新月のダンジョン奥──未踏破地区にて……。
「げほげほっ! おぇぇええ」
突然、ダンジョン内に押し寄せた熱気に思わず顔を伏せるシギンスは、薄くなった空気に盛大にせき込んだ。
だのに、一向に息が楽にならい。
なんなら、耳鳴りまでする。
「ぐぅぅ、げほがはっ!! な、なんだ?! 何が起こった?!」
はぁはぁはぁ……。
顔に照りつける熱風に目を空けられない。
しばらくして、それも落ち着いたかと思えば続いて、二撃目!
──むわっ!!
「くっ……!」
さっきよりは小さいものの、再び熱波──及びダンジョンを突き抜ける爆音が身体を貫く。
「ぐぅぅぅ……! な、なんて熱量だ!」
耐えるだけでやっと。
ボロボロの衣服が焦げ落ち、
かすかに通路の先が、真っ赤に染まって見えるほどだ。
「はぁはぁ。こ、これは……爆撃か?」
それにしては、威力と範囲がありすぎる気がするが──……いや、待てよ?!
爆撃、
爆弾……。
「ってことは、冒険者が来たのか!」
そうとしか考えられない!
例外を除けば、魔物は爆弾なんて使わない。ましてやこんなダンジョン中を滅するような威力ならなおさらだ。
(……こ、これは僥倖かもしれない!)
クソギルマスに嵌められ意識を失い、
このダンジョンの奥地で身体を休めて、おそらく数日──。
すでになんとか動ける程度には回復したが、その間中、外の動きは全くわからなかった。
……もしかすると、気を失っている間にも誰か来たかもしれないし、後続の救助隊が着た可能性もある。
だが、この暗闇の中で目が覚めてからは、その気配を掴むことは一切なかった。
それが、今になってようやくそのチャンスがきたらしい。
「よ、よし! もしかすると、
ここにきて、初めて感じる人の気配だ。
……間違いない。冒険者か、捜索隊のはず。
それしかありえない!
心が躍る。
胸が熱くなる。
シギンスは薄れゆく炎を追いかけるようにダンジョンの奥を見透かした。
その先には、無数の部屋と通路と──……出口がある、はず。
「さて、突入してきたのは何人だ?」
一人か?
2人以上か?
いーや、ソロなはずがない。
遠方から魔物を呼び寄せる可能性のある爆弾を使うやつが、ソロなはずがない。
そもそも、本来低レベル帯ダンジョンのここに爆弾を持ち込むようなやつがソロで来るはずがない。
ならば、少なくともBランク以上。
さらにいえば複数。おそらくパーティだろう。
そんなのが突入してきた理由は──決まっている。
行方不明者の捜索か『奴』の討伐のどちらかだ。
でなれば、高価な爆弾を投入できるような高ランクのものがこの低レベル帯のダンジョンに来るはずがない。
「つまり、今こそ千載一遇のチャンスだ……」
シギンスは闇の中で思いを巡らせる。
こんな、暗い暗い、地の底よりも暗い場所にいる理由はただ一つ。
そうとも、あのクソギルマスの存在だ……!
「奴がギルドを利用して入口を監視している可能性を考えるとどうしても脱出できなかったが、今なら……!」
入口には監視小屋もあるし、
それらを避けて逃げるには、今のシギンスはあまりにも不利であった。
だから、機会をずっとこの闇の中で伺っていた。
なぜなら、シギンスはすでに満身創痍。
片足を失い、
装備ももはや役に立たない。バランスの悪い状態でフルプレートアーマーなど使えるはずもない、今のシギンスはBランク冒険者だった頃の見る影もない。
そんな状態でのこのこ地上に顔をだせばどうなる?
はっ!
あっという間にあのクソギルマスに通報されて終わりさ。
それが今ならどうだ?
討伐隊にせよ、捜索隊にせよ、かならず多人数のはず。
そして、パーティであれば、ギルマスの口利きが利いていても、そう簡単にシギンスを害するようなことはできまい。
なぜなら、高ランクほどリスクを恐れる。
そして、ギルドとて高ランクに無茶は言えない。
ギルド外の捜索隊ならなおのことだ。
「そうさ、王族が行方不明ないし死亡だ。かならず軍が動くはず……」
その時にシギンスは保護を求めればいい。
あるいは、外に出てもいいだらう。
部外者が多くいる前なら、あのギルマスとて無茶はできまい。
つまり、ダンジョンから安全に脱出するのは、今をおいて他になし!
「行くか……」
ここの正確な位置は不明だが、所詮は低レベル帯ダンジョンだ。
今のシギンスでも踏破自体はそう難しくない。
障害があるとすれば『奴』のみ。
だが、『奴』の特性上、こちらか、近づかなければ問題はないはず。
凶悪で醜悪だが、
奴は待ち伏せ専門。動くことのできないミミックなのだから。
つまり、奴のテリトリーに入らなければ脱出するだけなら容易なのだ。
もっとも、一度でも奴のテリトリーに踏み入れば逃れることは至難の業。
クモの巣に掛かった蝶のごとく、むさぼり食われるしかない。
「……うぐ」
その時の光景を思い出し、口元に手をあてる。
──ぎゃーはははははは!!
──ザーコ! 間抜けどもは食ってやるぞー!!
「ぐ、ぐぅぅ……」
忘れろ!
忘れろ!
今だけは忘れろ!
「ぐっ、うおええええ!!」
ビチャビチャビチャ……。
奴の笑い声とともに、何度も何度も生徒達の絶叫がリフレインする。
『『『ぎゃぁあああああああ!!』』』
あの耳の奥にこびりつく、あの時の生徒達の絶叫と仲間の断末魔が何度も何度も!!
「ぐ、ぐぅぅう!」
だが、忘れろ!
今だけをその全てを!!
「は、はぁはぁはぁ……」
それら全てをあえて無視するように、忌まわしい記憶として、
そうだ。
今は忘れるんだ。
そう。今がその時ではないのだ──。
「まずは脱出……! 全てはそれからだ」
そうとも、なにより優先されるのが、このダンジョンからの脱出なのだ。
そして、ダンジョンを脱出し、これまでの情報をしかるべきところに持ち帰る!
その時こそ、万全を期し舞い戻るのだ!!
全てにケリをつけるため……。
仲間の弔いのため、食い散らかされた生徒達の鎮魂のために──!
「ただ、そのためには、な──……」
うぎぎぎぎぎ……。
「お前次第、か……」
そう。
なによりも、まずは?
そうして振り返った先には、骨を軋ませた漆黒の骸骨がいた……。