大惨事から数日後……。
「陛下! 国王陛下ぁぁぁあ!」
新月のダンジョンのある村から、さらに遠く離れた地。
この国の統治者にして王族がおわす都にて、そんな大音声が響き渡った。
場所は、都の中心に座する、無数の尖塔立ち並ぶ豪奢な城の一室のことであった。
政務と外交を司るそこは、多数の近衛兵と重臣が詰める場であり、今も大臣と王が今後の国政について協議を重ねている──まさにその場であった。
「……なにごとか騒々しい」
執務室に駆け込んできた侍従を鋭く睨みつける王であったが、
『賢王』と名高い陛下は、特に
この場にいるのは、
侍従と公爵、そして近衛兵団長のみ。
それ以上には知られるべきではなさそうだという判断だ。
なにせ、あるべき作法を無視してまで従者が持ち込んできた情報だ。よほどの重大事に違いはない。
「も、もうしわけも!……しかし、一刻を争う事態かと思いまして」
「わかった、わかった──是非は問わんから、さっさと申せ」
「はっ!」
さて、
何事だろうか。
隣国がまたぞろ国境沿いの砦にちょっかいを掛けてきたか?
それとも、どこぞの街で疫病でも流行ったか?
はたまた、魔王でも復活したか?
……いずれにおいても些事には違いない。
この国は長年平和を謳歌しており、軍も民も精強で豊かで何の問題も────……。
「ま、魔法学校に在籍しておりましたグラハム王子が……その、」
うん?
グラハム??
「──おぉ、なんじゃ? 末の我が子がどうした?」
側室に産ませた子だが、
あやつは双子のため王位継承権も低いし、そのこともあって大した政治的影響もないので、今は魔法学校で実力を積ませていたはず。
年老いてからできた子ゆえ、目に入れても痛くないほど可愛いがっておったが、
姫のほうは王家の常としてゆくゆくは降嫁させるなりして、グラハムのほうは家臣の家に嫁がせるか、魔法兵団あたりを任せようと思っていたが──それがどうしたいうのだろうか?
「じ、じつはその……。ダンジョン実習中に……──その、行方不明とのこと」
「……ほうほう、ダンジョン実習中に行方不明とな」
ふむ?
行方が知れぬならば致し方あるまい。それくらいで騒ぐ…………。
「…………いま何と言った?」
「は! そ、その……。グラハム王子殿下を含み、それ以外の実習に参加していた30余名の生徒とともに、お二方とも現在、行方が知れないとのこと!」
な、
「なん、だと……?」
ゆ、行方不明?
ダンジョン内で……?
「ば、ばかな……? グラハムは学園の生徒ぞ?」
しかも、王族、貴族、他国の要人に、大商人が集まるエリート中のエリートが集う、魔法使い養成の極致たる学園ぞ?
この国でもっとも安全といっても過言ではない学園ぞ?!
「なのに行方が知れんだと?!」
「は、はい。……他、教員3名に、」
「教員なんぞはどうでもいい!」
教員が行方不明だぁ?!
知るか!
──そんなのは、どーーーーでもいいわ!!
「それよりもどういうことだ?! なぜ、我が息子がおらん?! いや、間て! ぜ、全員といったな? ならば、ハバナは?! あの子もなのか?!」
「は、はい……! ハバナ王女も同じく、行方が知れません。その……近くにいた冒険者によれば、ダンジョンに入ったきり、誰一人戻ってきてはいないと」
あああああーーん!
近くに冒~険者がいただぁぁあ?
「そ、そいつが何かヘマをしたのであろう?!」
いやそうに違いない!
常々冒険者などというヤクザな
それに息子がいなくなっただと?……ダンジョンでぇ?!
「えええい! ど、どういうことか! 詳しく話せ──……いや、その冒険者を呼べ!! 詳しく話を聞きだしてから、
賢王と言われる国王も人の親だ。
ましてや、末の息子。政治的にも揉めることもなく、ただただ愛を注げばいいだけの子が可愛くないわけがない。
その子供の行方が知れんだとぉぉお!?
それで済むわけねーーーーだろうが!!
「お、おおお、お待ちください! その者も詳しくは知らないそうです! そ、その……その日限りの雇われ者だそうで、その日はたまたまダンジョン内の案内を任されたとのことで」
ぬぅ……。
つまり、直接は関与しておらんのか?
「ならば、どういうことか? なぜ、グラハムたちがダンジョンに入った?!」
意味が分からん!
「そ、それが、詳しくは……」
「ええい、使えんやつだ!」
だが、これは仕方のないことだろう。
これはあくまでも第一報だ。詳細情報は、おって来るのだろう。
「……いや、待てよ。それらば誤報の可能性もあるということか?」
そもそも、あれは学園におるしの。
うむ。
そうに違いない。
「いえ、陛下。もしや、あれでは? 魔法学校が企画していた、新しいダンジョン実習の候補地探しのことかと」
「む? ダンジョン実習の候補地探し?……なんじゃそれは?」
そっと耳打ちするのは、
ついさっきまで協議していた最重要の家臣。この場に残した大臣でもあるエーベルト公爵であった。
実習の候補地探しなど聞いたこともないが、魔法学校のカリキュラムだろうか?
「……あぁ! そういえばそちの娘も魔法学校に通っておったな」
「はい。大変に優秀な自慢の娘です。……たしか、先日手紙を貰いましてな。なんでも、魔法学校のダンジョン実習の先行派遣の栄誉を賜ったとかで、大変楽しみにしていると言っておりましたぞ。はっはっは」
いやいや、娘自慢は結構。
それよりも、なるほど。
魔法学校は高位魔法使いの養成コースだ。
その中には実践に即したフィールドワークの一つもあるだろう。
ん?
だとしたら……。
「まて、そこの者。……我が息子のほか、何名といった?」
「は、その……王子と王女様を含めまして、35名……。行方不明者には、エーベルト公爵様の御息女も含まれてございます」
カラーン!
「な、なん……だと」
その言葉とともにガクリと膝をつく公爵。
陛下の面前であるべき姿ではないがそれほどに動揺が見て取れる。まさか、自分の関係者が含まれていたとは思っていなかったのだろう。手から落ちた杖が間抜けな音を立てて長々と転がっていった。
──しかし、次の瞬間ッ、
「お、おい! き、貴様ぁッッ! ど、どういうことだ?! ダ、ダンジョン実習がごとき、万全の体制で望むのであろう?! 危険のない、子供でも日帰りできるようなところと聞いておるぞ?! そ、それが──」
それが、
冒険者ひとりを除いて……全員行方不明だとぉぉ?!
「な、何があったのじゃぁあ?!」
今度は、自分がまくしたてる羽目になった大臣。
おかげで、今度は国王が逆に冷静になる。
そうだ。
その通りだ。まずは原因の究明が先……いや、その前にやるべきことがまだあるではないか!
「おい。貴様は、その情報をまずは詳細にまとめい。……明日までにだぞ!」
「は、はいぃぃ!」
動揺する大臣を差し置き、さっさと命を下す国王。
そうだ、まずは正しい情報だ。
そして、
「──次に、早急に救援を送れ! 全員が行方不明などと到底信じられん、必ず生きておるわ。それに今も遭難しているというなら、さっさと迎えをよこせ! そうでなくとも、貴人をそのままにダンジョンなんぞに放置しておくことはまかりならん!」
この分だと、捜索隊の派遣すらしていない可能性がある。
……しかし、冒険者だけ帰還しただぁぁ?
あぁ、本当なら、情報提供の分、表彰してやらねばなるまい!──だが、その言葉からするに一人で逃げ帰ったともとれるわなぁ。
「まったく、なんたることか!……ええぃ、大臣もボケっとしとらんで、関係幕僚を集めてさっさと救助に向かう部隊の編制をせよ! あぁ、ワシに認可を待つ必要などないぞ! 使えるものは何でも使え!!」
「は、ははー!」
そうだ!
時間だ! 時間が重要だ。
何がダンジョン実習だ。
何が行方不明だ!
そんなことあろうはずがない! どうせ、大げさな情報に違いない!
だが、もし本当なら、関係者全員を血祭りにあげてくれるわ!
「────急げぇぇぇえ!」
こうして。
その時から、早馬に飛脚、魔術に伝書鳩などありとあらゆるチャンネルを通して情報が共有され、新月のダンジョンから遠く離れた王都を中心に、事態は大きく動き始めようとしていた。