アビドスに、もう一人の三年生がいた   作:ゴリさん39

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第20話 お宝

 

 軽装甲車の側面を拭きながら、ヒバリは無言だった。

 

 無言なのは機嫌がいいからじゃない。いつものことだ。喋る必要がなければ喋らないだけで、今日は特に、口を開けば砂まで入ってきそうな乾いた風が強かった。

 

 アビドス生徒会の車両置き場兼簡易格納スペースは、今日も砂だらけだった。

 

 低い屋根の下に軽装甲車が一台。少し離れたところに輸送用ヘリ。どっちも使うたびに砂を被るし、使わなくても砂を被る。結局、放っておけば全部すぐ汚くなる。

 

 だからヒバリは、黙って手を動かしていた。

 

 布で外装の砂を落とす。足回りを見る。窓の隅に入り込んだ砂をかき出す。ついでに点検表へ簡単に印を入れる。どこが緩んでいるか、燃料がどのくらい残っているか、次に動かすなら何が要るか。見ておくべきことは山ほどある。

 

 面倒だ。

 

 でも、誰かがやらないと普通に困る。

 

 軽装甲車の側面を一度叩き、ヒバリは次にヘリの下へ回り込んだ。脚まわりに付いた砂を払おうとしたところで、背後から聞き慣れた声が飛んでくる。

 

「ヒバリ! ちょっと見てこれ!」

 

 嫌な予感しかしない声だった。

 

 ヒバリは振り返る前から顔をしかめた。

 

 案の定、姉だった。しかも一人じゃない。その後ろにホシノもいる。

 

 姉は何か紙束を抱えていて、やけに目がきらきらしている。ホシノはホシノで、少し呆れたような顔をしながらも、完全には止める気がない時の顔をしていた。

 

 嫌な予感しかしない。

 

「今、見て分かんない?」

 

 ヒバリは雑巾を持ったまま言った。

 

「清掃中なんだけど」

 

「それより大事かもしれないよ!」

 

「そんなわけないでしょ」

 

 即答したのに、姉はまったく怯まなかった。

 

 紙束をぱたぱたと振って、ずいっと前へ出てくる。

 

「ほら、昔のアビドスのパンフレット! 倉庫整理してたら出てきたの!」

「見て、ここ!」

 

 半ば押しつけられるようにして紙を渡される。

 

 古い紙だった。端が少し黄ばんでいて、折り目もある。表紙には、まだ人がいた頃のアビドスの風景写真。今よりずっと賑やかそうな街並み。見慣れないくらい整っている道。

 

 ヒバリは嫌そうな顔のままページをめくる。

 

「……で」

 

「そこそこ!」

 

 姉が指を差した先には、小さな特集記事みたいなものがあった。

 

 アビドス近郊の鉱物資源。処理施設。試験採掘区域。そんな単語が並んでいる。

 

 さらに読み進めると、昔この周辺で鉱石類が処理され、当時は採算が合わないと判断された低品位の鉱石や、不純物の多い残渣が一部まとめて廃棄された可能性がある、と書かれていた。

 

 姉が息を弾ませる。

 

「ここにお宝が眠ってるはずなの!」

「昔は価値がないって捨てられた鉱石の中に、今なら高く売れるものが混じってるかもしれないんだって! 掘り起こしたら大金になるかも!」

 

 ヒバリは無言で姉を見た。

 

 次に、ホシノを見る。

 

 止めろや、という視線だった。

 

 普通ならここで、ホシノが「いや怪しいでしょ」とでも言って終わるはずだった。

 

 でも、ホシノは少しだけ目を細めて、パンフレットを横から覗き込んでいる。完全に信じてるわけじゃない顔だ。けれど、完全に馬鹿にしてる顔でもない。

 

 心なしか、ちょっとだけ目がきらついている。

 

 ヒバリは本気で頭が痛くなった。

 

「……マジかよ」

 

「いや、あたしも最初はどうかと思ったけど」

 

 ホシノが肩をすくめる。

 

「こういうのって、一応気になるじゃん」

 

「お前もそっち側かよ」

 

「そっち側って何」

 

「夢を見る側」

 

 ホシノが少しだけ眉を上げる。

 

「感じ悪」

 

「知ってる」

 

 姉はそんな二人を気にも留めず、ひたすら前向きだった。

 

「もし本当に残ってたらすごいよ! 学校の足しになるかもしれないし、借金だって少しは――」

 

「ならないでしょ」

 

「なるかもしれないでしょ!」

 

「“かも”で軽装甲車動かす気?」

 

「動かすよ!」

 

 即答だった。

 

 ヒバリは本気で嫌そうな顔をした。

 

 ホシノが少しだけ吹き出しそうになるのが見えた。こいつ、止める気ないな。いや、最初から薄かったけど、今ので完全に消えた。

 

 こいつらマジか。

 

 本気かよ。

 

 ヒバリはパンフレットを閉じる。

 

「そんな都合よく埋まってるわけないでしょ」

「だいたい、掘るって言っても場所広すぎるし」

「機材は?」

「燃料は?」

「地図は?」

「周辺の旧区画情報は?」

「砂の深さも分からないのに?」

 

 姉はそこで、ほんの少しだけ詰まった。

 

 でもすぐに顔を上げる。

 

「だから、今から準備するの!」

 

 何の答えにもなっていなかった。

 

 ヒバリは天を仰ぎたくなった。

 

 隣でホシノがパンフレットをもう一度覗き込みながら、小さく言う。

 

「……まあ、行くだけ行ってみるのはありかもね」

「何もなかったら、それはそれで諦めつくし」

 

「お前まで何で乗るの」

 

「ちょっと面白そうだから」

 

 終わってる。

 

 ヒバリは額を押さえた。

 

「本気かよ……」

 

「本気だよ!」

 

「お前は黙ってて」

 

「何でぇ!?」

 

 姉が不満そうな声を上げる。

 

 でも、その明るい顔を見ていると、頭ごなしに全部叩き切るのも少しだけ面倒になった。面倒というか、疲れる。こっちが。

 

 どうせ止めても、こいつらは別ルートで何かやる。

 

 しかも準備不足のまま。

 

 それが一番まずい。

 

 ヒバリは深く息を吐いた。

 

「……分かった」

 

 姉とホシノが同時にこっちを見る。

 

「軽装甲車を出すなら燃料を確認する。足りないなら携行缶も積む」

「発掘道具も積む」

「ドリル、ツルハシ、スコップ、ロープ、シート、予備水」

「二人はその間に周辺の地図情報と旧区画図を集めてきて」

 

「えっ、行ってくれるの!?」

 

「行かないと、お前らだけで勝手に行くだろ」

 

 ヒバリは即座に返した。

 

「その方が事故る。最悪」

 

 姉はぱっと顔を明るくした。

 

「やっぱりヒバリ、優しい!」

 

「違う」

「現実見てるだけ」

 

 ホシノが横で小さく笑う。

 

「でも行くんだ」

 

「うるさい」

 

 ヒバリは軽装甲車へ向き直った。

 

「暇なら手伝えよ。無理なら出稼ぎでも行って。私の視界に入らないでよ」

 

 反射でホシノの眉が寄る。

 

 一瞬、言い返しそうになるのが分かった。

 

 でも、今のはちょっとだけ一理あった。

 

 ホシノは何とも言えない顔のまま、軽く舌打ちしそうな息を吐いてからパンフレットを持ち直す。

 

「……地図、探してくる」

 

「最初からそうしろ」

 

「いちいち感じ悪いな、お前」

 

「知ってる」

 

 姉はそのやり取りを見て、少しだけ笑っていた。

 

 それから、よし、と小さく気合いを入れる。

 

「じゃあ手分けしよう!」

「ホシノちゃん、資料室!」

「ヒバリ、車両お願い!」

「私は工具庫から発掘道具持ってくる!」

 

「最初からそれ言えよ」

 

「言ったらヒバリが逃げるかもしれないし」

 

「逃げない。呆れてるだけ」

 

 そう返しながら、ヒバリは軽装甲車のハッチを開けた。

 

 燃料残量を確認する。いけるけど足りない。携行缶も要る。後部のスペースを見て、どこに何を積めるかざっと頭の中で並べる。ついでにタイヤの状態を見る。砂地なら空気圧も少し見ておきたい。

 

 手は勝手に動く。

 

 文句を言いながらでも、準備は進む。

 

 後ろでは姉が工具庫の鍵を探し始めて、ホシノがパンフレット片手に資料室の方へ歩いていく。

 

 途中で一度だけ振り返って、軽装甲車の横にしゃがみ込んでいるヒバリを見た。

 

「……意外とちゃんとしてるね」

 

 聞こえるように言ってくる。

 

 ヒバリは顔も上げずに返した。

 

「お前が適当すぎるだけ」

 

「はいはい」

 

 気に食わない返事だったけど、もう言い返す気にもならなかった。

 

 結局、こうなる。

 

 夢を見る姉が話を持ってきて、半分呆れながら乗るホシノがいて、最後に現実の段取りを組むのが自分。

 

 面倒だ。

 

 本当に面倒だ。

 

 でも、その面倒さで何とか回っている日もあった。

 

 ヒバリは軽装甲車の後部を閉めて立ち上がる。

 

 砂の向こうでは、姉が工具を抱えて走ってきて、ホシノが古い地図を何枚も丸めて持ってきている。

 

 馬鹿みたいな話だった。

 

 けれど、この時の三人は、わりと本気だった。

 

 そしてたぶん、それで十分だった。

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