明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人 作:べにべにベニヤ板
転送のノイズが消え、視界が定まる。
目の前には、いつもと変わらず淡々装備を整えるサナさんの姿があった。
部屋に招集されたのは2ヶ月ぶりになる。
前回の相手は、ワイバーンに騎乗したデュラハンだった。
火を吐き、羽ばたくワイバーンは厄介であるものの、簡単に打ち落とすことができ、大した敵にはならなかった。
デュラハンに関しても扱う槍の威力は鋭かったが、特殊性をもたず刀であっさり倒すことができた。
ただ、数が多かった。
いつものことではあるが自分たちの相手を対処している間に多くの新人が倒された。
結果として、一人の女性だけが生き残った。
前々回のミッションまでは、生き残りが0だった。
ミッションの度に新人は補充される。
故に今回も多くの参加者がいると考えていた。
――ねぎ星人
――特徴:つよい、くさい
しかし、その考えとは反対に前回からの生き残りである女性を含め4人しか転送されることはなかった。
ブラックボールによる標的の提示は、ミッション開始の合図である。
「……新人の追加はなしのようね」
サナさんの独り言が部屋に響きわたる。
その一言に新人の女性は怯えた表情を浮かべた。
前回の戦いを考えれば当然だろう。
今までで簡単なミッションなんてものはなかった。
自らも過去を思い返し、肩に力が入ってしまう。
ふいにサナさんが振り返り、俺を見た。
その瞳はどこまでも透き通っていて、何も写していないようだった。
視線を合わせるのが苦しい。
彼女の視線に晒されるたび、自分の中に澱のように溜まった卑怯な沈黙が、音を立てて崩れそうになる。
「緊張する必要はないわ。ねぎ星人は所謂雑魚よ」
「知っているんですか?」
サナさんの言葉におっさんが反応した。
「えぇ、人型で腕力に優れている星人の
「そうですか……」
サナの口調には、経験に基づいた確信とは違う、どこか記録を読み上げているような淡々とした響きがあった。
彼女の視線は目の前のおっさんを見ているようで、その実、さらに遠くにある正解をなぞっているように見える。
なぜ、戦ったこともない敵の性質を断言できるのか。
その疑問が喉元まで出かかったが、彼女の横顔にある圧倒的な静寂に、言葉を飲み込まざるを得なかった。
おっさんは部屋の基本装備とは少し違うコントローラーを操作しはじめる。
武器転送装置――3回目の100点武器。
ロボットやバイク、複数の銃を転送するための装備だ。
事前に設定しておくことで、戦闘中にも部屋から武器を転送できる。
設定できる装備数に限度はあるそうだが、星人に対してあらゆる選択肢を作れる優れものだ。
おっさんは転送直後の装備を的が大きくなるロボットより、白兵戦用の武装へと変更しているのだろう。
当たり前のように次の行動へと移っていたが、どう考えても二人のやり取りはおかしかった。
サナさんは断言をしなかった。
つまり、戦ったことはないのだろう。
戦ったことはないが知っている。
またひとつ、サナさんに対する疑問が増えた。
サナさんはブラックボールのそばへ歩いていく。
その背中が、同じ教室にいる時よりも、遠く感じられた。
「ブラックボール。先に私を転送して頂戴」
サナさんがブラックボールに対してそういうとすぐに転送がはじまった。
転送される姿を横目に自らも武器を確認しはじめる。
スーツに重力銃、ホルダーへの短銃と刀のセッティング、腕に装着されるコントローラー。
自身にとってのフル装備。
前回獲得したパソコンは自宅に保管してある。
現時点だとバイクの遠隔操作ができるが、下手な装備は邪魔になる。
そう思っての判断だった。
ブラックボールに近づくと追加で一丁の捕獲銃を取り出し、追加でホルスターへおさめる。
ここまでのミッションで一辺倒の武器での危うさは理解していた。
重力銃、短銃、刀で大方の敵は相手にできる。
――でも、サナさんの言葉を信じるなら今回の敵は銃が有効なはず……。
――本当は長銃をもっていきたいが、移動中に両手が塞がるのはこわいよな……。
装備の確認を終えるころには部屋は自分ひとりになっていた。
「ふぅ……」
静かな部屋に息を吐く。
ミッションをはじめる前のルーティン。
生き残るための理由を思い浮かべる。
「明日、教育実習の成果を――」
言葉に出したとき、駅での光景が頭をよぎった。
動かなかった足。
言葉の先は出なかった。
握りしめた重力銃の冷たいトリガーが、皮肉にも今の自分にふさわしい唯一の感触だった。
転送の青い光が、足元からゆっくりと、罪悪感ごと自分を削り取っていった。
ミッションにおける転送先はランダムである。
今までも尾張から豊田まで幅広く転送されていた。
ただ、必ず県内のみで県外でミッションが行われることはない。
強いて言えば名古屋市で行われることが多いくらい。
ランダムではあるが偶に慣れ親しんだ場所へ転送されることはある。
はじめた参加したミッションは名古屋港水族館でまさしく自身の思い出の地であった。
だからこそ、今回の転送先が
視界を焼き切るような転送の白光が引き、夜の闇が網膜に染み込んでいく。
足裏に伝わったのは、コンクリートの冷たさではなく、踏みしめ慣れた砂利と土の、柔らかくも確かな感触だった。
「…………嘘だろ」
肺に流れ込んできたのは、校庭特有の埃っぽい匂い。
見上げた先には、月光に照らされて巨大な墓標のようにそびえ立つ、見覚えのある校舎があった。
立ち尽くす自らの傍らを、夜風が吹き抜けていく。
おかしなことではない。
以前、このミッションが仮想空間ではないかと疑い、戦いの跡を確認しにわざわざ足を運んだことがあった。
結果は否。
戦闘の痕跡はあり、このミッションは現実世界で起きていることで確定した。
だから、生活範囲に転送が起きることはありえる。
だが、いざ自分の日常が戦場に選ばれてみると、その事実は鉛のように重く胃の腑に沈んだ。
あの化物達との戦いは現実であるという事実に。
つい数時間前まで、俺はあの校舎の職員室で授業案を練っていた。
放課後のチャイムが鳴り、生徒たちの笑い声が響いていたはずのグラウンド。
今、俺が黒い殺戮のスーツを纏って立っているこの場所は、明日にはまた、生徒たちが部活動で汗を流す場所になるはずなのだ。
「…………っ」
吐き捨てた息は、静まり返った夜の校庭に力なく吸い込まれていく。
感傷に浸っている暇はない。
気持ちを切り替える。
どちらにしろ標的を倒さないと帰ることはできない。
コントローラーを展開し、赤点を確認した。
星人反応は三点。
校舎内にふたつとグランドにひとつ。
確認した直後に校舎内の赤点のひとつが消失した。
――誰かが星人を倒したのか。
ならば残るは二体。
そのままコントローラーを操作し、透明化を起動するとグラウンドにある反応のもとへと走り出した。
校舎近くのバスケットゴールのすぐ側に星人はいた。
2mほどの人型の化物。
近づくと頭頂部の髪型がネギのようになっており、それがただの人間でないことが一目瞭然だった。
息を殺して重力銃の射程内に敵をおさめる。
対星人における基本戦術であるステルス状態での攻撃。
『ねぎ星人』に不死性がなければこれで終わりだろう。
そう思い、引き金を引こうとした。
ギュイーン
指に力を入れようとしたとき、その音は聞こえた。
短銃による発砲音。
打ったのは自身と対称的な位置にいた前回参加者の女性だった。
その女性はスーツを着てはいたものの透明化もせずに銃撃を行った。
不意を付けてはいた。
ただ、その発砲音によって女性は気づかれてしまった。
『ねぎ星人』はその一歩を踏み出すと同時に脇腹の一部が弾けた。
痛みに呻くもさらに次の一歩を歩みだす。
次第に速度をのせてゆき、女性へと迫っていった。
そもそもが短銃は近距離でないと威力を発揮しない。
ある程度の距離が離れてしまうと長銃か重力銃でないと威力が落ちて意味がないのだ。
パニックに陥った女性が放つ、短銃の乾いた発砲音。
それが静寂を切り裂き、最悪の形で星人を呼び寄せた。
襲いかかるねぎの異形。
重力銃を構えた指が、一瞬だけ躊躇する。
今これを撃てば、彼女ごと地面に叩き潰してしまう。
その刹那、反射的に手が伸びたのは、殺すための武器ではなく、拘束するための捕獲銃だった。
結果として、その判断は正しかった。
女性が『ねぎ星人』へと接触する前に、捕獲銃のワイヤーは星人を絡めとり、グランドに配置されたバスケットゴールへと縛り付けた。
その光景をみて女性はへたり込んでしまう。
彼女を救えたという安堵が、わずかに胸を掠めた。
女性を横目に『ねぎ星人』へと捕獲銃を向ける。
距離が取れた以上は接近の必要はない。
捕獲銃で拘束できたなら後は上へ転送して終わり。
そう考えていた。
だが、その安堵こそが、最大の隙だった。
「まずは二人だな」
その声が真後ろから聞こえるまでは。
いつの間に接近をされたか気づかなかった。
背後に気配さえなかった。
振り返るのと同時に、視界が真っ赤な髪と、死装束のような黒いスーツに覆われる。
男は刀を振り下ろしていた。
振り下ろされた刀を、手に持つ捕獲銃の銃身で受ける。
防御が間にあったのは偶然だろう。
火花が散り、腕を通してスーツに強烈な負荷が伝わった。
「おっ、やるじゃねぇか」
男の口角が吊り上がる。
その瞳には、星人のような殺戮の意志ではなく、遊び相手を見つけた捕食者の愉悦が宿っていた。
すぐに後方へと下がり、距離をとる。
そして、反対の手に持つ重力銃の引き金を引いた。
重力銃は範囲攻撃だ。
一点を狙う、長銃や短銃とは違う。
避けようと思って避けられるものではない。
ただ、その男はあたかも知っていたかのように攻撃範囲から飛び退き、避けきった。
「やっぱ、お前は当たりだな。その銃使ってた奴であっさり死ぬやつはいなかったからな」
そういうや否や男はある一点を指差した。
「あいつみてぇに」
男が指差した先。
そこには、さっき助けたはずの女性がいた。
助かったはずの彼女の首を、別の黒服たちがまるで事務作業でもこなすような無造作な動作で切り落とす。
グラウンドの土に、ドス黒い鮮血が吸い込まれていく。
女性の表情は絶望で歪んでいた。
学校という、命を育む場所で。
自分が、せめて一度くらいは誰かを救える大人であろうとして、守ったはずの命が、ゴミのように捨てられた。
奥歯が砕けるほど噛み締める。
腹の底から、今まで感じたことのない熱い何かがせり上がってきた。
怒りで拳に力が入ってしまう。
「てめぇ、殺してやる!」
「いいじゃねぇか――ハンターは皆殺しだ」