──ぐあぁぁぁああああ!
──ひぃぃいいいいいいい!!
「う、これは……」
先頭を行く少女──シェイラが光魔法を前に掲げつつ、前方から響く悲鳴に顔を
そして、その背後を行く少年──ルドルフもまた目を細める。
「ひでぇ匂いだな。……ここまで漂って来るほどの血と臓物臭。おそらくこの先は地獄だぞ」
チラリと振り返るは、荷車の上で相変わらずのんびりと構えたエルフの師匠であった。
彼女は半目を開けて特に何かを言うわけではないのだけど……。
「ど、どうするんだアマリア?」
「アマリア様、。ここは急ぎ、救援に……!」
二人は焦ったような声を出す。
先に軍の精鋭が突入しているとは聞いていたが、まさかこんな場面に出くわすとは想像すらしていなかった。
「慌てないでいいですよ。……もう、遅いから」
「お、遅いったって……すぐそこだぜ!? 今行けば、何人かは──」
そう言って荷車を引く手に力を入れたルドルフあったが。
「ま、待ってください──こ、これは……!」
アマリアほどではないが、
彼女の手ほどきを受けたシェイラも探知魔法が使える、それによると──……。
「う、うそ! これって、もう……」
「はい。すでに死に体ですね。……どんな性格の悪いモンスターか知りませんが、人を嬲り殺しにするようです」
な、嬲り殺しって……。
「そんな……」
真っ青な顔のシェイラ。
どうやら探知魔法で先に部屋の様子を見てしまったらしい。
そして、それを証明するかのように、通路の先──悲鳴が轟く部屋から飛び出す影が一つ。
──うぎゃぁっぁあああ!
「(い、いやだぁぁあああああ!)」
悲鳴とともに、装備をかなぐり捨て、片腕を失い──顔面にも大きく裂傷を負った兵士が駆け出て来た。
酷い重傷だが、どうやら中から脱出できたらしいその人物であるが、彼を確認したとたん駆け寄ろうとしたアマリアの弟子たち二人。……しかし!!
「アンタ! こっちだ!」
「今なら回復魔──……うっ?!」
まさに、今そこで収容し、命を救わんとした矢先のこと。
なんと、二人の伸ばした手は一歩届かず──……代わりに、部屋から伸びる何かが、ドシュ!! と、その体を貫いてしまった。
それも胸のど真ん中──明らかな急所を……。
「あ、が、が……そ、そんな──」
ゴヒュ!!
口から吹き出す鮮血。
「ぐっ!」
「ひぃ!」
そのまま、鮮血を浴びたシェイラとルドルフは茫然としてみているしかできない。
だが、それでも兵士は何かを言おうと口をパクパクして──……ついには、ぎゅんっ!! と貫いた何かに引かずられるようにして部屋に戻されていく。
そのあとは絶叫……!
──ぐ、ぐぎゃぁっぁあああ!!
「(い、いやだぁっぁああ!────っぁぁあぁぁぁあがぁっぁあ!!!)」
ブシューー!!
そして、絶叫が止むと同時に異様な湿った音が響き、
部屋と通路をつなぐ端から、じわぁー……と血だまりが伸びて半円を描いた。
「そ、そんな……」
「くっ。な、なんだよ今のは──」
その間も、別の悲鳴が続く。
どうやら一人二人の悲鳴ではないのは明白。
そして……その声だけで、この場にいる3人には、誰ひとり救えないのがわかってしまった。
「……これで理解できましたか?」
半目のエルフは、これでも心を動かされることがないようだ。
だが、弟子二人はそうはいかない。
「っ! だ、だけど、今行けば!」
「は、はい! まだ、まだ間に合う人が──」
「無駄ですよ。こういう魔物はわざと苦痛を長引かせて、救援に駆け付ける者を呼ぶんです。……典型的なトラップ──アナタが今行けば、ただの餌食になるだけですよ」
そういうなり、ギシリと音を立てて大賢者アマリアが立ちあがった。
のんびりと構えていたかと思うと、その実、その表情は引き締まり、戦闘モードに入っているのがわかる。
「……ですが、苦痛を終わらせることは、出来ましょう。アナタたちはそこにいなさい」
これはもしや……。
怒っている??
「な、なにをするつもりだ?!」
「ア、アマリア様、まさか……!!」
普段と違う雰囲気のアマリアに、ハッとした表情を浮かべるシェイラ。
どうやら、長年の付き合いからアマリアが何をしようとしているのか一瞬で看破したらしい。
そして、止めようとしたが、チラリと振り返った彼女の鋭い眼光に伸ばした手を引っ込めざるを得なかった。
「そこにいなさい」
「ッ!」
師匠のまなざしにシェイラは怯える。
しかし、
「……いや、俺は行くよ」
男児のプライドをかけてルドルフは、目を背けると良しとしなかった。
「そうですか。……シェイラは付き合う必要はありませんよ。これはアナタでは背負えない
「……い、いえ。いきます!」
そういって逡巡していた足を一歩踏み出す若い魔導士のシェイラ。
その様子を痛ましそう見るルドルフであったが、一番に見ると言い切った以上、先陣を切って前に立つ。
そして自慢のハルバードを構えた。
「こっちは準備いいぜ」
「そうですか。……いまさら止めはしませんが、部屋には決して踏み込まないように──いきますよ」
そう言うなり、背にしていた杖を抜いたアマリアは、バチバチバチッ! と放電現象のような魔力の奔流を全身に迸らせる。
その強烈な魔力の輝きよ。
通路を青く白く染めながら、まるで無重力空間でも作り出すかのように、ふわぁ……と髪を泳がせるほどの力場を生み出していくではないか。
「す、すげぇ……魔力が可視化できるほどなんて……」
「アマリア様、本気だ」
どうやら、その魔力の量は、弟子二人をしてドン引くほどのモノらしい。
そして、その魔力を隠しもせずに──アマリアは何者にも臆さないがごとく歩を進めていく。
「まったく……。ただのダンジョンの遭難事故かと思えば、これはとんでもない奴が潜んでいそうですね」
小さく呟き、
そして、わずかに怒気を吐いたかと思うと、意を決したかのように杖を高く掲げる!
──そのまま、部屋を見通せる位置に一歩!
「さぁ、二人とも、敵の姿をよーく見ておきなさい!」
アマリアは背後に二人を庇うように小さな背中でしっかりと進み出る。
「うっ! こ、これは──……!」
「な、なんですかこの部屋は……!」
そうだ。
これだ──この部屋がごときあり様が、今もこのダンジョンで起こりつつある惨劇にして、原因!
そして、魔法学校の生徒達の末路なのだ!
「ぎゃぁぁぁああああ!」
「いたい、いたい、いたい!」
「許して、もう、許してぇぇぇえ!」
「うぐっ!」
「ひ、ひぃっ!」
思わず目をそらしそうになるルドルフ達。
しかして、それをアマリアは許さない。
──見るといった以上決して目をそらさせはしない。
「わかりましたか。……これが敵の正体です」
3人の眼前に広がるのはまさに地獄の光景だった。
「ダ、ダンジョンに……宿屋?!」
「そして、肉を食らう……家具?!」
その言葉通り、
アマリアたちの目の前には、ダンジョンの一室がまるで旅の宿がごとき部屋に改装されたような空間が広がっていた。
広い部屋にはタンスにベッドに、水壺に木箱に絨毯。
そして、それらがゲラゲラと下品に笑い──突入したであろう野戦師団の兵を貪り食っている姿であった。
「ひ、ひでぇ……」
「こ、こんなのって……」
壺に丸飲みされて下半身を食いちぎられてなお生きている兵士。
そして、ヘッドに拘束されて吸血されている兵士。
数名の女性の看護兵に至っては狭いタンスの中に、順繰りに押し込められて身動きすらできずに、生きたままゆっくり消化されている。
残りの兵の大半は、矢やら毒でのたうち回り、もはや助かる見込みはない。
「……はぁ。例のシギンスという若者が残した文書をギルドで拝見して、もしやと思いましたが。間違いありません、これは──」
そう。
これは、
「──ミミックの仕業ですね」