明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
血が、肉片が飛び散る。
大切な仲間の残骸が。
自分を何度も守ってくれた大きな背中が。
砕け散る。
その光景を為したもの私は許さない。
「殺す!殺してやるぞ!神気取りがァ!」
「落ち着きなさい!良守くん――佐伯ちゃんを抑えて!」
玲香さんが私を止めようと仲間に呼びかけている。
その声は彼には聞こえていなかった。
「何で鬼塚さんが……」
役割を強要されるのが嫌いだった。
私は可愛かった。
自惚れではなく、客観的事実としてそうだった。
可愛いことは役に立つ。有利になることは多かった。
可愛いから人に気づいてもらえる。
何か問題が起きたとき、可愛いから助けてくれる。
可愛いから好意を向けてくる。
内面を見てほしいとかそういう話ではない。
『可愛い』も自分なのだからそれでいいと思ってる。
ただ、みんなが私に理想の女の子を求めてくることが、どうしても好きになれなかった。
――よ、お疲れ、帰るところか?
――……少しだけ、時間いいか? ずっと言いたかったことがあってさ。
――お前のこと、ずっと真面目なやつだなって思ってた。
――でも、この前ゴール裏で、誰も見てないのに脱ぎっぱなしのビブスを丁寧に畳んでたろ。
――そういうところ、いいなって思ったんだ。……それからかな、自然とお前を目で追うようになったのは。
――俺と付き合わないか?
――あ、悪い。返事は今すぐじゃなくていい。
――……じゃあ、また明日な。
彼がくれたのは真っ直ぐな好意だった。
けれど、私には彼が勝手に作り上げた『瑞原佐伯』という物語の台本を渡されたようにしか思えなかった。
――聞いたよ!勝利くんに告白されたんだって!
翌日には、私の知らないところで物語が書き進められていた。
――勝利くんはサッカー部の次期キャプテンらしいよ!
「そうなんだ」
そんなことが私と何の関係があるの。
――すごい!お似合いだよ!
「そうかなぁ」
ふざけるな。
――おめでとう!よかったね!
「ありがとう。けどね――」
みんなが望む
そうしないと、この教室という場所の空気が乱れてしまうから。
――え、なんで?
「好きな人がいるの」
追及から逃れるための、小さな嘘。
けれどその嘘さえも、新しい遊びの種になっていく。
みんなが私の好きな人を探しはじめた。
結局、私は流されるままに、何度も告白してくれていた彼と付き合うことにした。
彼を選べば、周りは納得してくれたから。
――やっぱりね!
みんなが欲しがっていた結末を、私は差し出しただけだった。
――君……大丈夫か?
そうやって私に声をかけたのは出張で来たという名も知らぬ大人だけだった。
放課後の、誰もいない教室。
彼は幸せそうに笑っていた。
私はどこか遠くの景色を眺めているような気分だった。
彼の手が、私の肩に触れる。
びくん、と肩が跳ねたけれど、彼はそれを照れていると解釈したみたいだった。
ゆっくりと顔が近づいてきて、私は逃げる術を知らないまま、そっと目を閉じる。
重なる、唇。
混じり合う吐息。
粘りつくような感触。
それは、私の想像していたものよりもずっと生々しくて、熱を持った異物だった。
私はたまらなく恐ろしくなった。
彼は今、私という人間を愛しているんじゃない。
瑞原佐伯という可愛い女の子とキスをしている自分に、ただ酔いしれているだけ。
この温もりの中で、私の心はどこにも存在していない。
体温が伝われば伝わるほど、私自身の輪郭が溶けて、消えていく。
彼の満足げな喉の鳴る音が、私をただの
あまりに、気持ちが悪かった。
唇を離したあとの、彼の誇らしげな笑顔。
私はそれを直視できなくて、ただうつむくしかなかった。
私は一生、このままなのだろうか。
誰かの物語を彩るための、中身のない人形として、体温さえも差し出して生きていく。
求められている私は、本当に私なんだろうか。
私は、私でいたかった。
誰にも触れられず、誰にも定義されない、透明な私で。
このまま誰かの脚本通りに動かされるくらいなら。
私の最後の一頁くらい、私だけの意志で真っ白に塗りつぶしてしまいたい。
逃げ場所は、もうそこにしか残されていなかった。
私は、そっと首を吊った。
そして、あの部屋に招かれた。
この世界に神はいないようだった。
闘争の夜を何度も超えた。
そして、私は認められた。
ひとりの戦士として。
多くの人の死があった。
大人も子どもも、多くが目の前で肉塊に変わった。
何度も死にかけた。
多田さん、鬼塚さん、玲香さん、黒川くん。
みんながいなければ間違いなく死んでいた。
彼らが私を見る目に、理想の押し付けなんて混じっていない。
そこにあるのは、共に地獄を這いずる者同士の、乾いた敬意だけ。
同時に、絶望が痛みが、
誰の物語の一部でもなく――
「意識を繋げろ、ボスをやったのは大したもんだが……そのやり方はいつか死ぬぞ」
「ははっ」
自分だけのものであるという証明にも感じられた。
――じぇーけーちゃん:40点
――合計:137点 えびふりゃーでも くって えらんでよ
ずしりと左手に残る、重力銃の重み。
この引き金一本で、自分を縛るすべてを押し潰せる。
私だけじゃない。
皆、ただ生きることが目的ではないのだ。
それぞれが己の意志をもってここにいる。
鬼塚さんは憧れと信条に従っている。
玲香さんは強さを証明するために。
黒川くんは価値を問うために。
そして私は――私を確立するために。
いつか自分自身に問うのだ。
私にとって納得できる死を迎えることができたのかを。
この世界に神はいない。
だからこそ、私の答えは私しか知らないはずなのだ。
そのために――
私は今日も戦――
「君のような人を知っているんだ。だから……死んでほしくないかな」
くだらない結末だ。
本当ならこの戦いの場に居たのは
私達を何度も救い、この最終決戦まで導いてくれた人達。
なぜ、あの人達はこの場にいないのだろう。
右手で握る刀に力が入ってしまう。
「やれ!計ちゃん!」
きっとこの世界はコミックなんだ。
最初から『クロノケイ』が英雄になるべくして生まれたストーリーなんだ。
そうでなければ――
「ご覧ください!クロノケイが……異星人の英雄に勝利しました!」
ふざけるな。
「奇跡が起こりました!」
認められるか。
「人類が圧倒的戦闘力の侵略者を撃退しました!」
こんな結末で納得できるか。
「……お前じゃない。本当の英雄は」
「……瑞原さん?何かいいまし――」
踏み込もうとした。
終わらすために。
「止まりなさい」
私が刀を握る手は押さえつけられていた。
玲香さんの声は私のすぐ隣で聞こえた。
「なぜ?」
止めるというならば――
問わなければならない。
「なぜ、みんなが死なないといけなかったの?」
二人だけではない。
あの部屋では多くの人が死んでいった。
その死の結末がこんなものであっていいはずがない。
「
「なります。あいつが死ぬことでこの
――この世界に神はいると思うかい?
「私は地球がどうとか興味がありません。ただ、多くの人たちをあの部屋に招いた理由を知りたかった」
命を軽く扱い、儚くも意味があった、その人生を汚す価値があったのかを。
これが、こんな結末が。
納得できる終わりのはずがない。
玲香さんはただ静かに私の言葉を聞いていた。
「この世界はアイツが主役の世界だ」
死んだと思ったら謎の部屋に集められて、怪物を倒すうちに英雄となる物語。
37巻くらいの漫画にすればちょうどよいだろう。
そこにはきっと、私や志半ばで消えていった人たちの名前なんて、巻末のクレジットにすら載らないだろう。
「そして、私たちはきっとコマのふちに描写される群衆にすぎない」
絞り出すような私の声は、歓喜に沸く群衆の怒号にかき消されそうになる。
ふざけるな。
「私たちは引き立て役じゃない」
英雄を仰ぎ見る人々の瞳には、もう犠牲者の数なんて映っていない。
彼らにとって、多くの人の死が物語を盛り上げるためのスパイスに過ぎない。
握りしめた刀が、怒りで細かく震える。
「みんなが死んだことに意味がないなんて許さない」
綺麗なハッピーエンドなんていらない。
私の絶望が、彼らの死が意味のない脇役の退場で終わるというのなら、私がこの物語そのものをぶち壊して、最悪の結末に変えてやる。
「私がその意味を作ってやる。全部台無しにしてやる」
「……私たちの価値は、あいつの物語との距離で決まるものじゃない」
玲香さんは、ゆっくりと私の手を下ろさせた。
尊敬する人の声は震えていた。
「玲香さんはそれでいいの?」
きっと、この人も納得なんかできていない。
結末を重視していたのは玲香さんも同じだったはずなのだから。
だから、きっと同じ想いを話して欲しかった。
けれど、玲香さんはそうはしない。
「私にも答えはわからない。でも、あの二人がそれを望まないことだけはわかるわ」
その掌は、私がかつて拒絶したどの好意よりも温かく、重かった。
「帰りましょう。名古屋の、あの狭くて、不自由で、でも私たちが確かに存在しているあの部屋に」
玲香さんの声は、驚くほど静かに私に響いた。
彼女の指先から伝わる体温は、この戦場の誰よりもリアルで、私の尖った殺意をゆっくりと、泥のように溶かしていく。
「……物語を終わらせるためじゃなく、あなたの一日を始めるために」
私たちはコマのふちに描写される群衆でしかない。
それでも私たちには人生があり、その時を過ごした。
メモリーの残る一枚だとしても、名簿に載るひとつでしかなくても。
たとえ目に映らなくても、大勢のひとりにすぎなくても――
「私たちは生きていたんだ」
記憶に残るのはほんの一部にすぎない。
いずれ、必死に覚えた名前も忘れしまう。
だた、それでも――同じ時間を過ごしたことは忘れない。
それだけは、何があっても忘れたくない。
私は一歩を歩き出す。
スポットライトの当たらない、暗い影の方へ。
転送の光の下へ
どんな未来だとしても
記録に残らないとしても
私たちは――
転送の光が収まると、そこはいつもの、ひどく狭くて殺風景な愛知のマンションの一室だった。
つい数分前まで、巨大な異星人の宇宙船で世界の命運を賭けて戦っていたのが嘘のように、部屋の中は静まり返っている。
黒い球体は、役目を終えたかのように沈黙し、ただそこに鎮座していた。
きっと、この物語を綴る本があるとしたら、今のこのシーンはもう、最終回のあとの余白に過ぎない。
読者はもうページを閉じ、次の新しい漫画を探しに行っているだろう。
部屋を出る間際、私は一度だけ、沈黙を守る黒い球体に背を向けた。
「……おやすみなさい、みんな」
その声は、もう誰の脚本にも載っていない。
私はドアを開けた。
夜風が冷たい。
けれど、その冷たさこそが、私が今ここで生きているという、何よりの証拠だった。