明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
光の境界線を境にして、むせ返るような悪臭も、足元に広がる黄色い体液も、ひんやりとした地下の空気も、すべてがノイズのように掻き消えていった。
次に視界が鮮明になった時、僕たちは深夜の静まり返ったマンションの一室へと転送されていた。
「ふ――ッ……」
僕は堪えきれずに大きく息を吐き出した。
無意識に自分の身体をペタペタと触る。
確かに生きている。
隣を見ると、腕一本分の血液を失って顔面蒼白だった瑞原さんも、まるで何事もなかったかのように立っていた。
鬼塚さんはハードスーツのまま、姫川さんや多田さんも何事もなかったかのように転送されている。
無事に生還したのだ。
張り詰めていた死の恐怖が解け、部屋全体に深い安堵の空気が満ちたその時だった。
新しい朝が来た〜♪希望の朝だ〜♪
部屋の中央に鎮座する黒い球体から、不釣り合いなほど陽気で間抜けなメロディが流れ始めた。
同時に、黒い球体の表面に白い文字が次々と浮かび上がってくる。
採点の時間だった。
――てめえらの今回の点数は、これだ!
まず最初に表示されたのは、鬼塚さんだった。
――ボクサーくん:46点
――合計:101点 えびふりゃーでも くって えらんでよ
――1 記憶を消して、解放されるよ
――2 今より強い武器をあげるよ
――3 死んだ戦士を復元させるよ
「2番だ。追加の重力銃を
誰もが喉から手が出るほど欲しいであろう日常へ帰還する切符を目の前に提示されてなお、鬼塚さんは淡々とした声で即答した。
その瞳に宿る闘志は少しも揺らいでいない。
続いて画面が切り替わり、姫川さんの点数が映し出される。
――けいじさん:30点
――合計:110点 えびふりゃーでも くって えらんでよ
――1 記憶を消して、解放されるよ
――2 今より強い武器をあげるよ
――3 死んだ戦士を復元させるよ
「……ふぅ。これで四度目ね」
姫川さんは小さく息を吐き、緊張の糸が切れたように微笑んだ。
そして、彼女の前にも先ほどと同じ三つの選択肢が表示される。
「2番よ。次は飛行ユニットだったかしら」
姫川さんもまた、一切の躊躇なく同じ選択肢を口にした。
日常への帰還でも、死者の蘇生でもなく、さらなる死地へと赴くための備え。
二人の主力メンバーの冷徹なまでの覚悟を目の当たりにして、僕の胸が熱くなる。
メロディは続き、次は僕の番だった。
――ちゅうぼーう:25点
――合計:40点
点数そのものは高くない。
100点にはまだまだ遠い。
僕は苦笑いするしかなかった。
次は瑞原さんだ。
――じぇーけぇーちゃん:22点
――合計:42点
「……低い」
完全に修復された腕を撫でながら、瑞原さんは不満げにポツリと呟いた。
あれだけ負傷したというのに点数の伸びは芳しくない。
命懸けの代償としてはあまりに割に合わない数字に、彼女が顔をしかめるのも無理はなかった。
そして。
最後に表示されたのは、このチームの絶対的なリーダーの点数だった。
――もぶた:135点
――合計:152点 えびふりゃーでも くって えらんでよ
――1 記憶を消して、解放されるよ
――2 今より強い武器をあげるよ
――3 死んだ戦士を復元させるよ
部屋が、水を打ったように静まり返った。
誰もがその数字を前に言葉を失っていた。
「ひゃく……さんじゅう、ご……? 一回のミッションで……?」
僕の喉から、掠れた声が漏れる。
100点を貯めることすら、どれほどの死線を越えなければならないか。
それを、たった一度のミッションで軽々とカンストさせてしまったのだ。
地下に来るまでは
加えて、あのボスを含め、地下鉄のホームにいた星人の大半を彼一人が単独で屠ったのだと考えれば、当然の数字かもしれない。
しかし、あまりにも次元が違いすぎた。
「化け物なのかしら、あなたは……」
100点を達成していた姫川さんですら、呆れたようにため息をついた。
だが、当の多田さんは、表示された135点という異常な数字を前にしても、眉一つ動かさなかった。
「僕も2番だ。ロボットの追加をお願いするよ」
ただ一言、いつもと変わらない淡々とした声でそう告げると、彼は興味なさそうに黒い球体から視線を外した。
「これで全員無事だね。お疲れ様」
多田さんは明るくそう話す。
「僕は少し、ここで休んでから帰るよ。君たちは先に帰るといい」
多田さんはそう付け加えると、部屋の隅へと歩いていき、壁に背を預けるようにして静かに座り込んだ。
目を閉じ、小さく息を吐くその姿は、さっきまで凄まじい身のこなしで星人を屠っていた化け物と同じ人間とは到底思えないほど、どこか無防備で静かなものだった。
「……そう。まぁ、さすがに貴方も疲れるのね」
姫川さんは、ふっと口角を上げた。
「次もせいぜい頼りにしてるわ、リーダー」
「しっかり休んでくださいね、多田さん」
姫川さんに続いて瑞原さんが、それぞれ多田さんに短い労いの言葉をかけ、マンションの玄関ドアへと向かっていく。
「多田さん、本当にありがとうございました。お疲れ様です」
僕も、壁際で休む多田さんに向かって一礼した。
「うん。良守くんと鬼塚くんもお疲れ様。気をつけて帰ってね」
目を閉じたまま、多田さんは穏やかな声で返してくれた。
それに続いて鬼塚さんもコントローラーを操作して、ハードスーツを別の場所へと転送し終えると静かに去っていく。
僕らは玄関へと向かい、ドアノブを回した。
重い扉を開けると、そこには見慣れた静寂が広がっていた。
深夜の冷たい空気が頬を撫で、遠くでかすかに車の走る音が聞こえる。
血と臓物の臭いが充満する地下鉄のホームでの死闘が、まるで悪い夢だったかのように錯覚してしまうほどの、圧倒的な日常の風景。
僕たちは無言のままマンションの階段を下り、それぞれが帰るべき場所へと向かって、夜の闇の中へ散っていった。
次にあの黒い球体に呼ばれるのが、明日なのか、一週間後なのか、誰にもわからない。
それでも今はただ、生き延びて自分のベッドで眠れるという奇跡を噛み締めながら、僕は重い足を引きずって歩き出した。
「ブラックボール。今回のリストを出してくれ」
部屋の中央に鎮座する黒い球体の前に立ち、その黒光りする表面を慣れた手つきで操作をしていた。
黒い球体の表面には見慣れないインターフェースが浮かび上がっている。
そこに羅列されていたのは、先ほどのミッションで現れた星人たちの名称と、それぞれに割り振られた詳細な点数のリストだった。
画面をスクロールさせるように視線を走らせると、ぽつりと呟いた。
「やっぱり、最後の一体にしか点数はついてないか」
その独り言には、明らかに一介のプレイヤーのものではない、システムの裏側を知る者特有の響きがあった。
ドアを大きく押し開け、部屋の中へと堂々と足を踏み入れた。
「何をやっている?」
俺の低い声が、静まり返った部屋に響き渡る。
ブラックボールを操作していた多田さんはこちらを振り向き、操作していた黒い球体の表面からスッと手を離した。
だが、慌てた素振りや焦りは微塵もない。
いつもの淡々とした表情のまま、俺に向かって口を開いた。
「ブラックボールで何ができるか試していてね」
「試していただと?」
「最近、星人の点数が高いと思わないかい?」
多田さんは再びブラックボールの表面に視線を戻し、そこに浮かび上がっている文字を顎でしゃくった。
「みてみなよ、今回のボスは80点だったようだ」
「80点……」
思わず顔をしかめる。
あの親玉だけで、クリア寸前の点数が割り振られていたというのか。
「考えている以上に操作ができるみたいだ」
まるで新しい玩具の機能を見つけた子供のように、多田さんは淡々とそう言った。
だが、その背中からは得体の知れない薄ら寒さが漂っている。
俺が訝しげに睨みつけていると、多田さんは微かに目を細めた。
「疑っているね」
「当然だ」
「こちらからも質問するけど……何で戻ってきたんだい?」
多田さんの問いかけに、俺は油断なく冷たい空気を感じながら短く答えた。
「あんたが残っていたから」
「最初から残ると伝えたはずだけど――」
「ミッション
俺の言葉に、多田さんの表情からスッと感情が抜け落ちた気がした。
「あんたは何を考えている? 」
――何を知っている?
静寂が下りた。
ブラックボールの放つ青白い光が、多田の横顔を不気味に照らし出している。
やがて、多田さんは小さく息を吐き出した。
「知らない方がいいこともある」
「あんたはいつもそうやってはぐらかす」
「そうかもしれないね」
多田さんは虚空を見つめるように視線を漂わせた。
「鬼塚くん、僕が前に話した3番のことを覚えているかい?」
唐突な話題転換。
だが、その言葉には妙な重みがあった。
死者の蘇生――かつてクリアメニューについて話し合った時の記憶が蘇る。
「あぁ、3番は『複製』だと。死者蘇生の奇跡ではないと」
俺がそう答えると、多田は寂しそうに微笑んだ。
「僕は何度もこの選択肢を選びそうになった。複製だとしても同じ意志をもっているのならいいのではないかと」
多田さんの言葉が、ひんやりとした部屋の空気に溶け込んでいく。
「僕らの存在そのものが
俺たち自身が、すでに一度死んで『複製』された存在であるという事実。
ならば、もう一度誰かを『複製』して引きずり戻すことに、一体何の倫理的な壁があるというのか。
多田さんは真っ直ぐに俺の目を見た。
その瞳の奥には、狂気にも似た深い絶望と執着が渦巻いているように見えた。
「君はどう思う? もし、自分にとってかけがえのない人がこの部屋に招かれてしまい、その人の救うことが出来ず、ただ、無様に生き続ける事になってしまったら――」
――君はこの選択肢を選ばずにはいられると思う?
言葉にされなかったその問いかけが、重く俺の胸にのしかかる。
俺には、そう思ったことがない。
失って狂うほど執着する相手も、自分の命を引き換えにしてでも生き返らせたいと願う存在も、俺の人生にはいなかったから。
「それがあんたが隠し事をすることと関係あるのか?」
居心地の悪さを振り払うように、俺はわざとぶっきらぼうに尋ねた。
「どうだろうね……」
多田さんは薄く笑い、再び黒い球体へと視線を戻した。
「ただ、僕の持論は人には役目があるということだ。そして、僕の役目は決まっている……ただ、それだけさ」