「こ、これは……」
いかにも怪しい部屋の前につくと、全員の脚が止まる。
詳しく検分するまでもない、そこには新鮮な血がべったりと残り、その跡は中へと続いている。
「この出血量……」
チラリと回復専門のカーデル先生を振り仰ぐと、彼は小さく首を振る。
(くっ……!)
「……どうやら、中のようですね」
「お、俺はいかねーぞ」
「ちっ。……あぁ、結構──メリッサ先生」
この冒険者はあてにならない。
ならば、ここはうちのローグ魔法使いの出番だな。
「了解です。少し静かに……皆さん、息をとめてください…………はっ!」
キィン♪
にわかに光る彼女を中心に、淡い光線が放射状に走った。
それは魔物や罠を感知する『探知魔法』の光──それが一瞬にして周囲を
そして、
「うっ。こ、これは酷い……」
……そして、探知を終えた後、メリッサ先生が口元を抑えてガクリと膝をつく。
「どうしたんです?! なにをみつけましたか?!」
「うぷっ。……ぜ、全員。全員ここです」
は?
「ぜ、全員とは……?」
「全員です。間違いありません。残留魔力を感知、……全員の消息がここで消えています」
「な──!?」
なん、だと。
……き、消えた?
「25名全員がですか?!」
「は、はい」
「…………ば、馬鹿な! あ、ありえない」
いや、まて!
それよりもなによりも。
「ま、待ってください。か、彼らは──彼らは生きているんですか?」
「そこまでは……。ただ、25名もの生命反応は感じられません。もちろん障害物で疎外されていることもあり、確実とはいえませんが……」
「むぅ……」
その言葉にクレイン主任は腕を組んではたと悩む。
メリッサ先生の探知魔法の腕は確かだが、限界もある。
とくに、障害物を挟むとその精度は途端に下がるのだ。
「申し訳ありません。これ以上は室内でないと──。あ、ですが、ここからでも魔物かなにかの生物の反応と、いくつかのトラップは発見できました」
む?
トラップ! そして魔物とな?
「……では、生徒たちはその魔物に? それともトラップですかな?」
「そ、そこまでは──」
そりゃそうだ。
そこまで分かるほど探知魔法は万能でもないし、ましてやメリッサ先生はあくまでも教員。本職のローグではないからな。
「わかりました。……まずは偵察を出しましょう。生徒の無事を確認するのが先決です」
クレイン主任の提案に、コクリと頷き返すメリッサ先生とカーデル先生。
「では、私が先に行くので……カーデル先生は二番手、メリッサ先生は生徒たちを」
「「わかりました」」
方針を確認すると、上着のポケットから折り畳みの愛用の杖を取り出し、剣のように構えて部屋の入口前の壁に背をつける。
チラリ。
その時点で、部屋の中は……すでに見えていた。
「……カーデル先生」
「準備よしです」
入口を挟んで二人の教員が向かい合う。
この辺の息は長年の付き合いもあり、ぴったりだ。
(……しかし、なんなんだここは)
室内を覗き込んで思わず眉を
……それくらい異様な光景だった。
「見えますか、カーデル先生」
「えぇ、水飲み場にテーブルがありますね?」
どうやら見間違いではないらしい。
「……それに、棚に箱、壁にはタペストリー……そして、明かりまでありますな」
クレイン主任の目にもそれははっきり見える。
どうやら、幻覚の類ではなさそうだ。
「あとは
二人の肩越しに恐る恐る覗き込むメリッサ先生にも見えているらしい。
しかし、なるほど。
休憩所か……。
(言いえて妙だな)
そして、ポーション棚には、確かに水薬や毒瓶まである。
一体誰がこんなものを……。
「クレイン主任、どうします?」
「行くしかないでしょう」
不安そうなカーデル先生にクレイン主任は言い切った。そうだ、ここで帰れるはずもない。
いくら異様な場所であっても、生徒の無事を確認するため中を
それが教員の務めだ。
「……カーデル先生、私は右を」
「では、こちらは左を」
コクリ。
覚悟を決めると、簡単に突入の合図を決め、教員二人は視線をあわせる。
そして、指折りしてタイムカウントを取りつつ──3、2、1……一気に踏み込んだ!
「はっ!」「ふんっ!」
バッ!
ババッ!!
まるで特殊部隊のように杖を構えたまま突入する二人!
死角を見逃さないように、部屋の右側隅々まで見つつ、魔法杖をあちこちに向ける。
が。
「………………な、何もいませんね?」
「こっちもです」
ふー……。
一瞬であるが、ものすごい冷や汗をかいているのがわかった。
「いや……。肝が冷えましたね」
「え、えぇ。ですが、ひとまず安心でしょう」
どうやら、異常はないらしい。
パッと見ただけではあるが、魔物もトラップも見当たらない。
ただし、念のため魔法杖はいつでも使えるように構えたまま、通路にいるメリッサ先生に声をかけた。
「──メリッサ先生、こっちは大丈夫そうです! 申し訳ないが、こちらへ。再度、魔物の有無とトラップの詳細な位置を!」
「は、はい」
声を受けて、おずおずと顔を見せるメリッサ先生。
そして、なぜかそのあとに数名の生徒がぞろぞろと続くが、むー……これはどうしたものか。
「……あー。いや、いい」
クレイン主任もその様子に一瞬迷ったが、すぐに思いなおす。
(これは一緒にいたほうがいいかもしれないな……)
通路に敵がいない保証はないし、いまさら生徒だけで帰すこともできない。
なにより護衛のコマが足りない。
一応、最後尾に冒険者がついているが、あれはあてにならんし、戦力にならんだろうな。
「し、失礼して──……う! なんですかこの匂い……」
室内に入ってきたメリッサ先生が、思わず口元を覆う。
……それほどの匂いだ。
「わかりますか?」
「え、えぇ……。血と脂と……臓物の匂いがします」
今にも吐きそうな顔のメリッサ先生の背をカーデル先生がさする。彼は回復専門なだけあって、こういった匂いには慣れているようだ。
(しかし、そこまでか……)
素人でもわかるほど濃密な死の匂い。
血だけならまだしも、臓物臭か──……くそっ。
「メリッサ先生、気分が悪い所を申し訳ないが……」
「い、いえ。……お、お任せください」
今にも吐きそうな顔をしているが、メリッサ先生は気丈に構えると、軽く目を閉じて素早く術式を組み立て詠唱しはじめた。
そして、
「──いきますッ。……はぁぁ!」
刹那、
キィンッ♪ と淡く光るメリッサ先生。同時に放射状に走る魔力の奔流が室内の隅々まで行き渡る。
「か、確認しました! 弱反応ですが、気配があります!」
ッ!
やはりなにかいるのか?!
「──反応
「へ?……うぉ!」
突然、指をさされたクレイン主任であったが、メリッサ先生がさしているのは自分の背後だと気づいて思わず飛びのいた。
「お、驚いた──これは、箱ですかな?」
そこには、
一抱えはありそうな蓋つきのありふれた木箱が一つ。
「はい、それとトラップを確認。2カ所ありますね。……真上とそっち壁の奥です」
……真上?
「ひぇっ!」
指摘を受けて、今度はカーデル先生が飛び上がる。
しかし、それも無理からぬこと──なぜなら、メリッサ先生のいうトラップのひとつは、何と入口の真上の天井に仕掛けられたのだから。
「や、槍罠ですか……。まさか入口の直上とは……」
これにはさすがのカーデル先生も顔を青くしていた。
確かに、入口真上の天井には無数の穴がある。
おそらく、天井感知タイプの『槍罠』──知らずに触れれば無数の槍が飛び出す恐ろしいやつ。
「うむむ……。もしや生徒はこれに?」
「いえ、これではありませんね。……とくに血の跡もなにもありません」
なるほど。
メリッサ先生の言う通り、槍罠周囲に血痕がない。……こんな凶悪な罠を受けたら、それこそ周囲は血だらけになるだろう。
そもそも、生徒達が好奇心旺盛とはいえ、わざわざ天井のトラップに触れるとは思えない。
「では、もうひとつのトラップのほうでしょうか? メリッサ先生。それはどこです?」
「この先ですね……」
む?
この先って……。
「んな! こ、これはまさか」
バサリッ。
「……か、隠し通路のようですな」
なんと、メリッサ先生の示す方向のタペストリーを捲れば、その先から淡い明かりが漏れ出ているではないか。
ゴクリ。
恐る恐る覗き込めば、予想通りに細長い通路がそこに姿を現した。オマケに、
「こ、これは……。血の跡ですね」
カーデル先生が指で確かめると、床に点々と残る鮮血。
それは奥の小部屋にまで続いていた。
さらには通路全体に漂う血肉を混ぜたこの臓物臭……。
……間違いない、おそらくここに生徒たちは
「し、しかし、
「たしかに。最悪の事態を想像していましたが……一人も見当たりませんね」
もしこの血が生徒のモノなら、そこに重傷で倒れる身体なり、最悪は遺体なりがあってしかるべきなのだ。
だが、それがない。
「お二人とも気を付けてください。その通路にはトラップがあります。……ガストラップのようですね」
ガス?
あぁ、なるほど……。
「これはイヤらしい罠ですね。……隠し通路を見つけて喜び勇んで入ったが最後──通路の狭い場所でガスを噴射。一網打尽というわけですか」
「そのようですな……。ううむ、どうします? それと分かればこんなトラップを踏むこともありませんが──」
うむ。
カーデル先生の言う通りだ。
「しかし、なぜ誰もいないのでしょう? ガストラップに即死効果とは、あまり聞きませんが?」
「む。確かに……」
メリッサ先生の言う通り、ガストラップには様々な種類があるが、主に毒か催眠、麻痺程度。
致死性のガスもあるにはあるというが、いくらなんでもこんな低レベルダンジョンにあるはずもない。
ふむ……。
あ。
「あー……。君はこの場所のことは?」
「は? し、知るわけねーだろ! そもそも、以前に来た時にゃこんな場所ねーよ!」
ちっ。
念のため、入口付近で今にも逃げ出しそうな顔の冒険者に問いかけるが、当然明確な回答が得られるわけもなし。……使えない。
「これは参ったな……」
「えぇ」
予想外の事態に頭を抱えるクレイン主任。
カーデル先生もメリッサ先生も、どうすればいいかわからないようだ。
生徒が消える?
跡形もなく、血と臓物の匂いだけをのこして
(ダンジョン奥で、人が忽然と消えるという話をどこかで聞いたような……)
本実習にあたり、
教員達もダンジョンについて詳しく調べていた。
「それによれば、たしか──」
そもそも、人間が痕跡も残さず丸ごと消えるなんて早々ない。
ゴブリンなどの魔物にやられたにせよ、事故にせよ、一部の例外を除いて必ず痕跡は残る。
そしてその例外というのが、
例えば、大型モンスターによる捕食。あるいは落とし穴や転移魔法陣のような大型トラップの作動。そして、
「……あ」
そ、そうだ。
そうだった……!
「メ、メリッサ先生! さっき探知したという魔物の反応はどれでしたか?!……あぁ、君たちは、今すぐ近くに来なさい!」
矢継ぎ早の指示に、慌てて集まる生徒達。
(しまった。なんという見落としだ!)
そうだった。
最初から、壁際の箱に反応があるとメリッサ先生は言っていたではないか!
そして、すぐに意図することに気づいたメリッサ先生も同時に目を見開く。
「そ、そういうことですか!──
「ひ!」「きゃ!」
そこにあったのは、最初に指摘されていたあのなんの変哲もない木箱だった。
「……メリッサ先生。
「は、はい。間違いありません!」
なるほど、
なるほど。
「なーるほど……!」
ダンジョン、トラップ、箱────……そして、魔物の反応と、消えた生徒たちとくれば、もう決まりだ!
「──全員、完全詠唱! 合図をしたら
そう。
これは──この事態は…………。
「──間違いない、ミミックだ!」
40話目です
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次回、
まだまだ食います…………。
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