爆発音は、一度では終わらなかった。
正門の向こうで土煙が噴き上がる。遅れて乾いた連射音。車両の駆動音。アビドス高等学校の静けさを踏み潰すように、鉄と火薬の音が次々と重なっていく。
「なんでカイザーが襲ってくるのよ!?」
校舎を飛び出したセリカが、ほとんど怒鳴るように叫んだ。
答える者はいない。
正門前に展開しているのは、見間違えようもないカイザーPMCの武装部隊だった。装甲車両。盾持ちの兵。重火器を抱えた歩兵。しかも正門の一点を押すだけではない。左右の通りにも部隊が散っている。学校だけではなく、周辺ごと呑み込むつもりの配置だった。
「本気ですねぇ……」
ノノミが小さく呟く。
いつもの柔らかい声だったが、そこに緩さはない。シロコはもう前を見たまま銃を構えている。先生の耳には、同時に無線が入った。
『先生、聞こえますか!』
アヤネだった。校内の支援位置へ戻り、回線を繋ぎ直したのだろう。声は緊張で硬いが、乱れてはいない。
「聞こえる」
『正門側、車両三。歩兵多数。さらに市街地側へ回り込む部隊を確認しました。学校正面だけじゃなく、周囲の通りも押さえるつもりです……!』
「はぁ!?」
セリカが振り返る。
「学校だけじゃなくて街ごと潰す気ってこと!?」
『現状、その可能性が高いです!』
先生は正門の向こうを見る。
アビドスの街は、もともと死にかけている。けれど、だからといって好き放題に踏み荒らされていい理由にはならない。道路沿いに残った建物の陰へ、すでにPMCの先行部隊が滑り込み始めていた。遮蔽物を取り、じわじわと包囲を狭めてくる。
「アヤネ、主力は?」
『正門正面です! でも左右の通りへ流れた部隊が厄介です。このままだと校舎と周辺の両方を取られます!』
「分かった。シロコは右寄り、ノノミは中央火力。セリカは左の先行部隊を止めて。無理に前へ出すぎない」
「了解」
シロコが短く答える。
「はい~」
ノノミも頷く。
セリカは舌打ちしながらも、すでに左手の瓦礫へ駆けていた。
「分かってるわよ!」
最初にぶつかったのは、正門前ではなかった。
左右へ散った先行部隊が、通りに面した建物の影を使って前へ出る。セリカが崩れた壁へ滑り込み、牽制射撃を叩き込んだ。敵兵が身を伏せる。その隙にシロコが正門寄りから走り込み、車両の視線を引きつける。ノノミの射撃が中央を貫いた。
動きは悪くない。連携も崩れていない。
それでも先生は一瞬で理解した。
薄い。
手数は足りている。判断も早い。けれど前に立つ厚みが違う。普段ならそこにいるはずの重さが、そっくり抜け落ちていた。
「車両、来る!」
先生が叫ぶ。
正門前の装甲車が、門扉ごと押し潰すつもりで速度を上げていた。シロコが横へ飛ぶ。直後、門扉が鈍い音を立てて歪んだ。鉄が軋み、砂埃が舞い上がる。
『先生、右車両が侵入しかけています!』
「ノノミ!」
「もう撃ってます!」
ノノミの銃声が連続する。フロントを叩き、視界を潰し、随伴兵を伏せさせる。だが、止まり切らない。勢いで押される。
セリカが苦い声を漏らした。
「っ……硬っ!」
『左通り、歩兵四! 回り込みます!』
「セリカ、止めて!」
「やってる!」
叫び返す声が荒い。
セリカは建物の角を使い、前へ出ようとする敵兵の足を止める。シロコは車両の進路を乱しながら距離を取り、先生は中央の空いた射線を埋めるように指示を飛ばす。
守れてはいる。
だが、守るだけで手一杯だった。
しかも、カイザー側は迷いがない。ただの威嚇ではない。本気でアビドスを取りに来ている。
その意思を証明するみたいに、敵陣の後方から一台の車がゆっくりと進み出た。護衛を従えた、高圧的な車列。止まった車のドアが開き、中から一人の男が降りる。
カイザーPMC理事。
見下すためだけに立っているような顔だった。
「ようやく分かったかね」
拡声器越しの声が、市街地へ響く。
「アビドス高等学校は、もはや存在しないも同然だ。生徒会は消え、最後の証明すら失われた。残っているのは、非公認の委員会ごっこだけ」
セリカが歯を剥く。
「何ですって……!」
理事は笑う。
「小鳥遊ホシノの退学で、アビドス高校の生徒会は完全に消滅した。権限も権利もない。自治区としての体裁すら失った場所を、我々が接収する。何か問題があるか?」
その言葉に、アヤネが無線の向こうで息を呑むのが分かった。
『そんな……』
先生も理解する。
だからこそ、カイザーは今来たのだ。ホシノを騙し、拘束し、アビドス側の公的な証を消した上で、一気に押し込む。順番まで含めて、あまりに露骨だった。
シロコが一歩前へ出る。
「ある」
短い一言だった。
「ここは、私たちの学校」
理事は鼻で笑った。
「まだそんなことを言うか」
次の瞬間、車列の後方からさらに銃声が響く。会話で終わる気など、最初からない。
「散って!」
先生が叫ぶ。
火線が走る。壁が砕ける。窓が割れる。砂が弾ける。
通りを挟んだ銃撃戦は、一気に荒れた。シロコが前へ出て敵の視線をずらし、ノノミが中央火力で押し返す。セリカは左の先行部隊を抑え続けるが、敵は次々に出てくる。
『先生、このままだと押し切られます! 市街地側にも人手が足りません!』
足りない。
誰の口からも出ないのに、その事実だけが戦場にへばりついていた。
ホシノがいれば。
その一言を、誰も口にしない。しないだけで、全員が考えている。
正面から押し返す力。無茶を通す厚み。前に立つだけで戦線を安定させる重さ。それが、ない。
セリカが舌打ちと一緒に吐き捨てた。
「こんなの……!」
言葉の続きは、爆音に呑まれた。
カイザー側の車両の横で、突然火花が咲いた。
横からだ。正面ではない。市街地の別角度から、鋭い一撃が入った。
「……は?」
セリカが目を見開く。
直後、別方向から銃声が重なる。敵の左翼が乱れ、車両が半端な角度で止まる。
そして次の瞬間、聞き慣れた、けれど今ここで聞こえるはずのない声が飛び込んできた。
「アル社長、派手に行きすぎです!」
「うるさいわね! 派手に行かなきゃ意味ないでしょ!」
「へへっ、面白くなってきたじゃん!」
便利屋68だった。
横合いからの介入。
綺麗な救援じゃない。勝手に入って、勝手に荒らし、勝手に状況を引っかき回している。けれど今のアビドスにとっては、それで十分だった。
『便利屋68の介入を確認!』
アヤネの声に、ようやく少しだけ明るさが混じる。
『敵陣、左翼側が乱れました!』
「押し返す!」
先生が声を飛ばす。
シロコが即座に動く。ノノミの射撃がさらに前へ伸びる。セリカも悪態と一緒に火力を叩き込んだ。
流れが変わる。
さっきまでじわじわ押し込まれていた圧が、逆に崩れ始める。カイザー兵が下がる。車両の進路が乱れる。先行部隊が遮蔽物の陰へ戻っていく。
理事の顔から、さっきまでの余裕が少しだけ薄れた。
「……面倒な」
その声は小さく、だが確かに苛立っていた。
理事は舌打ち混じりに踵を返す。
「……覚えておけ!」
護衛がすぐに周囲を固める。装甲車が後退し、市街地へ散っていた部隊も秩序を保ったまま引き始めた。
「逃がすの!?」
セリカが苛立った声を上げる。
「深追いは危ない」
先生が制する。
「今は校舎と周辺の確保が先だ」
セリカは悔しそうに歯を噛んだが、撃ちかけた銃口を下ろした。
戦いが終わった、とは誰も思わなかった。
市街地には、銃撃の跡と砕けた壁、抉れた道路が残った。校門は歪み、砂埃の匂いに火薬が混じる。辺りはすっかり薄暗くなっていた。
ノノミが大きく息を吐く。
「助かりましたけど……ぎりぎりでしたねぇ」
シロコはまだ正門の外を見ている。
「次も来る」
アヤネの無線が入る。
『敵車両、完全に撤退しました。追撃の動きはありません』
「了解」
先生が答える。
セリカが乱暴に髪をかき上げた。
「ホシノ先輩がいなくなった途端にこれって、露骨すぎでしょ……!」
誰も否定しない。
ノノミが少しだけ目を伏せる。
「ホシノ先輩が前に立ってるの、当たり前みたいに思ってましたねぇ……」
その言葉が、妙に重く落ちた。
先生はポケットの中へ手を入れた。ホシノの端末。さっき預かったままの、それ。画面を開くと、まだあのメモが残っている。困った時に連絡してほしいという文言と、ヒバリという名前。
今がその時なのか。
まだ違うのか。
先生は数秒だけ画面を見つめ、それから端末を閉じた。夕暮れはもう終わりかけている。歪んだ校門の向こうで、砂だけが何事もなかったみたいに流れていた。
誤字報告ありがとうございます。確認できたものから修正しています。