明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
骨と肉が癒着する嫌な音が響く。
その瞬間、道頓堀を包む空気が一段と冷え込んだ。
肌を刺すような、明確な死の気配。
間違いない。
――こいつが100やな。
100点星人。
単体で100点をもつ星人。
大阪チームの中で、過去にそれを倒したことがあるのは唯の一人――岡八郎だけだ。
しかし、その最強の男は今、ここにはいない。
だが、かつて挑んだものならもう一人いる。
無様に敗走し、逃げ回っただけのものなら。
――俺は、あの頃とはちげぇ……。
奥歯を噛み締め、得体の知れない老人を視界に収めながら、傍らに立つ愛知の二人に鋭く問いかけた。
「お前ら何回クリアや?」
「何よ、急に……」
「武器の確認や。はよ答えんか」
「4回よ」
「6回だな」
返ってきた回答は、想定の範囲内だった。
だからこそ、使える武装も想像を大きく超えるものではない。
「お前らは?」
「俺は4回や。そこの半裸とスキンヘッドは3回や」
こちらも手札を隠すことなく開示する。
それを聞いた愛知の男が、小さく呟いた。
「
ただ、文脈からそれが100点到達者を指す言葉というのは理解できた。
何度クリアしているかよりも、今この瞬間、最も重要な情報を確認する。
「……お前らは100点星人の相手したことあるんか?」
「……ないな」
「同じよ」
僅かな期待を抱いたが、返ってきたのは当然の答えだった。
「なら、俺が指揮をする。お前ら愛知の二人が前にでろや」
「愛知じゃねぇ、鬼塚だ」
「姫川よ」
不敵に返しつつも、二人は躊躇いなく前へ歩き始める。
反対に、数歩下がりながら自チームの者たちへ素早く指示を飛ばす。
「島木、桑原……お前らは銃メインで戦え、接近されたら一発切ってすぐ退け」
「あいよ」
「おう」
遠くで足を止めている新人の眼鏡、山咲、そして東京の男に一瞥をくれる。
この戦いには、なるべく多くの戦力が欲しい。
だが、足手まといになるようであれば邪魔なだけだ。
――最悪、捨て駒に使えるか。
冷徹に結論を出し、今は放置することを選んだ。
前衛に鬼塚、姫川。
中衛に島木と桑原。
最も後ろに自分が控える。
動きは決まった。
鬼塚がハードスーツの拳を、姫川が刀を下段に構える。
空気が張り詰めた。
老人が何の気なしに一歩踏み込んだ、その瞬間。
巨漢の拳と黒い刃が、同時に老人の身体へと振り下ろされた。
強烈な二撃は、老人の半身を鮮やかに吹き飛ばし、残った部位を縦に裂いた。
だが、血の一滴も流れない。
それどころか、裂かれた肉と吹き飛んだ部位が滑らかに蠕動し、その場に新たな二体の小さな老人として再生した。
「なんぞ?」
老人の口から、間の抜けた声が漏れる。
攻撃が効かないどころか分裂したのを見て、中衛の島木と桑原が即座に動いた。
二人も同様に間合いを詰め、それぞれの標的を袈裟懸けに切り裂く。
星人はそれを抵抗すら見せずに受け止めた。
そして、二体は四体へと分裂する。
「なんぞこれ?」
増殖した一体が、目の前に迫った。
反射的に刀を横一直線に振るう。
だが、その一撃を、老人は跳ねてあっさりと躱した。
躱した先で四体の老人は一体の老人へと取り込まれる。
「なんぞこれ?」
背筋に冷たい汗が流れる。
この至近距離で、あの太刀筋を躱された。
異常な反応速度と運動能力。
ダメージを無効化し増殖する不定形な変身能力。
だが、何よりも問題なのは――。
――こいつ、俺たちのことを全く見ていねぇ……。
「なんぞ?」
分裂しつつ、攻撃を躱しながらも、その目はただの一度も
見つめているのは、アスファルトに転がる、死んだ犬神と天狗の残骸だけだ。
眼中にない。
俺たちは、路傍の石ころとすら認識されていない。
「らぁ!」
怒号とともに、跳んできた鬼塚がハードスーツの両拳を重ねて叩きつける。
その一撃すらも、老人は形を泥のように変えて躱す。
姫川の鋭い一閃も、軽やかに跳ねて避ける。
まるで赤子の相手をしているかのようなあしらい。
天狗や犬神とは、根本的にいるステージが違っていた。
「調子にのるんじゃねぇよ、総大将」
鬼塚が手のひらを老人に向けた。
「てめぇなんざすぐにそれと同じにしてやるよ!」
ハードスーツの手のひら、圧縮されたエネルギーの光線が迸り、星人を灼熱の光で呑み込んだ。
アスファルトが溶け、周囲の空気が一気に沸騰する。
「おもしろい」
だが、焼き尽くしたはずの光線の中心から、その声だけがはっきりと響き渡った。
光線の残滓を掻き分け、一つの影が這い出てくる。
先ほどまでと同じ皺くちゃの老人の顔のままではあったが首から下の肉体は、2メートルを超える筋骨隆々の異形へと変貌していた。
また、変異を終えたその姿は、鬼塚が纏うハードスーツの装甲とそっくりだった。
桑原の手銃が発砲音を鳴らし、数秒遅れて内部からの破裂音が響き渡る。
だが、土煙が晴れた先には、無傷で歩みを進める異形の姿があった。
その光景に桑原は悪態をつく。
「ちぃっ、あんま意味なしか!」
「なら、力比べと行こうぜ!」
正面から激突したのは、同じくハードスーツに身を包んだ鬼塚だ。
強化された拳同士が真っ向からぶつかり合い、金属が軋むような悲鳴が道頓堀に轟く。
互いの巨腕が顔面と腹部を打ち据え、余波の衝撃だけで周囲の建物のガラスが粉々に砕け散った。
「姫ちゃん!」
「分かってるわ!」
鬼塚が力で拮抗している隙を突き、死角から姫川が斬り込む。
限界まで伸ばした黒い刃が、老人の顔を持つ怪物の太い首を正確に刎ね飛ばした。
しかし、宙を舞った首は地面に落ちる前にどろりと液状化し、胴体の断面からはすでに新たな顔が瞬時に再生し終えていた。
怪物の反撃が始まる。
焼き直しのように鬼塚と怪物の拳が重なりあう。
だが、数度の打ち合いの後に、その拮抗は崩れ去った。
鬼塚の剛拳が空を切る。
「なっ……!?」
躱された。
初動から軌道に至るまで、完全に読まれていた。
怪物は動きを完璧に読み、滑らかな動きで鬼塚の拳をいなし、完全にガラ空きになった鳩尾へと、強烈なカウンターを叩き込んだ。
金属装甲が拉げる轟音と共に、巨漢の鬼塚がボールのように吹き飛ばされ、背後の建物の壁を何枚もぶち抜いて瓦礫の奥へと消えた。
「鬼塚くん!」
鬼塚に代わり斬り込んだ姫川が、刀の刃を、怪物の太い首めがけて全力で振り抜く。
その一撃を怪物は巨腕で迎え撃った。
金属同士が弾き合うような甲高い音が響き、姫川の刃は怪物の腕を切り裂くも決定打にはならない。
「ちっ!」
「退けや、ねぇちゃん!」
姫川が舌打ちをして後退した瞬間、自分と桑原が圧力銃の重い銃口を怪物へと向け、引き金を絞り切った。
怪物の頭上から不可視の重力波が二重に直撃する。
アスファルトが円形にえぐれる。
怪物はたまらず、すり鉢状のクレーターの底へと圧し潰された。
「……やったか?」
「アホ、油断すな」
桑原の呟きを鋭く制した、その時だった。
クレーターの底に渦巻く土煙の中から、ミシミシと骨が軋むような異音が響き始めた。
「……なんや、アレ」
這い出てきたのは、もはや人間の原型すら留めていない悪魔だった。
頭部は、白骨化した巨大な牛の頭蓋骨。
右腕は太く蠢く不気味な一本の触手へと変異し、左腕には異形の腕と、さらに一本の触手が生え揃っている。
地獄の底から這い出てきたようなその姿から、先ほどまでの不気味さとは全く質の違う、純粋な暴威が放たれていた。
牛の頭蓋骨が、ギロリとこちらを向く。
島木が手銃を構えようとした瞬間。
怪物が、左手の内の一本を、スッとこちらへ向けた。
銃撃ではない。
見えない巨大な壁が超高速で叩きつけられたような、理不尽な衝撃。
「がはッ……!?」
「なんや、これ……!」
島木が、桑原が、そして自身も、目に見えない強烈な念動力によって、抵抗する間もなく地面に縫い留められる。
反撃の糸口すら掴ませない、圧倒的な力による蹂躙。
唯一、その攻撃の射線から逃れていた姫川が、即座に刀で斬り込んだ。
しかし、刃が届く直前に不可視の壁に阻まれる。
姫川はわずかに驚愕の表情を浮かべたが、即座に後ろへ跳んで距離を取り、腕に装着された特殊なコントローラーを素早く操作した。
直後、隣接するビルの暗がりから、怪物を狙い撃つように一筋のレーザーが放たれる。
「よくもやってくれたな!」
瓦礫を吹き飛ばし、姿を現したのは鬼塚だった。
ハードスーツの駆動音を唸らせ、猛スピードで突進して剛拳を振り抜く。
その一撃は不可視の壁を突き抜け、怪物の腕を吹き飛ばした。
同時に、怪物の肉体が突如として内側から弾け飛ぶ。
撃ったのは姫川だ。
その手には刀ではなく、手銃が握られていた。
怪物のダメージと同時に、室谷たちを縛り付けていた念力の拘束が解ける。
即座に立ち上がり、ホルダーへと手を伸ばした。
「もう油断しねぇ! ボクサーなめんなよ!」
鬼塚の怒涛のラッシュが始まる。
その拳のすべてが怪物に入る。
鬼塚の猛攻が怪物の注意を完全に引きつけるなかで、怪物の身体が次々と弾け飛ぶ
乱打に合わせるように島木と桑原も、同じように銃を構え、怪物へと狙いを定めていた。
怪物はその巨体を動かし、鬼塚との距離を離すように周囲を薙ぎ払うがまた新たに一部が弾けとんだ。
その一瞬の揺らめきに対して、姫川が刀身を伸ばし、怪物の頭部を穿ち、断ち切った。
直後に連続する着弾音。
怪物の頭部と胴体が次々と内部から破裂し、黒い体液をぶちまける。
「ちぃっ……バケモンが!」
島木が忌々しそうに吐き捨てた。
弾け飛んだ肉体は、地面に落ちるよりも早く再生し始めて姿を変え始める。
現れたの魚の頭部を持つ人型の異形。
その胴体はあらゆる生物の継ぎ接ぎのようであった。
変身をみながらも銃撃を続ける。
しかし、銃による破壊の速度が、異常な再生速度に全く追いついていなかった。
魚の頭部がギロリと銃を撃つ桑原たちを睨みつけた。
怪物の足元でアスファルトが爆ぜる。
巨体が、一瞬にして中衛の距離まで肉薄していた。
怪物の右腕を構成する太い触手が、桑原を両断せんと凄まじい風切り音を立てて薙ぎ払われる。
「舐めんなや!」
桑原への直撃を阻むように、島木が前に出た。
即座に銃を捨て、ホルダーから引き抜いた刀の刃を限界まで伸ばして応戦する。
硬質な触手と黒い刃が激突し、激しい火花が散った。
島木の腕の筋肉が悲鳴を上げる。
スーツの限界駆動がなければ、刀ごと両断されていたであろう途方もない重さだ。
だが、怪物は刀で受け止められたことなど意にも介さず、左手の異形の腕をさらに振りかざし、力任せに島木を押し潰しにかかる。
「おいおい!俺たちを無視か!」
その怪物の背後を鬼塚と姫川が追い迫る。
怪物は島木から離れるとその二人を迎え撃った。
愛知部屋の二人が接近しての戦闘。
桑原、島木が周囲を囲みながら銃で削り、自身も全体からは一歩下がり適度に撃っていた。
またひとつ、怪物の身体の一部が弾け飛ぶがそれもすぐに修復された。
戦況は追い込まれてはじめている。
――削れてはいる……だが、すぐに再生される。
――なんや……何が条件や。
星人は理解不能の怪物ではない。
物理法則を無視しているようにみえても必ず、何かしらの宇宙人の法則が適用されている。
もし、本当に無敵の怪物ならこのゲームは成立しない。
見落としがあるはず。
――どこや。
ナイフのように変形させた腕で鬼塚のハードスーツのケーブルが切られた。
ギリギリで受ける姫川の頬に傷が浮かぶ。
魚の口から放たれるウォーターカッターで島木の指が2本吹き飛んだ。
――どこにルールがある。
「はよしろや!」
島木の怒声が響く。
ふと、最初の状況を思い返した。
この星人ははじめ頭部だけだった。
再生ができていなかった。
あれは誰がやったのか。
あの頭部について言及したのは今回参加の新人だ。
そいつがあの状態まで追い詰めたのだろうか。
――いや、そうにはみえなかった……。
木村達が向かった方向とは違う。
愛知チームと東京チームは東側を狩っていた。
消去法で考えれば大阪チームの誰か。
新人が今回のミッションで役立つ訳がない。
クリア者で考えれば花紀しかいない。
花紀が100点星人を追い詰めた。
どうやって。
イカれたヤク中に100点星人を追い込める実力はない。
その上、花紀は以前のミッションで圧力銃を潰してる。
今、使える手札は部屋の基本装備と操作端末だけだ。
――違ぇ……その程度の武器で十分なんだ……。
今、ここまでで使っていない手段は――
自分たちと怪物の間にある地面に向かって、引き金を連続で引いた。
数秒のタイムラグ。
アスファルトが内側から連続して爆ぜた。
大量の土砂とコンクリートの粉塵が巻き上がり、夜の道頓堀に分厚い砂埃の壁を作り出す。
この瞬間、即座に透明化を起動し、その姿を砂埃の中へと消した。
怪物が視界を奪われた苛立ちで体を大きく動かし、無差別に振り回し、粉塵を吹き飛ばそうとするのを、静かに、そして完全に気配を殺して見つめた。
鬼塚たちが砂埃の中から散開し、別々の角度から攻撃をはじめる。
正面からのハードスーツによるレーザー。
左右からの散発的な銃撃。
怪物の処理能力が、その三方向へと完全に割かれた。
鬼塚は砂埃がはれると同時に再度、一気に駆け出す。
ハードスーツの駆動音と怪物の腕が激突するその瞬間。
透明化状態のまま、怪物の意識から完全に外れた完全な死角、真後ろのさらに後方から、手銃を解き放った。
「なん――」
怪物、間抜けな声を漏らす。
同時に一瞬の隙に防御の反応すらなかった。
怪物の頭部が、その断面から、砂埃と共に空中に吸い込まれるように、瞬時にして消失した。
同時に残った胴体を鬼塚の一撃が吹き飛ばした。
透明化を解除し、銃口を下ろして大きく息を吐き出す。
「……ビンゴ、か」
鬼塚たちが構えたまま警戒を続けるが、今度こそ飛び散った肉が蠕動しない。
再生が始まらない。
黒い体液がアスファルトに広がるばかりだった。
一瞬の静寂。
「止まった?」
その光景をみて姫川が困惑する。
――あー、痛い。痛いなぁ。ほんまに容赦ないなぁ。
血だまりから、その声が響いた。
残された小さな肉片から、無数の細い触手のようなものがウネウネと溢れ出す。
「まだ……死んでへんのか!?」
桑原が一歩後ずさる。
不意打ちは通った。
再生も阻害した。
だが、100点の底は、まだ見えない。
空中へと浮き上がった触手の塊の中から、再びあの老人の顔が、ズルリと産み落とされるように顔を出した。
老人は、空中で、クツクツと喉を鳴らして笑い始めた。
「おもろいなぁ」
老人の顔が、室谷たちを虫ケラのように見下ろす。
直後、老人の顔面が内側から風船のように弾け飛んだ。
大量の黒い体液が噴出し、残された肉塊が空中で異常な速度で結びつき、新たな骨格を形成していく。
肉が裂け、筋繊維が異常増殖して組み上がる悍ましい音が鼓膜を叩く。
月明かりを背にして顕現したのは、皮膚という概念を持たず、赤黒い筋肉が完全に剥き出しになった、3メートルの死神だった。
頭部は、眼窩に底知れぬ闇を宿した禍々しい髑髏。
異様に長い両腕は大地を擦るほどに垂れ下がり、異常発達した背中からは、悪魔の翼のように無数の骨の棘が生え揃っている。
「ふーっ……、ふーっ……」
その一定の呼吸音と共に、髑髏の死神が、何気ない動作で長い右腕を横に薙いだ。
ただ、腕を振っただけだ。
だが、それだけで発生した暴風と途方もない物理的な破壊力が、周囲のアスファルトを深々と抉り飛ばし、交差点に放置されていたワゴン車を紙屑のように吹き飛ばしてビルの壁に激突させた。
凄まじい轟音と共に、コンクリートと鉄屑の破片が散弾のように自分たちの頭上に降り注ぐ。
「散開しろォッ!!」
血を吐くような声で絶叫し、瓦礫の雨の中へと決死のダイブを打つ。
「ふーっ……、ふーっ……」
静かで不気味な呼吸音が、瓦礫の山に響き渡る。
髑髏の眼窩が、逃げ惑う猛者たちをゆっくりと見定めていた。
瓦礫から身を起こした島木と、赤い眼光が交差した。
ドンッ、とアスファルトが凹む。
まるで空間を跳躍したかのような異常な速度で島木の眼前へと肉薄していた。
「速ッ――!」
島木が反射的にガンツソードを振り抜く。
黒い刃は死神の胸部を深々と切り裂いたが、傷口から溢れた赤黒い筋繊維が意思を持つように蠢き、瞬く間に切断面を縫い合わせていく。
視認された正面からの攻撃。完全なノーダメージだ。
直後、死神の丸太のような腕が島木を薙ぎ払った。
「がはぁッ!」
ギリギリで刀の腹を盾にしたものの、防御ごと粉砕するような衝撃。
島木はトラックに跳ねられたかのように吹き飛ばされて瓦礫に突き刺さった。
「ふーっ……」
無慈悲な追撃を下そうと死神が歩みを進めた
島木が正面から斬りつけた傷は瞬時に塞がった。
奴を構成する根本的なルールは変わっていない。
瓦礫を蹴り飛ばして立ち上がり、全方位へ向けて怒声を張り上げた。
「……意識外からの攻撃や!再生が遅くなる!接近は悪手や!」
「ふざけないでよ……!」
指揮をとっていた男の言葉に隣にいた姫川が反応する。
自身もまた姫川と同じ心境だった。
ここまでの戦いでこの星人の分析はできていた。
再生、超反応、増殖、念力、形態変化。
攻撃に対する対処は問題ない。
これだけの人数がいればどうにかなる。
あとは攻略手順だけだった。
全身を粉砕しても復活をした。
スキャンをしても弱点はみえない。
かといってこの化物が遠隔操作されているようには思えなかった。
攻略の糸口が見えない。
故のリスクをとっての近距離戦であった。
その結果が意識外からの攻撃が有効だという結論。
――これなら最初は狙撃を試すべきだったか……!
星人は不確定の要素が多い。
見た目通りの攻撃をしてくるわけではない。
鈍そうな見た目で高速移動してくることも銅像なのに毒で攻撃をしてくることもある。
認識以前に遠距離から倒せればそれでいいのだ。
普段ならそうしていた。
だが、今回は星人の数が多すぎる上に質も高かった。
会敵が多く、余裕を奪われ、遠距離狙撃を選択肢から外してしまっていた。
ここから、この星人が自分達を意識外にもっていくことはないと誰もがわかっていた。
加えて、高い攻撃能力と形態変化をもつ相手に長期戦はリスクが大きい。
このままではジリ貧であることは明らかだった。
出た結論は撤退。
このままでは勝てない。
それが総意であった。
この星人を倒すには、緻密な手順がいる。
そのためには、何としても一度戦いを仕切り直さなければならない。
「ちっ……!一旦こいつをバラすぞ!撤退する時間を作る!」
自らのハードスーツに装着された特殊なコントローラーを操作する。
脳裏に、この武装を手に入れたばかりのときに交わした、あの人との会話がフラッシュバックした。
――ロボットに搭乗してそのまま使うのはあまりオススメしないよ。
――確かに強力だけど的が大きくなりすぎるからね。
――星人の攻撃能力によってはただあっさりと破壊されるだけになってしまう。
――なら、この武装は星人の攻撃能力を分析した上で使うべきということですか
――搭乗するならそうだけど……。
――もっといい使い方がある。
「
髑髏の死神の真上。
上空に、転送光と共に巨大なロボットが顕現する。
それは重力に引かれ、超質量が怪物の脳天へと落下を開始した。
自身の叫びを合図に、大阪と愛知のメンバーが即座に動いていた。
一斉にコントローラーを操作し、透明化を起動する。
姿を消し、散開して怪物の意識を撹乱し、その隙に上空から質量兵器として叩き落とす。
完璧な退き際のはずだった。
だが。
道頓堀の夜空に、空気が凍りつくような、間延びした不気味な声が響いた。
「ふーっ……つまらん」
髑髏の死神は、逃げようとも、躱そうともしなかった。
その髑髏の顔を、上空から迫る巨大なロボットへと、正確に向ける。
規則正しい呼吸音が止まる。
怪物の髑髏の眼窩に宿る赤い光球が、異常な高熱を帯びて、眩いばかりに輝き始めた。
その両目から、鬼塚のレーザーを遥かに凌駕するほどの、極太の灼熱の光線が解き放たれた。
夜空を真っ白に染め上げる、凄まじい大爆発。
目からの光線を直撃させたロボットは、その巨体を一瞬にして灼き尽くされ、空中分解を起こして吹き飛んだ。
火を吹く残骸が、道頓堀へと降り注ぐ。
ロボットを吹き飛ばした死神が、不気味に喉を鳴らす。
怪物の髑髏の眼窩に宿る赤い光球が、不自然に拡散し、周囲の空間全体をスキャンするように蠢いた。
「ふーっ……」
怪物が長い右腕を、何もない虚空へ向けて突き出す。
同時に、大きな衝撃波が広範囲にわたり展開された。
空気が円形に爆ぜる。
見えない重圧が、透明化していた全員を襲った。
「がはッ……!?」
「くそッ、あぶり出されたか!」
光学迷彩が強制解除され、散開していた全員が、それぞれの座標に縫い留められるように姿を現した。
怪物は、透明な彼らの位置を、念動力で強制的にあぶり出された。
「透明化も見破るんか……!」
大阪チームの男の驚愕が聞こえた瞬間、すぐ近くにいた姫川の目の前に星人が迫っていた。
その長く太い右腕が、彼女の身体を串刺しにせんと無慈悲に突き出される。
――間に合わねぇ……!
その想いとは裏腹に突如として、超巨大な重機同士が正面衝突したかのような、悍ましい金属音と衝撃波が道頓堀に轟いた。
「……え?」
目を開けた姫川の口から、呆然とした声が漏れる。
自身もまた、ヘルメットのバイザー越しにその光景を疑った。
姫川の胸を貫くはずだった死神の剛腕が、完全に押し留められていたのだ。
横合いから凄まじい速度で突進し、怪物の腕をその強靭な両腕でガッチリと受け止めていたのは――同じ、漆黒のハードスーツを纏った戦士だった。
――多田さんか……?
愛知チームでハードスーツを持っているのは自分と多田さんだけだ。
だが、多田さんはあまりあの装備を使うことがない。
ハードスーツが限界まで駆動し、バチバチと火花を散らしながら、あの理不尽な化け物の暴力と正面から拮抗している。
「……岡、か……」
大阪チームの男の震えるような掠れた声が響いた。
――オカ? それが、あいつの名前か……。
大阪チームの隠し玉。
この戦場で、あのバケモノと力で渡り合える者。
だが、驚愕はそれだけでは終わらなかった。
ギリギリと金属と骨が軋む音が交差する。
怪物と見知らぬ男が互いの全質量をぶつけ合い、力が完全に拮抗した、その真後ろ。
怪物の意識が、目の前の強敵へと完全に釘付けになった、文字通りの絶対死角。
いつの間にそこに立っていたのか。
ステルスを解除した音すらなかった。
まるで初めからそこに存在していたかのように。
一人の男が、怪物の髑髏の側頭部へと、長銃の銃口を静かに密着させていたのだ。
「……多田さん」
口から、無意識に声が漏れる。
絶望の戦場の中心。
力と力が激突する台風の目で、俺たちのリーダーである男は、微塵も表情を変えることなく立っていた。
「助かったよ、あとはこちらでやる」
その言葉には怒りも、恐怖を持ち合わせていない。
ただ冷徹に、目の前で蠢く死神を冷徹に見つめ、無造作に引き金へと指をかけていた
「ほんなら、やるか」
ハードスーツの奥から、低く声が響いた。
数秒の、恐ろしいほどの静寂。
直後。
死神の巨大な髑髏が、まるで熟れた果実のように呆気なく弾け飛んだ。