明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
彼女との約束を守ることができなかった
文化祭の熱気に包まれた、高校の武道場。
普段は剣道部や柔道部が汗を流すその場所は、今日だけは暗幕が引かれ、即席のステージが組まれていた。
床に直接座り込んだ生徒たちから、ドッと大きな笑い声が沸き起こる。
『おお、なんということだ! 白雪姫が、魔女の猛毒プロテインを飲んで息絶えてしまった!』
段ボールで作られたチープな森のセットの前で、ジャージ姿の小人たちが頭を抱えて大げさに嘆き悲しんでいる。
ステージの中央で白雪姫として横たわっているのは、可憐な少女などではない。
どう見ても体重が八十キロはありそうな、柔道部の屈強な男子生徒だった。
はち切れんばかりのドレスを身にまとい、頭には不釣り合いな赤いリボンをつけて、白目を剥いて豪快なイビキをかいている。
それを武道場の一番後ろの席に腰を下ろし、そのシュールすぎる光景を静かに見つめていた。
担任という立場上、自分のクラスの出し物を見届けるために足を運んだのだが、まさかここまで原形を留めていないパロディ劇に仕上がっているとは思わなかった。
『悲しむのはまだ早いぞ、小人たち!』
そこへ、やけにいい声を出して王子様役のひょろりとした男子生徒が登場する。
王子は白雪姫の傍らに歩み寄ると、キスをする代わりに、懐からハリセンを取り出してそのごつい頬を思い切り引っぱたいた。
『起きろ白雪姫! 今日は赤点の追試日だぞ!!』
『ハッ……!? 物理の公式がッ!!』
スパーン!という乾いた音と共に、白雪姫がバネ仕掛けのように跳ね起きる。
そのあまりに情緒のない復活劇に、観客席からは腹を抱えるような爆笑と拍手が巻き起こった。
本来の『白雪姫』の復活劇も、ある意味ではこれと同じくらい滑稽なものだ。
すべては魔法の鏡の一言から始まる。
嫉妬に狂った王妃は猟師に白雪姫の殺害を命じ、証拠として彼女の肺と肝臓を持ち帰るよう命じる。
しかし猟師は哀れみから子グマの臓器を代わりに持ち帰り、王妃はそれを白雪姫のものと信じて塩ゆでにし、貪り食った。
その後、猟師の嘘が発覚すると王妃は自ら執拗に暗殺に赴く。
見事に白雪姫を毒牙にかけた王妃だったが、結末はあまりにも滑稽で残酷だ。
死体となった白雪姫を棺ごと持ち去ろうとした王子。
しかし、運搬を命じられて苛立った家来が、腹いせに死体の背中を殴りつける。
その衝撃で喉に詰まっていた毒リンゴが吐き出され、姫は息を吹き返すのだ。
そして、ハッピーエンドの裏側。
二人の結婚式に招待された王妃は、真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬまで踊り狂うという罰を受けることになる。
それが、グリム童話における『白雪姫』の原作のストーリーだ。
疑問に思う。
王妃はなぜ、持ち帰らせた臓物を貪り食ったのか。
他者の命と美しさを自らの体に取り込むためか。
底なしの嫉妬がもたらす飢餓感を、物理的に満たすためか。
なぜ、そこまでして己をすり減らすような狂気を膨らませたのか。
だが、あの物語の中で最も残酷で滑稽なのは、王妃が恍惚として胃の腑に収めたそれが、白雪姫のものではなくただの子グマの臓器だったという事実だ。
王妃はそれを本物だと信じ込み、偽物を貪り食って自らの自己愛を満たした。
暗がりの席で自らに問う。
偽物で己の喪失感と飢餓を満たそうとした王妃。
その姿は、本物の命が失われたと知りながらも、同じ顔で笑い、同じ記憶を語る
――神星人に聞きたいの……私の意義を……!
自分は、いや、自分たちは。
真実から目を逸らし、偽物を貪り食いながら、黒い球体が用意した真っ赤な鉄の靴を履かされて、殺し合いのステップを踏み続けているだけなのではないか。
だとしたら、この終わりのない地獄のような舞踏の結末に、果たして意味などあるのだろうか。
彼女の意義は自分という
『この図を覚えているか!このグラフが表すものは何だ!?』
『これは……未来予想図です!』
「……ふっ」
ステージ上から響く能天気な掛け合いに意識を引き戻され、口から、思わず小さな笑い声が漏れた。
死がこんなに簡単に、覆るならどれほどいいか。
ふと、あの部屋でのやり取りが脳裏をよぎる。
――ならば、もういいのではないかと。
一度失われた本物の命は、二度と戻らない。
だが、それでも人は、同じ笑顔で笑い、同じ記憶を語る
ステージの上で楽しそうにアドリブを交える教え子たちを見つめた。
馬鹿馬鹿しく平和で、どこまでも温かい日常の風景。
自分が血に塗れながら戦い続ける理由のひとつ。
死んで『複製』された存在である自分が、それでも果たさなければならないと決めた『役目』。
割れんばかりの拍手の中、劇はフィナーレを迎えようとしていた。
組んでいた腕を解き、平和な笑い声に包まれた武道場の片隅で、彼らのありふれた日常を祝福するように、ゆっくりと拍手を送った。
ふと、舞台上で一人の女子生徒がこちらを見て、控えめに手を振っているのに気がついた。
文化祭実行委員として、奔走していた生徒だ。
彼女へ向けて小さく手を振り返した。
この日が最後となった。
夜、再びあの黒い球体の部屋に戻された。
最後のゲームの舞台は、大阪だった。
――ようかい星人
――特徴:めちゃつよい、かわりもの
結局のところ、『多田哲也』は真理の部屋に到達できなかった。
彼女との約束を守ることができなかった。