アビドスに、もう一人の三年生がいた   作:ゴリさん39

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第13話 見つかる夜

 

 アビドスへ入る時、ヒバリはいつも校門を使わない。

 

 使う理由がない。正面から入るのは、見つかりたい人間のやることだ。

 

 だから今夜も、崩れた外壁の低いところを越え、砂を噛まない角度だけを選んで校舎の裏へ回った。

 

 夜のアビドスは静かだ。

 

 静かすぎて、逆に些細な変化が浮く。

 

 一つ目の違和感は、すぐに見つかった。

 

 カメラが増えている。

 

 以前は無かった位置。あっても一台で済ませていた死角。屋上へ抜ける通路の角。旧校舎へ向かう中庭寄りの壁際。見る人間が見れば、最近まとめて付けたと分かる雑さで、何台か増設されていた。

 

 ヒバリは足を止め、少しだけ視線を細める。

 

 面倒だ。

 

 死角が減る。入る角度を考え直さないといけない。今まで通りの動き方では、余計なところで足を止めることになる。

 

 だが、悪くない。

 

 警戒心が上がっている証拠ではある。

 

 ……今までが無さすぎただけだが。

 

 カイザーを警戒しているのか。それとも、自分を見つけたいのか。

 

 ホシノがどこまで喋ったのかは知らない。助けたことだけ話したのか。金のことまで話したのか。あるいは何も言わず、対策委員会の方で勝手に勘づいたのか。

 

 どちらでもいい。

 

 少なくとも、ようやく少しはマシになった。

 

 ヒバリは壁に手をつき、カメラの死角だけを拾って滑るように進む。

 

 校舎裏。非常口。保健室の窓。廊下の隅。消耗の早い場所から順に見る。

 

 夜の巡回は、もう癖だった。

 

 壊れかけた蝶番。緩んだ窓枠。救急箱の減り。机の脚の歪み。日中、誰がどれだけ使ったかを、残った形だけで拾う。

 

 メモは短い。長く書く必要がない。必要なものだけ分かればいい。

 

 保健室の包帯、減り早い。

 二階東側、窓枠次で駄目。

 部室の椅子、一脚そろそろ限界。

 屋上扉、蝶番交換要。

 

 いつも通り。

 

 そのはずだった。

 

 対策委員会室へ続く棟の窓に目が行った時、ヒバリは思わず眉を寄せた。

 

 灯りがついている。

 

 深夜だ。時間帯を考えれば、寝ている方が普通だった。しかも部室だ。見回りのために点けっぱなしにする場所でもない。

 

 誰かいる。

 

 待っているのか。偶然か。それとも、ここ数日の変化全部がそのためか。

 

 カメラ。

 灯り。

 夜中の部室。

 

 分かりやすい。

 

 分かりやすすぎて、逆に腹が立つ。

 

 ヒバリは一度だけ、舌打ちを飲み込んだ。

 

 本来なら、見ない。金とメモを置いて帰る。それが一番面倒がない。

 

 だから先に、いつもの仕事だけを終わらせた。

 

 旧校舎へ回る。

 

 今は使われていない棟。砂が積もり、昼間でも誰も寄らない場所。昔からの癖で、ポストだけはまだ生きている。

 

 封筒を入れる。

 

 その中に金と、事務的なメモ。

 

 いつもなら、それで終わりだった。

 

 だが今夜は、ポストの口に小さな紙が挟まっていた。

 

 付箋。

 

 ヒバリは指先でそれを摘まむ。

 

 ヒバリさん

 いつもありがとうございます

 

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 

 次に来たのは、苛立ちだった。

 

 礼を言うな。

 気づくな。

 勝手にまとめるな。

 

 喉元まで上がった言葉を、そのまま押し込める。

 

 紙は破らない。丸めもしない。ただ、見たまま数秒止まってから、ヒバリはそれを封筒の脇へ折って差し込んだ。

 

 ……余計なことをする。

 

 胸の奥が、嫌な形でざわつく。

 

 だから余計に、あの灯りが気になった。

 

 帰る前に、一度だけ。

 

 その一度だけのつもりで、ヒバリは対策委員会室の外壁沿いへ戻る。

 

 窓の位置は変わらない。カーテンは半分だけ開いていた。中を覗ける。覗かせる気なのかもしれない。そこまで考えて、また苛立つ。

 

 ヒバリは壁に身を寄せたまま、ほんの少しだけ顔を出した。

 

中にいたのは、一人だった。

 

 静かな二年の子。

 

 名前は知らない。だが、見覚えはある。一年前、遠回しに見たことがある。校舎の端で、荷物を持って走っていた小さい背中。ホシノの後ろにくっついていた記憶。

 

 ……成長しすぎじゃないか。

 

 ヒバリは思わず真顔で見た。

 

 もっと小さかった気がする。少なくとも、こんなにすらりとしていなかった。静かなのは変わらない。座っている姿勢も同じだ。だが輪郭が違う。線が伸びている。時間だけが勝手に通ったみたいに、ちゃんと成長している。

 

 何でだ。

 

 ずるいだろ。

 

 いや、今そこじゃない。

 

 内心で自分に突っ込みを入れる。こんなところで何を気にしているのか。深夜の学校。覗き。待ち伏せの気配。カメラ増設。考えるべきことはいくらでもある。

 

 なのに目の前の二年の成長具合に意識を持っていかれる自分に、余計腹が立つ。

 

 室内では、その静かな二年の子が机に何か広げていた。地図か、メモか、手書きの配置図か。顔を上げない。だが、ただ起きているだけではない。明らかに考えている顔だった。

 

 待っている。

 

 誰を、とは言わない。言わなくても分かる気がして、ヒバリはまた嫌な顔をする。

 

 その時だった。

 

 ふと、相手が顔を上げた。

 

 窓の外。

 暗がり。

 壁際。

 

 目が合った。

 

 一拍。

 

 向こうの表情が、ほとんど動かなかったのが逆にまずい。

 

 叫ばない。慌てない。ただ、確かにそこを見る。気づいた人間の目だった。

 

 ヒバリは反射で身を引いた。

 

 思考より先に体が動く。窓辺から離れる。死角へ滑る。足音は残さない。外套の裾だけが一瞬、夜に溶けた。

 

 次の瞬間には、校舎の影へ消えていた。

 

 背後で、窓が少しだけ開く音がした。

 

「……今、いた」

 

 小さな声。

 

 追ってこない。だが、見失ってはいない声だった。

 

 ヒバリは舌打ちした。

 

 面倒だ。

 

 本当に面倒だ。

 

 校門へは戻らない。中庭を切って、旧校舎の裏へ抜ける。カメラの位置は、もう一度頭の中でなぞった。増えた分も含めて、次は通り道を変える必要がある。

 

 警戒心が上がったのはいい。

 それは本当に、いい。

 

 ……だが、見つかるのは別だ。

 

 夜風が外套を引く。ヒバリはそれを振り払うように歩幅を速めた。

 

 深夜のアビドスは、前より少しだけ変わっていた。

 たぶん、もう前みたいには戻らない。

 

 それが妙に腹立たしくて、ヒバリは学校の外へ消えた。

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