明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
「8年前、愛知を拠点にしていた俺たちはたった一人のハンターに追い詰められていた」
「黒髪の女だ。その女は俺たちの王を殺した。王の腹心や近衛、幹部、全部を殺しまくった」
「ハンター狩りに関していえば俺たちはかなりの強豪だったはずだが、その女には手も足もでなかった」
「何度も仲間を集めて、何度も襲撃をした」
「それでも殺せない」
「諦めかけたときにハンター側から申し出があった」
――ルールを決めましょう。日中の街中でやるのは好きじゃないの。
「どうやら、ハンター側にも事情はあったらしい」
「そもそもこちらも襲撃がいつ来るのかと焦りもあった。期間を決め、数と武器と仲間を揃えて、決闘する。わかりやすいルールに安堵した」
「それからというものそのハンターとの戦いは必ず夜になった。決闘の作法も決まった」
「女には相変わらず勝てなかったが余裕がうまれた」
「勢力としてまた復権する程度の余裕が」
「やがて、女から新たな交渉が持ち掛けられた」
――関西にいる『ようかい星人』と取引をしなさい。
――今後、『ようかい星人』がハンター狩りに出るとき、あなた達も参加するの。
――道頓堀で『ぬらりひょん』が狩りに参加することがあれば
――貴方達の前には
「なぜ、
「だが、その情報は無視できなかった」
「俺達は『ようかい星人』と組んだ」
「詳細は伏せたが関西で拠点を求めていることを話せば、ハンター狩りと引き換えに同盟は成った」
「やがて、『ようかい星人』がハンターを釣る計画を知った。なかなか仕留め切れないハンター達がいるらしい」
「道頓堀での計画」
「そこには『ぬらりひょん』が参加するそうだ」
「俺達は戦力を集め、その日を待った」
「それが今日だ」
このゲームにはルールがある。
夜間に行われること。
制限時間があること。
エリア範囲が設定されていること。
敵の情報の一部が通達されること。
そして、何より――戦場は必ず愛知に限定される。
多田さん曰く、かつては日間賀島でのゲームもあったらしいが、それでも愛知の枠を出ることはなかった。
それが絶対の前提条件だった。
だが、今、視界を占拠しているのは、そんな前提を嘲笑う光景だった。
氾濫するネオンの色彩。
看板の文字。
ハードスーツのバイザー越しでも、それが偽物やホログラムでないことは明白だった。
潮気を含んだ川の匂いと、行き交う人々の熱気。
大阪・道頓堀。
転送された場所は間違いなくそこだった。
「鬼塚さん。ミッションって愛知限定のはずだよな」
「そのはずだな。今まで他県に転送されたことはなかったが……」
中学生特有の少し幼さが混じった声に対して、返答しながら、周囲をスキャンした。
辺りを見渡すが明らかに普段のミッションと雰囲気が違っていた。
人の往来。街の明るさ。
何より――。
「なにあれ、何かの撮影?」
「うわ、人型……ロボット?」
通行人たちの視線が、容赦なく俺たちを射抜いている。
周囲の人間に自分達が視認されていた。
ハードスーツの重圧も、黒衣の質感も、すべてが白日の下に晒されていた。
隠蔽というセーフティネットが、完全に消失している。
姫川がコントローラーを取り出し、指先を動かした。
それを横目にバイザー内で今回のマップを展開する。
エリア北側。
転送された位置は随分と端側であった。
同時にマップ上が、赤点で埋め尽くされていた。
「こりゃ、多いな。時間内に倒しきれるか微妙だな」
「そうですね……」
自身の言葉に黒川が反応する。
下手をすれば数で押し切られる可能性もある。
生き残り優先。
その共通認識が、チームの間に瞬時に走った。
「今までと違いすぎるわ。全員の合流を優先すべきね」
姫川が厳しい口調で判断を下す。
彼女の判断は常に合理的だった。
「新人達はどうする?6、7人はいたと思うが……」
転送直前にいた、混乱した連中の姿はどこにもない。
おそらく、別の座標に放り出されたのだろう。
この規模での戦闘で守り切れる可能性は低い。
姫川の瞳に、わずかな逡巡と、それを即座に切り捨てる冷徹さが宿る。
「……可能なら拾うわ」
「了解、瑞原と多田さんを探そう」
結論は早い。
俺たちは、喧騒と妖怪が入り混じる道頓堀の奥深くへと、移動を開始した。
コントローラーを指先で弾き、マップを展開する。
無機質なグリッド線の上に、無数の敵性反応が血の滴りのように点在していた。
ふと隣を見やれば、半裸の男――桑原が、戦場だというのに弛緩した様子で煙草の煙を肺に溜めていた。
「一本よこせ」
「ノブヤン……これ、高いんやが。一箱しか持ってきとらんのや」
「ええからさっさとよこせ」
桑原からひったくるように受け取り、火を点ける。
煙を吐き出しながら、周囲に目を走らせた。
全員の転送は完了している。
木村、平、原の三人は、すでに功を焦るように獲物を求めて動き出していた。
同時に、空気を震わせる凄まじい衝撃音が響き渡った。
「随分西側に転送されたな。んで、もう岡がやりあってんのか」
煙を深く吸い込み空気を汚し、遠くの光景を見据える。
そこには、最早見慣れた巨大な機体の影があった。
馬の頭と人魚のような肢体を持つ、アパートのような質量を誇る星人と、互角以上に渡り合う漆黒の機械巨人。
圧倒的な戦闘力。
あれを操るのは、自分たちのチームで唯一、七回クリアを成し遂げた最強の男――岡八郎をおいて他にいない。
「岡が動いとるってことは、アレは相当な高得点やろな」
岡が戦い始めたなら、周囲の星人はすべて食われる。
ここに居座って残飯を待つのは時間の無駄だ。
加えて、あの規模の戦闘に巻き込まれれば、スーツを着ていても命の保証はない。
「……移動するか?」
「だな。中央の道頓堀川付近が密集してる。そこに向かうぞ」
島木の提案に短く同意し、後続に指示を飛ばす。
普段の岡なステルスで姿を隠して戦うはずだが、わざわざそれを解除して暴れているのは、それだけ敵の数が多いからだろう。
今川をはじめとする部屋の住人たちが、背中を追って走り出す。
「岡が戦っとったあの馬……何点やろうな」
「気になるなら自分で調べればええ」
「いやいや、調べとったら置いてかれるやんけ。……でもノブヤン、あんたも気にならんか?」
桑原の問いを無言で流す。
巨大な星人は確かに強い。
巨体から繰り出される質量攻撃は脅威だ。
それを真っ向から受け止め、押し返しているあのロボットは、やはり大阪の――岡の力の象徴だった。
だが、あれは今回のボスではない。
アメちゃんが映す標的は、
馬ではない。
ボスですらない星人が、あの機体と対等に渡り合うレベルだというのか。
心中を見透かしたように、島木が重い口を開いた。
「……今回のボスは、えぐいかもな」
「かもな」
肩に、わずかな力がこもる。
口に咥えていた吸い殻を地面に吐き捨てた。
マップ上の座標まで、あとわずか。
今回の敵は、これまでの狩りとは一線を画す。
緊張感は必要だが、浮き足立てば死ぬ。
「近いで。……お出ましや」
角を曲がった先、街灯に照らされたのは、いくつもの奇形の群れ、伝承から抜け出してきたような、醜悪な妖怪たちだった。
迷うことなく圧力銃を向け、引き金を絞った。
上空から不可視の圧力が叩きつけられ、星人は肉片ひとつすら残さず、一瞬でコンクリートの地面へと圧殺された。
――いつも通りやればええ。
確信を胸に中央へと突き進む。
だが、川に近づくにつれ、妙な喧騒が聞こえてきた。
同時に、北側からも聞いたことのないような機械の駆動音が夜空に響く。
その正体と正面から向かい合ったとき、思わず足を止めた。
「……あ?」
「どういうこと?」
「なんやねん、お前ら」
そこには、妖怪の死骸の山を背に、自分たちと同じ黒衣を纏った、見知らぬ集団が立っていた。
「何だお前ら、何もんだ」
頭上から突き刺さるような声に、目を細める。
建物から突き出した鉄骨の上。
そこには岡と同じ漆黒の強化スーツに身を包み、圧力銃を構えた戦士が立っていた。
その男の背後には、場違いな男女が四人。
うち三人は黒衣のスーツすら着ていない。
だが、その中で一人、中学生ほどの少年だけがスーツを纏い、自分と同じ圧力銃を平然と保持していた。
「島木、あいつら星人か?」
「……コントローラーの反応は違うようやが」
声を潜めて指示を出すと同時、鉄骨の上の男が鋭く制止の声を上げた。
「おい、勝手に動くな」
銃口がこちらを向く。
その動きに、真っ先に反応したのは桑原だった。
手にした銃を同じように男へ突きつける。
「てめぇらこそ何や。こっちは自分らの庭で遊んどるだけや。邪魔すんなや」
「庭やと?」
「名古屋弁……」
男の口から漏れた独特のイントネーション。
聞き慣れない響きに、脳内に違和感が走る。
――こいつら、関西の人間じゃない。
――たまたまか……いやそう考えるより……。
「こいつらが星人かもだぜ」
そう話してくるのは強化スーツの男達とは別の、東側から来た集団だった。
そっちはさらに貧相だった。
圧力銃もなく、部屋の基本装備である銃しか持っていない。
だが、その中心にいる正義感の強そうな男だけは、妙に鋭い眼光を放っている。
「星人!? こいつらが……?」
「ざっけんな! 星人はお前らの方やろ!」
今川が吠え返す。
その罵声が引き金となり、現場のボルテージが一気に跳ね上がった。
「星人なら撃ってええんか!」
「知らんわ! 殺られる前に撃て!」
状況を把握できていない今川たちが焦燥に駆られ、指をトリガーにかける。
己もまた確信を持てずにいた。
コントローラーに反応はない。
だが、過去には人間に擬態し、あるいは乗っ取るタイプの星人もいた。
不確定要素は、ゲームオーバーに直結する。
強化スーツの男と、圧力銃を持つ少年。
そして、数の多い東側の集団。
先に潰すなら、後者か。
銃口を僅かに動かし、引き金を弾こうとした、その時だった。
「止まりなさい!」
凛とした声が夜空に響き、頭上から二人の黒衣の戦士が舞い降りてきた。
長い髪をまとめ、冷たい表情を浮かべた女性。
そして、一歩引いて周囲を警戒する眼鏡の女子高生。
彼女たちは、鉄骨の上の男たちの側へと、音もなく着地した。
「銃をおろしなさい。誰もが星人ではないわ」
女性の声には、狂乱した場を一瞬で鎮めるような、絶対的な静寂があった。
「コントローラーで確認しなさい。星人反応がないはずよ」
指摘され、先頭の長身の男が慌てて画面を覗き込む。
「ほんとだ。星人じゃないみたいだな」
「ンだよ、違ぇのか」
サングラスの男が吐き捨てるように言った。
――東京弁やな。
――愛知に東京か、えらいことやで。
「貴方たちの代表は誰かしら?」
「俺や」
前に出ると、その女性は涼しげな目で俺を見据えた。
「私たちは普段、愛知で活動をしているチームよ。貴方達は大阪のチームで間違いないかしら?」
「その通りや」
「そして、そこの貴方たちは東京のチームね」
「あ、ああ……そうだけど……。あんた、何かわかってるのか?」
東京の男の問いに、ふっと視線を道頓堀川の向こうへと向けた。
「そうね、おそらく、これは――」
彼女が言葉を続けるより早く、路地裏から奇形の影が次々と這い出してきた。
一歩、また一歩と、包囲網を狭めてくる妖怪の群れ。
「まずいぞ星人が――!」
東京の男が叫びきる前に、圧力銃の引き金を引いた。
重苦しい圧殺音が響き、最前列の妖怪が肉塊に変わる。
「狩場の被りかいな」
喧騒を切り裂くように、唾を吐いて言い放った。
足元には、先ほど片付けたばかりの残骸が転がっている。
「みたいね。……合同任務ということは今回の相手が余程の化物なのでしょうね」
「やろうな」
女の淡々とした言葉に、短く返す。
「お前さんらのリーダーはねぇちゃんか?」
「部屋の指揮をとっているのは私だけど、リーダーではないわ」
女は事も無げに否定した。
「ん?なら、強化スーツのお前かいな?」
「俺でもないな」
男が低く応じる。
眉が僅かに動く。
「まさか、そこの女子高生と厨房のどちらかなんか? 愛知の連中は人材不足か?」
「お、おい!俺たちのことを無視してんじゃねぇよ!」
呆れたように鼻を鳴らす。
背後で、東京チームとかいう小綺麗な顔の男の怒声を無視し、どこか呆れたように訪ねた。
ただ、その目は油断なく相手を観察していた。
先から吠えている東京の雑魚は眼中にないがこの4人は侮れなかった。
自チーム最強の男――岡八郎が愛用するハードスーツを着用する男。
自分らと同じ100点武器をもつ女と眼鏡の女子高生と中学生の3人。
特にこの代表として話していた女は何もない空から降りてきた。つまり、
この4人が認める人物とはどんな存在なのか。
――透明化しているようには思えんが……。
「ごめんなさい。遅くなりました」
その声は大阪チームの真後ろから聞こえていた。
「少し星人に囲まれてしまいました」
どこか覇気のない、弱弱しい声。
振り返った目に飛び込んできたのは、ひどく覇気のない男だった。
「……お前さんがこいつらのリーダーか」
「はい、そうです」
室谷だけではない。
大阪チームの誰もがその男の言葉を信じられなった。
その男の姿は明らかに雑魚そのものだった。
装備は初期支給の長銃一本のみ。
スーツのあちこちには星人の返り血や体液がべったりと付着している。
――弱い。
装備もそうだが、星人の体液を被らないといけないほど接近を許していることもそうだ。
酸や毒の可能性もあるのだ。
ミッションの回数を重ねてもその対処ができない程度の実力だということの表れている。
猛者とはいえない。
軍人のような静けさでもない。
初回のミッションであっさり死ぬようなそんな雰囲気。
「……ほんまか?」
「その人のいう通りですよ」
「間違いねぇよ。疑うのもわかるけどな」
強化スーツの男や女子高生が当然のように頷く。
困惑は深まるばかりだった。
「……まぁ、ええわ」
凡退な男が自分たちの横を歩く姿を横目にそうつぶやいた。
「それで、僕らはどうすればいいですか?手出しをするなというなら何もしませんが……」
「そこのあんた!手出しをするなってそんなバカなことが――」
再び東京チームの男が割って入ろうとするが、それを無視し、リーダーという男を見据えた。
「お前らは東側をやれ。俺らで西側をやる。数が多いからな。時間切れになるくらいなら半分はやる。ただ、俺らが入ったら邪魔すんなや」
「わかりました。それでいきましょう。ところで東京のチームの方はどうしますか?」
「知らんわ。お前らの方で好きにさせい。俺らの方に入ったら容赦せんで」
「だそうで。なら、僕たちと一緒に東側をお願いしますね。数が多いので効率よくいきましょう。その方が助かる人も多い」
「あ、あぁ……!」
リーダーの男は長身の男の方を向き、事も無げに協力の形を整えた。
会話の主導権は、この弱そうな男が握っている。
言いようのない不気味さを感じつつも、背を向けた。
自分と愛知のリーダーとの会話に邪魔は入らなった。
それはつまり愛知部屋のあの4人はこの男をリーダーだと間違いなく認めている証拠でもあった。
違和感を覚えながらもこの場を立ち去ろうとした。
「――ところで」
背後から、乾いた声が投げかけられた。
「