明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
ボクサーくん
「やぁ、はじめまして!ボクサーくん!いい身体だね!ところで――」
――死んだ記憶はあるかい?
そうやって、俺に話しかけてきたのは巨大な腕をもつ真っ黒な鎧だった。
子どものころの夢は、仮面ライダーだった。
誰にも知られず、たった一人で多くの人を救い、決して見返りを求めない。
ダークな世界の中、人間の自由と尊厳を守るため、ライダーは孤独にバイクを駆ける。
いつか、そんなふうに強くなりたいと願っていた。
だからこそ、親に頼み込んでボクシングを習った。
強くなれば、誰かを守れると信じて。
ボクシングをやっていると何も知らない同級生から煽られることが多かった。
しかし、拳を振るうことはなかった。
拳は気に食わない奴を殴るためのものではない。
ジムの先生のありきたりな言葉が、俺の背骨になっていた。
才能があったのだろう。
小学生で門を叩き、気づけばプロのリングに立ち、公式試合で観客を沸かせるようになっていた。
そして、人生のターニングポイントは、唐突に訪れた。
何度目かの公式試合。
重要なマッチだった。
死闘の末、試合は僅差で判定勝ち。
歓声が沸いた。
だが、控え室に戻ると、殴られた頭の痛みが尋常ではないことに気づく。
視界が歪み、椅子に腰を下ろしたところで、ぷつりと意識がなくなった。
次に気づいた時、俺はこの部屋に招かれていた。
――た、た、たなかん星人
――特徴:おつよい、そば
「これからコロッセオに向かう。戦って生き残ろう!」
鎧の声に導かれ、始まった地獄のような夜。
化け物が跋扈し、多くの人が肉塊に変わる惨劇を超えた後、その鎧は、俺にとって最強の証であり、希望の象徴になった。
「100点をとるまでこの戦いは続くことになる」
俺の問いに、漆黒の鎧は、マスクの奥で何か躊躇うような気配を見せた。
「その通りだね。僕らは誰からも知られることなく戦っている。報酬なんて……スーツぐらいかな?普段使いすると結構便利だよ」
軽口を叩きながら、彼は自分の腕を見つめる。
「この鎧かい?これは100点武器といって『解放』とは別の特典なんだ。僕も5回目のクリアで手に入れたんだ」
5回のクリア。
彼がどれだけの地獄を潜り抜け、どれだけの解放のチャンスを蹴ってきたのか。
「僕は『解放』を選ぶつもりはないよ。このミッションの終わりが気になるからね」
俺は俺を救ってくれたその人についていくと決めた。
「それに約束があるんだ。恩人との大切な約束がね」
誰かに見返りを求めることもなく、ただ己の信条に従って、散っていった者の想いを背負って生きる。
俺にとってその人は、幼い頃に憧れた仮面ライダーに間違いなかったからだ。
部屋の明かりは点灯していなかった。
不吉な予感だけが、冷たい空気と共に立ち込めている。
いつもはふざけたテキストを流す黒い球体が、今は呪詛のような文字を吐き出していた。
――ラストゲームだよ
――聖☆ルネ∂∇≪≫ス
――φ徴:!@#$%い
「ここにきて100点星人だと!ふざけんじゃねぇ!」
黒川が、震える拳で叫ぶ。
通常ならあるはずの星人名称。
今回のミッションにはそれがなかった。
かつて、多田さんが話してくれた災厄。
歴戦の猛者すら殺す化物。
星人名称がないミッションが示すのは。
単体で100点の星人が標的のミッション。
「鬼塚くん……」
「わかってる」
予想はできていたのだ。
全開の合同ミッション。
そして、『ラストゲーム』という文字。
残る星人は一握りなのだろう。
そして、ここまで残った敵が雑魚な訳がない。
必然、高得点の敵。
――前回のような100点星人とその取り巻きだろう。
「姫ちゃん。俺は100点星人を相手する。雑魚は頼む」
「本気?前回のことを考えれば今回は合同ミッションになるだろうけど……相手は今までで最も強いかもしれないのよ」
わかっている。
だが、今から100点を獲得するにはそれしかない。
ゲームクリアをするには残党がいてはならない。
クリアには100点星人を殺す必要がある。
そして、その考えは見え透いていたのだろう。
「それに――いまさら100点をとっても意味なんて……」
「意味ならある」
姫川の言葉を即座に否定する。
何かいいたげな言葉を無視してブラックボールへ指示をだす。
「ブラックボール……俺を100点星人の近くに転送しろ。
「ちょっと――」
その言葉が引き金となったのか、ブラックボールが即座に転送をはじめた。
次の瞬間、肺に流れ込んできたのは、硝煙と頽廃が混ざり合った異国の街の空気だった。
「……ちょうどいい場面じゃねぇか」
漆黒の鎧が警報を鳴らす。
転送された先。
そこに立っていたのは、芸術品のように美しく、巨大な二足四腕のダビデ像だった。
周囲には無残な残骸となっている、さまざまな形の石像が転がっている。
同時に浮遊するいくつかの小さな石像が、黒人の男の銃撃によって霧散させられていた。
ダビデ像は、三台のロボットと戦闘を繰り広げていた。
そして、その様子を囲んでいるのは俺だけではない。
「
轟音の中で声を張り上げたのは、星条旗を模したペイントを鎧に施した大男だった。
彼もまた、自身と同じ漆黒の鎧を纏い、巨大な重力銃を構えている。
さらに視界の端、崩れたビルの屋上には、スーツを着た女が片手でパソコンを操作し、ロボットを操りながら、反対の手で狙撃を繰り返している。
他にも多くの黒衣の戦士がいた。
アメリカ、中国、ドイツ、ロシア――。
言葉は通じずとも、纏っている空気で理解できた。
ここにいる全員が、地獄を幾度も踏破し、100点を何度ももぎ取ってきた各国の猛者たちだ。
「
漆黒の鎧がさすのダビデ像は、その腕で触れたそばからすべてのロボットを豆腐のように吹き飛ばした。
同時に星人が動いく。
踏み込んだ足が地面を爆砕し、その巨体が物理法則を無視した加速で突っ込んでくる。
誰の指示でもない。
本能的に各国の猛者たちが飛び退く。
直後、ダビデの四本の腕が振るわれ、先程までアメリカの男がいた地点が巨大なクレーターに変わった。
男が狂気に酔いしれるように叫んだ。
「
中国人の男が空中で重力銃の引き金を引く。
空間そのものを押し潰すような衝撃波がダビデ像の上左腕の表面をへこました。
同時に、屋上の女が放った長銃による多重攻撃が重なり、ダビデ像の動きが一瞬だけ止まった。
その隙を逃さず、ロシアチームの全員が飛行ユニットを駆り、全方位から長銃による集中砲火を浴びせた。
――今だ。
鎧のブースターを全開にする。
ボクサーとしての経験が、敵の重心の揺らぎを見逃さなかった。
接近する己に向かってダビデ像が一腕を振るう。
「……シッ!」
それをギリギリの所で躱し、鎧の巨大な拳を固め、踏み込んだ。
放った全力の右ストレートが、足のひとつを力任せにブチ抜いた。
石像の破片が飛び散る。
体勢を崩したダビデ像に向けて苛烈な追撃が加わる。
かつてこれほどまでに熾烈な共闘があっただろうか。
各国の指折りの戦士たちが、たった一体の星人を屠るために、その持てるすべての技術と装備を叩きつけている。
だが――希望は、あまりにも無慈悲に粉砕された。
「Fuck……!」
粉塵の中から現れたダビデ像はひとりの戦士に向けて四腕を一気に振り下ろした。
星条旗の鎧は次の瞬間、まるで巨大なプレス機にかけられたように、鎧ごとV字に折れ曲がっていた。
また、ダビデの四本ある腕のうち一本が、飛行ユニットを掴んでいだ。
そして、そのまま紙屑のように握りつぶした。
ロシアチームの男が声にならない悲鳴を上げる。
飛行ユニットで翻弄しようとした彼らに対し、ダビデ像は背中を向けたまま、左脚で後方の地面を蹴った。
爆音。
蹴り飛ばされたアスファルトの破片が、音速を超えてパソコンを操作していた女性の頭部を貫通する。
そのままダビデ像は、瓦礫の山に放置されていた別の石像――ラオコーン像へと手を伸ばした。
――何をするつもりだ?
ダビデ像がラオコーンの頭を掴むと、その石の肌がドロリと液体のように融解し、ダビデ像の腕へと吸い込まれていった。
先ほどパンチで砕いたダビデの足が、見る間に修復され、より強固に、より巨大に再構築されていく。
――取り込んで……再生してやがるのか!
周囲に転がる石像すべてが、こいつのパーツなのだ。
ダビデ像は周囲の他の石像達を喰らい、その密度と硬度を増していく。
「
中国人の男が飛行ユニットで旋回しながら上昇するロシアチームへ叫ぶが、もう遅かった。
ダビデ像は二本の脚でしゃがむような姿勢をとると、爆発的な跳躍を見せた。
一瞬で遥か頭上へ到達した石像の怪物は、逃げようとした飛行ユニットごと、四本の腕で掴み、握り潰した。
空から降ってくるのは、雨ではない。
トップクラスの戦士たちの、無惨な肉の破片だった。
各国の猛者たちが、ゴミのように掃除されていく。
最強。
その二文字を形にしたような絶望が、四本の腕を広げて立ちはだかっていた。
ここまでの強さだとは想定外だった。
だが、底はみえた。
超近距離タイプ。
基本攻撃は物理。
触れればロボットでも紙屑。
防御不可、つまりは躱すしかない。
衝撃や瓦礫にも気を付けないといけないが、鎧であれば耐えることができる。
銃撃が有効。
重力銃より長銃の方が効きやすい。
外部から取り込むタイプの再生能力。
結論、銃撃による飽和攻撃で再生する間もなく倒す。
短期決戦で火力を集める。
今回のダビデ像は前回の『ようかい星人』に比べてシンプルな能力をしている。
だが、この星人はそのシンプルな能力でラストゲームまで、数多の戦士を葬ってきたのだろう。
「
そんなことはラストゲームで100点星人を相手しようとする酔狂な者たち全員が理解していた。
ドイツ人の叫びに呼応し、生き残った猛者たちの銃口が一斉に光を噴いた。
戦いを止める選択肢などない。
「
先ほどの分析通り、重力銃の衝撃波で動きを封じ、その隙間に長銃を撃ち込む。
「
黒人の男が叫んだ。
彼が重力銃を連射し、ダビデ像の足元に転がっていたニケや天使の残骸を次々と砂に変えていく。
吸収源を断つ。
これがこの星人を殺すための絶対条件だ。
思考をよそに瓦礫の山から、あるいは崩壊した美術館の影から、無数の小さな影が這い出してきた。
それは、精巧に作られた天使の彫像や、名もなき胸像たちの群れだった。
「
中国人の男が叫ぶ。
小さな石像たちは、愛らしい外見とは裏腹に、蜘蛛のような凄まじい速度を見せた。
一体の天使が、逃げ遅れたひとりの脚を掴み取る。
「Aaaaaaaaaa!!」
石の腕によって紙のように引きちぎられる。
助けに向かおうとした黒人の男だけではない。
多くの戦士それぞれが数十体の胸像を相手することを余儀なくされた。
自身も周囲の石像を手のひらのレーザーで焼き払う。
小さな石像たちは、自らを犠牲にして戦士たちの動きを止めると、そのままダビデ像の下へと転がり込み、自らの身体を肉として捧げ始めた。
――こいつら、自分から取り込まれに来てやがるのか!
今現在、ダビデ像は動きを止めている。
再生を許してしまえばまた、熾烈な攻撃がくる。
しかし、周囲の敵がダビデ像への攻撃を妨げている。
「|Я больше не позволю тебе так поступать!!《これ以上……好きにさせてたまるかよ!!》」
ロシア人の女が、損傷した自身の飛行ユニットをダビデ像の頭部へ突撃させた。
轟音と共に炎が上がる。
視界を奪われたダビデ像が四本の腕を狂ったように振り回し、周囲の瓦礫を粉砕する。
「
ドイツチームが全火力を右側の二腕に集中させた。
重力銃の圧力が、ダビデ像の右腕を激しく叩く。
石の肌が何度も凹み、幾度もの衝撃に耐えかねた関節部が歪んだ。
だが、ダビデ像も声を頼りに損傷を負った二本の右腕を、ドイツチームの頭上から死神の鎌のように振り下ろす。
「
指示をだしていた男が、重力銃を頭上へと向け、そのまま発射した。
凄まじい衝撃音。
男がいた場所が爆裂し、同時にダビデの右腕の二本が付け根から引き千切れるように弾け飛んだ。
右半身の均衡を失い、巨躯が大きくたじろぐ。
だが、残された左側の二腕が、檻のように周囲をなぎ払い、生存者たちを叩き潰そうと迫る。
ダビデ像の遥か頭上の空間が歪み、転送の光が起こる。
現れたのは、二機のロボットだった。
それらは出現と同時に、その腕を重ねて巨大なふたつの鉄槌として真下へと落下を開始した。
視界が完全には再生しておらず、腕を振るうことで前屈みとなったダビデ像は空中の巨体に気づかない。
耳を聾する激突音。
同時にロボットの破壊音が響く。
ロボットたちはパーツを撒き散らしながら砕け散った。
同時に粉塵の中のダビデ像には大きな損傷が現れていた。
左腕の完全な破壊。
限界までストレスのかかっていたダビデ像の腹部。
その美しくも冷酷な石の肌に、一本の、そして無数の蜘蛛の巣状のヒビが一気に走り出した。
――勝機は、ここ以外にない。
だが、死の淵に立たされた怪物は、生存への牙を剥く。
残された二本の脚をバネのようにしならせ、回避を捨てて、数多の戦士を踏み潰すべく巨体を弾けさせた。
ひとりを踏み潰すも、死した男の決死の攻撃がダビデ像の動きを止めた。
死を拒絶する怪物が放つ、物理的な質量を伴った凄まじいプレッシャー。
奇しくも、自らの正面からそれが向いた。
ブースターが音を上げ、弾丸のように加速させる。
ターゲットは、ダビデ像の腹部。
無数のヒビが集中し、今にも崩壊しそうなその一点。
ボクサーとして、数千、数万回と繰り返してきた動き。
足首、膝、腰、そして肩。
全身のバネを拳へと集約させ、鎧の全出力をその一点に注ぎ込む。
衝撃波が周囲の空気を白く染めた。
右拳が、ダビデ像の腹部を殴り割った。
ただ砕くのではない。
石の密度を貫通し、その芯にある核のような何かを物理的に粉砕する感触が拳に伝わる。
同時に手のひらから光線を放ち、内部を破壊する。
「
その場から飛び退いた直後、各国の猛者たちが放つ飽和攻撃は、もはやひとつの暴力的な光の奔流となってダビデ像を飲み込んでいた。
周囲の石像はすべて破壊した。
逃げ場はない。
あと一押しだ。
このまま焼き尽くせば、この最強の100点星人も歴史の塵になる。
誰もが、そう確信した。
「□□□、■■、□□□!!!!!!!!!!!」
ダビデの口から漏れたのは、生存への執着。
巨体が、意志を持った水銀のように崩れ落ちる。
石の軋む不快な音を立てながら、それは質量を無視した速度で収束し、翼をもつ二つの個体へと分かれた。
――分裂だと……!?
「ふざけんなよ!」
一方は建物の影へ、もう一方は瓦礫の山へと、それぞれが正反対の方向に超高速で走り去る。
「逃げんな!」
漆黒の鎧のブースターが火を噴く。
同時に他の戦士も追いかけはじめるが、何体かの小さな石像が進行を妨げる。
多くの戦士がそれらを蹴散らしながら追いすがる。
今、この場でこの星人を逃がす選択肢はない。
こいつを追い詰めるのに何人も死んだ。
そいつらに報いるためにも――必ず仕留める。
仕留めてもう一度ゲームクリアをする。
ここで終わりではないのだ。
まだ、やらなければならないことがある。
「まだ、終われねぇんだよ!」
放たれた重力銃の一撃が、星人の背から生えた羽を無残に吹き飛ばした。
脆くなっている。
先程までとは明らかに。
だが、捉えきれない。
あと少しだ。
あと少しで――
――100点をとってあの人を……。
「Fuck! No, wait!!」
その願いを断ち切るように、隣を走っていたアメリカ人の男が、唐突に輪切りになった。
男の肉体が、頭の先からつま先まで、青白い光の断層によってデジタルなスライスへと変貌していく。
――なんで、転送が……!?
「I'm survived!」
誰かの歓喜とも絶望ともつかない叫びが響くが、その声の主もまた、腰から下がチェス盤のような格子状の光に溶け、虚空へと吸い込まれていった。
一人、また一人。
各国の猛者たちが空間から掻き消えていく。
周囲を見渡すが、まだ敵を掃討できているようにはみえなかった。
ミッションにおける討伐失敗の条件はふたつ。
全滅とタイムアップ。
後者の可能性が頭を過る。
だが、今回はラストゲームといわれていた。
ならば、中途半端に敵を残して終わるはずがない。
「あぁ、そういう事かよ……」
悟ったように、空を見上げた。
その視線の先。
雲を切り裂き、三基の航空機が猛烈な勢いでこちらへ向かってきていた。
それはブラックボールの兵器ではない。
この世界の、現用兵器だ。
拳銃をはじめとした現代兵器では、星人を倒すことは難しい。
だが、できない訳ではない。
戦車なら、戦闘機なら――
あとはそれを的確に使用できる状況にすればいい。
敵の航空戦力を削り、地上へ密集させる。
強力な相手を弱らせ、逃げる選択肢をなくす。
このミッションの運営は政府とつながっている。
薄々はわかっていた。
そして、この世界の上層部は決断したのだ。
例え、その巻き添えでどれだけの街や市民が灰に回帰するとしても。
運営の目的を達成するために。
「我活下來了!」
「Wheeeeee!Hahhhhh!」
「Yippeeee!」
確実に残った星人を殺すことを。
「クソが」
指の先が転送をはじめた。
部屋への撤収があるということは最低限、兵隊は残したいのだろう。
つまり、まだ次がある。
だが、恐らくその次には点数はつかない。
100点報酬はこのミッションがラスト。
ゆえのラストゲーム。
分裂体は二方向に別れた。
今、追っている方を倒せてももう片方が倒せない。
核で倒せたとしてもそれは自身の点数にはならない。
選択を誤った。
最初から雑魚狙いにしていれば100点を獲得できたかもしれない。
ボスは他の戦士に任せればよかったのだ。
ラストゲームなのだからそれなりに高得点の星人は多かったはずだ。
100点星人のラストアタックも必ずできるわけではない。
いや、そもそも――
――100点があってもあの人はそれを望むのだろうか……。
足が止まった。
思考が、熱を失っていくのがわかった。
二手に分かれたダビデ像。
その一方は、建物の影へと消えようとしている。
もう一方は、瓦礫の山を越えていく。
頭上では航空機の爆音が空気を震わせ、この場所が間もなく火の海になることを告げていた。
最強の鎧を纏っているにも関わらず、無力感に押し潰されそうになっていた。
握りしめていた拳から力が抜ける。
諦めが、泥のように心を塗りつぶした、その時だった。
航空機の爆音とは違う、もっと生々しい、何かが激突する音が響いた。
追うのを諦めた、瓦礫側のダビデ像。
その進行方向に、突如として黒い影が割り込んでいた。
「……は?」
目を疑った。
そこにいたのは、黒衣の鎧ではない。
見慣れたノーマルのスーツを着た、一人の男だった。
ダビデ像が腕を振り回し、その小さな影を薙ぎ払おうとする。だが、当たらない。
男は、まるで死線が見えているかのように、紙一重で巨大な石像の攻撃を潜り抜けていく。
その動きには、憧れたヒーローのような華麗さも、達人のような静謐さもなかった。
あるのは、泥臭いまでの必死さだけ。
生きることに、生き残ることに、ただひたすらに貪欲な動きだった。
ギリギリで滑り込み躱した先、男の腕が吹き飛ぶもひとつの武器を拾っていた。
手にしていたのは、重力銃。
至近距離。
躊躇なく引き金を引いた。
小気味よい発射音の後、遅れてやってきた衝撃が、ダビデ像の右半身を圧し潰した。
100点星人が、残った左目で自らの右半身を見下ろし
――そして、崩れ落ちた。
圧倒的だった。
確かに弱っていた。
しかし、何人もの『
知らず知らずのうちに震えていた。
恐怖ではない。
これは、畏怖だ。
自分は誰かのために戦うことを選んだ。
だが、目の前の男は違う。
彼は、ただ生きるために戦っている。
その純粋で、強烈なエゴが、この理不尽な世界をねじ伏せているのだ。
航空機の音が近づいてくる。
もう一匹は逃げたかもしれない。
だが、絶望は消え去っていた。
俺は、本物を見た。
このクソったれな世界の、真ん中に立つ男を。