明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人   作:べにべにベニヤ板

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ちゅうぼーう

 

 部活帰りの、夏の涼しい風が吹く歩道。

 蓄積した疲労で、視界の端の信号機が滲んでいた。

 赤信号に気づかず踏み出した一歩。

 直後、網膜を焼き尽くすトラックのライト。

 次に目覚めたとき、自分は無機質な黒い球体が鎮座する、あの部屋にいた。

 

 自身は、どこまでも凡庸だった。

 ミニバスの延長で入部した中学のバスケ部では、一年生の中で少し上手い程度。

 テストの点数も、廊下ですれ違う教員からの評価も、常に平均の枠を出ない。

 特に目立ったところのない中学生だろう。

 それが何の因果か地球防衛軍の一員となった。

 

 

 ――宇宙戦争。

 

 

 地球に潜む異星の住人を駆逐するための任務(ミッション)

 地球防衛軍としての活動。

 その実態はあまりにも凄惨で、救いがない。

 だが、その地獄の中で、三人の大人は僕を庇い続けた。

 

 「貴方は矢面に立つ必要はないわ。私達(大人)に任せなさい」

 

 艶やかな黒いスーツに身を包んだ姫川さんが、凛とした声で僕を背後に隠す。

 

 「俺たちが反撃できないほどに弱らせる。お前は遠くから、そいつのとどめだけを刺せ」

 

 大柄な鬼塚さんが、重力銃を構えながら不敵に笑う。

 その背中は、どんな壁よりも頼もしかった。

 

 「君は生き残ることだけを考えればいい。死ねばすべて終わりだからね」

 

 多田さんの穏やかな、けれど生存への執着を秘めた瞳が僕を射抜く。

 それは、多くの子どもを守るための戦いだった。

 

 ――ちゅうぼーう:14点

 ――合計:102点 えびふりゃーでも くって えらんでよ

 

 ――1 記憶を消して、解放されるよ

 ――2 今より強い武器をあげるよ

 ――3 死んだ戦士を復元させるよ

 

 

 ここまで、1年かかった。

 幾多の死線を潜り、少しずつこの異常な日常に順応していった。

 弱い星人であれば、一人で仕留める術も覚えた。

 そして今日、ついに大台を超えた。

 ずっと目標にしていた『解放』。

 だが、三人を目の前にして、口から出た言葉は決まっていた。

 

 「僕は残ります」

 

 沈黙が部屋を支配する。

 

 この部屋にはこれまで、多くの人間が招集されてきた。

 その中で自分以外に『解放』を選べる人はいなかった。

 点数を得る人はいても100点までは到達できない。

 鬼塚さん曰く、久しぶりの『記録者(ホルダー)』だそうだ。

 

 自分がこの点数を積み上げるまでに、数えきれないほどの命が散った。

 働き盛りの大人も、自分より小さな子どもさえも。

 三人は、そのすべての命を拾い上げようと足掻いていた。

 それでも、指の隙間から砂がこぼれるように、人は死んでいった。

 

 「貴方程度がいてもいなくても、変わらないわ。さっさと抜けてもらったほうが、楽なのだけど」

 

 そうかもしれない。

 

 「くだらない正義感をもつのはやめとけ。次も100点取れる保証なんてねえんだぞ」

 

 多くの人の死をみてきた。

 死ぬときは一瞬だ。

 

 「……なぜ、この部屋に残ろうとするんだい?」

 

 『解放』を選ぶべきだ。

 この地獄の結末を見届けるのは大人の義務であり、子どもが背負うべき荷物ではない。

 彼らの沈黙が、眼差しが、そう強く訴えかけていた。

 

 「僕には()()があると思います」

 

 僕は、三人の視線を真っ向から受け止めた。

 

 役割。

 

 その言葉を口にした瞬間、多田さんの瞳が大きく揺れたのを僕は確かに見た。

 多田さんの頭の中で、僕の知らない誰かが、僕と同じ言葉を言ったのかもしれない。

 一瞬だけ見せた、絶望と悔恨が混じったような表情。

 それは、一年間戦ってきた僕でもまだ知らない、この部屋の深淵に触れたような気がした。

 

 「きっと、僕が100点を獲得することができたのは偶然じゃない」

 

 それでも、多田さんの瞳をじっと見つめ、逃げずに言葉を続けた。

 きっと、愚かな選択をしているのだろう。

 震えそうになる膝を、バスケで鍛えた足腰でぐっと支える。

 

 「いつかはわかりません。些細なことかもしれない。でもきっと、何か意味がある」

 

 たとえどんな絶望が待っていようとも――。

 僕は、自分の意志で、再び黒いスーツを纏うことを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『多田哲也』は大阪以前のミッションで2度死亡している」

 

 真っ白な空間に、その声は無感情に響き渡った。

 僕たちが神と呼んだ存在は、僕らの英雄だった男の記録を、まるで不要なデータを消去するかのように淡々と開示していく。

 

 ずっと知りたかったことがあった。

 死の瞬間まで僕らを導き、守り抜いたあの人の、最期の言葉を。

 英雄の結末を。

 だが、返ってきた答えは僕の想像を絶するものだった。

 

 「『ぴよri-ん♪星人』、『うーろ星人』。どちらもが君たちが部屋に招かれる以前のミッションだ」

 

 

 ――()()、ゲームオーバーかよ。

 

 

 「このふたつのミッションにおいて、愛知部屋の住人は全滅した。だが、『多田哲也』はあらかじめ()()をかけていた」

 

 おかしな話だ。

 

 「鬼塚圭太、気づいているだろうがブラックボールには一定の指示ができる。ひとつはクリア時の『武器』選択」

 

 死ねばすべてが終わりだと。

 

 「クリア回数によって取得できる武器の()()()が変化し、好きに選択して取得できる。これはお前たちも理解しているだろう。もうひとつ――『復元』」

 

 命を弄んではいけないと。

 

 「死亡時の情報を参照し、復元する。『多田哲也』は100点を獲得した際、自身の複製を生み出すことを選択していた」

 

 それらを誰よりも強く僕らに説いたのは、他ならぬ多田さんだったはずなのに。

 

 「そして、この選択は()()ができた」

 

 かつての多田さんの言葉が蘇る。

 3番の選択肢は選んではいけない。

 行われるのは『蘇生』ではなく『復元』。

 

 死者は蘇らない。

 

 所詮は、メモリーというバックアップを使った再現でしかない。

 それに、命はそんなちっぽけなものではない。

 必死に生きるから尊いのだと。

 たとえどれだけ親しい人を失っても、どれだけ生きてほしいと願っても、僕らはその命を汚さないために、このクソったれなゲームに抗い続けてきたんだ。

 それなのに――

 

 「『部屋内の多田哲也が死亡』したとき、『次ゲーム招集時に多田哲也を復元』する。自身という個の継続。それを繰り返し、ここを目指した」

 

 神の言葉は止まらない。

 

 「今回、その『保留』は運営によるエネルギー供給量の変更とその影響によるブラックボールの活動不良によって実行されなかった」

 

 僕らの絶望など、こいつらにはノイズですらないのだろう。

 

 「呆気ない結末だろう」

 

 人体模型のような神が、その空いた胸から数多の星人の顔を交互に浮かび上がらせる。

 

 「受け入れ難いか。英雄だと思っていた男の狂気を」

 

 同時に僕らを嘲笑うかのように見下ろしていた。

 

 「多田哲也にとってはここへの到達が目的であった。人類を救うことではない。そして、お前たちの生存は、その副産物に過ぎない」

 

 僕は震える手で、自分の右の掌を見つめた。

 そこには、バスケ部の頃にはなかった硬いマメがある。

 何日も訓練をした証拠だった。

 何度も銃のトリガーを引き、死線を越えた証だった。

 ()()として戦い続けたはずだった。

 

 「『多田哲也』は英雄ではない。悲惨な人生を過ごし、人に振り回され狂った、哀れな人間だ」

 

 神の冷徹な断定が、静寂を切り裂く。

 僕は言葉を失い、ただ足元を見つめることしかできない。

 信じていた地平が足元から崩れ去っていくような感覚。

 

 だが、その沈黙を破ったのは地を這うような低い声だった。

 

 「……哀れな人間、だと?」

 

 鬼塚さんだった。

 大柄な体を震わせ、握りしめた拳からスーツ越しに血が滲むほど、力を込めている。

 彼だって、多田さんの真実には僕と同じくらい衝撃を受けているはずだ。

 けれど、その瞳には絶望よりも深い怒りが宿っていた。

 

 「お前らには、そう見えるんだろうな。あの人が何回死んで、何回自分を作り直したか。そのひとつひとつが、ただの予備の入れ替えにしか見えないんだろう。……だがな、あの人が狂ってようが、目的が別にあろうが、俺たちをここまで連れてきたのはあの人なんだよ」

 

 鬼塚さんが一歩、僕の前に踏み出す。

 その背中は、愛知の部屋で僕を庇ってくれたあの時のまま、揺るぎない。

 

 「あの人が何百回自分を切り刻んで、心をぶっ壊してここに来たか知らねぇ。だが、それを哀れなんて言葉で片付けていいのは、あの人と一緒に地獄を歩いた俺たちだけだ。部外者のお前らが、あの人の人生を安いデータみたいに語るんじゃねえよ!」

 

 鬼塚さんの言葉が、僕の凍り付いた心を溶かしていく。

 姫川さんも同じように一歩前へ踏み出していた。

 

 「そうよ。あの人がどんなに狂っていようが、私たちがここへ辿り着いた事実は変わらないわ。あの人が遺したものに意味があったかかどうか……私たちが決めることよ」

 

 そうだ。

 多田さんの動機が何だったのか、それはもう本人にしかわからない。

 でも、彼が僕らに遺した生きろという言葉までを、この神たちに否定させるわけにはいかない。

 

 「……僕も、同じです」

 

 僕は震える膝をぐっと支え、隣に並んだ。

 神を見上げる。

 脳裏に、あの日の多田さんの瞳が浮かぶ。

 僕が()()と言った瞬間に見せた、あの絶望と悔恨が混じった表情。

 

 「あの人は、僕に『生きろ』と言った。自分がどれだけ命を弄ぶ怪物に成り果てていても、『命を弄ぶな』と、必死に教えてくれた。……それは、嘘じゃない。自分の人生を全て投げ打ってまで僕らを守り抜いたあの人を、あんたたちに()()なんて言わせない!」

 

 一歩、前へ踏み出す。

 膝の震えは最初からずっと止まってなんかいない。

 それでもこれだけはいわないといけない。

 

 「多田さんが英雄だったかどうかなんて、どうでもいい。あの人は僕の、僕たちの先生だった。……不器用で、狂っててでも、それでも僕たちを日常へ帰そうとしてくれた、たった一人の人間だ」

 

 僕は自分の胸に手を当てる。

 そこには、多田さんが命を懸けて繋いだ、一人の凡庸な中学生の命が脈動している。

 

 「あんたたちに、多田さんの結末は決めさせない。僕が今ここに立っていることが、あの人の『役割』が果たされた証拠だ!。あんたたちが何を言おうと、僕らにとって多田さんは――!」

 

 僕が言葉を繋ごうとした、その時だった。

 

 「……人間は、実に興味深いな」

 

 神の声に、先ほどまではなかった嘲笑の響きが混じった。

 

 「君たちは、その『多田哲也』という個体が唯一無二であり、そこに特別な価値があると信じている。人の命など虫の命と等価だというのに」

 

 「ちがう! 人の命は、尊いモノなんだ!お前なんかには――」

 

 「では、証明しよう」

 

 神の言葉が、反論を遮った。

 その声は、絶対的な真理として空間を支配した。

 

 「――人間が、只のモノに過ぎないということを」

 

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