アビドスに、もう一人の三年生がいた   作:ゴリさん39

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第4.5話 狙撃点

 

 夜の電波塔は、学校も街も見渡せる、見張りには都合のいい場所だった

 

 高い。風が強い。砂の流れも、街の灯りも、学校周辺の動きも、ここからならまとめて拾える。ヒバリは塔の上に腰を落ち着け、双眼鏡を下ろさなかった。

 

 昔から、ここにはよく登っていた。

 

 景色がよく見えるからだ。学校も、街も、遠くの砂漠も、全部まとめて見渡せる。子供の頃の自分には、それだけで十分な理由だった。危ないからやめろと、姉には何度も怒られた。それでもやめなかった。ここから見るアビドスが好きだったからだ。

 

 今は違う。

 

 学校がよく見えるから使っている。周囲の動きが拾えるから使っている。好きだからじゃない。必要だからだ。

 

 夜の街を見下ろす。

 

 昔より、家の明かりが少ない。ビルの灯りも減った。人の気配も薄い。見える範囲が広いぶん、減ったものもよく分かった。

 

 昼、カイザーがアビドスを襲った。

 

 その話は近隣住民からすでに拾っている。校門が壊れたことも、装甲車が入ったことも、対策委員会が迎撃したことも、断片だけならもう耳に入っていた。

 

「……ほんと、ろくでもない」

 

 低く吐き捨てる。

 

 これだから大人は信用できない。少なくとも、カイザーみたいな連中は論外だ。ああいう連中は、条件を出す時点で裏がある。差し出すものが少ない顔をして、最後にまとめて持っていく。

 

 端末が震えた。

 

 表示名を見て、ヒバリの指が一瞬だけ止まる。

 

 ホシノ

 

「……ほんとに勘が外れない」

 

 吐き捨てるように呟いて、通話を取る。

 

「――」

 

 一拍。

 

 ホシノなら、出た時点で何か言う。悪態でも、皮肉でも、とにかく黙ってはいない。

 

 その沈黙だけで、ヒバリの目が細くなる。

 

「……誰?」

 

 返ってきたのは、知らない男の声だった。

 

『アビドスの先生だ。ホシノの件で連絡した』

 

 最近、アビドスの周りに大人がいるとは聞いていた。対策委員会と動いている外部の人間。調べられる範囲では拾ってある。何者かまでは分からなくても、少なくとも無警戒に背中を預ける相手ではない。

 

 それでも、ホシノの端末をその大人が持っている時点で、先に浮かぶ答えは一つだった。

 

「……あいつ、消えたんだ」

 

 確認ではない。ほとんど断定だった。

 

『居場所は分かった。今から助けに行く。協力してほしい』

 

 ヒバリは双眼鏡を膝に置いた。

 

 ホシノは負けない。

 

 少なくとも、カイザーごときが不意打ちでどうにかできる相手じゃない。真正面でも、奇襲でも、ただ拘束されて終わるようなやつじゃない。

 

 なら、拘束された理由は別だ。

 

 力負けじゃない。

 

 まさか、あいつらの言うことを聞いたのか。

 

 借金を無くすだの、学校を守るだの、そんな話で自分から乗ったのか。

 

 その考えが、一番腹立たしかった。

 

「……場所は?」

 

『アビドス砂漠。カイザーPMC基地だ。中央の実験室に囚われている』

 

 カイザー。

 ホシノ失踪。

 その直後の昼の襲撃。

 

 全部つながっている。

 

『手を貸してほしい』

 

 ヒバリは少しだけ黙った。

 

 柴関ラーメン屋の大将みたいに、昔から顔を合わせている大人。ブラックマーケットにも、一応は信用できる大人はいる。商売相手としては裏切らないと読める相手だ。そういうのはいる。

 

 けれど、それと身を預けるのは別だ。

 

 そこは絶対に混ぜない。

 

「勘違いするな」

 

 一拍。

 

「……お前達と仲良くするつもりはない。アビドスを守るために必要なことをするだけだ」

 

 それだけ言って、通話を切る。

 

 暗くなった画面を、ヒバリはしばらく見下ろしていた。

 

「……ほんと、最悪」

 

 端末をしまい、ヒバリは立ち上がった。電波塔の鉄骨が風に鳴る。深緑のフードを被り直す。

 

 塔の縁へ足をかける。

 

 次の瞬間、ワイヤーが夜を裂いた。

 

     *

 

 施設襲撃当日。

 

 ヒバリは、先生たちより先に動いていた。

 

 アビドス外縁の廃ビル群。高低差のある瓦礫地帯を、ワイヤーで渡る。向かいの建物の鉄骨へ撃ち込み、身体を斜めに引く。着地。次の足場。さらにその上。動きに迷いはない。撃つ場所より、撃ったあとに消える場所の方を先に決める。

 

 高所に出る。

 

 双眼鏡を上げる。

 

 カイザーPMC基地。高い外壁。正面の固定式機関銃。巡回する装甲車。土煙の向こうに見える戦車。そして、外周のやや奥にいるゴリアテ。第二ゲート脇の制御盤らしき影も拾う。

 

 主射点。

 予備射点。

 離脱用の高所。

 

 正面火器を黙らせる順。装甲車の足を止める角度。戦車の履帯を噛ませる位置。使える死角。使えない死角。

 

 正面から入るには厚すぎる。

 

 だから、外側の骨を折る。

 

 双眼鏡を下ろした、その時だった。

 

 巡回機械兵が一体、外周から少しだけ浮いた。後続との距離が開いている。通信は生きているが、拾うなら今だった。

 

 ヒバリは射点を捨てる。

 

 ワイヤーを撃ち込み、崩れた外壁を蹴って下へ降りる。さらに一段。機械兵の視線より低い位置へ潜り込み、通路の陰で待つ。

 

 機械兵が角を曲がった瞬間、ワイヤーが閃いた。

 

 脚部へ絡ませ、一気に引く。体勢を崩したところへ、もう一発。膝関節を撃ち抜く。金属音。片脚が折れ、機械兵が転がる。

 

 すぐに通信用の発信部を潰す。音を出させない。

 

 残った腕が上がる前に、ヒバリはその頭部をブーツで踏みつけた。

 

「静かにしろ」

 

 腰の端末を接続する。識別コード。巡回ルート。固定火器の配置更新。第二ゲート周辺の制御情報。装甲車待機位置。欲しいのはその程度だった。

 

 内部の細かい構造までは抜けない。実験室の中身も分からない。それでいい。中へ入るのは、自分の役目じゃない。

 

 必要な分だけ引き剥がして、端末を外す。

 

「使える」

 

 短く呟いて、最後にコアを撃ち抜いた。追跡の種は残さない。

 

 死角へ引きずり込み、瓦礫の陰へ押し込む。それで終わりだった。

 

     *

 

 最後の射点へ戻る。

 

 そこでようやく、ヒバリはガンバッグを足元へ倒した。

 

 留め具を外す。長い銃身が、夜気へ滑り出る。

 

 イクス・トルジョン。

 

 アビドスの倉庫に保管されていた対物ライフルをベースにしたカスタム機。元は Barrett M82。姉から私物として譲られ、そのままずるずる使い続けている一本。

 

 長い。

 重い。

 邪魔。

 

 取り回しは最悪。反動も馬鹿みたいに強い。それでも、一撃で盤面を崩すにはこれが一番早い。結局、これ以上に信用できる武器がない。

 

「ほんと、嫌な銃」

 

 そう言いながら、ヒバリは自然に銃身を担ぐ。

 

 深緑のフードを軽く直す。赤いマフラーの端が風に鳴った。

 

 膝をつく。半身で支える。腹這いにはならない。移る時に遅れるからだ。

 

 双眼鏡を上げる。

 

 基地外周。

 固定火器。

 装甲車。

 戦車。

 ゴリアテ。

 第二ゲート。

 

 全部、さっき抜いた情報と噛み合っている。これで外側の骨は折れる。

 

 それでも、すぐには撃たない。

 

 まだ早い。

 

 射線は通る。移動先も決めた。抜ける情報は抜いた。やれることは、もう済ませている。

 

 あとは、時が来るまで息を潜めるだけだった。

 

 風が吹くたび、むき出しの鉄骨が低く鳴る。砂が流れる。遠くで何かが軋む。夜のビル群は死んだ骨みたいで、その上にいる自分も、今はまだただの影だった。

 

 どれくらい待ったか分からない。

 

 先に響いたのは、遠い爆発音だった。

 

 ドン、と鈍く腹に響く。続けて、別方向から乾いた銃声。さらに少し遅れて、また別の火線。東。西。もっと騒がしい一角。

 

「……始まったか」

 

 ヒバリは双眼鏡を上げる。

 

 砂漠の縁を縫うように動く影を探す。敵ではない。味方でもない。今はまだ、そこへ辿り着いていない連中。

 

 しばらくして、ようやく見つけた。

 

 大人が一人。

 その後ろに、アビドスの後輩たち。

 

「……遅い。待ちくたびれたぞ」

 

 吐き捨てるように呟いて、ヒバリは端末を取り出した。

 

 画面に残った登録名は、そのままだった。

 

 ホシノ

 

 指が、ほんの一瞬だけ止まる。

 

 それでも、発信した。

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