アビドスに、もう一人の三年生がいた   作:ゴリさん39

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第21話 砂しかない

 

 砂漠の真ん中だった。

 

 本当に、何もなかった。

 

 空は高い。日差しは強い。地平線まで見える。見えるくせに、目印になるものはほとんどない。低い岩と、風に削られた起伏と、延々続く砂。昔ここに何かが埋められたと言われても、そうですかとしか言えない景色だった。

 

 軽装甲車が止まる。

 

 エンジン音が切れた途端、外の静けさがやけに広くなった。

 

 ホシノはドアを開けて、熱気に顔をしかめた。

 

「……帰っていい?」

 

「着いて一分も経ってないよ!?」

 

 助手席から飛び出してきたユメが、さっそく元気だった。手にはパンフレットと旧区画図。来るまでの間もずっと見比べていたせいで、紙の端が少しよれている。

 

「この辺のはずなんだよねぇ」

「処理施設の旧ルートがここで、廃棄予定区域がこのあたりで――」

 

「“このあたり”広すぎでしょ」

 

 ホシノが地図を覗き込みながら言うと、ユメは少しだけ気まずそうな顔をした。

 

「でも、絞った方なんだよ?」

「ほら、ここからここまで!」

 

「全然絞れてない」

 

 ぴしゃりと言ったのは、車両の後ろで荷台を開けていたヒバリだった。

 

 いつも通り感じが悪い。

 

 感じが悪いまま、工具を地面へ下ろしていく。ツルハシ、スコップ、手持ちドリル、ロープ、水筒、シート。後部には予備水と簡易冷凍庫も積んである。必要そうなものは一通り揃っていた。

 

 こういう時だけ妙に抜け目がない。

 

「文句言ってないで動いて」

「日が高いうちに、何も出ないって確認して帰るんだから」

 

「最初から何も出ない前提なんだ」

 

「当たり前でしょ」

 

 正論だった。

 

 腹は立つけど。

 

 道具を一通り下ろし終えたところで、ユメが「あっ」と声を上げた。

 

「待って、そうだ。先に着替えよう」

 

「は?」

 

 ヒバリとホシノの声が綺麗に重なった。

 

 ユメは悪びれもせず、大きめのバッグを開ける。中から出てきたのは、どう見ても発掘道具ではなかった。

 

「水着!」

 

「何で?」

 

 ヒバリが真顔で聞く。

 

「砂で服が汚れるかもしれないでしょ?」

 

 ユメは当然みたいに言う。

 

「汗もかくし、動きやすい方がいいかなって」

 

「いや意味分かんないけど」

 

 ホシノが即座に突っ込むと、ユメはさらに悪びれず、バッグの中から水着を取り出した。

 

 二着。

 

 それを見た瞬間、ヒバリの顔が固まった。

 

「……待って」

 

 声が低くなる。

 

「何で、二着あるの」

 

「ヒバリの分と、ホシノちゃんの分!」

 

「違う」

 

 ヒバリは即答した。

 

「それ、両方私のだろ」

 

 空気が一瞬止まった。

 

 ホシノが、水着とヒバリを交互に見る。

 

「……え」

 

 ユメはにこにこしたまま、まったく悪びれていない。

 

「だってヒバリとホシノちゃん、体型ちょっと似てるでしょ? 入るかなって」

 

「お前、正気?」

 

 ヒバリの声が本気で低くなった。

 

 ホシノもさすがに一歩引く。

 

「いや、あたしもそこに入れられるの?」

「何その雑なくくり」

 

「雑じゃないよ?」

 

 ユメは二人を見比べる。

 

「たぶんいける!」

 

「いけるじゃないんだよ!」

 

 ヒバリが一歩前に出た。

 

「勝手に人の水着持ち出して」

「勝手に他人へ渡そうとして」

「その理由が体型似てるから?」

「どこから怒ればいいのか分からないんだけど」

 

「え、でもサイズは――」

 

「サイズの問題じゃない!」

 

 珍しく、ヒバリの声がはっきり荒くなった。

 

 ホシノは半分呆れ、半分笑いそうになりながら水着を見る。どう考えても発掘現場に持ってくるものではない。しかも、今の話を聞く限り、どうやらヒバリの私物らしい。

 

 さすがに少し気まずい。

 

「……いや、それはあたしも遠慮しとくけど」

 

「当たり前でしょ」

 

 ヒバリが即座に刺す。

 

「何でちょっと検討したみたいな間があったの」

 

「いや、してないしてない」

 

「嘘つけ」

 

 ユメは困ったように水着を持ち直す。

 

「でも、服のまま砂まみれになるよりはいいかなって……」

 

 そこでホシノが少しだけ言う。

 

「……まあ、理屈だけならね」

「そのまま車に戻ったら内部まで砂だらけになるし」

 

 ヒバリが振り向く。

 

「お前も乗るの?」

 

「着るとは言ってない」

「理屈だけならって話」

 

 そこでヒバリがぴたりと止まる。

 

 数秒、真顔で軽装甲車を見る。車内清掃の手間。砂の入り込み。座席の隙間。帰りのことまで頭の中で計算している顔だった。

 

「……最悪」

 

 低く吐き捨てる。

 

「確かに理にはかなってる」

「内部の掃除の手間が減る」

 

「でしょ!?」

 

 ユメがぱっと明るくなる。

 

「嬉しそうにすんな」

 

 ヒバリは心底嫌そうに言ってから、ユメの持つ水着をひったくるように取った。

 

「着替える」

「でもお前、次から私物を勝手に持ち出したら埋める」

 

「埋める!?」

 

「砂しかないし」

 

「発掘に来たのに埋める側!?」

 

 ホシノが思わず突っ込む。

 

 ヒバリは冷たい目で水着を握りしめたまま言った。

 

「お前も笑ったら埋める」

 

「笑ってないし」

 

「口元」

 

「厳しいな、お前」

 

「知ってる」

 

 結局、三人はなぜか水着の上から薄い上着を羽織って、砂漠の真ん中を掘ることになった。

 

 冷静に考えると意味が分からなかった。

 

     *

 

 掘削は、思っていたよりずっと地味だった。

 

 ロマンも何もない。

 

 目印を決める。範囲を区切る。掘る。掘る。ひたすら掘る。砂をどかす。下の土を崩す。たまに硬いところへ当たる。ちょっとだけ期待する。石だったりする。がっかりする。

 

「何か出た?」

 

「石」

 

「惜しい!」

 

「全然惜しくない」

 

 ユメはドリル担当、ホシノはツルハシ担当、ヒバリは最初だけ掘削位置の確認と範囲の線引き。それから少し掘って、すぐ軽装甲車の方へ引き返した。

 

「え、ちょっと」

 

 ホシノが顔を上げる。

 

「お前だけ休むの?」

 

「交代制」

 

 ヒバリは振り向きもせずに言う。

 

「二人とも倒れたら誰が運転すんの」

 

「今ちょっと納得しそうになったのが悔しい」

 

 ユメが汗を拭きながら笑う。

 

「じゃあ、次は私が休むね!」

 

「早い」

 

「暑いの! 掘ってるの重いの!」

 

「鉱石で大金って言ってたの誰だよ」

 

 ホシノが言うと、ユメは真顔で返した。

 

「大金の前には努力が必要なの」

 

「言い方だけは立派」

 

 結局、交代になった。

 

 ヒバリが補助電源を入れると、車内の冷房が弱く息を吹き返した。ユメが車内へ転がり込み、冷房の風に「あぁ……」と生き返るみたいな声を出す。

 

 ヒバリは呆れたように後部の簡易冷凍庫を開けた。

 

 中を見たホシノが顔を上げる。

 

「……何でそれあるの」

 

 ヒバリの手には棒付きのアイスがあった。

 

 白い。

 

 冷たそう。

 

 しかも、一口食べた。

 

「冷凍庫」

 

「それは見れば分かる」

 

 ホシノは本気で呆れる。

 

「何で冷凍庫にアイス入ってるの」

 

「入れたから」

 

 当たり前みたいに返して、ヒバリはまた一口食べた。

 

 見せつけるみたいに。

 

 絶対わざとだ。

 

 ユメがすぐに反応する。

 

「ずるい! 私もほしい!」

 

「掘ったら」

 

「性格わる……!」

 

「知ってる」

 

 ホシノはツルハシを持ったまま、本気で文句を言いに行こうか少し迷った。

 

「お前、感じ悪いにもほどがあるでしょ」

 

「頑張ってる人にご褒美は必要でしょ」

 

 ヒバリは淡々と言う。

 

「私は頑張ったし、今は運転手」

 

「お前さっきからずっと涼んでるだけじゃん」

 

「次の交代で働く」

「たぶん」

 

「たぶんって何」

 

 ユメが車内からぶつぶつ言いながら手を伸ばす。

 

「ずるいぃ……」

 

「先に地図整理しろ」

 

「はいはい……」

 

 ヒバリはアイスの棒を捨てると、代わりにツルハシを持った。

 

「どいて」

 

「感じ悪」

 

「掘る前から知ってるだろ」

 

 ホシノが一歩退く。

 

 ヒバリは地面の前に立つと、さっきまでのだるそうな空気を少しだけ消した。

 

 振り上げる。落とす。

 

 無駄がない。力任せじゃなく、硬い場所を見ている振り方だ。

 

 ホシノは横目でそれを見る。

 

 やっぱり、こういうのも上手い。

 

 腹立つな。

 

「……意外と慣れてるね」

 

「整備と土木と雑務は大体繋がってる」

 

 ヒバリは掘りながら答える。

 

「お前が何もしてないだけ」

 

「今日何回目それ」

 

「数えてない」

 

 軽装甲車の中からユメが笑う。

 

「仲良しだねぇ」

 

「違う」

「違うね」

 

 また重なった。

 

 ユメの笑い声が少しだけ大きくなる。

 

     *

 

 しばらくして、やっぱり何も出なかった。

 

 本当に、何も。

 

 砂。土。石。たまにちょっと色の違う層が出る。そこで期待して、やっぱりただの地層で終わる。それを何回か繰り返した頃には、三人ともすっかり砂まみれだった。

 

 空の色も少しずつ傾いてくる。

 

 ユメは地面に座り込み、スコップを杖みたいにして前を見ていた。顔に汗と砂が張り付いている。

 

 ホシノも似たようなものだ。腕が重い。喉が乾いた。もうお宝でも石でも何でもいいから、何か理由をつけて終わりにしたい。

 

 ヒバリが地図と掘った場所を見比べて、最後に一言で切った。

 

「何もない」

 

 ユメが少しだけ顔を上げる。

 

「まだこの辺が――」

 

「ない」

 

 ヒバリは即答する。

 

「地層も違うし、処理跡もない。あったとしても掘り当てるだけ無駄」

「ここまでやって出ないなら、もう丸損」

 

 ひどい言い方だった。

 

 でも、たぶん正しい。

 

 ユメがしょんぼりする。

 

「……無駄な出費だったな」

 

 さらにヒバリが容赦なく追い打ちをかける。

 

「燃料、工具、人員、時間。全部無駄」

「夢見た代償としては高いんじゃない」

 

「そこまで言う……?」

 

「事実だし」

 

 ホシノは一瞬、ユメの方を見る。

 

 落ち込むかと思った。さすがにちょっと言いすぎだろ、とも思った。

 

 でもユメは少しだけ黙ったあと、肩を落として、それから小さく笑った。

 

「そっかぁ」

「じゃあ、次はもう少しちゃんと調べてから来るね」

 

「まだやる気なんだ」

 

 ホシノが呆れる。

 

「だってゼロじゃなかったし」

「今のはハズレだっただけ!」

 

「発想が強いな、お前」

 

「褒めてる?」

 

「褒めてない」

 

 ヒバリが小さく息を吐いた。

 

 呆れているのは分かる。けれど、本気で怒っているわけじゃないのも少しだけ分かった。

 

 それから何も言わずに軽装甲車へ戻ると、後部の簡易冷凍庫を開けた。

 

「ほら」

 

 投げてよこされたのは、またアイスだった。

 

 ユメが目を丸くする。

 

「え、くれるの!?」

 

「帰りの車内で騒がれる方が面倒」

 

 ヒバリはぶっきらぼうに言う。

 

「今のうちに黙らせる」

 

「言い方!」

 

「でもくれるんだ」

 

 ホシノが受け取る。

 

 冷たい感触が掌に気持ちよかった。正直、かなり嬉しい。悔しいけど。

 

 ユメももう一本受け取って、ぱっと顔を明るくした。

 

「おいしい……!」

「生き返る……!」

 

「大げさ」

 

「大げさじゃないよぉ」

 

 夕方の砂漠に、三人でアイスを食べる。

 

 しかも水着で。

 

 どう考えても意味の分からない光景だった。

 

 お宝は出ない。鉱石もない。出費は無駄。丸損。成果ゼロ。

 

 なのに、空気だけはそんなに悪くなかった。

 

 着替え終わったヒバリが運転席へ乗り込む。

 

「片づけ終わったら帰る」

「二人とも、ゴミだけちゃんとまとめて」

 

「はーい」

 

「はいはい」

 

 返事まで揃う。

 

 ヒバリが心底嫌そうな顔をした。

 

 ホシノはそれを見て、少しだけ口元を歪める。

 

「何」

 

「別に」

「感じ悪いなと思って」

 

「知ってる」

 

 エンジンがかかる。

 

 砂を巻き上げて、軽装甲車がゆっくり向きを変える。ユメは後部座席でまだアイスを食べている。ホシノも、少し溶け始めたそれを慌ててかじった。

 

 前ではヒバリが黙って運転している。

 

 相変わらず感じが悪くて、言い方もきつくて、でもちゃんと全員分の帰り道を考えている顔だった。

 

 こんな日が、ずっと続くとは思っていなかった。

 

 でも、この時はまだ、たぶん誰もちゃんと終わりを見ていなかった。

 

 砂漠の向こうへ沈みかけた日差しの中を、軽装甲車はアビドスへ向かって走っていった。

 

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