「ちょ、ちょっと! アナタだれ?! どうしてここに?!」
──ほんとそれ!
慌てた声のシェイラに比して、
ルドルフは一瞬行動が遅れる。
シェイラが油断なく杖を構えて警戒態勢を取っているのをみてようやく我に返ったほどだ!
「こ、答えなさいッ!」
「シェイラ落ちつけ! 杖を降ろせって!」
「で、でも!」
今にも魔法を放ちそうなシェイラをなんとか宥めるルドルフ。
しかし、解せない。
魔物には見えないし、敵対行動もとっていないけど──子供が、なんだってこんなとこに……って、おい!
「アンタ、聞いてるのか?!」
突然現れたその子は酷くボロボロだった。
なんか悪臭だってするし、
見れば手には乾いた血がびっしり──……口周りもなんだか嫌な感じに汚れている。
だけど、そんな異様な空気を纏ってはいても、どうみてもまだ子供だ。
なんならルドルフ達よりも年下にも見える。
そんな子供がたった一人で──?
オマケに鋭い声で問いかけても反応らしい反応を見せない。
それどころか、ともすれば二人の声を無視して歩き出しそうにも見えた。
「(な、なぁシェイラ……)」
「(……うん、この子──変だよ)」
そう。
シェイラもやはり気づいている。
だって、そうだろ?
ここはダンジョンで、最近では大量の行方不明者を出している危険地帯だ。
そんなところに……小さな子供??
しかも、丸腰だ。
冒険者認識票すら下げていない。
……だけど、なんだろう、
この顔どこかで──。
「……しょていのいちでたいき」
は?
「しょていのいちで、たいき」
な、なに?
しょてーのいちで……なに?
「しょていのいちで──たいき」
「お、おい」
思わず手を掴んで止めようとしたルドルフであるが、
「んなああ?!」
振り払われるどころか、なんと思いがけずその手ごと引きずられる羽目になる。
「い、いででで……! お、おい、ちょっと!!」
なんてこった、凄い力だ──。
慌てて手を放すも、そうするとスタスタとどこかへ去っていこうとする。
「だ、ダイオ丈夫ルドルフ?!──ちょっと、アナタ! なにをするのよ?!」
慌ててルドルフと子供の間に立つシェイラであるが、その異様な雰囲気に明らかに怯んでいるのが分かる。
「しょていのいちでたいき」
「だから、さっきから何を言ってるの……? アナタ、どこから来たの?」
いや。いい、いい。
もういいからシェイラはどいてろ!
「ったく、いってーな……! お前、すげー力だな? も、もしかして魔物かぁ?!」
チャキッ!
相手の反応を見るために、今度こそ武器を構えるルドルフであったがシェイラがそれを止める。
「ちょっと、待って待って! さすがにそれはダメ!」
「いや、わかってるよ!」
刺しはしないよ──。
しかして、曖昧な態度をとるルドルフとは違って、しっかりと、魔法で簡易的に鑑定するシェイラ。
「いいからどいてってば!…………うん。やっぱりそうよ。彼女は間違いなく人間よ!」
「えー……」
どうやら簡易的な鑑定魔法を使ったらしいシェイラ。
それで敵性の有無を確認下らしいが……。いやいや、そんなの見ればわかるっつの。
こっちはSランクパーティの前衛だぞと、目をむくルドルフ。
……だが、普通の人間かというと──果たしてどうだろうか?
なにせここにいる二人はアマリアの足元にも及ばないとはいえ、人間の中ではかなり上位に位置する冒険者だ。
その二人をして、どうにもできないほどの膂力をもった子供?
そんなのがこんなダンジョンの奥で何をしているというのか。
いや、何をしようと今はそれは問題ではない。
それよりもなによりも、今この子をどうするかが重要だ。
なにせ、少女はこっちも見るそぶりもないし、
今も「しょていのいちでたいき」とブツブツと何かを呟きながらうつろな表情で進むのみ。
(……まるでゾンビだな)
ルドルフは顔を顰める。
悪臭といい、虚ろな目といい、膂力といい。どうみても、アンデッドにしか見えない。
一つ違うのは、アンデッドならばもれなく生者に襲い掛かるはずが、この子にはそのそぶりすらないということ──……。
「……って! うぉぉぉい! 行くな行くな! と、止めろー!」
「わ、わかってる──」
慌てるルフドルフ達。
なにせ、こっちがあーでもないこーでもないと考えているうちにも二人を無視してすたすたと歩いていこうとするのだから!!
「ちょ、ちょっと待ってってば──きゃ!」
どんっ!
しかし、シェイラが前を塞ごうとしても、まるで路傍の石でもうよけるかのように押しのけるとそのままスタスタと行く少女。
「く、くそ! なんなんだよコイツ! このままだと向こうに行っちまうぞ?!」
──しかも、よりにもよって、あの部屋かよ!!
「わ、わかってるよー。だけど、どうしたら──」
「どうって……そりゃぁあ」
それなんだよなー……。
このまあじゃ、話も通じないし、さらに言えば力も通じない。
「え~っと、こういう時、どうすればいい?」
「わ、私に聞かれても」
だよなー。シェイラはこういうのには向いていない。
一応、女子供なんだけど、なんだかんだでアマリアとの付き合いが長くて悪い意味で浮世離れしているし──。
「うーん」
殴って拘束する?
それとも、切る──?
いやいやいや、相手は子供だぞ?!
「と、とにかく、止めなきゃ!」
「わかってるよ。……しゃあねぇ! いっそこのまま護衛して地上まで連れてくか」
どのみちアマリアの指示はとっとと逃げろだもんな──。
「だ、だけど……ぅきゃ! こ、この子、停まらないよー!!」
ズールズルズル。
前を塞いでもダメなら、手を引こうとしたシェイラであるがあっさりと引きずられていく。
「なにやってんだよー」
そんなの見りゃわかる!
つーか、前を塞いでも無駄なら、引っ張っても同じだっての!
「力づくでは無理だってのはわかったし、ここは様子を見よう。下手するとこっちが怪我をするからな」
「様子見って言っても──このまま向こうの部屋にいったらどうするんの?!」
それなんだよなー。
「……うーん。とりあえず、ギリギリまでついていって何かのタイミングで上手く拘束するしかないだろ?」
問題を先送りしていると言われても、どうしようもない。
拘束しようにも、荷物にある程度のロープでは無理だろう。少なくとも、ルドルフのそれにびくともしない膂力なのだとしたら、拘束は簡単ではない。
「それにコイツ──理由は分からないけど、たぶん相当にレベルが高いぞ」
「えぇ、魔力も相当なものよこの子──」
マジかよ?
「やっぱり冒険者なのか??」
「うーん、どうだろ? 確かに丸腰で薄汚れてはいるけど、ただの子供ではなさそうね」
そりゃな。
こんなとこにただの子供がいる方が異様だわ
「……もしかすると、行方不明になった冒険者かも?」
「そうかも。……すごくたくさんの行方不明者がいるって言ってたもんね」
あぁ。
ギルドではそういう話だったもんな。
「よし! とにかく、見ての通りボロボロだし。そのうち、動けなくなるだろうから、それまで護衛しよう」
「ご、護衛~? たしかに、そうかもだけど、このままほっといたら、すぐにでもあっちに行っちゃうよ?」
やっぱり、むこうに向かってるか。
ワンチャン、見当違いの方向を目指してくれるならよかったんだけど、そうもいかないらしい。
そして、
なぜか知らないが、彼女はそっちに向かってすたすたと歩いていくのだ。
まるで引き寄せられるかのごとく、ね。
「これ、もしかして催眠にでもかかってるのか?」
「んー。そういう風には見えないけど? 魔力の流れも気味が悪いくらいに平静だし」
これで??
そうでなくても怪我だらけだし、ボロボロだしで、危なっかしくてしょうがないってのに、催眠状態ですらないだって??
「なら、なおのことだ! この子だって、さすがにあの化け物の気配を感じた止まるだろうさ」
っていうか、停まらないとおかしい。
だって、アマリアが苦戦するほどの魔物だぞ? 普通なら近づくのだって無理だ。
「だといいけど──なんだか嫌な予感がするよ」
たしかに……。
(まぁでも。最悪で言うなら、コイツが食われたって俺たちのせいじゃないし──)
「──って考えてるのがバレバレだよ」
「うぐ……!」
ジロリと胡乱な目付きのシェイラに思わず視線を逸らすルドルフ。
「だ、だってそうは言ってもよー」
「さいってー」
うるせーよ。
冒険者は自己責任の世界だ。
いくら子供とはいえ、その理屈は同じ……。
「この子は、冒険者とは限らないんだよ?……じじつ、見たところ装備もないし、服だってボロボロ。何日もお風呂に入っていないっぽいし、遭難者かもしれないじゃない」
いやいや、そんなわけないだろ……。
こんな、やべーダンジョンで子供が何日も遭難できるかよ!
ん?
まてよ……。
(……つーか、この服ってひどく汚れてるけど、なんかシェイラのそれに似てねーか??)
そっと、顔を近づけてみると、やはりそうだ。
元の色が分からないくらいに血汚れなんかが酷いけど、これは、
「これ、もしかして魔法学校の……??」
「え? うそ?!」
これにはさすがにシェイラも驚く。
だって、例の行方不明事件があったのもう何か月も前のことだ。……生存者なんているはずもない。
しかし、あるいは──。
「……いや、まさかな──ただの冒険者かなんかだよな」
それこそがルドルフの答えだ。
……そりゃまぁ、確率論でいえ、ありえなくもない。
たまたまを十回くらい連続で繰り返せばあり得るくらいの確率だ。
実際、ギルドで聞いた話によれば、今もここで行方不明になった子供の捜索を親たちは諦めていないというし……。
(だけど、常識的に考えて、多数の行方不明者を出しているダンジョンに子供が何日も生存できるはずもない──)
いや、ある一定の条件が揃えば、もしくは──……。
「ルドルフ!」
おわ?!
「な、なんだよ?!」
「あの子、もういっちゃうよ!」
「わ、わかってるって! ついていくさ」
「ついていくだけじゃないからね! 最初の目的は地上までの護衛でしょ! わかったら、ついていって保護保護!」
「はいはい、わかったよ────って、はぇーなおい!」
あとはもう、止める間もなくすたすたと歩いていく少女のあとを追うしかない二人。
そう。
この少女こそ、皆さんご存じの──……。