明らかに猛者揃いの集団の中で、リーダーとして認められているモブ顔の人   作:べにべにベニヤ板

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約束がある――だから、生き残り続けないと

 

 『藪原紗奈』として二度目の生を受けたとき私はまだ、言葉もおぼつかない幼稚園児だった。

 鏡に映るその姿は、あまりに小さく、あまりに無力で、ただ、その幼い脳には、ささやかなモデルとしての充実と、そこから奈落へと突き落とされた女子大生の凄惨な記憶があった。

 

 自分を辱め、命を奪ったあの男の感触。

 泥の匂い、遠のく意識。

 それらを鮮明に抱えたまま、かわいい幼稚園児を演じることを強要された。

 大人の魂で、砂場遊びをし、絵本を読み、親の愛情を受ける。

 

 退屈ではあるものの幸福だった。

 

 誰(・)か(・)の(・)身(・)体(・)を(・)奪(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)の(・)に(・)。

 

 なぜ――

 

 「私は、何のためにこ(・)こ(・)へ来たの?」

 

 その問いに憑りつかれた。

 

 似ているようで何かが違う世界。

 自分を犯した男は、この世界にはいなかった。

 復讐の対象すら失った空虚な再スタート。

 ただ生き直すことに、何の意味があるのか。

 そんな自分に、運命という名のクズはさらなる絶望を用意していた。

 

 小学五年生。

 

 家族と共にあった、あの凄惨な交通事故。

 両親の亡骸を横目に、死の淵で私を招いたのは、不気味に鎮座する黒い球だった。

 

 

 ――GANTZ

 

 

 その部屋で黒い球と対面した瞬間、何かが繋がった。

 かつてコミックとして読んだその世界に、自分は迷い込んだのだ。

 

 「そうか……ここは、私が消費されるための場所なんだ」

 

 前世では男の欲望のために消費され、今度は神か何か、得体の知れない存在の余興のために消費される。

 

 ならば、せめて抗ってやろうと思った。

 

 十歳の少女として戦場に立ち、かつての女子大生としての知性と、原作の知識、そして二度と踏みにじられたくないという執念だけで生き残った。

 大人が泣き叫び、無様に散る中で、最前線で刀を振り続けた。

 

 だが、どれだけ点数を稼ぎ、どれだけ星人を殺しても、黒い球は何も答えない。

 

 この地獄に招かれたのは、単なる偶然なのか。

 それとも、この世界のシナリオを完成させるための、部品に過ぎないのか。

 それとも、自分が『玄野計』なのか。

 あるいはただの異分子でしかないのか。

 その問いに答えが出ることはなく、ただ時間だけが冷酷に過ぎ去っていった。

 そしてまた、あの不快なラジオ体操のメロディが、静寂に包まれた部屋に響き渡る。

 

 

 ――ねぎ星人

 ――特徴:つよい、くさい

 

 

 黒い球体の上に映し出された、ふざけた落書きのようなホログラム。

 それを見た瞬間、背筋を冷たい火花が走った。

 これまでのミッションは、いわば外伝に過ぎなかった。

 原作の記憶にはない、名もなき星人たちとの殺し合い。

 

 だが、これは違う。

 

 この星人は、主人公であるはずの『玄野計』がかかわる運命の起点の可(・)能(・)性(・)が(・)あ(・)る(・)。

 

 

 ――掃討してはダメね。一体は必ず逃がす。

 

 

 「これでいい」

 

 校舎の中で子どもの『ねぎ星人』を脅し、逃がした。

 他の戦士が追うかもしれない。

 関係があるかどうかはわからない。

 ただ、今ここで生き残る可能性があることに、いつか意味があるか(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)。

 

 「点数は残念ね。場所はわかるはずだけど……今回、アイツらは来るかし――」

 

 「見つけた。ハンターだ」

 

 「女じゃねぇか」

 

 その声の先には5体の『くろふく星人』がいた。

 

 「ちょうど良かった。暇だったの」

 

 今までと同じ。

 この星人は殺し慣れていた。

 100点のを殺したこともある。

 相手にならない。

 ただ、適度に残す必要がある。

 ネームドは特に。

 

 

 ――氷川……貴方は逃げればいいわ。

 ――あとはこのゲームを終わらせましょう。子どもも逃げ切る頃合いでしょう。

 

 

 そうして、『ねぎ星人』へ銃口を向けた。

 

 世界が止まったような気がした。

 

 『ねぎ星人』は拳銃で撃たれても死なず、車にひかれても無事であるほどの鋼の肉体をもっていた。

 力も強く、その爪は容易に人間の肉を裂く。

 

 だけど、それだけだ。

 

 他に特殊な攻撃をもたず。

 群れることもない。

 物語開始におけるチュートリアル。

 

 私(・)が知る『ねぎ星人』はX(・)ガ(・)ン(・)で撃たれてあっさりと血をぶちまけて死ぬ程度の、雑魚星人のはずだった。

 

 だからこそ、脳が拒絶する。

 受け入れられない。

 

 重力の檻の中で、骨が軋む音が聞こえた。

 ミシミシ、ボキボキと、常軌を逸した不快な音が夜の静寂を侵食していく。

 だが、そいつは死なない。

 それどころか、血走った眼をさらに見開き、

 ただ真っ直ぐに殺意だけをこちらに向けて、

 

 一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんで――」

 

 「サナさん!」

 

 サナさんの唇が、困惑に震える。

 彼女の脳は思考を拒絶しているようだった。

 

 鈍い音とともに、『ねぎ星人』の爪がサナさんの胸を深く、容易く、

 

 

 貫いた。

 

 

 「▲△■▽ ▼ ▢▼ ▢ ――▼ ▢!!!!!!!」

 

 『ねぎ星人』が吠えている。

 

 瞳がこちらを向く。

 

 そこにはささやかな諦観と殺意があった。

 

 「―ッ!!!!」

 

 急いで駆け寄り、怒りに任せて振り下ろした刀は、あっさりと抵抗なく星人を両断する。

 

 何が理由でサナさんがここまで負傷するか意味がわからなかった。

 

 避けられた一撃だったはずなのだ。

 重力銃が効かないことだってあるだろう。

 星人には有効な攻撃とそうでないものがある。

 他の誰でもない、サナさんが教えてくれたことだ。

 倒せない可能性も考え、いつでも回避をとれるように構えないといけない。

 なのにもかかわらず何故かサナさんは避けようともしていなかった。

 

 まるで、『ねぎ星人』が重力銃で死ぬのが当然であるかのようであった。

 

 「サナさん……大丈夫ですか!傷が!」

 

 崩れ落ちる彼女の体を、なりふり構わず抱きとめる。

 スーツの中央にぽっかりと開いた、無惨な風穴。

 そこから溢れ出す温かい液体が、腕を、絶望的な温度で濡らしていく。

 

 「……あれ? スーツご、と……やられる、なんて……?」

 

 サナさんの声は、驚くほどか細く、幼かった。

 

 「意識を……!『ねぎ星人』は倒しました!すぐに転送が――」

 

 言いかけて、違和感に気づく。

 ミッション終了の条件はエリア内の標的の殲滅。

 転送直前に確認したはずの状況はどうだったか。

 星人は三体いた。

 校舎校舎内に二体。

 グランドに一体。  

 一体はすぐ倒され、グランドにいた一体も倒した。

 

 ならば、残りの一体はどうしたのだろうか。

 

 

 ――他の奴らのところにも襲撃はかけてる。

 

 

 赤髪の男の、あの薄笑いが脳裏をよぎる。

 震える手でコントローラーを取り出し、レーダーの赤点を確認する。

 残りの一体は、正反対の、エリア外付近にいた。

 その上、さらにエリア外へ向けて意図的に逃げていた。

 

 「……あれ?これってもしかして……」

 

 サナさんの指先が、力なく画面に触れる。

 逃走を続ける赤点の様子をみた瞬間、彼女の瞳に異様な光が宿り、乾いた笑い声を漏らし始めた。

 

 「ハハ、今日か……今日だったのか……!」

 

 乾いた、ひび割れた笑い声。

 胸の風穴から溢れる鮮血が、彼女の命を秒単位で削り取っているというのに。

 

 「だから、『くろふく星人』は東京にいたのか!」

 

 サナさんはどこか焦点のあっていない目で、天を仰ぐように叫んだ。

 

 「吸血鬼編がなかったのはそういうことなのか……!」

 

 その瞳には、目の前の景色ではない何かが映っていた。

 抗うことのできない、巨大なうねりのような何かが。

 

 「私は世界を変えてなんていなかった!全部が――シナリオ(原作)通り!」

 

 サナさんの言葉の意味を理解できなかった。

 ただ、彼女の絶望が、死の恐怖よりも深い場所から湧き出ていることだけはわかった。

 告げられた言葉には決して無視してはいけない何かがあるようだった。

 

 「何も意味がなかった!何の価値も――なかった!」

 

 激しい拒絶の言葉。

 その叫びは、魂を掻き毟るような断末魔となって夜の静寂を切り裂く。

 

 「また、こんな無意味に死ぬの?」

 

 最強の戦士として振る舞っていた彼女の深淵。

 

 「また――ハハ……みんな――みんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――死んじゃえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 「……そんなこと言わないでください」

 

 剥き出しになった彼女の傷口は、胸の風穴よりも深く、どろどろとした暗い膿を流していた。

 血に汚れた彼女のその手を、両手で包み込むようにして握りしめた。

 

 「君は……俺を助けてくれたじゃないか……紗(・)奈(・)さん」

 

 光を失いかけた彼女の瞳を、無理やりにでも俺の存在で繋ぎ止めるように、声を絞り出す。

 

 彼女のすべてを知っている訳ではない。

 きっと、俺も数ある一人に過ぎないのかもしれない。

 実習生としての名前すら憶えていないのかもしれない。

 けれど、俺は忘れたいとは思えない。

 彼女に救われたことを。

 

 「守られてばかりだったけど……きっと、紗奈さんのことは忘れないから」

 

 いつかの未来、大人になった彼女と話すことはない。

 自分のデスクに彼女が写る写真がはさまることも。

 

 それでも――

 

 「俺が生き残り続ける限り、紗奈さんの意味がなくなることはないから」

 

 そういうと彼女の目にほんの少しだけ光が灯った。

 虚空を掴むように手を伸ばす。

 

 「どうして私は『玄野計』じゃないの?……何で私が生まれたの(転生したの)……」

 

 透き通るような真っ白な手には、どろりとした、いっそのこと美しいほど鮮やかな血が付いていた。

 冷たい夜風が吹き抜け、死が彼女を優しく招いていた。

 

 「神星人に聞きたいの……私の意義を……!」

 

 彼女は、うわ言のようにその問いを発した。

 

 この地獄にきて、多くの人の死を見てきた。

 いつしか心は摩耗し、死に慣れてきていた。

 けれど、目の前で光を失っていく彼女のことを、忘れることはないだろう。

 

 祈るような言葉とともに。

 

 「生き残り続けて……そうすれば……きっと!」

 

 その言葉を最期に、彼女の腕から力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――けんぞうさん:0点

 ――久しぶりのタイムアップだね

 

 ――もぶた:0点

 ――やくたたずだったね

 

 

 淡々と流れていく文字。

 そこに彼女の名が刻まれることはなかった。

 サナさんは戻らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何なんだよ!これは!」

 

 そして、また当たり前の地獄が続く。

 

 絶望に塗りつぶされそうな日常。

 あの日から――彼女がその身を賭して何かを伝えようとしたあの日から、俺の中で新たに生き残る理由が増えた。

 

 立ち上がり、手を強く握りしめる。

 彼女が遺した言葉の意味を、いつかこの手で掴み取るために。

 

 

 ――くろふく星人

 ――特徴:へんそう、のこりもの

 

 

 「約束がある――」

 

 たとえこの先、

 どれほどの理不尽が待ち受けていようとも。

 俺は、彼女が駆け抜けたこの地獄を、最後まで歩き抜くことを誓った。

 

 「だから、生き残り続けないと」

 

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