「が、がふっ」
喉奥から漏れる血混じりの吐息。
手についたそれはベットリとして真っ黒。
そして、予想もしなかった位置から響く声に、茫然とした視線を向ける……。
すると、なんということか──その方向、最初にリーンが入っていたであろう木箱の残骸のさらに真後ろ。壁にできた1×1程度の小さなスペースから声が響いてくるではないか。
な、なんだこの隙間は……?
そして、
「……な、なんだ、貴様は──」
「やー。さすがは先生。さっき正解を言ってたじゃん?」
「は?」
せ、正解?
さっき??
「いやさ、ほら。さっきカッコよく叫んでたじゃーん? ミミックだー! って、それそれ」
は?
そ、それが正解って、
「ま、まさか、貴様……?」
ガラン、ガラ~ン♪
「じゃじゃーん♪」
そんな音とともに出てきたのは、壁の隙間。
そして、隙間にきっちり収まっていたボロボロの盾を打ち捨て、その背後に隠れた宝箱だった。
「んな?!」
そ、そんなところに?!
……なんてことはない。
クレイン主任は、最初に正解を言い当てていたのだ。
そして、メリッサ先生の探知魔法も当たってはいた。
そう、当たってはいたのだ!
──だが、奴の方が一枚上手だった。
「ば、はかな……。さ、最初からそんなところに?!」
「そうだよー。やー、ニブイニブイ。全員、リーンちゃんに気を取られて、その後ろにいた「私」に、ぜ~~~んぜん気づかないんだもんねー。ばっかでー」
ギャハハハハハハハ!
そう言って醜悪に笑うのは間違いなくミミックだった。
ありふれた宝箱の形をした大口のモンスター……。
そして、
全身から臓物臭を漂わせ、口に周りにベッタリと、可愛い可愛い、我が校の生徒たちの血と肉片と臓物と骨をまとわりつかせた、かの人食い箱だった!
「──き、貴様がぁぁあああ!……あぐぁっ!」
ぶしゅっ!
だが、激昂したとてすでに時遅し。
奴は悠々とクレイン主任の心臓を貫いたナイフを引き抜き、それを舌で拭ってケラケラと笑う。
「あまーい!」
「ぐ、が……」
ま、まずい、
あれは、間違いなく致命傷。
心の臓を貫かれれば、もはやいくばくも生きられないことは明白であった。
そして、唯一の回復魔法の使い手のカーデル先生もまだ動けない。
「は、はは……」
……やられた。
なんのことはない。
奴は、このタイミングをずっっっと待っていたのだ。
リーン・テレジアを囮にし、
その背後で気配を隠し、
全員が魔力を使い果たし、
そして、全ての意識が動揺して、決定的な隙を見せる、この一瞬、この機会を!
……なにより、リーダー格であるクレイン主任が隙を見せるこの機会を、ずっと、ずっと、ずっとぉおお──!
「──だが、まだまだぁぁ!」
「おぉ! よく動けるねー」
小バカにしたような笑いを浮かべるミミック。
だが、舐めるな!
これでも、魔法学校主任教員だ。潜ってきた修羅場は数知れず!
──バリッ!
奥歯をかみしめクレイン主任は立ち上がる。
最後の力を振り絞って立ち上がる。
「ぐ……。ぐぐ、ぐぉ、がっぁぁあああ!」
そして、
魂の底から気合と、肺の底から酸素と、命の底から全てを絞り出して、最期の一歩を踏み出す!
でないと、でないと!
(──とんでもないことになる!)
そうとも、コイツをここで仕留めないと、この場にいる全員が恐ろしいことになる!!
すでに25人。
そして、このままで35人の生徒の命が失われることになる!
──それだけは、それだけはさせんッ!
「……ぜ、」
「お、なになにー?」
すぅぅぅ。
「──ぜ、全員逃げろぉぉぉおおお!」
「おぉー♪」
最後の力を振り絞って叫ぶクレイン主任!
そして、生徒達をその背中に隠すように立ちはだかり、そのまま全魔力を使って魔力の大剣を生み出すと──切りかかる!!
せめて一太刀。
(否ッ! 一瞬、気を引けるだけでもいい──!)
その一時だけで十分!
そしてその後はどうとでもなれ!
自分の身なんぞ、どうなってもいいから、生徒たちを逃がさねばならない!!
そして、教師としての矜持と意識だけで、特攻を仕掛ける。
それが無駄なことはわかっていた。
もちろん、倒すのは無理だろう。足には力が入らないし、魔力はもはや限界。
だが、
それでもだが!!
たった、一秒。
否、コンマ一秒でも稼げればいい!
(そして、一瞬でも気を逸らせれば、生徒達が逃げる時間が稼げる──)
「──わけないじゃーん、バーカ。そい!」
バィン♪
「んな?!」
言うや否や、
クレイン主任の覚悟を決めた特攻をあっさり無視したクソミミックは、いつの間にか持ち替えていたボウガンをキリリと構えて発射!
その銃口に思わず目をつぶるが、なんと、その照準はクレイン主任にあらず。
「……は、外した?!」
しかし、その照準は最初から生徒でもなければ、入口から逃げようとしている冒険者でもない。
その狙いは──……。
「はッ!」
し、しまった!
まさか!
「お。さ~すが先生ぇ、察しがいいねー」
「まずい、あの方向は天井の──」
──ガシャァッァアアアア!!
「ぐぎゃぁぁぁあああ!!」
刹那、凄まじい悲鳴が部屋中に響き渡る。
なんと、ミミックの狙っていたのは、最初から
あろうことか、奴は天井の『槍罠』を狙撃で起動し、その下にいた今にも逃げようとしていた冒険者ごと貫きやがったのだ!
「くっ。な、なんてことだ!」
よりにもよって、唯一の入り口が……。
「あっはっはー!! 成功、せいこー! 大成功~♪」
……せ、成功だと?
「ッ?! き、貴様、まさかぁあ!?」
そうか。
そういうことか……!
そのための天井の罠。
そのために入口に槍罠を仕掛けていたのか!
「あーん? あったりまえじゃ~ん。獲物を追い詰めたら
ふ、蓋だと?!
「あぁ、畜生。畜生ぉぉぉおお……!」
さ、最悪の事態だ。
そして、最悪の状況だ!
……まさに袋のネズミ。
瓶の中の魚! 密室でミミック!?
考えうるだに最悪の事態だった。
自分たちがこれからどうなるのか────……。
ただ間違いなく分かっているのは、これが未曽有の大惨事になるということだけだ。
それも国を揺るがすほどの大惨事。
護衛の冒険者数名、
引率教員3名
そして、
貴族、王族の子弟を含む、最も優秀な魔法学校の生徒が全35名…………………この全員が生き残れる保証など、どこにもなし。