──……その少し前のこと。
「ぐぅぅう……!」
吹っ飛ばされた激痛に、ようやく意識を取り戻したルドルフ。
やたらを腹に、背中にと、あちこちが痛いと思ったら──なんと、槍罠が数本突き刺さっているではないかー!
「いってぇぇ。……あ? ど、どこだここ?!」
「あ、気が付いた?!」
そこに心配そうな顔で覗き込んできたのは、シェイラ。
ほぼ同期で、師匠であるアマリアに付き従う仲間……だ。うん、仲間!
「き、気が付いたも、なにも──……一体何があった?!」
まだ意識はぼんやりしている。
たしか、ダンジョンの奥でミミックと戦闘中だったはず。
そして、
アマリアがよくわからない作戦を立てて、それから──……ッ!
「……そうだ、アマリアは?!」
「ちょ?! どこいくのよ!」
慌てて置きあがったルドルフは、近くに止めてあった荷車から、予備の武器を掴むとあの隠し通路に駆けこもうとする。
そうだ。
まだ戦闘中だったのだ。全身ずぶぬれで体中が痛いが、それだけに何があったのかようやく思い出した。
「どこも何も、アマリアの援護に決まってるだろ!」
「ば、ばか!」
ポカ~!
「あいだー! な、なにすんだよ?!」
「何もカニもないわよ! ルドルフはアマリア様の言いつけを忘れたの?」
はー?!
言いつけだぁ?
「……なんだっけ?」
「バカー!」
ぽかぽかー!
「いだだだ! つ、杖で殴るなよ! それ地味にいてぇし、俺って怪我人だぜ?!」
みてよこれ、
まだ槍が刺さったままだしー!
「そんな軽鎧で止まってるから、ただの軽傷!」
「い、いや、割と深く刺さってるし、血だって……──あーもう。わ、悪かったよ、泣くなよ」
なおも言いつのろうとするルドルフであったが、目に涙を湛えたシェイラを見てバツが悪そうに頭を掻くしかできなくなった。
ホント女の涙ってのは厄介だぜ。
例え、四六時中顔を合わせてる兄弟みたいなもんでもんさー。
「はぁ、ゴメンって。怪我もそうだけど、アマリアの言いつけだろ? 覚えてるって──」
「むー……! 嘘つきー」
う、嘘じゃねぇ。
ってか、まだポカポカしてるし──。
まぁ、これしきの怪我、ポーションでも飲めば直るのでどーってことないんだけど──……それよりも、やっぱりアマリアだ。
「で、それはそれとして。今どーなってんだ? ミミックは?!」
「知らない。……それよりも、撤退するよ」
は?!
「て、撤退ってなにを言って……」
「決まってるでしょ! っていうかやっぱり言いつけのこと忘れてるじゃん!!」
「わ、忘れてるわけじゃ──」
えっと、なんだっけ……?
「だからぁ! 今すぐ安全圏に脱出──じゃないと、アマリア様の足手まといになるの!」
ッ!
「そ、うか。そういうこと、か──」
クソっ。
ようやく思い出した。
「つまり、
「…………うん」
悔しそうに唇をかむシェイラ。
その肩に手を置きながらルドルフも同じ気持ちで俯くしかない。
つまり、
……アマリアをパーティを組んでそれなりになるが、
こういった事態は初めてではなかった。
たしかにアマリアは強いし、それとパーティを組む、シェイラとルドルフも強い。
もちろん、アマリアはと比べるべくもないが、まだ少年少女と言える歳でありながら、二人の腕前はAクラスの冒険者を凌ぐほどだ。
……それでも、所詮はアマリア以下。
アマリアがいて初めて強敵をも降すパーティといるのだ。
つまり、そのアマリアが苦戦する相手ともなると、二人は致命的に役立たずであった。
いや、それ以上に足手まといですらあった。
だから、そういった時に、アマリアが全力で敵と対峙するために、強制的にでも戦場を除外されたら救援に戻ることは厳禁とされていた。
なぜなら、邪魔だから……。
「くっ! だからって、たかがミミックに──」
「そのたかがミミックに苦戦しているの! あのアマリア様がだよ?!……わ、私だってできることなら助けに行きたい。だけど、それは絶対にしちゃダメなの!」
なぜなら、邪魔だから……。
「そんなのわからねぇだろ! アマリアだって、苦手な相手や相性だってあるんだろうし!」
「その相手に、私達がなにができるのよ!!」
ぐっ……!
ルドルフは口をつぐむ。
そうだ。
アマリアが苦戦する相手に二人に何ができる?
近接戦闘、魔法、そして判断力──すべてアマリアが上だ。
戦士としても、ルドルフは下位互換。
魔法使いとしても、シェイラは下位互換。
つまり、なにをとってもアマリアにかなうはずもなく、そのアマリアが苦戦し、二人を戦場から強制的に遠ざけたなら、さっさと離れてくれという合図なのだ──。
「……なぜなら、邪魔だから、か──くそっ!!」
バンッ!
悔し紛れに地面を叩くも、それは何も答えてはくれない。
ただただ、手から伝わる鈍い痛みに、自分の無力さを痛感するだけだ。
──あぁ、そうさ。
ルドルフもシェイラも弱い。アマリアからすれば、足で纏いでしかない。
……もちろん、優しいアマリアはそんなことは言わない。
仮に言ったとしても、迂遠な言葉で、「え~っと、え~っと、」と頭を悩ませながら、遠回しに傷つけないように言葉を選んでくれる……はず。
それだけに、つらい!
悔しいし、腹立たしい!!
「くそ!! くそ、くそ、くそ!!」
──くそぉぉぉおおお!
そんなに邪魔かよ!
頼りになんねーかよ!!
「畜生ぅぉぉぉおおおおお!」
慟哭するルドルフの背中にそっと手を当てるのはシェイラだ。
みれば彼女も、血がにじむほどきつく唇をかみしめている。感情を好きの吐露しているルドルフに比べてシェイラはぐっと堪えているようだ。
それは彼女が薄情だからでは決してない。
我慢強いからでも決してない。
なにより、ルドルフより彼女の方が付き合いも感情的にもつながりは深いはずなのだ。
同じ女性としても、同じ魔法使いの系譜としても──……だから、そんな彼女が撤退すると血の涙を流さんばかりに決めたのなら、ルドルフが反対するわけにはいかない。
そして、ほんとうに邪魔で足手まといになるのなら、黙って撤退することがアマリアにとってもっとも、助かるのは事実なのだ。
だから、撤退が正しい。
正しいのだ──……ばりりッ。
「ルドルフ──血、」
「あ、わりぃ」
歯を噛み砕いてしまったのか、新しい鉄の味が口に広がる。
そのおかげで少しは冷静になれた。
そうだ。
こんなの初めてじゃない。そうとも初めてじゃ──……。
「きゃ!?……だ、誰?」
そんな風に自分に言い聞かせていたルドルフとシェイラであったが、
撤収準備を始めた二人の目の前になんと──……何の前振れもなく、突然少女が現れた。