と、いうことがある少し前のこと──。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「あ、おう。シェイラいくぞー」
服の埃を払ったアマリアはいつも通り、台車にコテンと座ると、半目で天井を見上げる。
そこに死者に祈りを捧げていた少女シェイラが慌てて追いついてくる。
「お、おいていかないでよー」
「ノロノロしてッからだろー。ったく」
ぶー。
「お祈りくらいさせてよ」
「十分祈っただろ。そんなチャチャっとすませろって」
「コラコラ、喧嘩はしないよーに。……それよりも警戒は怠らないようにしてください。──ここはダンジョンですよ」
そう言いつつ自身が、いの一番に目を閉じて瞑想(昼寝)しているものだから説得力皆無~。
もっとも、アマリアの場合は寝ている間も、その神経は敏感に周囲の警戒にとがらせているのだが……まぁ、その見た目が、ね。
「っていうか、ダンジョンたって、こんな雑魚しかいないところじゃなー」
「それに、さっきのでミミックは倒したんですよね? もう、帰ってもいいのでは?」
それはもっともな意見だろう。
多数の行方不明者を食らっていたミミックとその眷族らしき集団を殲滅──そして、遺留品すらを炭としてしまった以上、ここにいる意味は……。
「何を言っているんですか? あれは、ミミックの
「は?! え?! け、眷族って……マジか?!」
「ミ、ミミックですよね?!」
二人が驚くのも無理はない。
眷族というのは、通常、同種のファミリーのことをさすことが多い。
ゴブリン種であれば、ゴブリンナイトや、ゴブリンチーフ。ホブゴブリンなどだろう。
それらは大抵、ロードやジェネラルといった上位種族から生まれることが多い。
しかして、今回はミミックだ。
動けず、話さず、交わりもしない種族──……それが眷族?
「そ、そんなのってありえるのかよ?」
「そもそも、ミミックとは、魔法生物のようなものでは?」
「そう言う話もありますが、実際の所は不明です」
長く生きるアマリアとて、なんでも知っているわけではない。
そして、長く生きる中でも、ミミックやそれの近似種との会敵などは本当に稀なことなのだ。
『悪魔のるつぼ』だって、見かけたのは何年……いや、何十、何百年ぶりのことか。
「だけどよー。動けないし、飯だって自分から積極的に狩りに行けないやつが、生物とは思えないけどなー」
「はい。それにどうやって増えるというのですか?」
二人の疑問はもっともだ。
「さて、そこまでは──……。ただ、虫を食べる植物がいるように、動けないからと言って生物ではないとはいえませんよ? また、アンデッドのように、死してから眷族を増やすものもいます」
「あー……」
「た、たしかに──」
二人は納得するしかない。
「ってことは、あの吸血ベッドとか悪魔のるつぼってー……」
「ミミックの分身のようなものでしょうか?」
「その認識でよいでしょうね。すくなくとも、あそこに力のある魔物の気配はありませんでした」
「あ、あれで力がないって……」
「悪魔のるつぼだけでも、村ひとつ殲滅できるってききますけど──」
それくらいにミミックタイプの敵は厄介で強い。
もっとも、冒険者や騎士といった戦闘職ならば、
複数で挑むのが前提ではあるものの最初の一人が犠牲になるだけで、あとは一方的に攻撃できることが多いので、それほど脅威とは見られてはいない。
「えぇ、強いですね。ミミックタイプは待ち伏せしかできないこともあり侮られることが多いですが──……奇襲時の攻撃力は非常に厄介です。どれほどの戦士であっても油断していれば一撃で殺されることもざらですよ」
実際、侮ってやられた冒険者や英雄は数知れず。
ダンジョンの深層にいけばいくほどミミックタイプも多く、また狡猾になっていくから犠牲が絶えないのだ。
嘘か本当か、ボスタイプがドロップした宝箱に擬装していた奴もいたとかなんとか。
そんなの騙されるに決まってるじゃん。
「ですから、常に警戒を」
「は、はい」
「了~解」
それだけを言うと、二人の弟子は気を引き締める。
ルドルフは辻々を警戒し、シェイラは小まめに探知魔法を駆使して索敵を怠らない。
だからだろうか──……。
「あれ? アマリア様、これって──……」
「ふむ。妙ですね?」
二人の探知魔法はそんじょそこらの魔法使いが使うものよりも、はるかに精度が高い。
魔物の有無はもちろん、アイテムの輪郭──そして、トラップなども脳内の3Dマップのようにざっくりとではあるが投影できるのだという。
それによるとこの先にあるのは……。
「妙って、この先のことか──……って、ここは!」
危険はないというハンドサインに従って先頭をいくルドルフがクリアリングすると、何ということでしょう~♪
「お、おいおい、これってもしかしてセーフポイントか?」
「で、ですねぇ……久しぶりに見ました」
そこは清浄なる空間。
魔物を寄せ付けず、かつ人ならば快適に過ごすことができるというダンジョン内の安全地帯だ。
……普通は深い、深~いダンジョンにあるとされている。
当然、こんな浅いダンジョンにあるはずもない。
だのに、
ということは──。
「入りましょう」
「アマリア様?!」「アマリア何言ってんだよ!」
当然、何の気なしに入ろうとする我らが師匠を止めるのは弟子二人。
っていうか、経験者ならばわかるくらいに怪しいし、不自然だ。
ついさっきだって魔物で一杯の宿屋風の部屋を殲滅したばかり。
こういった場所だって罠の可能性が高いとみるのが普通だった。
「虎穴に入らずば虎子を得ず──ですよ」
「は? オケツに入る?」
「虎穴! 虎の穴! なんですか、オケツって──……えっち」
少し赤い顔でむくれるシェイラをくすくすと微笑ましく見るアマリアだが、二人が動かないとみるやサッサと荷車から降りて中に入る。
無造作に、何の警戒もなしで……。
「うわー!」
「ちょ、危ないっての!」
だから、さすがに二人をして驚くがなんということはない。
アマリアは全く気にせず部屋に入ると珍しそうにあちこちを見渡した。
「面白いですねー」
「お、面白くねーよ……って、これ入っても大丈夫なやつか?」
「アマリア様がいいって言ってるから大丈夫では?」
ちょっと思考停止気味の二人に苦笑するアマリアであったが、わざわざとがめない。
それよりも
こんなところ……。