アビドスに、もう一人の三年生がいた   作:ゴリさん39

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第18話 近づくまで

 

 最初の印象は、最悪だった。

 

 ユメ先輩に声をかけられたのは数日前だ。アビドスに力を貸してほしい、と。人手が足りないことも、この学校が長く苦しい状況にあることも、話の端々から十分伝わってきた。

 

 ユメ先輩は優しかった。柔らかくて、困ってる相手を放っておけない人なんだろうな、というのがすぐ分かるくらいには。

 

 だから、少しくらいなら付き合ってもいいと思った。

 

 思ったのに。

 

 ついてきてみれば、待っていたのは感じの悪い妹だった。

 

 知らない顔を見るなり眉をひそめて、いきなり喧嘩腰。言ってること自体は分からなくもない。人が減って、信用した相手が消えて、綺麗事にうんざりしてるのも何となく伝わる。

 

 でも、気に入らないものは気に入らない。

 

 初対面であの態度はない。

 

 しかも、こっちを見下した目のまま「表出ろ。見てやる」だ。

 

 上等じゃん、と思った。

 

 一回潰す。

 

 ちゃんとこっちが上だと分からせる。

 

 そういうつもりで、ホシノはグラウンドへ出た。

 

     *

 

 校舎脇のグラウンドには、訓練用なのか低い障害物がいくつか積まれていた。木製の低い壁、簡易バリケード、砂袋を重ねた遮蔽物。古びてはいるけど、使うには十分だ。

 

 向こう側で、ヒバリが盾を片腕に噛ませる。

 

 折りたたみ式の大型盾。片手には大口径リボルバー。構成だけ見れば近中距離型だ。火力は高そう。でも弾数は少ない。リボルバーならなおさらだ。

 

 ホシノはショットガンを肩に馴染ませながら、相手を眺める。

 

 小柄。細い。怖い顔。感じ悪い。口も悪い。

 

 なのに、構えだけは妙に隙がない。

 

 そこがまた腹立たしかった。

 

 ユメ先輩が心配そうに二人を見比べる。

 

「二人とも、本気でやるつもりじゃ――」

 

「やるよ」

 

「やる」

 

 またぴったり重なって、ユメ先輩がさらに困った顔になった。

 

 少し離れた中距離で向かい合う。

 

 この距離なら、すぐ詰められる。

 

 相手は盾持ちでも、接近型だ。リボルバーは数が少ない。適当に避けて、リロード中に潰せば終わる。

 

 そう思って、ホシノは地面を蹴った。

 

 まっすぐ距離を詰める。

 

 最初に押す。近づく。飲む。こっちの形に引きずる。

 

 そのつもりだった。

 

「死ね!」

 

 甲高い怒鳴り声と同時に、銃声が鳴った。

 

 反射で頭を振る。

 

 右を掠める。

 

 間髪入れずにもう一発。

 

 今度はしゃがみ込むように避けた。熱が髪をかすめる。

 

「……は?」

 

 足は止めない。

 

 でも、思考が少し遅れた。

 

 この距離から、今の二発、両方頭だった。

 

 適当に撃ったんじゃない。明確に仕留めに来てる射線だ。

 

 ヒバリはそのままこちらを見ていた。嫌なくらい真っ直ぐに。外したことにも焦っていない。むしろ、避けるのが当然みたいな顔で、冷静にシリンダーへ指をかける。

 

 見ながら、リロードしている。

 

 この距離から当ててくるのかよ。

 

 しかも、こっちを見たまま。

 

 イケすかない奴は本当にイケすかない顔で、無駄のない手つきで弾を込めている。

 

「……早く距離詰めないとまずいね」

 

 思わず、そんな独り言が漏れた。

 

 軽口じゃない。本音だ。

 

 あの精度で撃たれ続けたら、近づく前に終わる。

 

 ホシノは斜めに走路を変えた。真正面の突撃をやめ、障害物の影を切る。木製の低い壁をひとつ挟み、その先のバリケードまで一気に入る。

 

 次の銃声。

 

 木片が跳ねた。

 

 視界の端に、削れた壁材が飛ぶ。

 

 止まれば駄目だ。次が来る。

 

 ホシノは地面を滑るように蹴って、遮蔽物から飛び出した。

 

 距離は縮んだ。

 

 今度は行ける。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 急に目の前に、盾が迫ってきた。

 

「っ!?」

 

 反射で身体を捻る。

 

 正面から突っ込んできたヒバリが、そのまま盾を叩きつけるように振り抜く。紙一重で外れた一撃が、背後の低い木製障害物に食い込んだ。

 

 鈍い破砕音。

 

 木片が弾け飛ぶ。

 

 低い壁がほとんどそのまま吹き飛んだ。

 

「なんてバカ力だよ……!」

 

 一撃ももらえない。

 

 本気でそう思った。

 

 盾ってもっと受けるための物じゃないのか。何でこいつのは殴る方が本職みたいになってるんだ。

 

 ヒバリは盾を戻す勢いのまま、腰のリボルバーを抜いて撃つ。

 

 近い。

 

 ホシノはショットガンで銃身を弾くみたいに上へ流し、火花を散らしながら横へ逃げた。砂が跳ねる。ヒバリもそのままついてくる。

 

 接敵した。

 

 そこからは、ほとんど息をつく暇もなかった。

 

 ヒバリは嫌な相手だった。近づけば終わると思っていたのに、近づいた後も普通に面倒だった。盾で押す。弾く。ぶつける。離れる。撃つ。近い距離での判断が速い。

 

 ホシノも押し返す。ショットガンの間合いに入ればこっちが強い。射線と体重で押し込んで、踏み込みで崩す。けれどヒバリはまともに受けない。正面からぶつかるくせに、最後の一歩だけ斜めにずらす。その癖がうざい。

 

 何度か撃ち合い、何度か盾が視界を塞ぐ。

 

 接近戦用の二人だった。だからこそ距離のやり取りが激しい。完全に離れもしないし、べったり張りつきもしない。一歩間違えればどちらかが頭を割られる位置で、細かく押し引きを繰り返す。

 

「しつこい!」

 

「そっちが!」

 

 言い返す声まで刺々しい。

 

 腹立つな、本当に。

 

 でも、その腹立たしさの中に少しずつ別の感情が混ざってきていた。

 

 ちゃんと強い。

 

 それも、思っていたよりずっと。

 

 ヒバリは近づかれるたびに盾を使って強引に距離を切る。そのタイミングでリボルバーの弾も整えてくる。最初はただ必死なんだと思っていた。でも違う。あれは癖だ。意図してやってる。

 

 バッシュで離脱。

 

 呼吸ひとつ置いてリロード。

 

 次の射撃で止める。

 

 それを繰り返してる。

 

「……あれ?」

 

 何度目かの押し合いのあと、ホシノはそこでようやく気づいた。

 

 ヒバリの息が少し荒い。

 

 肩の上下が大きい。足の踏み込みが、ほんのわずかに鈍くなっている。

 

「疲れてきたんじゃない?」

 

 煽るように言うと、ヒバリの顔が余計に険しくなった。

 

「ぬかせ!」

 

 盾が来る。

 

 重い。

 

 危ない。

 

 でもさっきより一瞬だけ遅い。

 

「早く潰れろ!」

 

「そっちが、ね!」

 

 撃ち合う。

 

 ホシノの散弾が盾を叩き、ヒバリのリボルバー弾がバリケードの角を砕く。砂煙が上がる。視界が揺れる。

 

 その中で、ホシノは相手の動きを見ていた。

 

 来る。

 

 また、あの形だ。

 

 接近を嫌がった時のバッシュ。強引に押し返して、距離を切って、そのままリロードに入る流れ。

 

 今度こそ読んだ。

 

 ヒバリが踏み込む。

 

 盾が真正面から迫る。

 

 ギリギリで身体を落とし、横へ抜ける。風圧みたいな勢いが頬を打つ。そのままヒバリの背中側へ回り込んだ。

 

 今だ。

 

 至近距離。

 

 ショットガンの銃口を叩きつけるように向ける。

 

 引き金を絞った。

 

 炸裂音。

 

「――ッぁ!」

 

 予想外だったのか、ヒバリが悲痛な声を上げる。身体が大きく崩れる。これで終わる。そう思った。

 

 けれど終わらなかった。

 

 ヒバリはそのまま倒れず、崩れた体勢の勢いを無理やり殺さないまま、片腕の盾を横薙ぎに振り抜いた。

 

「っ、うお!?」

 

 まともに食らう。

 

 重いとかいう話じゃない。衝撃そのものが殴りつけてきたみたいだった。ホシノの身体が浮く。次の瞬間、背中から障害物に叩きつけられる。木材が軋み、肺の空気が全部押し出された。

 

 痛い。

 

 息ができない。

 

 視界が白く弾ける。

 

 そのまま地面に転がった。

 

 何秒か、本当に何も考えられなかった。

 

 耳の奥で音が鳴っている。

 砂の匂いが近い。

 身体がうまく動かない。

 

 それでも、薄く開いた視界の先でヒバリが動いた。

 

 盾を杖みたいに地面へ突き立てて、一度だけ立ち上がる。

 

 けれど脚が笑っていた。膝が細かく震えている。呼吸もひどい。肩が上下して、今にも崩れそうだった。

 

 それでもこっちを見る。

 

 強く、ものすごく不機嫌そうに。

 

 睨みつけるみたいに真っ直ぐこちらを見た。

 その目だけは、まだ全然折れていなかった。

 

 腹が立つくらい、最後まで感じが悪い。

 

「くそが」

 

 低く吐き捨てる。

 

 その一言を残して、ヒバリはそのまま前に倒れた。

 

 盾が鈍い音を立てる。

 

 グラウンドが静まる。

 

 倒れたまま、ホシノはそれを見ていた。

 

 相打ち。

 

 たぶん、そういうことなんだろう。

 

 気に入らない。

 感じも悪い。

 でも、ちゃんと強い。

 

 視界の端で、ユメ先輩が慌てて駆け出すのが見えた。

 

 そこでようやく、張っていたものが切れる。

 

「……ほんと、面倒」

 

 掠れた声だけが漏れる。

 

 次の瞬間、ホシノの意識も、そのまま暗く落ちた。

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