暗い、暗い……。
暗い水底のような部屋──。かすかに見える光。
あれは一体……。
うぎぎぎぎ……。
「う……?」
こ、ここは──?
男は、暗闇の中で目を覚ました──…………目、覚ました、よな?
「あ、明かりは? だ、誰か明かりを──!」
思わずガバリと身体を起こす。
ツっ!!
すると、途端に足全体にはしる激痛に顔を歪めるしかない。
「ぐぅぅ……!」
ひどい痛みだ。
──まるで、なにかで切り飛ばされたかのように焼けるような激痛に思わず悲鳴が漏れた。
だけど、切り飛ばされているはずがない。
だって、こんなにもまざまざと足に指先まで痛みが走るんだから──。
「はぁはぁはぁ……。くそ! だれか、誰かいないのか?!」
しーん。
……おかしい。
さっき夢うつつでなにか光を見た気がしたのだが──……。
それとも、今もこれも夢なのか?
そも、ここは一体──……。
「……いや、なんで俺はこんなところにいる?」
手には……。
ざらついた感触。
屋内のそれではない……。
かといって野外や、ましてや寒空の下にいるとも思えない。
なぜなら、この一帯に息が詰まるほどの密閉感があるからだ。
つまり、ここは──……。
ウギギギギギ……。
「っ! だ、だれだ?!」
なにかの気配を感じて思わず振り返る。
その刹那にも激痛が走るが、それは無視する。
そして、得物はないかと腰に背にと探るが──……くそっ! なにもない!
「そうか、あの時──……」
刹那、突き飛ばされた瞬間がフラッシュバックする。
『新月のダンジョン』の外から、再び中へと突き飛ばされたあの瞬間を……そ、そうだッ!
「お、王女様!? ハバナ王女殿下ぁぁ!!」
ハ、ハバナ!
……ハバナぁぁぁああ!!
思わず叫ぶ。
叫ばずにはいられない──。
得物をどころではない!
剣も弓もなにも──そんなものよりも、大事なものを腕にしていたはず……。
「ああああああああ! そうだ! そうだった!」
あの惨劇から唯一救えたはずのぉぉぉおおおおおお……!
『コカカカカカ……』
「ッ?! 誰だ!!」
いま、何か音がしたぞ?
固いものを噛み合わせるような、そんな異音が──……って、
「なぁっぁああ!」
あまりの驚愕。
あまりの距離。
あまりの骸骨。
そう…………骸骨、骸骨だとぉぉお?!
「ひっ! ア、アンデッドか?!」
なんのことはない。
さっきのは、歯をこすり合わせる音。
そして、乾いた骨の関節が軋む音だ。
……なぜ今まで気づかなかったのか、わからないほどの至近距離にそれはいた。
そして、振り向いた瞬間、
闇に浮かびあがる青白い火に照らし出された、黒く汚れた醜い骸骨がそこにいた!
「くっ! ダ、ダークボーンナイトか……!?」
なんてこった。
よりにもよって、カテゴリーAAクラスのアンデッドだと?!
地上に出れば、正規の騎士団一個小隊で討伐するレベルの化け物がなんでこんな低レベル帯のダンジョンに──!!
「しかも、唯一の光源がこれとはな……──」
この暗さは間違いなく『新月のダンジョン』だ。
そして、そんなダンジョン内を薄ぼんやりと照らし出しているのは、高ランクアンデッドにまとわりつく呪いの鬼火のそれだった。
「ちぃぃっ!」
武器がなくては抗う手段がない。
なので、慌てて距離を取ろうとして、ワンステップ──……しかし、その瞬間、激痛とともに姿勢が崩れる。
「ぐがぁぁぁあ!」
い、いてぇ?
なんで??
「うな、なぁぁ! あ、足がぁぁぁああああ!」
見れば、なんと足が……。
魔鉄の装備に覆われていたはずの片足が切り飛ばされたかのように消え失せているではないか!
「ぐぅ……!」
それに気づいた瞬間、いまさらながら全身から脂汗が噴き出す。
そして、
それを見た瞬間、
その切り飛ばされた足を見た瞬間、
全てを思い出す────。
「あ、あ、ぁあああああああああああああ!!」
──ぎゃーはははははははは!
──お前らは、逃げたバーツ!
──引け、シギンス!! こたびの戦は負けだ!
──鈍いなぁ、お前。毒だよ、毒。
もう、こうするしかねーだろ……。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」」
あああああああああああああああああああああああああああああああ
あの野郎ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
お、
思い出した!
思い出した!!
思い出したぞぉぉおお!!
くそがぁぁぁああ!
「──夢なものかよ! 夢であってたまるか!!」
そうだ。
ここは『新月のダンジョン』──……あの、忌々しいミミックと相対したぁっぁあああ、あのぉぉおお────!!
「そして、
そして、あのクソギルドマスターにやられたぁっぁあああ!」
ああああああ!
ああああああああ!
があああああああああああ!!
「うがぁっぁああああああああ!」
『コカカカカカカ……』
ちぃ!
邪魔なアンデッドめ!
「おれの前から消えろぉぉぉおおお!」
足を失ったと自覚すれば、どうということはない!
それと知れば、そう立ち回ればいいだけのこと!!
そして、たかがアンデッド!!
ダークボーンナイトであろうとも、所詮はアンデッド────……俺は、俺は、
「Bランクパーティのシギンスだぞーーーー!」
剣がないなら鎧!
魔鉄で作られしこの鎧の威力だけで十分だぁっぁあ!
「おおおおおおおおおおおお!」
雄たけびを上げると、そのままショルダータックル気味に突っ込む!
そして、
『コカカカカカ──……』
「がはっ?!」
ドサリ。
あっさりと、止められてしまった。
「…………は?」
へっ?!
い、いま、この俺があしらわれた?!
た、たかが……。
たかがアンデッドに!!
「ッ?!」
そして、次の瞬間、まるで子供でも扱うかのように、ヒョイと転がされる。
「ぐがぁ……!」
い、いっつつつ……。
いま、どうやった?!
コ、コイツ──……まさか体術をつかうのか!?
アンデッドのくせに?!
「くぅぅうっ! だが、まだまだ──ぐぁ!」
アンデッドごときに後れをとってたまるかと、なんとか起き上がろうとするも、
そのアンデッドは、まるでこちらがどこを負傷しているのか知るかのように、切り飛ばされた足をガシリと踏みつける──……がっぁあああ!
──ブシュ!!
「がぁっぁああああああああああああ!!」
腐りかけの血が噴き出す。
い、いてぇ!
めちゃくちゃいてぇぇ!!
「……て、てめっぇえ……ぐぅう!」
だが、いくら叫んだとて、包帯のようなものが縛られたそこに足を掛けられれば、血のにじんだ傷口からは激痛しか走らない──…………あ?
「……な! お、おまっ?! 何の真似だ?!」
何を思ったのか、
この骸骨──こ、この骸骨は……?
「は?! お、おい! やめろ!」
『……』
突然かがみこむと、そのままシギンスの古くなった包帯を取り払い、足をふみつけたまま、きつくきつく新しい布でそこを縛り付けた。
「ぐぅ……。し、止血のつもりか?!」
ばかな?!
いや、だけど……ま、まさか──!
「お、おい! お、おまえ──。これはお前が?!」
みれば、古くなった包帯はついさっき巻かれたという程度ではない。
べっとりとした固着した血と腐った膿の様子からも、少なくとも、数時間──下手をすれば数日はその状態だったとわかる。
つまり、最低一回。
下手をすれば、何度も何度も包帯を交換されたということだ──……ア、アンデッドが?!
「どういう、ことだ? お前は一体──」
アンデッドは生者を襲う。
ゾンビは肉を求め、
スケルトンなら、ただただ殺す。ゴーストなら…………。
それがなぜ??
「うぅ!」
しかして、それ以上問いかけようとしたとき、そのスケルトンが何かを放り投げる。
思わず受け取ったそれは、妙に生暖かくて、悪臭を放っていて──……。
「いや! これ、ゴブリンの切り身じゃねーか!?」
はぁぁあ?!
な、なんのつもりだ!?
しかも、よく見れば包帯代わりのそれはゴブリンの装備じゃねーか?!
それどころか、よくよくみれば──部屋中にはゴブリンの残骸が飛び散っている。
そして、ダークボーンナイトが纏う、禍々しい闇の炎に浮かび上がったのは、どうみても調理されたそれらの肉片。
「……お、おいおい。まさか──これを喰えって言うんじゃないだろうな?!」
しかして、どう見ても骨付き肉。
生のままだが、食用に加工されているようにしか見ない。
──じょ、冗談じゃない!
「お、お前が何者かは知らないし、聞く気もない──だが、」
これはないだろう!
いくらなんでもゴブリンの肉は、な。
「……はぁ。助けてくれたことには礼をいう」
しかし、アンデッドが冒険者を──助ける?
はっ!
笑い話にもならないな。
そんな事例聞いたこともない。
ここを脱出して、ギルドに伝えたら何て言われ、る……か。
「ギ、ギルド……?」
ギルド、だと?
──鈍いなぁ、おまえ
──鈍いなぁ、おまえ
──鈍いなぁ……。
「……くっ!」
ギルド──。
ギルド!!
くそっ、ギルドは……。
あのギルドはまずいか!
あの時みた、クソギルドマスターの野郎は、シギンスが外に出るところを見張っていた。
そして、その手からハバナ王女を奪い──そして、突き落とした。
……ならば、外にでるのは果たして安全なのか?
奴が今も見張っていない保証がどこにある?
そして、ギルドが全て奴とグルだったなら………………くそっ。
「八方塞がりじゃねーか!」
なら、
ならどうすればいい?
いつ安全になる?
いつになったら、奴の監視が途切れる……?
「…………くっ」
なんてこった。
すでに俺は詰んでいるじゃないか──!
ギルドの監視がダンジョンの入り口に及んでいるなら、どうやっても脱出はできない。
仮にうまく隙を付けたとしてどうすればいい?
満身創痍の状態で、どこに逃げる?
ポーションも食料も、なにもかも村の中だ。
そして、それらは全てギルドに集約している……!
「……畜生!!」
ガンッ!
シギンスはどうにもならない状態に自分が置かれていることに頭を抱えるしかなかった。
ダンジョンを管理しているギルドが敵に回ったかもしれないこの状況に!
くそぉっ……。
せめて五体が満足ならば──……。
シギンスの腕前なら逃走できただろう。
だが、今は片足を失い、身体はボロボロだ──。
「最低でも、体調を戻さないと……負けるな」
あのギルドに。
あのギルドマスターに。
そして、あのミミックに────!!
そうだ、あの厄災がごとき子供を喰らう醜悪なミミックにーー!!!!
「…………ならば、俺の出来ることはただ一つ────!」
ウギギギギギ……。
青白い炎を纏った漆黒のスケルトン。
奴が差し出すゴブリンの切り身に目を向ける──……滴る血、溢れる肉の匂い。
「ゴクリ」
あぁ、いいとも。
あーあ、いいともさ。
「……俺は生きる」
生きて、
生きて──……!!
「──
ダンジョンの最奥で叫ぶと、シギンスはスケルトンの持つ、その肉塊を奪い取り、大きく口を開けた。
(あぁ、そうだ! 生きるためならこれしき────)
ガブゥ゙!!
そうして、暗闇のダンジョンに響き渡る肉の音。
咀嚼、嚥下、咀嚼、そして……。
『…………コカカカカカッ』
骨は軋む。