アビドスに、もう一人の三年生がいた   作:ゴリさん39

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第22話 青と赤

 

 その日は、風が少しだけ冷たかった。

 

 アビドスの風は年中乾いているけれど、肌に当たる感触が少し変わる日がある。暑いだけじゃなくて、夕方が近づくにつれて妙に首元が心許なくなるような日だ。

 

 ホシノは生徒会室の窓際で、書類の束を半分だけ片づけたところで手を止めた。

 

「……寒」

 

 思わず漏れた声に、向かいの机で帳簿を見ていたヒバリがちらりと顔を上げる。

 

「今さら?」

 

「今さらだよ」

 

 ホシノは椅子に浅く座り直す。

 

「昼はそうでもなかったのに」

 

「アビドスの夜舐めてるからでしょ」

 

 感じの悪い言い方だった。

 

 でも、そこに反論できるほど暖かくもない。

 

 生徒会室の扉が開く。

 

「ただいまー」

 

 明るい声と一緒に、ユメが両手に紙袋を提げて入ってきた。機嫌がいい。こういう時のユメ先輩は大抵、何かを思いついているか、何かを買ってきているかのどっちかだ。

 

 ホシノはちょっとだけ嫌な予感がした。

 

「何ですか、その顔」

 

 ユメが笑う。

 

「ちゃんと良いものだよ?」

 

「その前置きで良いものだった試し、そんなにありませんけど」

 

「ひどいなぁ」

 

 言いながら、ユメは紙袋を机の上に置いた。がさがさと中を探って、最初に青い布を引っ張り出す。

 

「はい、これ」

 

 ぽん、と渡される。

 

 ホシノは反射的に受け取った。

 

 マフラーだった。

 

 青い。深めの色で、派手すぎない。手触りも悪くない。こういうのを選ぶの、ユメ先輩は上手いんだな、と一瞬だけ素直に思う。

 

「……何ですか、これ」

 

「見れば分かるでしょ」

 

 ユメは笑いながら、今度はもう一枚を取り出す。

 

「寒くなってきたし、二人とも使うかなって思って」

 

 赤だった。

 

 そっちは、そのままヒバリへ差し出される。

 

 ヒバリは露骨に眉をひそめた。

 

「いらない」

 

「いるよ」

 

 ユメは即答する。

 

「朝とか夜とか、普通に寒いもん」

 

「別に平気」

 

「そう言って毎回そのまま出るでしょ。はい、赤。似合うと思う」

 

 押しつけるように手渡されて、ヒバリは本気で嫌そうな顔をした。けれど、突き返しはしなかった。少しだけ間を置いてから、仕方なく受け取る。

 

 ホシノは自分の手元の青いマフラーを見る。

 

 悪くない。

 

 むしろ、普通にいい。

 

 でも何となく、落ち着かない。

 

 横でヒバリが赤を持っているからだ。色違い。お揃い。そういう言葉が頭をよぎるだけで、妙に気恥ずかしい。

 

 ペアルックみたいで、なんか嫌だ。

 

「……何、その顔」

 

 ヒバリがこっちを見て言う。

 

「別に」

 

 ホシノはすぐ視線を逸らした。

 

「何でもないし」

 

「顔に出てる」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

 ユメが二人を見比べて、少しだけ楽しそうに笑う。

 

「青も赤も、ちゃんと似合うと思うんだけどなぁ」

 

「そういう問題じゃないです」

 

「そういう問題でもあるでしょ」

 

 ホシノは返事の代わりに、マフラーを雑にたたんだ。付けるかどうかは、後で考える。今すぐ首に巻くほど素直でもない。

 

 一方ヒバリは、しばらく赤いマフラーを見ていたかと思うと、何も言わずに首へ回した。

 

 驚くほど普通に。

 

 文句を言っていたくせに、抵抗がない。

 

「……お前、付けるんだ」

 

 思わずホシノが言うと、ヒバリは机の上の端末へ視線を戻したまま答えた。

 

「もらったから」

 

「そこは照れないんだ」

 

「何で照れるの」

 

 真顔だった。

 

 そこがまた少し腹立たしい。

 

 ホシノは手元の青を見る。

 

 あっちは平気な顔で付けてる。こっちは何となく気恥ずかしい。しかも色違い。何だこれ。本当に微妙だ。

 

 ユメはそんな二人の温度差を気にも留めず、満足そうに手を叩いた。

 

「よし。じゃあ次!」

 

「まだあるんですか?」

 

「あるよー」

 

 やっぱり嫌な予感は当たる。

 

     *

 

 今は使われていない旧校舎は、埃っぽかった。

 

 窓は半分割れていて、廊下の端には砂が吹き溜まっている。机や棚も残ってはいるけれど、どれも古くて傷んでいた。昔はこの校舎も普通に使われていたんだろうけど、今はもう人の気配より、残された物の匂いの方が濃い。

 

 ユメ先輩はそういう場所でも妙に元気だった。

 

「こういうところって、意外と残ってるんだよね。昔の備品とか、使える物とか、あと掘り出し物!」

 

「最後のだけ趣味入ってません?」

 

 ホシノが言うと、ユメは否定しなかった。

 

「ちょっとだけ」

 

 ちょっとではないと思う。

 

 二人で倉庫めいた部屋を漁る。古い工具箱。使われなくなったヘルメット。ひびの入った双眼鏡。部品の足りない機器。どれも使えるか使えないか微妙なものばかりだった。

 

 ホシノが奥の棚を開けた時、長い布包みが視界に入った。

 

「……何ですか、これ」

 

「ん?」

 

 ユメがすぐに寄ってくる。

 

 埃を払って布をめくると、中から現れたのは見覚えのない大きなライフルだった。

 

 長い。

 

 とにかく長い。

 

 しかもやたらと頑丈そうで、見るからに普通の学生が気軽に持ち歩く類の物ではない。

 

「でか」

 

 最初に出た感想はそれだった。

 

 ユメの目がきらっとする。

 

「すごそう!」

 

「いや、そうですけど」

 

 ホシノは銃身の刻印や古い管理番号らしいものを見ながら首を傾げる。

 

 そこには、かすれた文字で「M82」と読める刻印が残っていた。

 

「何ですか、これ。本物っぽいですね」

 

「高性能ライフルかな? ほら、昔のアビドスの精鋭部隊って、こういうの持ってそうじゃない?」

 

 言われてみれば、確かにそれっぽい。

 

 この大きさ。この重量感。普通の護身用とか学園標準装備ではない。明らかに、何か特別なものだ。

 

「売ったら高そうですね」

 

 ホシノが半分冗談で言うと、ユメはすぐに首を振った。

 

「だめだよ。せっかくだし、持って帰ろうよ」

 

「何に使うんですか」

 

「ヒバリ!」

 

 即答だった。

 

「ヒバリなら射撃上手いし、使えるかもしれないでしょ? 高性能だし、すごそう!」

 

 ホシノはライフルを持ち上げようとして、少し顔をしかめた。

 

「重……。いや、これ持ち回るの、だいぶ面倒じゃないですか?」

 

「でもヒバリ、こういうの上手そうじゃない?」

 

 上手そう、ではある。

 

 あの感じの悪い妹は、確かに射撃だけは妙に正確だ。遠い距離からでも平気な顔で当ててくる。性格は最悪だけど、腕はいい。

 

「……まあ、試すだけなら」

 

 そう言った時点で、もう少し乗ってしまっている自覚はあった。

 

 ユメがぱっと笑う。

 

「だよね!」

 

「まだ決まってませんし」

 

 ホシノはライフルを見下ろす。

 

「使えるかどうかは本人次第ですよ」

 

「でも持って帰るのは決まりだね!」

 

「話が早いですねぇ」

 

 結局、二人がかりで埃を払い、布包みに戻して運び出すことになった。

 

     *

 

 生徒会室に戻ると、ヒバリはいつもの席で記録を見ていた。

 

 赤いマフラーはもう首に巻かれている。何食わぬ顔で使っているのがやっぱり少し腹立たしかった。

 

「ヒバリ、見て!」

 

 ユメが上機嫌で声をかける。

 

 ヒバリは嫌そうに目を上げて、次の瞬間さらに嫌そうな顔になった。

 

「……何それ」

 

「旧校舎にあったの! 昔のアビドスの精鋭部隊が使ってた高性能ライフルかもしれないんだよ!」

 

「かもしれない、で持って帰ってきたの?」

 

 正論だった。

 

 ホシノが肩をすくめる。

 

「いや、でも本物っぽいし。売るより、先にお前に見せた方がいいかなって」

 

「何で私」

 

「射撃上手いから」

 

 ユメがまっすぐ言う。

 

「ヒバリなら使えるかもしれないでしょ?」

 

 ヒバリは立ち上がってライフルを受け取る。少しだけ重みを確かめて、銃身を見る。操作部を軽く触る。構えようとして、すぐやめる。

 

 それで十分だった。

 

「デカすぎ」

 

 第一声がそれだった。

 

「ええ……」

 

 ユメがしょんぼりする。

 

「いや、でも性能は良さそうじゃない?」

 

 ホシノが言うと、ヒバリは淡々と返す。

 

「性能が良くても、持ち回り悪い。弾代高い。整備も面倒。今のアビドスで常用するには無駄が多い」

 

 言いながらも、ライフル自体は乱暴には扱わない。そこはちゃんとしている。ちゃんとしているのに、言っていることは夢がない。

 

「高性能のライフルだよ!?」

 

「高性能だから維持費も高い」

 

 ヒバリは即答した。

 

「大体これ、撃つだけならともかく普段から持ち歩くのだるいでしょ」

 

「だるいはそうだけど」

 

「でしょ」

 

 ホシノは少しだけ口を尖らせる。

 

 確かに、言われてみれば全部そうだった。すごそう、だけで押し切れる話ではない。でも、見つけた時はちょっとわくわくしたのに、現実に落とされるとそのまま夢が死ぬ。

 

 ユメもまだ粘る。

 

「でも、一発の威力とかすごそうだよ? ほら、遠くから撃てるし、ヒバリに合ってるかも――」

 

「少なくとも、今の私には合ってない」

 

 珍しく、少しだけはっきりした口調だった。

 

 その一言で、ユメもホシノも少し黙る。

 

 ヒバリはライフルを見下ろして、短く息を吐いた。

 

「遠くから撃つなら、前に立つ人間がいる。誰かが前で受けて、誰かが後ろで撃つ。そういう武器でしょ、これ」

 

「私がいますけど」

 

 ホシノは何気なく言った。

 

 悪気はなかった。

 

 むしろ、普通にそう思っただけだ。

 

 私が前に出れば、ヒバリは後ろから撃てる。ユメ先輩の近くにもいられるし、遠くの敵も潰せる。悪い話ではない。

 

 けれど、その瞬間、ヒバリの目がすっと細くなった。

 

「いらない」

 

 即答だった。

 

「早」

 

「お前を前提に組む理由がない」

 

「言い方」

 

「事実」

 

 ヒバリはライフルを少し持ち直す。

 

「私は今、前に立つ方がいい。お姉ちゃんの近くにいた方が早い。何かあった時、盾を出せる距離にいる方が確実」

 

「でも、後ろから撃てたら楽じゃない?」

 

「楽かどうかで決めてない」

 

 ホシノは少しだけ目を細めた。

 

 言っていることは分かる。

 

 でも、分かるからこそ、少し引っかかる。

 

 ヒバリは、前に立ちたいというより、隣を譲りたくないだけに見えた。

 

 ユメが困ったように笑う。

 

「ヒバリ、そんなに意地張らなくても――」

 

「張ってない」

 

 即答だった。

 

 絶対に張っている。

 

 ホシノがそう思った瞬間、ヒバリがふいにユメから視線を外した。

 

 ほんの一瞬。

 

 ユメがライフルの方へ目を向けた隙に、ヒバリはホシノだけを見る。

 

 そして、べ、と小さく舌を出した。

 

「……」

 

 ホシノは固まった。

 

 こいつ。

 

 今、やった。

 

 絶対にやった。

 

「……お前さぁ」

 

「何」

 

 ヒバリはもう何食わぬ顔でライフルを見ている。

 

「今、何かしたでしょ」

 

「してない」

 

「した」

 

「証拠は?」

 

「性格」

 

「証拠にならない」

 

 ユメが不思議そうに二人を見る。

 

「どうしたの?」

 

「何でもないです」

 

「何でもないよ」

 

 また声が重なった。

 

 ヒバリは平然としている。

 

 平然としているくせに、ほんの少しだけ勝ち誇った顔をしていた。

 

 ホシノは心の底から思った。

 

 こいつ。

 

「物は悪くない」

 

 ヒバリはそれだけ言うと、部屋の隅へ歩いていく。

 

「悪くないけど、今すぐどうこうする物じゃない」

 

 長いライフルを壁際に立てかける。

 

 そこが、何となく置き場になった。

 

 拾ってきたくせに、使われない。高性能らしいのに、すぐには必要とされない。けれど捨てもしない。

 

 部屋の隅に立ったBarrett M82は、妙に場違いで、それでいて妙にそこに馴染んで見えた。

 

「……不評だねぇ」

 

 ユメが小さく言う。

 

「現実的って言って」

 

 ヒバリは席へ戻る。

 

「夢見るのは勝手だけど、運用するの私だから」

 

「でも、ちょっと格好いいよね」

 

 ホシノがぼそっと言うと、ヒバリが一瞬だけこっちを見る。

 

「お前、そういうの好きそう」

 

「嫌味?」

 

「事実」

 

 否定しきれないのが少し腹立たしい。

 

 ユメはそんな二人を見て、ふっと笑った。

 

 それから、ホシノの手元を見て言う。

 

「ホシノちゃん、それ付けないの?」

 

 青いマフラーのことだった。

 

 さっきから手元に置いたままになっている。

 

「あー……」

 

 ホシノは少しだけ視線を逸らす。

 

「そのうちです」

 

「何その返事」

 

 ヒバリが赤いマフラーのまま言う。

 

 その姿が余計に落ち着かない。

 

「いや、お前が普通に付けてるのがちょっと嫌なんだけど」

 

「何で」

 

「何かこう……」

 

 ホシノは言い淀む。

 

「色違いで揃ってる感じが微妙」

 

 一瞬だけ、部屋が静かになった。

 

 次の瞬間、ユメが吹き出す。

 

「ペアルックみたいってこと?」

 

「言わないでください」

 

「違うし」

 

 ヒバリは即座に切る。

 

「勝手に一緒にしないで」

 

「じゃあお前も付けるなよ」

 

「もらったから付けてるだけ」

 

「その“だけ”が嫌なんだって」

 

 ユメは楽しそうに二人を見比べている。完全に面白がっていた。

 

 ヒバリは嫌そうに舌打ちしたけれど、マフラーを外す気は一切なかった。

 

 ホシノは手元の青を見下ろす。

 

 悪くない。嬉しくないわけでもない。ただ、何となくまだ落ち着かない。

 

 でも、ヒバリが文句を言いながら普通に首に巻いているのを見ると、自分だけしまい込むのも妙に負けた感じがして、それもまた気に入らなかった。

 

 部屋の隅にはM82。

 

 机のそばには赤と青。

 

 それぞれ意味なんかまだ大して分からないまま、そういう物だけが少しずつ増えていく時期だった。

 

 ユメは満足そうに二人を見る。

 

 ヒバリは赤いマフラーの端を気にも留めずに帳簿へ視線を戻す。

 

 ホシノは青を手に持ったまま、まだ巻くかどうか迷っている。

 

 その全部が、まだ続くものみたいに見えていた。

 

「そうだ」

 

 ユメが、ふいに手を叩いた。

 

 ホシノは嫌な予感しかしない顔でそちらを見る。

 

「……今度は何ですか」

 

「写真撮ろうよ」

 

「どうしてですか」

 

「せっかくだから」

 

 せっかくだから。

 

 ユメ先輩はよくその言葉を使う。理由になっているようで、あまりなっていない。でもユメ先輩が言うと、何となく通ってしまうことが多い。

 

 ヒバリが露骨に眉をひそめた。

 

「いらない」

 

「いるよ」

 

 ユメは即答した。

 

「今日、二人にマフラー渡した記念」

 

「そんな記念いらない」

 

「いるの」

 

「いらない」

 

「いる」

 

 ユメは一歩も引かなかった。

 

 ホシノは手元の青いマフラーを見る。

 

 まだ巻いていない。

 

 巻けば、完全に色違いになる。

 

 赤と青。

 

 ヒバリと自分。

 

 並んで写真。

 

 想像しただけで、妙に落ち着かない。

 

「いや、私は別に――」

 

「ホシノちゃんも巻いて」

 

「えぇ……」

 

「お願い」

 

 ユメが両手を合わせる。

 

 その言い方はずるかった。

 

 命令ではない。強制でもない。けれど、断るとこちらが悪いことをしているような気分になる。

 

 ヒバリが横から冷たく言う。

 

「嫌なら断れば」

 

「お前はもう巻いてるからいいよね」

 

「もらったから巻いてるだけ」

 

「それさっきも聞いた」

 

「何回でも言う」

 

 ホシノはため息をついた。

 

 結局、青いマフラーを首に回す。

 

 思ったより暖かかった。

 

 それが少しだけ悔しい。

 

「……これでいいですか?」

 

「うん、似合ってる!」

 

 ユメが嬉しそうに笑う。

 

 ホシノは視線を逸らした。

 

「そういうのいいですから」

 

「照れてる?」

 

「照れてません」

 

 即答したら、ヒバリが少しだけこちらを見た。

 

「こっち見るな」

 

「見てない」

 

「見てた」

 

「証拠は?」

 

「性格」

 

「便利だな、それ」

 

 ユメは二人のやり取りを見て、また楽しそうに笑った。

 

「はいはい、喧嘩しない。撮るよ」

 

「誰が撮るんですか」

 

 ホシノが聞くと、ユメは端末を取り出した。

 

「タイマー使う」

 

 慣れた手つきで机の上に端末を立てかける。画面の角度を調整し、こちらへ向ける。

 

「ほら、二人ともこっち」

 

 ユメが中央に立つ。

 

 ホシノは少し離れて立とうとした。

 

 けれど、ユメに袖を引かれる。

 

「ホシノちゃん、こっち」

 

「近くないですか?」

 

「写真なんだから近くないと」

 

 反対側では、ヒバリも同じようにユメに引き寄せられていた。

 

「お姉ちゃん、近い」

 

「近くていいの」

 

「よくない」

 

「いいの」

 

 結局、三人並ぶ形になった。

 

 中央にユメ。

 

 片側にホシノ。

 

 もう片側にヒバリ。

 

 青いマフラーと赤いマフラーが、ユメを挟むように並ぶ。

 

 ホシノは妙に居心地が悪かった。

 

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 

「ヒバリ、顔怖い」

 

 ユメが言う。

 

「普通」

 

「もっと笑って」

 

「無理」

 

「じゃあ普通でいいや」

 

「最初からそうして」

 

 ホシノは少し吹き出しそうになった。

 

 ヒバリがこちらを見る。

 

「何」

 

「別に」

 

「笑った?」

 

「笑ってない」

 

「笑った」

 

「証拠は?」

 

「性格」

 

「返してきたな」

 

 ユメが端末を確認しながら言う。

 

「撮るよー。三、二、一」

 

 小さな電子音。

 

 その瞬間、ユメが二人の肩を軽く引き寄せた。

 

「ちょっ」

 

「お姉ちゃん」

 

 ホシノとヒバリの声が重なる。

 

 それでも、写真は撮られた。

 

 ユメはすぐに端末を手に取り、画面を確認する。

 

「うん、いい感じ」

 

「見せてください」

 

 ホシノが覗き込む。

 

 画面の中には、三人が並んでいた。

 

 ユメは笑っている。

 

 ホシノは少し驚いたような顔で、青いマフラーを巻いている。

 

 ヒバリは不満そうな顔で、赤いマフラーを巻いている。

 

 けれど、逃げてはいない。

 

 ちゃんと三人で写っている。

 

「……変な顔」

 

 ホシノが言うと、ヒバリが横から返した。

 

「元からでしょ」

 

「お前も大概だからね」

 

「私は普通」

 

「どこが」

 

 ユメは二人の言い合いを聞きながら、写真を大事そうに保存した。

 

「これは残しておこうね」

 

 何気ない一言だった。

 

 その時は、ただの記念写真だった。

 

 寒くなってきた日に、ユメがマフラーを買ってきて、二人が文句を言いながら巻いて、三人で撮っただけの写真。

 

 部屋の隅には、拾ってきた大きなライフル。

 

 机の上には、終わっていない書類。

 

 首元には、赤と青。

 

 何か特別な意味があったわけじゃない。

 

 けれど、ユメはその写真を見て、満足そうに笑っていた。

 

「ほら、二人ともちゃんと似合ってる」

 

「だから、そういうのはいいですって」

 

「勝手に一緒にしないで」

 

 ホシノとヒバリが同時に言う。

 

 ユメは、さらに嬉しそうに笑った。

 

 その全部が、まだ続くものみたいに見えていた。




最近、仕事が忙しく、執筆に使える時間がなかなか取れない状況です。
加えて、ストックも少なくなってきているため、今後しばらく更新速度が遅くなると思います。

ここまで読んでくださっている読者の皆様には申し訳ありません。
無理のない範囲で少しずつ書き進めていきますので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
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