明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人   作:べにべにベニヤ板

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ラスボス……まだおったみたいやな……

 

 あの日、あの時――

 自分と同じく、あの部屋に集められた者達は困惑していた。

 

 部屋にいるのは漆黒のスーツに身を包んだ者達。

 球体の傍らに居座るそいつらからは、法も常識も通用しないアウトローの底知れぬ圧が漂っていた。

 それ以外の者たちはまちまちだった。

 部屋を調べるもの。

 直前の出来事に恐怖するもの。

 静かに状況を観察するもの。

 こちら側にいた者達は()()()()()()、状況を理解できているものはいないように感じた。

 

 

 ――いちご☆まん

 ――特徴:かたな、へんしん

 

 

 何もわからず悪夢がはじまった。

 

 

 ――狂う奴は生き残れんで

 

 

 かつて、化物を目の前にして岡はそういった。

 

 「――かぁ!どこにおるんや!助けろや!」

 「コイツ100や!はよこいや!」

 「おい!いい加減に――」

 

 自分がはじめて参加したミッション。

 当時を知るのは自分だけになってしまったがあの日を忘れることはできないだろう。

 

 化物との対峙。

 人の死。

 二度目の死の恐怖を目の当たりにして誰の助けもない中、戦った。

 絶望の中で、ただ必死に引き金を引いたあの日を、忘れない。

 

 

 ――狂う奴は執着がないからな。アホみたいに突っ込んで死ぬだけや。

 ――だからこそ、冷静に戦いや。

 ――じゃなきゃ……アレには勝てんで。

 

 

 だが、化物の足元にも及ばなかった。

 自分だけだと死ぬしかなかった。

 それは、岡も同じだった。

 

 

 ――力貸しや。

 

 ――ノブやん:45点

 ――合計:45点

 

 ――はっつぁん:1()0()0()()

 ――合計:12()0()

 

 

 岡の言葉は自らの指針となった。

 何より、岡が見据える()というのを知りたくなった。

 最後に待ち受けるのがどんな絶望的な戦いだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいんか?あいつらほっといて」

 「他にどうすんや。一緒に仲良く狩りでもするんか?」

 「……まぁ、そうなったらダルいか」

 

 桑原はどこか居心地が悪そうに答えた。

 

 「桑原、お前はアイツをみてどう思った?」

 「……多分、同じやぞ。よくいる初心者(ビギナー)や」

 「そうやろな……」

 「違うんか?」 

 「いや、同じや。ただ――まぁ……ええか」

 

 過去を想起する。

 かつての自分が信頼する最強の男との邂逅。

 あのときの自分は部屋にいた岡をみて何と思ったか。

 

 

 ――アイツ()違和感がなかった……。

 

 

 岡はあの日に死んだ戦士たちとは違った。

 アウトローだとかすら感じない。

 まるでそこに居るのが当たり前かのようなそんな気配。

 愛知のリーダー、多田哲也。

 最後にそう告げた、あの覇気のない男に対して、岡と同じ不気味な自然体を感じた。

 

 自分達は西側に転送されていた。

 そこにはロボットがいて、妖怪と渡り合っていた。

 

 だが、あの男は南側のロボットと言った。

 

 愛知の装備ではなく、透明化して潜んでいるというなら、それは岡に違いない。

 

 岡は南側にいた。

 

 ならば、西側で派手に暴れ回っている、あのロボットは誰のものなのか。

 西側には自分達大阪チームと――あの男だけ。

 答えは自明だ。

 だが、常識がそれを飲み込むことを拒絶していた。

 

 「愛知の奴らのことは後でええ……それより――」

 

 視線を上げる。

 『和膳』と書かれた古びた看板の上。

 そこには、三体の星人が佇んでいた。

 陰陽師のような装束を纏う、人型の犬の姿をした妖怪である犬神。

 長い鼻を持ち、異質な威圧感を放つ天狗。

 そして、その二体の真ん中に立つのは、小柄な老人。

 

 奴らは戦うでもなく、ただ喧騒を見下ろしていた。

 観察されている。

 姿形は違えど、あれこそが今回のボス、あるいはそれに準ずる上位個体。

 あいつらはまだ、自ら動くつもりはないようだった。

 ならば――

 

 「手強いやん、コイツ!」

 「でかいの使えや!」

 「ちょ、ノブヤンら!手伝ってや!」

 

 先行していた連中の悲鳴が上がる。

 

 「……雑魚狩りが先だな。さっさと片付けるぞ」

 

 圧力銃を構え直す。

 愛知への不気味な予感は、一度意識の底へ沈める。

 目の前の敵を消さねば、深淵を覗く権利すら得られないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元に転がった、二体の『ようかい星人』を見下ろす。

 自分らを()()()と言い放ち、襲いかかってきた者達。

 返り討ちにするのに、時間はかからなかった。

 同時に、路地の隅で物言わぬ肉塊と化した、三人のハンターたちを視界に収める。

 

 吸血鬼のコミュニティには、古くからハンターに対する危険度の指標が存在する。

 それは、彼らが手にしている武器。

 ハンターの武器にはいくつか系統があるが、特に圧力波を放つ銃を持つハンターは非常に危険だといわれている。

 その武器をもつハンターが現れたとき、必ずその区域の幹部が対応するようになっている。

 

 そして今、ここに転がっている三人は全員がその武器をもっていた。

 だが、死に様は無様そのものだ。

 動きはそこそこだったが、戦士としての魂が欠落している。

 あれらがハンター側のリーダーではないだろう。

 

 

 ――どちらかといえばお零れをもらった取り巻きか……。

 

 

 つまり、『ようかい星人』が本腰をいれないといけないハンターが他にいる。

 

 「それでも、あの程度が集まればやっかいだろうな」

 「氷川……お前……何をやっている」

 

 背後から響いた、聞き覚えのある硬質な声。

 

 「『ようかい星人』は同盟相手だろう。殺してどうする……」

 

 振り返ると、そこには自分と同じ吸血鬼の男が立っていた。

 

 「新庄か」

 「お前は東京にいたはずだ。それに――」

 

 言い終えるより早く、新庄の手のひらから骨のような質感を伴う刀が生成された。

 切っ先が鋭くこちらを向く。

 

 「お前から敵の信号がでているが……」

 

 夜の空気が、一気に張り詰めた。

 

 「東京での作戦は失敗した」

 「失敗か」

 「あぁ、ハンターの拠点には乗り込めたがただのキャンプだった。というか表にでているハンターは使い捨ての駒だな」

 「やはりそうか。なら、中枢は別にあるのだな」

 「そうだ、ついでに俺も雑にハンターに仕立て上げられたみたいだな」

 「……なら、お前は離れて動け。情報が洩れると厄介だ。それと――」

 

 新庄は背負っている女へ目を向けた。

 新人の吸血鬼となったばかりの女。

 

 「邪魔なら捨てろ、それは。この戦場に荷物を持ち込む余裕はない」

 「わかってる」

 「今日は大事な日だ。俺達にとっては特にな……」

 

 道頓堀を赤く染めるネオンを見つめた。

 かつての敗北、奪われた同胞たち、そしてあの女によって植え付けられた屈辱。

 それらすべてを清算する終わりへの秒読みは、もう始まっている。

 

 「みんなの仇をとるぞ」

 「あぁ」

 

 暗闇にふたつの瞳が灯り、吸血鬼たちは音もなく夜の街へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おらぁ!」

 

 空気を裂く咆哮とともに、漆黒の巨腕が振るわれた。

 それだけで、路地を埋め尽くしていた有象無象の星人たちが、まるで見えない壁に衝突したかのように粉砕され、吹き飛んでいく。

 

 負けてはいられない。

 背後から迫る一本ダタラのような星人に狙いを定め、Yガンのトリガーを引いた。

 射出された三本のアンカーが星人の頭部に絡みつく。

 抵抗される前に即座に頭部を上へと転送する。

 星人の頭部が空中に吸い込まれるように消失した。

 胴体だけになった怪物が、アスファルトに崩れ落ちる。

 

 「やるやん、あんた」

 

 不意にかけられた声に振り向くと、そこには途中で合流した大阪チームの女性――山咲杏がいた。

 俺をギゼンシャ星人と呼んでからかった彼女は、俺が死んだ親友を再生させるために100点を目指していると知ってから、どこか観察するように付きまとってきている。

 戦場での短いやり取りの中で、俺たちの間には、言葉にできない奇妙な連帯感が生まれ始めていた。

 

 「俺にばかりやらせてないで、あんたも戦ってほしいんだが……」

 「ウチ、あんま強ないて。自分みたいな熱血漢やないし」

 「大阪チームは、みんな死ぬほど強いんじゃないのかよ」

 「いやいや、ウチは例外よ。多少は戦えるけど……ああいうのにはねぇ……」

 

 彼女が視線を向けた先には、巨腕を振るっていた重厚な鎧に身を包む男の姿があった。

 

 重厚な鎧――ハードスーツに身を包む男、鬼塚だ。

 

 彼の周囲には、もはや山と呼べるほどに星人の死骸が積み上がっている。

 

 さらに遠方のビルの屋上を見上げれば、一人の女性――姫川が大型の銃を携えて立っていた。

 

 先程までは彼女が引き金を引くたび、地上には巨大なクレーターが穿たれ、星人の体液による凄惨な湖が広がっていった。

 さらに遠くからは今だ続く、大規模な戦闘音が聞こえてくる。

 

 愛知チームの強さは、文字通り桁違いだった。

 俺たち東京チームが死に物狂いで一体を仕留める間に、彼らはものの数秒で、群れごと排除していく。

 山咲の話によれば、愛知チームが持つ武器は100点メニューのクリア特典だという。

 それを複数所持しているということは、それだけ何度も、あの地獄を生き延びて100点を獲得し続けてきた証だ。

 

 「あの鎧……何回クリアすれば手に入るんだ?」

 「5回。前、ノブヤンが言っとった。もう少しやって」

 

 5回のクリア。

 どんなに少なく見積もっても、これまでに500点以上を稼ぎ出した計算になる。

 

 愛知だけではない。

 大阪チームにも、それに近い実力を誇る者たちが複数人いる。

 未だ一度のクリア経験もなく、ただ生き残ることに精一杯な自分とは、あまりにも住む世界が違いすぎた。

 

 「そんな神妙な顔しんでも……あんたも、いい線いっとると思うで」

 「……別に、あの鎧が欲しいわけじゃない」

 「分かっとるよ。友達のことやろ。取れるとええな、100点」

 「ああ……」

 

 今回のミッションは敵の数が異常に多い。

 一体あたりの点数は低くとも、これだけの物量を狩り尽くせば、あるいは――。

 握りしめた銃のグリップに、自然と力がこもる。

 

 「……話しているところ悪いが、いいか」

 

 いつの間にか、鬼塚が目の前に立っていた。

 バイザーの奥から、冷徹な視線が投げかけられる。

 

 「なんだ?」

 「こちら側掃討はあらかた終わった。……西側に向かいたい」

 「西側は、ウチらのチームがやってるはずやけど……」

 

 山咲が怪訝そうに答えるが、鬼塚は首を振った。

 

 「いや、おそらくそうはならない。コントローラーを確認してみろ」

 

 言われるまま、俺はコントローラーの画面を弾いた。

 確かに、東側の赤い点はほとんど消滅している。

 遠方に密集地があるが、そこには愛知の別働隊が向かっており、確認している間にも次々と反応が消失していた。

 

 問題は、その反対側――。

 マップ南側の星人反応はほとんど消えている。

 だが、西側から北側にかけてのエリアには星人の反応が依然として残っている。

 数は少ないが、減っている様子が微塵も見えない。

 

 「あいつら……サボってるだけじゃないのか?」

 「……そうなら、まだいいがな」

 

 鬼塚の低い声が、夜の空気に重く沈む。

 

 「違うというのか?」

 「こちら側には、ボスクラスが一体もいなかった」

 

 鬼塚の言葉が、最悪の可能性を突きつける。

 さきほど、姫川が口にした言葉が、不吉な予言となって脳裏に蘇る。

 

 

 ――狩場の被りかいな。

 ――合同任務ということは、今回の相手が余程の化物なのでしょうね。

 

 

 西側で何が起きている。

 大阪の精鋭たちが足止めを食らっているのか。

 あるいは、彼らですら手出しできない何かが、すでに顕現しているのか。

 俺たちは、静まり返り始めた東側を背に西の闇へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちっ……!」

 「おいおいおい!」

 「やばいて……!なんやねん……ホンマに!」

 

 道頓堀の西側、ひときわ血の匂いが濃い交差点。

 犬神と天狗。

 二体の異形な星人を相手に、桑原、島木と共に俺たち三人は完全に足止めを食らっていた。

 有象無象の雑魚狩りはすでに終わった。

 周囲に残っているのは、狩り残しの星人のみ。

 そいつらも時間が経てば倒せる程度の強さばかり。

 ただ、目の前で蠢くこの二体の強さだけは、完全に群を抜いていた。

 

 激闘の最中、島木が刀を構え、地を蹴った。

 標的はボロボロの陰陽師の装束を着た犬神。

 速度を乗せて一気に肉薄しつつ、牽制のために手銃を敵の足元へと連射する。

 

 「おらぁッ!」

 

 眼前に迫ると同時、刀の刃を限界まで伸ばしながら、下から上へとなぎ払う絶殺の一撃。

 完璧なタイミングだった。

 

 「なっ……!」

 

 だが、その一撃は、まるで最初から軌道が見えていたかのように、紙一重の身のこなしで躱された。

 必殺を確信していたのだろう。

 まさか躱されると思っていなかった島木の動きが、ほんのコンマ数秒、完全に停止した。

 その致命的な隙を、野生の獣が見逃すはずがない。

 犬神は発達した顎を開き、島木の喉笛を食いちぎろうと一気に牙を剥いた。

 

 避けられない。

 カバーに入りたくとも、こちらは今、天狗の相手で手一杯だった。

 このままでは島木がやられる。

 

 「桑原ァ!」

 

 ただ一人手が空いていた仲間に向けて、血を吐くような檄を飛ばす。

 その意図を瞬時に察し、桑原が圧力銃の銃口を犬神へと向ける。

 その無機質な銃口の脅威を、犬神は鋭い視界の端で正確に捉えていた。

 トリガーが引かれる直前。

 犬神は島木に噛みつくのを即座に諦め、背後の空中へと大きく跳躍した。

 

 ワンテンポ遅れて降り注いだ不可視の重力波が、島木と犬神の間にあったアスファルトを円形に圧し潰し、両者を強引に引き離した。

 

 「ちぃッ!」

 

 桑原は舌打ちをして、即座に空中の天狗へと同じく銃口を向ける。

 だが、天狗も、重力の射線を読み切るようにあっさりと避けてみせた。

 

 「引け! 一度距離を取るぞ!」

 

 自らの指示で、全員が大きく後退し、陣形を立て直した。

 

 「ふゥっ……ふ――ッ……」

 

 すぐ隣で、冷や汗を流す島木の荒い息遣いが聞こえる。

 あと一歩で首が飛んでいたのだ、無理もない。

 

 「なんやねん今回は……。クソが」

 

 桑原の苛立ったボヤキが耳に届く。

 全く同意見だった。

 圧力銃を避けたり、あるいは自身の肉体で耐えたりする星人は、珍しくはない。

 今まで戦ってきたボスクラスの星人であれば、よくある光景だ。

 数点程度の雑魚であっても、能力の相性によってはあり得る。

 

 だが、全く効かないのではなく、被弾を避け、殺しきれずに耐え、そこから何の問題もなく継戦してくる星人など、過去にほとんどいなかった。

 しかも、今回はそれが二体も揃っている。

 点数に換算すれば、間違いなく100点に近いバケモノたちだ。

 

 額に滲んだ汗を手の甲で拭う。

 久しぶりの死地だ。

 だが、乗り越えられない程度ではない。

 

 「島木、桑原、お前らは犬の方をやれ。最低でもそっちを抑えろ」

 「あ?おい……」

 「俺が天狗をやる」

 

 二人の返事は聞かない。

 手にしていた圧力銃を、天狗へと向けた。

 引き金を絞る。

 不可視の重力波が放たれるが、天狗は後方へと飛び、軽々とそれを躱す。

 だが、それでいい。

 躱されるのを前提に撃った。

 天狗を視界に収めつつ、圧力銃を惜しげもなくアスファルトへ放り捨てる。

 当たるとは思っていない。

 ほんの数秒の時間が生まれればそれでよかった。

 

 視界の端で、島木と桑原が犬神を抑えに動くのを確認する。

 刀を取り出し、右手で逆手に構えた。

 極限まで神経を研ぎ澄ませる。

 

 

 ――集中しろ……怒れ……!

 

 

 あの日を思い出せ。

 絶対的な死の恐怖を前に、何もできず震えていた弱かった自分を。

 そして、最強の男の背中を追うと決めた己の執念を。

 

 ドクン、と。

 激しい感情とリンクして、黒いスーツの人工筋肉が異常に膨れ上がる。

 全身の血管を液体が駆け巡るような、特有の駆動音が耳の奥で鳴り響いた。

 スーツの出力が限界に達した瞬間、アスファルトを砕き、身体は砲弾のように上空へと跳び出した。

 

 天狗の眼前へと、一瞬で肉薄する。

 

 「おらぁッ!」

 

 槍投げの要領で逆手に構えた刀。

 空中で全身のバネを使い、その切っ先を天狗の顔面へと叩き込んだ。

 トリガーを引き、刀身を一気に限界まで伸ばす。

 黒い刃が天狗の右目を深々と貫き、頭蓋の奥まで突き刺さった。

 鼓膜を破るような天狗の絶叫が、道頓堀の夜空に響き渡る。

 

 「これで終わり――」

 

 そのまま腕を引き、脳髄ごと頭部を引き裂こうとした。

 だが、それよりも早く、天狗の巨大な右腕が室谷の足を万力のような力で掴み取っていた。

 引き絞ろうとしていた肩から、力が抜ける。

 

 

 ――まずいっ……!

 

 意図して一撃を耐えたのか、単なる獣の反射神経か。

 だが、確実に狙っていた致命の一手を出し抜かれた。

 これだけタフな星人だ。

 頭を貫いた程度では、即死しない。

 

 即座に刀の柄から手を離し、ホルダーから手銃を抜き打った。

 自分を宙吊りにしている天狗の右腕に向け、至近距離から何度も引き金を弾く。

 

 数秒遅れた着弾の破裂音が連続して響く。

 しかし、天狗は自らの腕が内側から爆ぜるのを意にも介さず、室谷の足を掴んだまま、狂ったように振り回し始めた。

 建物の壁や看板に叩きつけられ、強力な衝撃が内臓を揺らす。

 だが、この程度なら問題ない。

 もともとスーツは衝撃に強い。

 スーツの防御力が致命傷を防いでいた。

 

 遅れて作動した連撃が、ついに天狗の右腕を手首から完全に破裂させた。

 拘束から解放され、室谷は空中で体勢を立て直し、重い音を立てて地上へと着地する。

 

 「……いい加減にせぇよ……!」

 

 殺意と怒りが、再度スーツの筋肉を極限まで膨張させた。

 目指すは、今も天狗の右目に深々と刺さったままの刀の柄。

 右目と右腕を失い、天狗は限界まで弱っているはずだ。

 確実に息の根を止めるには、あの刀を掴み、今度こそ脳を引き裂くのが最も早い。

 先ほどの焼き直しのように、再び地面を蹴り飛ばして高速で宙へと跳んだ。

 一直線に刀の柄へと手を伸ばす。

 

 「なっ――!?」

 

 だが。

 眼前に迫った身体を、天狗は残った左腕で、まるで飛んでくる虫を捕まえるかのように、完璧に捉えてみせた。

 

 右目が見えていないはずの死角。

 先ほどのダメージなど最初から存在しなかったかのような、精密で圧倒的な迎撃。 

 

 

 ――ありえんやろ……!

 

 

 この天狗と殺し合いを始めてから、すでにそれなりの時間が経過している。

 圧力銃の重力場に何度も沈めた。

 刀で肉を削ぎ落とし、右目に脳髄まで届く一撃を入れた。

 手銃で全身を内部から破裂させ、右腕を根元から吹き飛ばし、裂けた腹からは内臓すら零れ落ちている。

 

 弱っている。

 どう見ても限界だ。

 とっくに死んでいておかしくない。

 だからこそ、残った左腕でこれほど完璧に、自分の動きを読まれるなど思いもよらなかった。

 

 「お、おい! 何やっとんねん……ノブヤン!」

 「室谷! クソッ……!」

 

 こちら側の異常事態に気づき、桑原と島木が血相を変える。

 だが、二人が助けに入ろうとしたその行く手を、犬神が凶悪な咆哮とともに遮った。

 分断された。

 

 ミシミシと、天狗の左腕が室谷の身体を締め上げる。

 スーツの人工筋肉が限界点を超えて駆動し、警告音のような駆動音を鳴らしているが、星人の常軌を逸した膂力に完全に押し込まれていた。

 内臓が圧迫され、視界の端が明滅する。

 

 

 ――死ぬ。このままやと、握り潰される!

 

 

 「クソがぁ……ッ!」

 

 死のと怒りが入り混じった叫びが喉を突いて出た、その瞬間だった。

 

 握り潰そうとしていた天狗の巨大な左腕が、手首から先を残して、唐突に弾け飛んだ。

 

 「……は?」

 

 拘束を解かれ、そのままアスファルトに足をつけた。

 何が起きたのか理解できず呆然と声を漏れでてしまう。

 

 「どういうことや……?」

 

 驚愕はそれだけではない。

 もう一方の戦陣――桑原と島木を力で圧倒しようとしていた犬神の巨体が、不自然にグラリと傾いた。

 犬神の身体を支えていた強靭な両足が、膝下から両断されていた。

 

 ズスン、と犬神の上半身が地に落ちる。

 それまで怒号と破壊音に包まれていた交差点が、まるで時間を止められたかのように、一瞬で静まり返った。

 

 「……少し、手出しが早かったか?」

 

 夜空から降ってきたその声に、顔を上げる。

 重々しい着地音とともに現れたのは、漆黒の鎧の戦士だった。

 さらに、両断された犬神の背後。

 空間が歪み、光学迷彩を解除して姿を現したのは、静かに刀を振り抜いた姿勢のままの長髪の女だった。

 

「お前らは……」

 

 口から、乾いた声が漏れる。

 眼前では腕を吹き飛ばされた天狗が、残された右目で憎悪を滾らせながら地を這っていた。

 致命傷ではない。

 だが、もはや自力で立ち上がる力は残っていないようだった。

 ハードスーツの男は、瓦礫を踏み砕いて歩き、アスファルトに転がっていた黒い塊を拾い上げた。

 

 「ほらよ」

 

 声と同時、無造作に放り投げられた圧力銃が足元で大きな音をたてる。

 先ほど自身が手放した武器だった。

 

 「何のまねや」

 「お前らの点数やろ、それ」

 

 男は顎で、地を這う二体の星人をしゃくった。

 天狗も犬神も、致命傷を負いながらもまだ蠢いている。

 愛知の二人が介入したあの一撃で完全に殺し切ることもできたはずだが、わざわざトドメを刺さずに止めていた。

 

 口の中の血の味を唾とともに吐き捨てた。

 自分たち大阪の三人で、限界まで追い詰めていたのは間違いない。

 あのまま助けがなくても、どうにか捻じ伏せていたかもしれないし、逆に誰かが死んでいた可能性もある。

 五分五分の死闘。

 互いにそれを理解しているからこその()()だ。

 だが、命拾いした上におこぼれの点数まで貰うほど、落ちぶれてはいない。

 

 「やるよ」

 「いらんわ」

 

 桑原と自分の声が、重なるように響いた。

 

 「あっそ」

 「そう」

 

 愛知の二人はそれ以上頓着しなかった。

 男は掌のエネルギー砲を天狗へと向ける。

 犬神の背後では女が刀身を限界まで伸ばす。

 重低音と斬撃音が交差し、二体のボスクラス星人は今度こそ完全に沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ノブヤン、ほらよ」

 「あぁ……」

 

 桑原が煙草を差し出してくる。 

 それを受け取り、火を点ける。

 煙が肺を占め、極限まで張り詰めていた神経が僅かに弛緩した。

 ふう、と煙を吐き出しながら、コントローラーを取り出す。

 マップを確認すれば、あれほど画面を埋め尽くしていた星人の反応は、残り数点のみとなっていた。

 確認しているその数秒の間にも、さらに赤い点がひとつが消失する。

 

 残りはあと少し。

 懸念は、今回のミッションのボスの在り処だ。

 愛知チームがすでに倒したのか。

 それとも、単独行動を続けている岡が仕留めたのか。

 

 マップ上、自分たちのすぐ近くに、星人の反応がひとつだけあった。

 ゆっくりと、だが確実にこちらへ近づいてくる。

 

 圧力銃を拾い上げ、その方向へと鋭い視線を向けた。

 だが、そこに居たのは、三人の黒衣の戦士たちだった。

 大阪チームの山咲。東京チームの長身の男、そして今回参加の眼鏡の男。

 その三人は走りながらこちらへ向かって生きていた。

 

 

 ――あいつらが星人か……?

 

 

 ただ、コントローラーの星人の反応とは若干ずれていた。

 油断なく銃口を微かに上げた、その時だった。

 眼鏡の男が声を張り上げた。

 切羽詰まった声。

 

 「あの!首が!」

 

 

 ――首?

 

 

 「100点の首が、まだ生きてる!」

 

 眼鏡の男の叫びと同時。

 三人の背後、アスファルトを這うように転がってくる生首が、視界に飛び込んできた。

 胴体を失い、顔面を異様にひしゃげさせたその首は、不気味な笑みを浮かべながらこちらを見つめている。

 そのすぐ側には首がない、3メートルほどの胴体が立っていた。

 

 「ん?」

 「あ?」

 

 愛知の男と島木が、怪訝そうに眉をひそめる。

 だが、その生首らから発せられる圧倒的な気配に、全身の粟が立つような悪寒を感じた。

 

 「……ノブヤン。ラスボス……まだおったみたいやな」

 

 桑原の引きつった声が、夜の道頓堀に落ちた。

 胴体が生首を拾い上げる。

 すべての常識を覆す本当の絶望が、首だけの形を変えようとしていた。

 




次話は月曜日に投稿します。
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