガリガリと硬い感触が手に伝わり、香ばしくもどこか尖った豆の香りが、汚れた空気を塗り替えていく。
「……真っ黒だな」
砕かれた豆の破片を見つめ、独りごちた。
電気ケトルの湯気が立ち上り、適温に下がったところで、ゆっくりと細い湯を注ぐ。
粉がふっくらと膨らみ、濃厚な琥珀色の雫がサーバーへと落ちていく。
その一滴一滴が、一日の終わりを告げるカウントダウンのようにも感じられた。
蒸気の中に顔を寄せ、深く息を吸い込む。
マグカップを満たした黒い液体を一口。
そしてまた仕事に戻った。
「ふぅ……」
「多田先生、お疲れ様です。お先に失礼しますね」
「……お疲れ様です」
没頭すること数時間。
窓の外、校庭の隅々が闇に溶けていく。
気づけば職員室に残るのは自分だけになっていた。
解像度を失っていく世界の中で、今日という一日の圧縮が、間もなく終わろうとしている。
「7年か」
ふと、デスクに挟まる写真をなぞった。
今よりずっと熱意に満ち溢れていた頃の自分の写真だ。
どれほど緻密に記録しようとしても、思い出そうとするたびに記憶は少しずつ劣化していく。
人に対する記憶も入れ替わるようになくなっていく。
「……いい加減、飽きたな」
冷めかけたコーヒーを最後の一口で飲み干し、デスクのライトを消した。
椅子を引く音が、誰もいない職員室に、妙に長く響く。
学校を出て、いつものスーパーで安くなった食材を買い、アパートの階段を上る。
自身の部屋は、無機質で整理されていた。
生活感を主張するような余計な装飾は一切ない。
カバンを置くと、手際よくキッチンに立った。
玉ねぎを刻む。
包丁がまな板を叩くリズムは一定で、寸分違わない。
適切な火加減、適切な塩分濃度、適切な加熱時間。
フライパンで肉を焼く香ばしい匂いが、狭いキッチンに広がる。
「……味付けは、少し濃いめにしておくか」
独りごちながら、調味料に手を伸ばした。
次の瞬間。
パツン、という、空間が弾けるような乾いた音が、鼓膜の奥で鳴った。
「……今日だったか」
手を止めることもなく、ただ静かに溜息をつく。
まな板の上の玉ねぎ。
ジュウジュウと音を立てていたフライパン。
使い込まれた木製の菜箸。
未完成の夕飯を惜しむように見つめながら、火を止め、寝室へと向かう。
そこにあるひとつのコントローラーを手に取った。
「あと十分、遅ければ……食べられたんだがな」
視界の端から、世界が崩壊し始める。
左足の先から、肉体が輪切りに分解されていく。
痛みはない。
ただ、自分が構築していた現実というデータの解像度が、一気に削ぎ落とされていく感覚だけがある。
次に足の裏に触れたのは、安アパートの床ではなく、冷徹なまでに滑らかなあの部屋のフローリングだった。
鼻腔に残っていた肉を焼く匂いは、一瞬で消え失せた。
代わりに、死の予感に満ちた空気が、肺を満たす。
目を開けた。
正面には、不気味な沈黙を守る、漆黒の球体があった。
――おかえりなさい、もぶたさん
聞き覚えのある、けれど今はもうこの世に存在しない少女の幻聴を振り払うように、眼鏡を指で押し上げた。
「……ただいま、か」
「遅かったな」
低く、地鳴りのような声。
そこには、巨大な腕をもつ黒衣の鎧――ハードスーツに身を包んだ男が、壁に背を預けて待っていた。
「夕飯の支度をしていたんだ。不本意な形で中断させられてね」
淡々と応じると、部屋の隅から涼やかな、けれど氷のように鋭い声が響いた。
「家庭的ね。エプロン姿じゃないだけマシかしら」
声をかけてきた女性はスーツの感触を確かめるように指先を動かし、揶揄するように薄く笑った。
彼女の話を横目に周囲へと目を向ける。
今現在、この部屋に100点を記録したもの『
ハードスーツを着た大男――鬼塚圭太
このチームの司令塔である女性――姫川玲子
そして、あと二人。
「黒川くんと瑞原さんはまだですか?」
学生組が見当たらないことに、微かな不安を覚える。
「瑞原なら着替え途中だ。風呂に入っているときに転送がはじまったらしくてな。黒川は見張りだ」
「そうでしたか」
「そろそろ戻ってくると思うが――」
「お待たせしました」
奥の扉が開き、スーツを着た女子高生――瑞原佐伯が、そして背後から少し背の低い男子中学生である――黒川良守が出てきた。
「最悪ですよ。トリートメント流す前だったのに」
「裸同然でこっちに転送されてきましたからね……」
ぼやく佐伯ちゃんと、それに同意する良守くん。
二人とも命懸けの戦場に向かうとは思えない軽口を叩いていた。
これで、『
「……あの」
部屋の隅、震える声が上がった。
そこには、自分ら5人とは違う、混乱と恐怖に顔を歪めたYシャツ姿の男がいた。
今回、新たにこの部屋に招かれた新人だろう。
他に数人こちらの様子を観察している者たちがいた。
「なんなんですか、ここ……。あなたたち、その格好は? 撮影か何かですか? 僕は、駅のホームで突き飛ばされて、それで……」
新人の必死な問いかけに、良守くんは感情の起伏を殺した視線を向けた。
「死んだんです僕らは……残念ながら、ここは天国ではないですけどね」
「死んだ? 何言ってるんだ…… 警察を呼べ!こんな悪趣味なドッキリ……!」
新人が叫びながら良守くんに掴みかかろうとした、その時だった。
ラジオ体操ダイイチィィーー!〜♩♩♩♩♩
軽快で不気味なメロディが、無機質な部屋に鳴り響く。
新人は飛び上がり、狂ったように音楽を鳴らし始めた球体を凝視した。
ガッチャン
重々しい音を立てて球体が展開し、内部から武器がせり出してくる。
その表面にふざけたフォントで文字が躍った。
――おまえらの命は 無くなったんや
――新しい命を あいちのためにつかうんやで
「なっ……なんだこれ……」
――アッスロー星人
――特徴:たくさん、ひさしぶりや
「ひさしぶりか……」
ふと漏らした言葉に、新人が震える声で割り込む。
「ひさしぶり? 何を言ってるんだ……答えろよ!」
「静かにして――注目!」
鋭い一喝。
このチームの司令塔、姫川さんが声を張り上げた。
「これから怪物達との戦いがはじまるわ。生き残りたければスーツを着て、私たちの側から離れないようにしなさい。武器は人間には向けないこと!理解できたら動きなさい!」
姫川は新人を一瞥し、最後のアドバイスを口にした。
「あなた達は戦う必要はない。けれど、生き残りたいなら指示に従って。ブラックボール、私を先に転送して」
「玲子さん。私が新人の護衛につきます」
「お願いするわ」
二人のやり取りが終わるや否や、その身体が下肢から順に転送されていく。
その光景を目の当たりにし、新人は喉を潰したような悲鳴を上げた。
恐慌状態に陥る室内。
恐怖が伝染しようとも、関係ないとばかりに新人達の転送もはじまった。
「んじゃ、俺たちも行きますか」
鬼塚くんの言葉に、中学生の良守くんが短く頷く。
その言葉に手元のコントローラーへ視線を向けた。
「……少し装備を確認したいので二人は先にいってください」
「あいよ」
二人の足元からも光が舞い上がり、瞬く間にその姿は消え失せた。
静まり返った一室。
自分以外誰もいなくなった空間で、ブラックボールへとゆっくり歩み寄る。
7年がたった。
今、この部屋にかつての自分を知るものはいない。
自分の次に古参なのは鬼塚くんで、彼が部屋に来た時には今の彼のクリア回数よりも多くクリアをしていた。
自分以外の誰もがサナさんを、おっさんを知らない。
7年という時間はそれほどまでに長い。
けれど、ここまで来る中で新たな仲間と出会うことができた。
ボクサー。
刑事。
女子高生。
男子中学生。
年齢も立場もバラバラだが、心強い仲間だ。
「ブラックボール……タイマーと
――004644501
――……
――Ende En-chan Alien : TeamYa 83 Punkte
――Ende Temple Alien : Sōgenman 40 Punkte
――Plan Juju-Juju Alien:Kurourushi 2nd 80 Punkte
――Plan Yōkai Alien : Nurarihyon 100 Punkte
――Plan Davide Alien : Saint Renaissance 100 Punkte
――NEXT Katastrophe
刻一刻と減り続ける数字と記録。
目を細め、その文字列を網膜に焼き付けた。
「あと3ゲーム……もうすぐだ」
佐奈香との何気ない放課後の約束が、脳裏をよぎる。
かけがえのない仲間。
日常の中での約束。
それ以上に
「もうすぐカタストロフィだから、生き残らないと」