ケイちゃん!パンツ見せて!   作:魔術師手術中

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ケイちゃん!膝枕して!

 ミレニアムサイエンススクール、特異現象捜査部の部室。

 放課後の柔らかな陽光が差し込む中、キーボードを叩く音だけが規則正しく響いている。

 その音の主であるケイは、銀色の髪を揺らし、モニターを見つめたまま、背後からの視線に鋭く反応した。

 

「……何を呆けた顔で見ているのですか。視覚情報の無駄遣いです。あなたのその、無駄にリソースを保有しているだけの脳細胞が、可視化できるレベルで弛緩しています。不快です」

 

 

 振り返りもせず、第一声からこの破壊力。だが、それがいい。あなたはめげずに、にこにこと笑みを浮かべながら彼女の隣へと椅子を引き寄せた。

 

 

「ケイちゃん、これからの人生に関わるレベルの、超重要なお願いがあるんだけど」

「却下。あなたのする「お願い」の99.9%は、公序良俗に反するか、私のリソースを私物化するだけの不毛な試行です」

 

 

 ケイは無機質な動作でキーボードを叩き続ける。白い制服の肩越しに見える横顔は、彫刻のように整っているが、血の通った温もりを感じさせない。

 

 

「えー、聞いてよ! ほら、論理的に必要性を証明してみせるから! 」

「その論理的が本当に論理的であったことは今までありましたか?」

「っぐ、そんなことはおいといて、ほら、最近課題が大量に出されたじゃん?それで…脳がオーバーヒート寸前なんだよ。だからさ、その……」

 

 

 あなたは深呼吸をし、部室の備品が共鳴するほどの声で叫んだ。

 

 

「ケイちゃん!膝枕して!」

 

 

 一瞬、すべての音が消えた。

 ケイの細い指がキーボードの上で硬直し、彼女はゆっくりと、まるでエラーを吐き出したシステムを点検するような目つきでこちらを向いた。その瞳が、冷ややかにあなたを射抜く。

 

 

「……正気を疑います。膝枕、ですか?」

「そう! ケイちゃんのその、ほそくて、でも計算され尽くしたような黄金比の太もも! あれを枕にできれば、僕のニューロンは一瞬でリブートできる確信があるんだ!」

 

 

 ケイは無言で立ち上がった。そして、デスクに置かれていた重厚な『ミレニアム工学規格全集』を手に取ると、一切の慈悲なくあなたの脳天に振り下ろした。

 

 

「痛っ!?」

「変態!最低!公共の福祉に反する存在!……なぜ私が、あなたの脂ぎった頭部を自身の太ももに乗せるなどという、私にマイナスしかない行為を許可すると思うのですか? 今すぐその肥大化した欲望を忘却して、お経でも読んできてください」

 

 

 彼女の罵倒に興奮しながらあなたは、彼女の白い頬がわずかに赤らんでいるのを見逃さなかった。

 

 

「えー、だってケイちゃんはいつも完璧すぎて隙がないからさ! 膝枕っていう、究極のパーソナルスペースを共有することで、ケイちゃんとの関係性がアップデートされると思うんだ!」

「信頼関係ではなく、あなたの犯罪係数がアップデートされるだけです。……いいですか、絶対に、不可能です。私はあなたの疲労を吸い取るロボット掃除機ではありません。……さっさと課題に戻ってください。その分厚い参考書は、鈍器として使うためではなく、知識を吸収するためにあるのですよ」

 

 

 結局、その日は「万死に値します」という冷徹な宣告と共に、あなたは部室を叩き出されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから三日が経過した。

 あなたは、「古代工学のアルゴリズム解析」という地獄のようなタスクを、自力で完遂しようとしていた。

 ケイから「あなたが外部のサポートなしでこれをやり遂げたなら、次の共同演算(デートのようなものだ、とあなたは勝手に定義した)への参加を前向きに検討します」という、彼女なりの報酬を提示されたからだ。

 それって作業を押し付けられているだけでは?あなたは訝しんだ。

 そんなことはない、実質デートだと自己暗示をしきってからあなたの集中力は爆発的に増加した。

 

 

 一徹目、脳はアドレナリンで加速した。

 

 二徹目、視界の端で謎の文字列が走り始めた。

 

 

 三徹目——。

 

 

 

 「……あと…一行……この構文さえ、通れば……」

 

 深夜の部室。あなたはキーボードを叩きながら、意識が希薄になっていくのを感じていた。

 難解なアルゴリズム、膨大な計算量、そしてケイに認められたいという一念。

 限界は、唐突に訪れた。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 カタン、という乾いた音が響く。

 あなたが椅子から崩れ落ち、床に倒れ込むのとほぼ同時だった。

 

 

 ——ガチャ。

 

 

 深夜、施錠していたはずの部室のドアが開く音がした。

 廊下の冷たい空気が流れ込む。

 意識を失いかけるあなたの耳に、規則正しい靴音と、ひどく狼狽したような、けれど突き放すような声が届いた。

 

 

「……全く。限界という概念がプログラムされていないのですか。……これだから、生体ユニットは扱いづらいのです」

 

 

 その声は、あなたの頭のすぐそばで止まった。

 あなたはそのまま、心地よい闇の底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 重い瞼を持ち上げると、視界に入ってきたのは、部室の無機質な天井ではなかった。

 逆さまに見える、美しい銀色の髪。

 そして、冷たいようでいて、今はどこか落ち着かない様子で潤んでいる、赤紫色の瞳だった。

 

 

「あ……」

「……ようやく、おきましたか。心配したんですからね」

 

 

 視界が明瞭になる。

 あなたの後頭部には、適度な弾力と、確かな温もりがあった。

 三日前にあんなに拒絶された、白く細い太もも。

 あなたは今、ケイに膝枕をされていた。

 

 

「ケイ……ちゃん?」

「動かないでください。あなたの脳機能が正常値に戻るまで、安静にしていることを推奨します。……無理をしてダウンするなど、非効率の極み。三徹など、自己破壊プロセスの実行と同義です。本当に、救いようのない馬鹿ですね」

 

 

 ケイはあなたを真っ直ぐに睨みつけていた。

 口調は相変わらず辛辣で、吐き出される言葉は罵倒に近い。

 けれど、あなたの髪を梳く彼女の手は、驚くほど優しかった。

 

 

「でも…課題、終わらせたよ」

「……ええ。確認しました。……まあ、評価を与えるなら、かろうじて及第点といったところでしょうか。変態の割には、少しは使い物になる論理を構築できたようですね」

 

 

 ケイはふい、と顔を背けた。

 その横顔は、窓から差し込む朝陽に照らされてもなお、隠しきれないほど赤く染まっている。

 彼女は自分の膝の上に、あなたの頭が乗っているという現状を、自身の論理回路で必死に正当化しようとしているところだった。

 

 

「……今回、今回だけですからね。三日間も無茶をして、倒れたことへの、応急処置です。……安静にするよう、命令です。……ですから、そのまま黙って寝ていなさい。……いいですね?」

 

 

 彼女の声は、最後には消え入るほど小さかった。

 あなたは、彼女の体から感じる熱っぽさと、清潔な石鹸が混ざったような香りに包まれ、もう一度ゆっくりと目を閉じた。

 

 

「……ありがとう、ケイちゃん」

「……お礼は不要です。……その代わり、起きたら今日の遅延を取り戻すべく、100倍働いてもらいます。覚悟しておいてください、変態」

 

 

 膝の上で眠るあなたを見つめるケイの表情には、一滴の優しさを含んだ、小さな、小さな笑みが浮かんでいた。

 ミレニアムの朝は、いつになく静かで、心地よい計算外の温度に満ちていた。

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