アビドスに、もう一人の三年生がいた   作:ゴリさん39

3 / 33
第2話 カイザー襲撃

 爆発音は、一度では終わらなかった。

 

 正門の向こうで土煙が噴き上がる。遅れて乾いた連射音。車両の駆動音。アビドス高等学校の静けさを踏み潰すように、鉄と火薬の音が次々と重なっていく。

 

「なんでカイザーが襲ってくるのよ!?」

 

 校舎を飛び出したセリカが、ほとんど怒鳴るように叫んだ。

 

 答える者はいない。

 

 正門前に展開しているのは、見間違えようもないカイザーPMCの武装部隊だった。装甲車両。盾持ちの兵。重火器を抱えた歩兵。しかも正門の一点を押すだけではない。左右の通りにも部隊が散っている。学校だけではなく、周辺ごと呑み込むつもりの配置だった。

 

「本気ですねぇ……」

 

 ノノミが小さく呟く。

 

 いつもの柔らかい声だったが、そこに緩さはない。シロコはもう前を見たまま銃を構えている。先生の耳には、同時に無線が入った。

 

『先生、聞こえますか!』

 

 アヤネだった。校内の支援位置へ戻り、回線を繋ぎ直したのだろう。声は緊張で硬いが、乱れてはいない。

 

「聞こえる」

 

『正門側、車両三。歩兵多数。さらに市街地側へ回り込む部隊を確認しました。学校正面だけじゃなく、周囲の通りも押さえるつもりです……!』

 

「はぁ!?」

 セリカが振り返る。

「学校だけじゃなくて街ごと潰す気ってこと!?」

 

『現状、その可能性が高いです!』

 

 先生は正門の向こうを見る。

 

 アビドスの街は、もともと死にかけている。けれど、だからといって好き放題に踏み荒らされていい理由にはならない。道路沿いに残った建物の陰へ、すでにPMCの先行部隊が滑り込み始めていた。遮蔽物を取り、じわじわと包囲を狭めてくる。

 

「アヤネ、主力は?」

 

『正門正面です! でも左右の通りへ流れた部隊が厄介です。このままだと校舎と周辺の両方を取られます!』

 

「分かった。シロコは右寄り、ノノミは中央火力。セリカは左の先行部隊を止めて。無理に前へ出すぎない」

 

「了解」

 シロコが短く答える。

 

「はい~」

 ノノミも頷く。

 

 セリカは舌打ちしながらも、すでに左手の瓦礫へ駆けていた。

 

「分かってるわよ!」

 

 最初にぶつかったのは、正門前ではなかった。

 

 左右へ散った先行部隊が、通りに面した建物の影を使って前へ出る。セリカが崩れた壁へ滑り込み、牽制射撃を叩き込んだ。敵兵が身を伏せる。その隙にシロコが正門寄りから走り込み、車両の視線を引きつける。ノノミの射撃が中央を貫いた。

 

 動きは悪くない。連携も崩れていない。

 

 それでも先生は一瞬で理解した。

 

 薄い。

 

 手数は足りている。判断も早い。けれど前に立つ厚みが違う。普段ならそこにいるはずの重さが、そっくり抜け落ちていた。

 

「車両、来る!」

 

 先生が叫ぶ。

 

 正門前の装甲車が、門扉ごと押し潰すつもりで速度を上げていた。シロコが横へ飛ぶ。直後、門扉が鈍い音を立てて歪んだ。鉄が軋み、砂埃が舞い上がる。

 

『先生、右車両が侵入しかけています!』

 

「ノノミ!」

 

「もう撃ってます!」

 

 ノノミの銃声が連続する。フロントを叩き、視界を潰し、随伴兵を伏せさせる。だが、止まり切らない。勢いで押される。

 

 セリカが苦い声を漏らした。

 

「っ……硬っ!」

 

『左通り、歩兵四! 回り込みます!』

 

「セリカ、止めて!」

 

「やってる!」

 

 叫び返す声が荒い。

 

 セリカは建物の角を使い、前へ出ようとする敵兵の足を止める。シロコは車両の進路を乱しながら距離を取り、先生は中央の空いた射線を埋めるように指示を飛ばす。

 

 守れてはいる。

 

 だが、守るだけで手一杯だった。

 

 しかも、カイザー側は迷いがない。ただの威嚇ではない。本気でアビドスを取りに来ている。

 

 その意思を証明するみたいに、敵陣の後方から一台の車がゆっくりと進み出た。護衛を従えた、高圧的な車列。止まった車のドアが開き、中から一人の男が降りる。

 

 カイザーPMC理事。

 

 見下すためだけに立っているような顔だった。

 

「ようやく分かったかね」

 

 拡声器越しの声が、市街地へ響く。

 

「アビドス高等学校は、もはや存在しないも同然だ。生徒会は消え、最後の証明すら失われた。残っているのは、非公認の委員会ごっこだけ」

 

 セリカが歯を剥く。

 

「何ですって……!」

 

 理事は笑う。

 

「小鳥遊ホシノの退学で、アビドス高校の生徒会は完全に消滅した。権限も権利もない。自治区としての体裁すら失った場所を、我々が接収する。何か問題があるか?」

 

 その言葉に、アヤネが無線の向こうで息を呑むのが分かった。

 

『そんな……』

 

 先生も理解する。

 

 だからこそ、カイザーは今来たのだ。ホシノを騙し、拘束し、アビドス側の公的な証を消した上で、一気に押し込む。順番まで含めて、あまりに露骨だった。

 

 シロコが一歩前へ出る。

 

「ある」

 

 短い一言だった。

 

「ここは、私たちの学校」

 

 理事は鼻で笑った。

 

「まだそんなことを言うか」

 

 次の瞬間、車列の後方からさらに銃声が響く。会話で終わる気など、最初からない。

 

「散って!」

 先生が叫ぶ。

 

 火線が走る。壁が砕ける。窓が割れる。砂が弾ける。

 

 通りを挟んだ銃撃戦は、一気に荒れた。シロコが前へ出て敵の視線をずらし、ノノミが中央火力で押し返す。セリカは左の先行部隊を抑え続けるが、敵は次々に出てくる。

 

『先生、このままだと押し切られます! 市街地側にも人手が足りません!』

 

 足りない。

 

 誰の口からも出ないのに、その事実だけが戦場にへばりついていた。

 

 ホシノがいれば。

 

 その一言を、誰も口にしない。しないだけで、全員が考えている。

 

 正面から押し返す力。無茶を通す厚み。前に立つだけで戦線を安定させる重さ。それが、ない。

 

 セリカが舌打ちと一緒に吐き捨てた。

 

「こんなの……!」

 

 言葉の続きは、爆音に呑まれた。

 

 カイザー側の車両の横で、突然火花が咲いた。

 

 横からだ。正面ではない。市街地の別角度から、鋭い一撃が入った。

 

「……は?」

 

 セリカが目を見開く。

 

 直後、別方向から銃声が重なる。敵の左翼が乱れ、車両が半端な角度で止まる。

 

 そして次の瞬間、聞き慣れた、けれど今ここで聞こえるはずのない声が飛び込んできた。

 

「アル社長、派手に行きすぎです!」

「うるさいわね! 派手に行かなきゃ意味ないでしょ!」

「へへっ、面白くなってきたじゃん!」

 

 便利屋68だった。

 

 横合いからの介入。

 

 綺麗な救援じゃない。勝手に入って、勝手に荒らし、勝手に状況を引っかき回している。けれど今のアビドスにとっては、それで十分だった。

 

『便利屋68の介入を確認!』

 アヤネの声に、ようやく少しだけ明るさが混じる。

『敵陣、左翼側が乱れました!』

 

「押し返す!」

 先生が声を飛ばす。

 

 シロコが即座に動く。ノノミの射撃がさらに前へ伸びる。セリカも悪態と一緒に火力を叩き込んだ。

 

 流れが変わる。

 

 さっきまでじわじわ押し込まれていた圧が、逆に崩れ始める。カイザー兵が下がる。車両の進路が乱れる。先行部隊が遮蔽物の陰へ戻っていく。

 

 理事の顔から、さっきまでの余裕が少しだけ薄れた。

 

「……面倒な」

 

 その声は小さく、だが確かに苛立っていた。

 

 理事は舌打ち混じりに踵を返す。

 

「……覚えておけ!」

 

 護衛がすぐに周囲を固める。装甲車が後退し、市街地へ散っていた部隊も秩序を保ったまま引き始めた。

 

「逃がすの!?」

 セリカが苛立った声を上げる。

 

「深追いは危ない」

 先生が制する。

「今は校舎と周辺の確保が先だ」

 

 セリカは悔しそうに歯を噛んだが、撃ちかけた銃口を下ろした。

 

 戦いが終わった、とは誰も思わなかった。

 

 市街地には、銃撃の跡と砕けた壁、抉れた道路が残った。校門は歪み、砂埃の匂いに火薬が混じる。辺りはすっかり薄暗くなっていた。

 

 ノノミが大きく息を吐く。

 

「助かりましたけど……ぎりぎりでしたねぇ」

 

 シロコはまだ正門の外を見ている。

 

「次も来る」

 

 アヤネの無線が入る。

 

『敵車両、完全に撤退しました。追撃の動きはありません』

 

「了解」

 先生が答える。

 

 セリカが乱暴に髪をかき上げた。

 

「ホシノ先輩がいなくなった途端にこれって、露骨すぎでしょ……!」

 

 誰も否定しない。

 

 ノノミが少しだけ目を伏せる。

 

「ホシノ先輩が前に立ってるの、当たり前みたいに思ってましたねぇ……」

 

 その言葉が、妙に重く落ちた。

 

 先生はポケットの中へ手を入れた。ホシノの端末。さっき預かったままの、それ。画面を開くと、まだあのメモが残っている。困った時に連絡してほしいという文言と、ヒバリという名前。

 

 今がその時なのか。

 まだ違うのか。

 

 先生は数秒だけ画面を見つめ、それから端末を閉じた。夕暮れはもう終わりかけている。歪んだ校門の向こうで、砂だけが何事もなかったみたいに流れていた。




誤字報告ありがとうございます。確認できたものから修正しています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。